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一人称視点版@あたしのせいじゃなーい  作者: わかいんだー
本章~ファンタジックな旅の日常~
22/52

おまけ:風とともに去った機会

 広大な平原。天気がよく涼しい昼下がり。まさに平穏と呼ぶにふさわしい旅の日常が続いているわ。でもここまでには、いろいろとあったわねぇ。


「こうして思い返すと。あんたがなにかに呼ばれているというのも信憑性(しんぴょうせい)があるわね」

「なんだよいまさら」


 あはは。突拍子もなかったかしら。


「いまさらよね。でもガルマさんに出会ったころは、星の瞬きがそう見えるとかいう話だったし」


 正気とは思えなかったわよ。そんな理由で子どもがひとりで旅に出るなんてね。


「あぁ。それは俺も思うな。どうせだったら東の町に来いとかだったら、すぐに飛べるのに」

「そうよね」


 ここまでに密度の濃い旅ともなれば、むしろなにかに呼ばれていないほうがおかしいと思えるわ。適当に歩いていたなら、こんなにいろいろと起き過ぎないわよ。


「まぁ呼ばれなくなったら、やることねぇし。いいんだけれども」


 んー。なにも覚えていないから、やりたいこともないということなのね。それで、呼ばれているから行ってみようかというだけのことなのかしら。

 気持ちはわかるわ。でもそれでいいのかしらね。過去の記憶がなくても未来はあるのよ。本来は先を見据えて行動すべきよね。


「やることは自分で考えるものよ。とはいってもあんたの場合は特殊だしねぇ」


 アルフには、考えるための記憶がないのよ。一般論は押し付けられないわ。


「行き先は言いなりだな。でもそれに従うことを選択したのは俺なんだし。いいんじゃね」


 なるほど。呼びかけに応じたのはアルフの意志ということね。強制されたわけでもないのだわ。それに結果論でいえば、応じてよかったと思えるわね。


「おかげでガルマさんとマアマさん。ノーム様にまで会えたし」

「そうそう」


 出会わないほうがよかったと思うこともあるわ。重責に押し潰されそうだものね。知らないほうが幸せなままでいられたであろうことを山ほど教わったわ。

 でも知らなければ、問題解決のために努力することすらできないのよ。だから出会えたことには感謝しているわ。


「ほかの人たちもそうね。あのいくつもの出会いがなければ、マアマさんが宿る武器もなかったのよ」

「そうそう」


 ん~。考えれば考えるほどに、できすぎた流れだわ。

 特定の人たちとの出会いも大きいとはいえ、それだけではないのよ。出会う順序が変わっただけでも挫折していた可能性が高いわ。

 特定の場所へ呼ばれた結果の偶然と考えるには無理を感じるのよ。まるで道中に用意された騒動に呼ばれていたかのような気がするわ。

 どうにも違和感を感じるのよね。


「……なにか。全部最初から仕組まれていた、みたいに思えない?」

「そうそう」

「そうなの?」


 やはり仕組まれていたのよ。しかもアルフは気づいていただなんてね。どうして話さなかったのかしら。詳しく問い詰めるわよ。


「え? ……いや。仕組まれていたかはわかんねぇけれども。そう思えるかと言われたら肯定だな」


 ……アルフはなにも考えてはいなかったということかしら。能天気だものね。

 仕組まれているとしたならば、なにが目的なのかしら。旅を始めたころからの、あたしたちの変化を考えれば見えるのかもしれないわ。そうそう、最初は野宿をする方法すらもわからなかったのよね。


「子どもだけで不安だったはずの旅なのに。今じゃ王様にまで恐れられているしねぇ」


 天地の差よ。最弱ともいえる状況から、神に護られる最強の状況にすっ飛んだわ。バランス感覚というものが皆無よね。

 つまりはふつうに旅をさせることが目的ではないわ。でも目的地の指定もないのよ。となればやはり、騒動に巻き込むためとくらいしか思いつかないわね。とはいえ、あたしたちを騒動に巻き込む意義がどこにあるというのよ。


「ふむ。もはや護る必要がないのであれば、我はここまでにしておこうか」


 ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょー。想定外すぎの御発言で卒倒しかけたわ。

 そんなつもりの発言じゃないのですよ。いまさらガルマさんに去られてはまずいわ。子どもふたりだけのときよりも、(はる)かに危険な状態になっているのよ。


「勘弁してください! ガルマさんにはいてくださらないと困ります」

「ふむ」


 たしかに、同行してくださるのはしばらくの間だけというお話だったわ。でもあのころとは状況が違い過ぎるのよ。


「あたしだけじゃ危険なのです。いつかマアマさんで、とんでもないことをしでかしそうで」


 護っていただくというよりも、あたしを抑えていただかなければならない状況になったのよ。


「案ずるな。マアマは暴走したりはせぬ」


 それはあたしにもわかっているわ。マアマさんの単独暴走を心配しているのではないのよ。マアマさんを使うあたし自身の弱さが不安なのよね。


「あたしの精神が、まだ(もろ)いままだと思うんです」

「そうだな」


 肯定していただけたわ。ならば同行の必要性もおわかりになっているはずよ。それなのにどうして……

 意図を確認するためにも説明するしかないわね。


「火事のときの蘇生(そせい)。あれは、あたしのためだったのではないのですか」

「なぜそう思う」


 人の命を救うのは初体験だとおっしゃっていましたよね。2億年も生きていらしたのに初だとおっしゃるのであれば、救わない理由があるのよ。その理由は考えてみれば明確なのよね。


「ガルマさんは人に苦難を乗り越えさせようとしておられます。見境なく人を助けられることはないと思うのです」

「道理だ」


 それなのにガルマさんは救ってくださったわ。考えられる理由はひとつよ。


「でも今のガルマさんは、あたしたちを護る目的で同行してくださっている。だからあたしを護るためかと」


 あのときに蘇生(そせい)できていなければ、あたしは壊れていたかもしれないのよ。


「お主は実によく考えるな。よい傾向だ」


 考えざるをえない状況に追い込んでいるのはガルマさんではないですか。


「なら。あたしがマアマさんの扱いを間違えそうになったら止めてくださいますよね」


 間違えたときには世界が滅びかねないわ。大願が遠のくということよね。ならばガルマさんにも同行の意義はあるはずだわ。


蘇生(そせい)時の状況であればマアマでも抑えられたであろう」


 それはあたしが正常な状態でいられればの話ですよね。あたしがおかしくなっていたらどうなるのですか。マアマさんには大陸をも消したという過去があるのよ。


「マアマさんの遊びの感覚。それは、あたしの理解を超えているのです」


 人であるあたしには到底容認なんてできない規模なのよ。


「お主の不安は理解した」


 理解したとはおっしゃいますが、翻意していただけたのでしょうかね。


「あらためてお願いします。竜人様の立場を知った今、お願いすることすら無礼と存じてはいますが」


 あたしごときが頼める立場でないことはわかっているわ。神そのものともいえる竜人様に、護衛をしろと言っているのよ。わがままにもほどがあるわ。この場で粛清されても、むしろ当然なくらいよね。

 でも、それでも、頼まなければいけないのよ。マアマさんの扱いを誤れば、あたしの命だけでは済まないことになりかねないわ。そんなことになるくらいならいっそ、あたしだけが粛清されたほうが――


「よい。言ったであろう。我はアテのない旅をしておる。お主らが望むのであれば付き合おう」


 ハァ。聞き届けていただけたわ。


「ありがとうございます」


 安心したせいか涙がでてきたわ。


「俺が言うもんじゃないけれどもさ。人の一生なんてガルマさんには一瞬だろ。気にしなくていいんじゃね」


 ガルマさんを親戚のオヤジのように扱わないでよ。むしろどれだけ気にしてもしたりないわ。竜人様であられるのよ。


「そのとおりだ」


 ガルマさんも肯定なさるだなんてね。アルフに甘いわ。


「アルフったらもう。出会いのときが無知すぎましたね。気安くなりすぎちゃいました」


 気が気でないわ。せっかく慰留できたのに、無礼で御破算にされては堪らないわよ。


「我を敬う必要などない。誰でも気安く接して構わぬ。道を違えた者は、恐れるしかなかろうがな」


 そうはおっしゃっても納得がいきませんね。神をも敬わぬなど、ただの傲慢ではありませんか。


「ガルマさんを敬わずして、誰を敬えとおっしゃるのですか」


 神の力を行使するお方なのですよ。


「誰も敬わずともよい」


 く。だからそれこそ傲慢ではありませんか。


「そりゃガルマさんには、敬う方なんていないでしょうが……」


 自分よりも上の存在がいない方にはわかっていただけないのかしら。


「我もマアマの経験など敬っておる。敬う必要はないというだけの話。誰を敬うも敬わぬも自由だ」


 うぅ。反論できないわ。たしかにいつもマアマさんを立てたような物言いをしておられるわね。でも人が神を敬わなくてもいいだなんて、納得はいかないのよ。


「アルフは誰か敬っているの?」


 ガルマさんにも王様にも横柄な感じだし、いないわよね。


「え? もちろんガルマさんもマアマもすげぇし。敬っていると思うぞ」


 へ。意外な返答ね。アルフなりに敬ってはいるんだわ。


「全然そうは見えないわよ」


 言葉と態度が一致していないのよね。


「敬い方ってのがわかってないんじゃね」


 正鵠(せいこく)を得た回答ね。まさにそのとおりだと思えるわ。とはいえ……


「当人のセリフじゃないわよ。それ。でも、あんたの場合は仕方がないか。ハァ」


 敬い方ねぇ。たしかにむずかしいわ。あたしの態度だって間違いだらけだと思うわよ。ただアルフの場合は敬っているような雰囲気すらも感じさせないのよね。


「我もマアマも尊敬など求めておらぬ。我らが求めるのは、お主らの成長だ」

「だねー」


 ……そうですよね。

 表面上の儀礼なんて、どうでもいいことなのよ。

 いかに大願に近づくかが、ガルマさんに対する唯一の返礼なんだわ。


「成長かぁ。具体的な目標があれば努力もしやすいのですがね」


 大願の前の進化ですらも漠然とした目標なのよ。


「まずは愚かさの克服であろうな」


 まずはって…… こともなさげに前人未到の目標を掲げられてもお手あげだわ。


「うぅ。その具体的な方法がわからないんですよ」


 努力をしようにも、仕方すらもわからない状態なのよね。


「じっくりと考えよ。経験を積め。物事をなすには順序がある」


 やっぱり具体的な答えは示されないんですよね。示されない理由は承知していますよ。自分で考えなければ意味がないのですよね。


「焦っちゃうなぁ…… マアマさん300キログラムほど追加お願いします」

「おっけー」

「なんでそうなるんだよ!」


 えぇ。理由が必要なのかしら。


「なんでって。こう行きづまると暴れ…… じゃなくて体動かして発散したくなるわよね」

「ならねーよ!」


 む。それはあんたが未経験だから知らないだけなのだと思うわ。


「あんたは能天気だから行きづまらないのよ」

「そっかなー。なんかずれていると思うんだけれどもなー」


 ではマアマさんお願いしますね。ほいっと。

 きたきたー。


「あぁ落ちつくわー」

「んなやつはほかにいねーて」


 ははぁん。アルフったら妬んでいるんだわ。


「いちいち煩いわね。そんなにうらやましいならあんたの服も重くしてあげるわよ」


 たしかに、あたしだけ重くしていたら不公平よね。


「いや、これ以上無理」


 あら。食べものにはどん欲なのに随分と遠慮深いわね。


「遊びなのよ。だから遠慮しなくていいのにねぇ。マアマさん」

「ねー」


 遠慮するくらいなら絡まないで欲しいわ。


「遊びっていえばさぁ。マアマは狩り程度で満足なの? 前の持ち主は暴れていたみたいな話だったけれども」


 それはあたしとしては悩ましい問題なのよね。満足させる必要があるとはいえ、大陸を消滅させるようなことはさせられないわ。


「えへへへへー」

「えへへじゃわかんねぇよ」

「べるたー。すきー」

「なるほど」


 欲望の傾きが好かれていると理解はしているわ。でも意識してつくった傾きではないのよ。傾きが変わったとしても自覚すらできないと思うわ。

 マアマさんが満足するような、安全な遊びを切実に知っておきたいのよね。


「好いてくれるのは(うれ)しいわ。でも、どう遊べば喜んでくれるのか今ひとつわからないのよね」


 どう使っても楽しんでくれてはいそうなのよ。でも満足されているのかどうかはさっぱりなのよね。


「だよな。ベルタみたいに全力で暴れたいってわけじゃないみたいだし」


 ぶ。あんたはあたしをどういう目で見ているのかしら。


「誰がよ!」

「おぉ。自覚ねぇのかよ」


 自覚もなにも、なにを根拠にそんな風に思うのかしら。


「まったくあんたは。あたしが、かよわい乙女だってことを少しは意識しなさい」

「……」


 なにを呆然(ぼうぜん)とあたしを見ているのよ。言いたいことでもあるのかしら。


「なによ」

「ハイ」

「あはははは」


 あたしは全力をだしたいだなんて全然思わないわよ。出そうとした機会はあったかしらねぇ。


「全力かぁ。グールと戦ったときくらいしか出した覚えはないなぁ」


 あんたに出そうと思ったことは何度もあったかしらね。


「グールのときは全然、力が入っていないように見えたぞ」

「へ? 思い切り殴っていたわよ」


 決死の覚悟だったわ。あれ以上に力の入れようがないわよ。


「いや。火事で屋根吹っ飛ばしたときのほうが圧倒的にすごかった」

「あぁ。あのときはわけがわからなくなっていたからねぇ。意識しても出せない力かも」


 壁も屋根も跡形もなかったものね。でもどうやったのかすらわからないわ。


「オリハルコンだったら曲がって力を逃がしたりしないだろうし。意識して出せるんだったらグールも一撃じゃね」

「あはは。まさか」


 皮も肉も骨も太くて硬いのよ。加えてあの巨体だから一撃では到底ムリだと思うわ。


「身体を鍛えるより。意識して全力を出せるようにしたほうがいいんじゃねぇの」

「アルフにしてはまともなこと言うわね。でもどうすればいいのかしら」


 納得のいく提案とはいえ、具体的な手段がわからないと試せないのよね。


「うーん? グールのときは身体に力を入れすぎて固まっていたみたいな? 火事のときは見えてねぇ」


 あぁ。これ以上はないくらいに力んでいたわ。


「それはたしかにあったわね。だって怖かったもん。火事のときに恐怖はなかったと思うわ」


 恐怖以前に意識がなかったみたいなのよね。


「全身に力を入れていると、逆に動きづらいだろ」


 うんうん。怖いと勝手に入っちゃったりもするのよ。


「そうね。やっぱ精神の(もろ)さが喫緊の課題かぁ」


 マアマさんを手にしたときに、ガルマさんからも指摘されてはいたのよね。でも具体的な解決方法もなくて先延ばしになっていたわ。これがガルマさんを慰留しなければならない原因にもなっているのよね。


「精神を鍛えたいんだったらいい方法があるぜ」

「へぇ?」


 わらをもつかみたい思いなのよ。ぜひ聞かせてもらうわ。


「なにがあっても怒らないようにするとかさ」


 ハァ。わらくずだったわ。所詮はアルフなのよ。


「あんたが怒られたくないだけよね」


 やっぱり自分で考えるしかないのかしら。


「無論それもあるけれどもさ。怒りや哀しみとかの感情に流されることが、精神の(もろ)さってやつじゃねぇのか」


 前言撤回よ。納得のいく説明だわ。


「……それはそうね。アルフすごいわ。よく考えているのね」


 たしかに、怒りを抑えることは精神の(もろ)さの克服につながるのかもしれないわ。


「だてに怒られ続けてきていないさ」


 今は言わないわ。でも、そこは怒られないように成長しなさいよ。


「わかったわ。じゃあアルフ以外には怒らないように注意してみる」


 とはいえ、アルフ以外に怒る機会なんて、そうはないのよね。


「待て待て待て。俺にも怒るなよ」


 それは無理ね。


「あんたは怒らないと。とんでもないことをするのよ。王様になにを言っていたかわかっているの」


 よりにもよってあたしを使って町の破壊を示唆するだなんて、怒らずしてどうしろというのかしら。あんたに怒るのはあたしの責務よ。


「いやだから。そこは優しく忠告するとかだな」


 忠告で治るものなら、とっくに治っているわよね。


「それはいつもしているわ。しても止まらないから怒るのよ」

「えー」


 えーじゃないわよ。こっちが言いたいわ。思い出したらまた怒りが湧いてきそうよ。

 でもムダに怒るのは避けなくちゃね。次は気分のいい話題にしたいわ。


「最近平穏な日が続くわね。ずっとこんな日が続けばいいと思うわ」


 これなら重い話にはならないわよね。


「おぉ。聞き覚えあるぜ、こういうの。嵐の前の静けさだっけ」


 まったくこのバカは人の気も知らないで。泣けてくるわね。どうしてそう無理やり、気の滅入るほうへ話を持っていくのよ。


「やめてよね。あんたの言うことって妙に当たるから」


 え……

 速攻よ。雨が突然に降り出したわ。アルフの言葉には言霊が宿っているかのようね。


「おぉ。マジか」


 でも、空が勘違いをしたのかしら。


「いや、嵐の前の静けさって。天気じゃなくて、平穏な日々のほうの話だったのよ」


 でも平穏な日々が終わるよりは、天気の変わるほうがマシなのかしらね。


「雨宿りできそうなところも見えねぇな。嵐を吹き飛ばしたりできねぇのか」


 物騒なことを考えるわね。


「できてもダメよ。地域によっては大切な水源になったりするのよ」


 嵐も自然を維持する要素のひとつなのよね。

 とはいえ、嵐にどう対抗するかは決める必要があるわ。嵐の中をこのまま進むか、簡易テントでしのぐか、町へ帰還するかかしら。


「そうか。んじゃシャワー気分で浴びておくか?」


 雨脚がこのままならそれもいいわね。でもそう甘くはなさそうよ。


「風が強くなってきたから、いろいろ飛んできて危なそうね。簡易テントを張るわよ」

「あいよ」


 簡易テントが便利とはいえ狭いのよね。寝るだけなら問題はないという程度の広さしかないのよ。いつまで続くのかがわからない嵐では使いたくないわ。

 とはいえ、嵐の規模次第ではなにが飛んでくるのかがわからないのよ。簡易テントはそれなりに頑丈だから歩くよりマシなはずだわ。


「あそぶー」


 う。なにをする気なのかしら。このタイミングでってことは嵐に対してよね。


「え。嵐を消しちゃダメよ。テントの代わりをつくってくれるの?」


 後者なら問題ないはずよね。


「バリアー」


 あら。無難そうな返事だわ。簡易テントには不満があるから(うれ)しい提案かもしれないわね。


「おぉ。なんか格好いいぞ」


 格好はどうでもいいのよ。でも提案には賛成だわ。


「そうね。嵐の規模次第ではテントでも不安だし。お願いしましょうか」

「どっかーん」


 では、周囲に被害が出ないような規模でお願いしますよ。ほいっと。

 ……バリアらしいものは見えないわ。でもここだけが嵐の外みたいよ。


「おー。よくわかんねぇけれども。円の範囲に雨が落ちなくなっているな」


 ふむ。直径10メートルほどの範囲かしら。


「見えない壁をつくってくれたのね」


 不思議な感じだわ。嵐の真っただ中なのに雨風が当たらないのよ。


「壁って言うけれども。雨の落ちるところへも出られるぞ」


 へぇ。ガルマさんがつくられた結界とは違うものなのね。


「雨風とか飛来物だけ防いでくれているのかしら。雨風の音すらしないわね」

「えっへん」

「相変わらず器用なもんだな」


 まったくよ。ちょっとした運動をするにも、調理をするにも十分な広さね。


「この広さなら窮屈な思いもしなくていいわ。夕食どきも近いし食事休憩にするわね」


 ちょうど鳥の群れが飛んでいるわ。マアマさんお願いね。ほいっと。


「賛成。どうせ降るんだったら雨より肉が降ってほしかったな」


 すぐに降ってくるわよ。ほらきた。


「うぉ? 俺、魔法使いになっちまった?」


 それくらいは察しなさいよね。


「なに言ってんのよ。群れが飛んでいたのよ。マアマさんにお願いしたわ」


 また発見よ。ほいっと。


「嵐ばんざーい」


 大喜びね。マアマさんの焼き鳥は町の食事よりも(はる)かにおいしいんだから当然かしら。


「でも、このまま風が強くなると鳥も飛べなくなりそうね」


 今のうちに狩れるだけ狩っておくわよ。ほい、ほい、ほいっと。

 一応は十分な量を狩れたわ。でも風の勢いは増す一方よ。


「なにか。すっごい嵐になっちゃったわね。マアマさんがいなかったら帰還していたかも」


 簡易テントじゃ危険そうな勢いだわ。


「当分動けそうにねぇな。寝ちまうか」


 うーん。運動できる広さとはいえ、今慌ててやる必然性もないかしら。


「そうねぇ。まだ早いとはいえ景色見ているといろいろ飛んできて怖いしね」


 雨雲のおかげで周囲は闇に包まれているのよ。眠るには支障のない状況だわ。

 今日はさっさと寝て、明日にやればいいわよね。んじゃおやすみ~。


 ……ハッ。朝が来たのね。すごい寝汗だわ。それになによこの違和感は。

 みんないるわよね。なくなったものもなさそうだわ。


「あ~、よく寝た。お。晴れているな」


 おかしいわ。すさまじいまでの喪失感があるのよ。でもなにも失ってはいないみたいだわ。うん、そうだわ、ものを失った感覚ではないのよ。


「……なんだかわからないわ。でも、すっごいチャンスを逃した気がする」


 どういえばいいのかしら。ただ漠然とそういう感覚があるのよね。


「へ? あの嵐の中にチャンスがあったのか?」


 ……言いたいことはわかるわ。あたしの言っていることがおかしいのよね。そもそも熟睡していた間の話なのよ。


「そんなのあるわけないわよねぇ。でもなんだろこの感じ。絶対逃しちゃいけない機会だったような」


 不思議だわ。理屈で考えればありえないわよ。あったとしても寝ていたんだから気づかないはずだものね。


「気のせいだろ。いい夢見て、忘れてしまったとかじゃねぇの」


 夢ね。たしかに夢で大切な機会を経験することがあるし、忘れてしまうことも多いわ。可能性としては高いわね…… でもどうしてかしら。違う気がするのよ。


「うーん。まぁどうしようもないし気にしてもしようがないか」


 重要なことを思い出せないときみたいな強いストレスを感じるわ。でもまったく原因が思い当たらないのよ。

 ……考えてもムダみたいね。気を取りなおすわよ。それじゃ寝具を片付けて出発ね。


「おー。すっげぇいい風。追い風に乗って気持ちよく行けそうだ」


 うんうん。思わず意識が飛びかけたほどよ。


「本当ね。こんな気持ちいい風は初めてかも。まるで…… !」


 風ですって。絶対に逃したくない大切な機会と最高の風って、まさか……

 ガルマさんなら気づかれているはずよ…… 視線を逸らされたわ。


「やっぱり! シルフ様ですよね? いらしていたんですよね?」

「あはははは」


 マアマさんの笑いは肯定されているのよね。寝ている間に去られてしまったんだわ。


「あぁああん。起こしてほしかったです……」


 一生の不覚だわ。よりにもよって、シルフ様にお目通りできる機会を寝て逃すだなんて、ありえないわよ。


「よくわかったな。挨拶に寄っただけだ。起こしたところで目が覚める前に去っておったろう」


 ぶー。あたしが四大元素精霊様にお目通りしたがっていることはご存じのはずなのに意地悪だわ。


「こんなことなら寝るんじゃなかったなぁ。風の強い日は起きていようかしら」


 よもや嵐を運んでおられるとは思わなかったわ。風が強いときは要注意ね。


「マアマがおるのに四大元素精霊にこだわらずともよかろう」


 マアマさんね…… 四大元素精霊様の上に立つお方なのよ。わかってはいるわ。


「……マアマさん。威厳を示せます?」

「えっへん」


 ハァ~。ですよねー。


「うぅぅ。実力と憧れって違うんですよおぉぉぉ」

「あはははは」


 すごい力があれば憧れるってものじゃないのよね。


「ベルタは威厳が欲しいのか」


 アルフ…… 威厳と憧れは違うわね。ただ、どちらもあんたからはかけ離れているのよ。


「そうじゃない…… と思うわ。でも、マアマさんは出会ったときの姿がアルフだったし」


 第一印象が強烈過ぎたわ。アルフに憧れろと言われても不可能よね。もう少しマシな出会いをしていれば、マアマさんに憧れたのかもしれないわ。


「俺のせいかよ」


 まさにそのとおりよ。あたしのせいじゃないわ。


「あはははは」

「理屈ではわかるんですよねぇ。でも、理屈じゃないんですよ憧れは……」


 能天気なアルフをイメージしてしまっては憧れも飛んでしまうのよね。


「物語ではどれも四大元素精霊様々だったしな」


 うんうん。憧れないほうがおかしいほどの存在として描写されていたわ。


「そうなのよ。これもお墓と同じような固定観念ねぇ」


 あたしの憧れは、幼いころから読んできた物語で刷りこまれているのよ。これもあたし自身の問題なんだわ。


「がんばって払拭しないとな。それも精神を鍛えればなんとかなるんじゃね」


 うぅ。固定観念とはいえ、間違っているわけでもないのよね。払拭しないといけないのかしら。まぁこだわりすぎるのはよくないと思うわ。


「あんたはなんの固定観念もないみたいでいいわね」


 悩みもなにもなさそうで、うらやましいわ。


「おぉ。ベルタ以外に怖いもんはねぇ」


 ガルマさんとマアマさんの前でなにを言っているのよ。あたしなんてただのかよわい乙女だわ。つっこむ気にもならないわね。


「ハァ。課題山積みだなぁ。身体は鍛えてきたわ。でも、精神の鍛え方なんてさっぱりよ」


 怒りを抑えようとは昨日決めたわ。でも固定観念の払拭には役立ちそうにないわよね。


「たぶんだけれどもさ。この間のグールとの戦闘なんかも役立っていると思うぜ」


 グールとの戦闘で精神が鍛えられたというのかしら。精神なんてほとんど意識もしていなかったわよ。殴ることだけに必死だったわ。


「そうかしら。ただ怖かっただけの気がするわ」


 (おび)えていれば鍛えられるのなら苦労はしないわよね。


「怖さから逃げずに戦ったってことだろ。それって精神の鍛錬ぽくね?」


 ハッ。ま、まさにそうよ、そのとおりよ。


「なによアルフ。昨日から妙に()えている感じよね」


 怒りを抑えるのとは別の精神鍛錬手段として有効そうよ。


「いや普段からこうだと思うんだけれども。俺を妙に蔑視してね?」


 気のせいよ。あたしは素直にありのままを見て評価しているわ。


「たしかにねぇ。そうか、精神を鍛えるってそういう手もあるのかも」


 要は強い感情に抵抗するような行動をすれば鍛えられるかもしれないということよね。


「スルーかよ。まぁ俗にいう負の感情てやつ? から逃げずに向き合うことなんだろうな」


 そうよ。強い感情の中でも負の感情への抵抗が大切なのよね。


「すっごーい。本当に見なおしたわよアルフ」


 あたしの欲しい言葉を立て続けにアルフが放っているわ。もしかすると今までの能天気はただのポーズだったのかしら。


「おぉ。お前が読んでくれた本だ。そんな風なことを書いてあった覚えがある」


 ハァ。結局はただの受けうりだったのね。がっかりだわ。……それにあたしが読んだ本ですって。あたしも知っていて当然と言いたいのよね。小バカにしているのかしら。


「なによそれ。あたしだけ覚えが悪いみたいだわ」


 たしかに言われてみれば聞いた覚えはあるわよ。でもそんなに都合よく思い出したりはしないわ。


「だからすぐになんでも怒りに結びつけるなって。たまたま思いだしただけだよ」


 ……そうよね。アルフは性格からして思いついたことがすぐ口にでるだけなのよ。こんなことで怒っていちゃいけないわ。

 話を戻さなくちゃね。負の感情から逃げずに向き合うって話だったわ。


「でもそれって。自分が負の感情にとらわれていることを自覚しないとダメよね」

「そりゃそうだな」


 当然のように答えないでよね。感情なんて突然に湧くのよ。


「まずはそこからか。常に自分の感情を意識…… いや無理」


 常時自問自答なんてしていたら、なにも考えられなくなってしまうわ。


「なんか自覚する切っ掛けがないとな」


 うんうん。アルフは能天気だから考えようとしないわ。とはいえ、考えたときはまともに受け答えができるのね。いつもこれくらいに考えていてくれれば旅も楽になりそうよ。

 せっかく考えてくれているんだし、今は水を差さずにこの問題を検討するべきかしら。


「そうよねぇ。感情に流された後だとなにも見えない感じだし。流されないようにかぁ」

「それだとまた常に意識って話になりそうだな」


 そうよね。考えても堂々巡りになりそうだわ。

 そういえば。普段は考えもせずに行動しているアルフはどうなのかしら。騒動でもほとんど動じてはいないのよね。


「あんたはどうなのよ。常に平静って感じだわ」


 もしかして、身体がひ弱な代わりに精神が強いのかしら。


「俺? そんな格好いいかな」


 とてつもなく大きな誤解だから照れなくていいわ。


「格好いいとは言っていないわよ」


 でもまぁ、言えなくもないかしら。


「常に平静って格好よくねぇのか…… 俺の場合は気にすることがあんまりないからかな?」


 あぁ。よくわかるわ。精神が強いというよりも、なにがあっても能天気だから気にしてはいないだけなのよ。


「そうね。賊や兵にいきなり囲まれても平然としているし。気にしないにもほどがある感じよね」


 精神的プレッシャーに耐えているのではないわ。感じてすらいないはずよ。


「死んだらそのときって考え方が抜けきってねぇからかな。先のことは運任せだ」


 たしかに死をも恐れていないのなら、なにがあっても動じないのかもしれないわ。まさに能天気の極みよね。


「精神力では能天気が最強かぁ。運に逆らえないのはわかったわ。でも、任せるのもねぇ」


 運に頼る前に努力が必要なのよ。運に任せるのは万全を期したあとにしなくちゃね。


「ちなみに俺も常に平然としているわけじゃねぇぞ。お前が怒ったときはちゃんとびびっている」


 へ。またあたしだけが怖いみたいな言い方よ。さっきも言っていたわよね。まさか本気で言っているのかしら。


「どうして死を恐れないのに、あたしを恐れるのよ」


 意味不明過ぎるわ。


「本能?」


 だから真面目にバカを言わないでよね。


「どうしてあんたの本能に、あたしが入っているのよ」


 あたしが天敵だとでも言いたいのかしら。


「あれだ。孵化(ふか)した(ひな)が最初に見た、動くものを親とみなすやつ」


 あぁ、刷り込みだったかしら。そんな本能があったわねぇ。って。あんたはいつから鳥になったのかしら。


「人にはそんなのないわよ。でもなんとなくわかったわ。要は考えるから感情も動くのよね」


 賊や兵に対する恐怖は、アルフには経験がないわ。でも半年の村生活で、あたしからは愛のムチでしつけられているのよ。だからあたしだけに恐怖を感じるのだわ。

 つまりは、経験にもとづいて先を考えることが、感情に影響するのかしら。やっぱり感情の抑制に関しては能天気が優れていそうね。


「まぁ。ベルタのゲンコツが飛んできても、当たると考えなければ怖くないかもな」


 例えが悪いとはいえ、そういうことよ。


「なら考えることを切っ掛けにして、感情を意識すべきかもね」


 考えるときのクセでもあればわかりやすいかしら。あたしが考えるときのクセねぇ……


「なんか考えるたびに感情確認か。俺には無理だと思うけれども。挑戦してみるのはいいんじゃね」


 そのとおりだわ。まずは挑戦なのよ。


「あたしもできると思っているわけじゃないのよね。でも、感情を意識する練習の仕方としてね」


 すべての状況での適用は無理だとわかっているわ。でも考えようとする時点で、冷静さは保たれている可能性が高いのよ。

 ならば感情に意識を向ける切っ掛けになる可能性も高いわ。意識できるときだけでもしていればクセがつくと思うのよ。


「だったらいいんじゃね。強そうなやつにケンカ売りながら鍛えるわけにもいかねぇしな」


 あはは。それは考えていなかったわね。


「そもそも、その方法だと恐怖心くらいしか鍛えられないわ」


 とはいえ、様々な感情を呼び起こす手段は必要になるわね。


「だな。ベルタの場合は怒りや哀しみへの耐性を上げることが先だろうし」


 あう。怒りと哀しみねぇ。鍛えるには、経験して耐える必要があるはずよ。憂鬱になるわ。


「どっちも味わいたくないわね」


 それに強烈過ぎるとトラウマになるから逆効果になりかねないのよ。


「悲劇を目の当たりにすれば、どっちの感情も湧くだろうけれども。起こすわけにもいかねぇしな」

「ありえないわよ」


 悲劇ってことはなにかが犠牲になるってことよね。あたしの精神を鍛えるために犠牲にしてもいいものなんてないわ。


「直接負の感情に向き合うのは効果的だが機は少ない。苦痛に耐えることで精神力を鍛えてもよかろう」


 待ちに待ったガルマさんの助言だわ。それもあたしに向いた手段でやれそうなニュアンスよ。


「ありがとうございます! それならできそうな気がしますね」


 苦痛を感じる方法ならいくらでもあるわ。


「苦痛って。肉体的じゃなくて精神的なやつだよな?」

「う」


 そうなのですか、ガルマさん……


「肉体的な苦痛も、耐えるのは精神だからな。感情の揺れに対しても、ある程度は耐える鍛錬になろう」


 すばらしいわ。肉体的な苦痛でも精神を鍛えられるのね。


「なるほど。個別の感情を抑えるのではなく、精神の耐久力を上げるわけですか」


 わかりやすい御説明よね。納得したわ。気力が湧いてきたわね。

 肉体的な苦痛であれば、ある程度は筋トレで慣れているのよ。

 精神の耐久力が上がれば、固定観念を払拭する役にも立ちそうな気がするわ。


「ある程度の時間を耐えられれば、その間に感情の暴走に気づいて抑えることもできよう」


 少しでも精神の耐久力を上げれば、それに見合った効果を期待できるということよね。


「わかりました! マアマさん500キログラム追加お願いします!」


 とりあえずは重量を増やしておいたほうが苦痛を得やすいわよね。


「いや。それは違うくね? それで精神が鍛えられるんだったら、お前既に無敵だろ」

「喜んで受けいれていては苦痛と感じぬであろうな」

「あはははは」


 ぬぅ。言われてみればそうかしらね。鍛える対象は精神なのよ。


「そっか。喜んじゃダメですよね。でもこれなら方法が見つかりそうなので考えてみます」


 (うれ)しくない苦痛となると筋トレに結びつかないような苦痛よね。すぐに思いつかないとはいえ、考え方がわかったから努力はできるわ。


「んじゃ行くか。シルフ様とやらの残した風が背中を押してくれる間に」

「そうね。ムダにするなんてありえないわ。進みながら考えるわよ」


 あ~、ずっとこの風に身を委ねていたいわ。優しくて暖かくて力強くて心地よくて、おまけにいい香りがするのよ。シルフ様ぁあ~。次の機会は決して逃さないわ。


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