おまけ:筒抜けの心
ようやく町に入ることになったわ。でもそれが王都になろうとはね。ここまで町を避けてきた理由は不明なままよ。もう避けないらしいから気にしないでおくわ。
これが城郭都市というものなのね。町という様相じゃないわよ。この巨大な城壁で王城と城下町を囲んでいるのよね。聞いた話では、内部は直径20キロメートルほどの広さがあるらしいわ。
「すっげぇでかい壁。高さ何メートルあるんだこれ。遠くから見たときは塔に見えたぞ」
ムダとも思えるほどに高いわよね。登って越えようなんて人は現れないと思うわ。
「広さもすごいわねぇ。都市を丸ごと囲んでいるらしいわよ。あたしの村がいくつ入るのかしら」
広すぎても不便だと思うわ。王都ともなれば、そうでもないのかしら。
「壁を保守するだけで、むちゃくちゃ大変そうだな。というかできるとは思えない規模なんだが」
そうよね。つくっただけじゃいずれ崩れてしまうわ。でもこれ、まるでつくりたてのようにきれいよ。掃除をしているような人は見当たらないわね。どういう仕組みなのかしら。
ガルマさんまでもが城壁を見上げておられるわ。竜人様でさえもが感心されるほどのできばえなのかしら。
「あやつも人に協力しておったのか」
「いるねー」
え。王都にも、ガルマさんとマアマさんのお知り合いがいらっしゃるのかしら。考えてみればこの国では最も人が多いところだし、確率的には高いわね。
ではいざ入ってみるわよ。
「壁に囲まれた町って辛気くさそうだな」
……言われてみればそうね。王都なだけに警備が厳しかったりもするのかしら。
「閉じこめられている感じよねぇ。だからといって、町なかで武器を握っていたら危ない人に見られちゃうかしら」
頼ることを忘れないために、常にマアマさんを手にすると決めたわ。でもさすがに町なかでは、しまわざるをえないかしら。
「実際に危ない人だしな」
その物言いでよくもまぁ、気をつかっているだなんて言えるわ。とりあえずマアマさんは背負っておくわね。
「あたしのどこが危ないのよ。マアマさん、町なかでは背中で我慢してね」
「あい」
さぁ、マアマさんを背負った状態だし、十分に警戒しながら町へ入るわよ。城壁の物々しさから考えて、いきなり警備兵に囲まれる可能性もありそうだわ。
……あら。これだけ立派な城壁で囲まれているのに、検問すらないのかしら。大勢の人が自由に出入りをしているみたいだわ。一応は見張りが立っているわね。でもこっちを見ようとすらしていないみたいよ。
「壁が物々しい割に、出入りは自由ぽいな」
アルフと同じ感想だなんて珍しいわ。それほど違和感があるのよ。
「よくわからない政治しているみたいねぇ」
これだけ自由に出入りができるのなら、城壁の存在意義がわからないわよね。
さて、町の中の様子は…… うわぉ。なによこれ、別世界という感じだわ。ほかの町とは比べものにならないほどの発展ぶりで賑わっているわね。
町にはいつも興味を示さないアルフですら、はしゃいでいるわ。町のつくりも商品も、すべてが次世代という雰囲気なのよね。
「うぉおおお。なんだよこれ。全然辛気くさくねぇ」
まったくよ。あたしも驚いたわ。王都と聞いて、華やかさに期待はしていたわよ。でも、その期待を遥かに上まわる様相だわ。
「お祭りしているわけじゃないみたいよ。でも、ほかの町のお祭りよりも賑やかよね」
これはウインドウショッピングも一段と楽しめるわ。量も質も、ほかの町とはけた違いよね。時間が経つのを忘れちゃいそうよ。……まだ20分くらいかしら。
ん。なんだか妙な音が近づいてくるわね。王都なだけに、なにが起こっても警備は十分なはずよ。とはいえ何事なのかは気になるわ。
なにかが、すさまじい勢いで大通りを突っ込んでくるわね。随分と豪勢な馬車みたいよ。いくら大通りとはいえ速度を上げすぎだわ。危ないわね。って、近くで急停車したわ。
馬車の来た方角からは、さらになにかが向ってくるみたいね。すさまじい地鳴りがするし、巨大な土煙が迫ってくるのも見えるわ。この馬車が盗賊団にでも追われているのかしら。でも王都の中で派手な犯行だなんて無謀すぎるわよね。
「おぉ。すげぇ馬車だな。遠くからもなんか向ってくるな。追われているのか?」
「なにかしらね。あたしたちとは関係ないわよ。ここにいたら危ないかしら」
見たい場所はここだけじゃないのよ。ここは騒ぎになりそうだし、他所へ行ったほうがよさそうね。
おっとっと。怒声と、暴れる物音みたいなのが響き渡ったわ。今度は何事よ。停まった馬車の中からみたいね。ん~。少しは様子を見るべきなのかしら。
「王よ! せめて護衛が着くまで、グフッ、お待ちください!」
「ぶわっかもん! 国が消されるかの瀬戸際に、なにを悠長なことを!」
「しかし! 今も刺客が王を狙っている可能性が!」
「どけぇ!」
「ぐわ」
……王とか騒いでいたように聞こえたわ。でもいくら城下町とはいえ、こんなところに王様がいらっしゃるわけがないわよね。
わ。馬車の扉が開いたわ。蹴破ったかのような勢いだったわよ。乱暴な扱いは高級そうな馬車に似合わないわね。
壮年の屈強そうな男の人が飛び出してきたわ。かなり上等な装備をしているように見えるわね。でも毛羽毛羽しさはないわ。派手な性格なのやら質素なのやら、どっちなのよ。
うは。優雅な容姿には似合わない必死の形相ね。慌てた様子で周囲を見渡しているわ。って、こっちへ向かって走ってくるわよ。
ま、まさか、あたしに一目ぼれじゃないわよね。さすがに年が離れすぎているわ。でも愛に年は関係ないとか言われたら困っちゃうわよね。馬車でお迎えだなんて、結構憧れのシチュエーションよ。
あら、ガルマさんの前に跪いたわ。
「ようこそ竜人様。私めはこの国を治めておる者です。なにか不手際がございましたでしょうか」
ぶ。もしかして本当に王様なのかしら。ガルマさんに対してうそをつくとも思いがたいものね。
あ。追いかけてきた集団もこっちにきて跪いたわ。王様の兵なのかしら。って、どんどん増えるわよ。大通りを見渡すかぎりが、あっという間に兵で埋まっちゃったわ。
……つまり、本物の王様ってことよね。あたしは謁見しているのに、逆に謁見されているような光景よ。ガルマさんがいらっしゃるとややこしいわ。
ガルマさんはどうなさるのかしら。って、王様を無視して城壁のほうを見ておられるわ。なによこの状況は。空気が気まずいわ。どうなっているのよ。どうすればいいのかしら。さっぱりわからないわよ。
「おっちゃん。よくガルマさんが来たってわかったな。町の入口はザルで出入りできたのに」
ちょー。アルフ、この方は王様らしいのよ。わかっているんでしょうね。いや、わかっていながらもその口のきき方はないわ。
「は。ここを出入りする者はすべて、設置された魔アイテムにて素性を確認させていただいております」
だー。王様もなにか勘違いをしておられるみたいだわ。アルフに対しても跪いたまま答えるだなんてね。
「アルフ! この方、王様らしいわよ。敬語くらい使いなさいよね」
「お、おぉ」
本当にわかっているのかしら。寿命が縮む思いだわ。ていうか、仮に王様ではなかったとしても、見渡すかぎりの兵に跪かれたこの状況で、どうしてため口をきけるのかしら。
「いえ。お二方が竜人様のお供であることは承知しております。私ごときに敬語は不要です」
やば、めまいがしたわ。
あたしからみれば、王様は雲の上の人なのよ。すぐに誤解を解かないといけないわ。
「とんでもない。あたしなんてただの村娘ですよ。ガルマさんは優しいから同行してくれているだけです」
王様ですらもガルマさんをおそれる気持ちはわかるわ。でもあたしたちは完全に無関係よ。王様がへりくだる理由なんて皆無だわ。
「背負われている武器はオリハルコンでございますな。一目でわかります。ただの村娘に持てるものでは」
だーかーらー、これも誤解で頂いたものなのよ。
「おお。ただの村娘は言いすぎだな。ベルタはこの町も一撃で破壊できるだろうし」
ちょ。なんてことをぬかすのよアルフったら。王様の顔が引きつったわよ。ってぇ! 王様が頭を地に伏しちゃったわ。
「ベ、ベルタ様。どうかお慈悲を」
お、王様があたしに懇願って…… 顔から火が噴出しそうだわ。誤解も甚だしいわね。
「ちょ。しません。そんなこと。絶対にしませんから頭を上げてください」
あぁ、もう、見渡すかぎりの兵に囲まれた状況でどうしてこんなことになるのよ。これが羞恥プレイでなければなんだっていうのかしら。
そもそも、あたしに町の破壊なんてできないわ。やるとしたらマアマさんなのよ。
「おぉ。ベルタは死んでもやらねぇだろから安心していいと思うぞ」
こ・い・つ・は…… 全部があんたのせいだってわかっているのかしら。
町を護る立場にあられる王様に対して、町の破壊を示唆するだなんて、不敬を通り越して敵対行為に等しいわ。いかに能天気とはいえ、暴言にもほどがあるのよ。
「アルフ! あんた、口にしていいことかどうかくらい、考えてからしゃべりなさいよね」
「えぇ? 俺にそんなことは無理だって知っているだろうに……」
無理でもやるのよ。まったくもう。
やっと王様が頭を上げてくださったわ。でも跪いたままなのね。
「それにしてもここ、すげぇ城壁に囲まれているよな。なんか見られて疚しいことでもあんの?」
王様に対して疚しいって…… 全然わかっていないみたいね。これ以上、暴言を続けるのなら口を開けなくするしかないかしら。
「アールーフー」
どうなったところで、あたしのせいじゃないわよ。これだけ言ってもわからない、あんたのせいなんだからね。
「あ、いや。えーと…… 疚しいことでもあるんですか? って聞けばいいのか?」
くっ。直すのはそこじゃないわよ。本当に口のきき方がわからないみたいね。
「はい。一般には公開できぬ研究が多くなされております。ですが決して疚しいことではありませぬ」
公開はできぬが疚しくない研究ねぇ……
「魔法の研究機関とかですか?」
王様であれば魔法を秘匿する側のはずよね。
「お察しのとおりでございます。必要な研究ではありますが、外に漏れては危険なのです」
それで過剰なまでの城壁なのね。普段は出入り自由でも、いざというときには完全封鎖するためなんだわ。
「でも魔法って本当に要るのか? 俺は使ったことがねぇんだけれども」
たしかに、必要と言われてもピンとこないわね。誰も使えないように秘匿している現状なら、研究する必要もないと思うわ。
「そうですな。たとえば瞬間帰還器は、転移魔法が厳重に封じられた魔アイテムでございます」
わお。これは驚きだわ。みんなが無意識に魔法を利用していたということよね。
「おぉ。これ魔法だったのか」
「は。無用の混乱を避けるため、なるべく口外を控えていただけると助かります」
なるほどね。やはり魔法の研究は必要なんだわ。
「たしかにこれは必須になっていますよね」
移動にせよ緊急避難にせよ、瞬間帰還器の代替手段はないわ。利便性と安全確保において、なくてはならないものなのよ。
「魔法は危険です。しかし各地に散らばる人を個別に護るには、魔法に頼らざるをえない現状なのです」
すばらしいわ。さすがは民を護る立場にあられる王様よね。ガルマさんに魔法を学びたいと申し出たときのことを思いだしたわ。
「本当に護りを第一に考えておられるのですね」
この方はたしかに王様よ。装備や兵がどうのではなく、お考えになっていることがまさに頂点に立つお方だわ。
「なんでしたら、すべての施設に御案内して、説明させていただきます。みなさまに隠すことは微塵もございませぬゆえ」
あたしは信用しましたよ。施設の説明なんて要らないわね。
「その必要はないな。すべて見てきた者がきよった」
へ。きよったって…… 周囲は兵に埋め尽くされていて、誰も近づけないと思うわよ。
「ガルマ様。マアマ様。御挨拶が遅れて申しわけありません」
な。地の底から響くような声だわ。
ガルマさんとマアマさんのお知り合いみたいね。人ではなさそうよ。
「随分と人に肩入れしておるようだな」
「ノームー」
……今、今、マアマさんが呼ばれた名は、聞き間違いじゃないわよね。
「え? マアマさん。ノームーってまさか」
あ、と。お話中に割り込んでは失礼よね。
「はい。この国の民は護りの意義を理解し、尊重しております。力を貸すにふさわしいと考えました」
あたしたちを認めてくださっているわ。本当にノーム様なら嬉しいかぎりなのよね。
「ノーム様…… マアマ様とは? それらしきお姿が見えないのですが」
王様もノーム様と呼ばれたわ。同名の別の方なんてことはないわよね。それも敬称なんだから王様よりも上の立場の方なのよ。
「私の主だ。今は、そこの人の娘が背負っている武器に宿っておられるようだ」
マアマさんを主だとおっしゃったわ。確定よ。
「きゃー。四大元素精霊のノーム様ですって。お目通りできる日が来るなんて思ってもみなかったわ」
夢でしかなかったのよ。淡い期待をしてはいたわ。でもよもや実現するだなんてね。
「お目通りって言うけれども俺には見えねぇよ」
そうね、あたしにもお姿は見えないわ。そこは残念ね。
「精霊は身体を持たぬからな。人の目には見えぬ」
あう。でもおそばで直接にお声を聞けるだけでも感激だわ。
「そっか。あのバカでかい城壁はノーム様ってやつにつくってもらったわけか」
む。ありえない無礼だわ。王様に対する無礼よりも、さらにありえないわね。
「ってやつってなによ! ノーム様だけでいいのよ」
「お、おぉ」
この世界を支えてくださっているお方なのにね。それをやつ呼ばわりって、アルフったら何様のつもりなのかしら。
「人の娘よ。私などマアマ様の足元にも及ばぬ。マアマ様を手にした者が私に使う言葉ではない」
え、え、え。
憧れのノーム様があたしに話しかけてくださったわ。それはとても嬉しいわよ。
でも、ノーム様に対して、敬語を使うなとおっしゃっているのよね。
そんなことはできるわけがないわ。誰が許してもあたし自身が許せないわよ。
でも、ノーム様の御言葉に逆らうだなんて、それこそ許されないわ。あぁあああ、あたしったらどうすればいいのよ。
「ノームよ許してやれ。ベルタはマアマを軽視しておるのではない。脳筋なだけなのだ」
「脳筋? ……ですか。よくわかりませんが、ガルマ様がおっしゃるのであれば」
「ノームー。いいこー」
「ありがとうございます。では私は精霊としての役目に戻らせていただきます」
ノーム様…… お話の流れからして移動されたのよね。お姿が見えないからわからないわ。
「行ってしまわれたのかしら? ……マアマさん。本当にノーム様の上なのね……」
「えっへん」
ノーム様がマアマさんを主であると言明されていたわ。知っていたとはいえ衝撃的よね。マアマさんて本当にすごいんだわ。
「でもノーム様が護ってくださっているなら、この町では、マアマさんで攻撃する機会はないみたいですね」
「えー」
へ。どうして否定するのよ。
「えーって。まさか暴れる気だったんですか?」
「あはははは」
笑ってごまかしていい話ではないわ。王様が青くなっておられるわよ。というか、この短時間で随分とやつれてはいらっしゃらないかしら。
「勘弁してくださいよ。町の中ではおとなしくするように、お願いします」
「まかせろー」
あら。なにかが落ちたような音がしたわ。
なによこれ。王様の前で大きな虫が仰向けになって、もがいているわね。ペットにしては趣味が悪いと思うわよ。
「暗殺虫! 蟲使いの刺客が遠隔操作しているはずだ。探し出して捕らえよ」
え。うわ。大勢の兵が一斉に散らばっていったわ。それでもほとんどの兵は残っているわね。
「王よ。刺されてはおりますまいな」
「大丈夫だ。だが蟲使いの虫が勝手に落ちるなど」
虫が勝手に…… あぁ、これね。
「これのせいかも。道中で虫除けをくれた人がいたのです」
王様になら教えて差し上げてもいいはずよ。魔法を秘匿されている側だものね。
「これはまた見事な魔アイテムですな。外にもこれほどのものをつくれる者がいようとは」
「驚きです。蟲使いの力で、魔力抵抗も増していたはずの虫が、抵抗できずに落ちるとは」
魔力抵抗ね。それで初めて、動けなくなるところまで寄ってきたんだわ。
「かなり抵抗したとは思いますよ。普通は寄ってくることすらできないみたいなので」
「すばらしい。この技術は私たちも研究せねばなるまい」
王様に喜んでいただけたみたいだわ。無礼の連続だし、あたしにできる協力はしておきたいわね。そうだわ。魔法の品なら、ガルマさんが感心されていた品がもうひとつあったわね。……あったあった。
「参考になるかはわかりませんが。こんなのも頂いていますよ」
たしか封術紙といったわね。どうぞご覧あれ。
「これはただの水生成の封術紙のようですが…… 残り使用回数3765/10000?」
「バカな。そんなものをつくれるわけが……」
お気持ちはわかりますよ。あたしも説明されたときには同じような思いだったものね。
「いや。バカは私たちだ。過去の常識に囚われていては前に進めるわけもない」
「は」
王様って立場に似合わず、とても謙虚であられるのね。お付きの兵も即座に意をくめるだなんてステキだわ。
「すばらしいものを見せていただき感謝します。私たちもさらに視野を広げて研究を進めたいと思います」
よかったわ。喜んでいただけたみたいよ。
ん。アルフったら暗殺虫をつついていたのかしら。まさか食べようだなんて思っていたんじゃないでしょうね。
「王様だと刺客なんてやつにも狙われるんだな」
大変よね。よく聞く、権力争いというものなのかしら。
「護りの意識が低い者を王にして、秘匿した技術を暴きたいのでしょう」
なら王様がやられては一大事よね。
「では早くお城へ戻られたほうがいいのではありませんか」
そもそもここへは、なにをしにいらしたのかしら。ガルマさんへの御挨拶はわかるとしても、無防備な状態で慌てていらっしゃることはないわよね。
「ありがとうございます。ただ万一の備えは済ませております。暴かれる心配はありません」
ふむ。無防備に見えても、身を護れる根拠をお持ちだということかしら。
「ノームか」
へ。ノーム様が王様を護っておられるということかしら。そうだとしたら安心ね。というかうらやまし過ぎるわ。嫉妬しちゃいそうよ。
「はい。もしも暴かれるような事態に陥った際は、すべて土に還すように、お願いしております」
な…… 万一の備えとは、御自身が絶命された後の対策を施されているということなのですか。備えるべき方向が違うと思いますよ。
アルフですら驚いているみたいだわ。
「ぶ。今までの努力を捨てちまうのかよ」
あたしとは違う意味での驚きみたいね。
「犠牲の大きさは理解しております。ですが悪用されては、さらに大きな犠牲が出るのです」
「なるほどな。ノームが手を貸すわけだ」
これほどのお方であれば、民を国を世界を護ることに徹したお方であれば、たしかにノーム様が協力してくださることにも納得がいくわ。
でもノーム様がいらっしゃるのなら、王様は危険を回避できるはずよね。
「では王様を狙ってもムダだと表明されたほうがよろしいのでは」
暴く前にノーム様が消してしまわれるとわかれば、刺客だって危険を冒してまでは狙ってこないと思うわ。
「私が囮になっておれば敵の動きも読みやすいのです。なに、簡単にはくたばりませんよ」
な。なんて覚悟なのよ。
このお方にとって、自分の命は、みんなを護るための道具でしかないのだわ。
でも、どうしてそこまでするのよ。ノーム様が協力してくださっている以上は、危険を冒す必要なんてないと思うわ。
「為政者としての矜持ですか」
王様という立場においては威厳も必要なのかもしれないわね。でも、そんな感情論で危険にさらされるべきではないのよ。
「みなさまのような力は、私にはありません。しかし王としてなすべきことは、わきまえているつもりです」
王としてなすべきこと。民を護り導くことですよね。でも死んでしまってはそれも……
どうして王様はそこまでして矢面に立とうとされるのかしら。王様が隠れて指示だけを出すようになったら問題があるということよね。
……そうだわ。そんな王を見習えば、みんな口先だけの引きこもりになってしまうのよ。導くべき立場にあるからこそ、人のあるべき姿を率先して示さなければならないんだわ。
「王様。安心しろ。俺は力なんてなにもねぇ。ただの人だ」
ハァ。あんたはただのトラブルメーカーよ。
「いつまでここにいるかは、あんた次第なのよね」
「おぉ。なんか俺、えらそうじゃん」
これ以上は王様を危険にさらしたくないわね。あたしたちは早めに町を出るべきだわ。
「えらいえらい。だからあんまり長居はしないようにしましょうね」
「おぉ。つっても今晩はここに泊まらないとな」
まぁ一晩は仕方がないかしらね。王様も夜には王城へ戻られるはずだわ。明日も出ていらっしゃらないように、明朝早くに発てばいいわよね。
「でしたら。王城にお部屋を用意させていただきますゆえ」
「えぇ? 俺、堅苦しいところは嫌だな」
あら。王城ともなればごちそうは確定よ。アルフなら飛びつきそうなものなのにね。でもちょうどいいわ。あたしも特別視はされたくないのよね。
「王様。どうかお構いなく。あたしたちはただの旅人として立ち寄っただけですので」
あたしもアルフもテーブルマナーなんて知らないしね。気をつかいすぎて料理の味もわからなくなりそうだわ。
「し、しかし。もし無礼があって、お怒りに触れるようなことがあれば」
心配性ね。無礼であたしを怒らせるのはアルフくらいのものですよ。ガルマさんに至っては、人ごときがなにをしようとも無頓着だわ。無礼の塊みたいなアルフに対してすらも怒ったことがないのよ。マアマさんは…… き、きっと大丈夫よね。
「案ずるな。こやつらは獣や盗賊に襲われても、町を壊したことなどない。我らを特別視するな」
ふつうは誰だって町を壊したりはしませんがね。あたしたちを化け物みたいにおっしゃったことには抵抗がありますが、まぁフォローには感謝しますよ。
「は、ははぁ。竜人様の命とあらば無論従いますが…… 警護をつかせるわけにはゆかないでしょうか?」
警護ってどこの要人よ。あたしたちはただの旅人だと言ったではないですか。
「俺たちだったら警護なんて要らないと思うぞ?」
そもそも町中が警備兵だらけなのよね。みんなが警護されているようなもんだわ。
「いえ。私めがこのとおり、大騒動を起こしてしまったゆえ、民が怯えております」
どうして民が怯えたらあたしたちを警護しなければならなくなるのよ。
「兵隊さんで埋め尽くされていて、民とやらが見えねぇけれども。だからこそ怯えているってもんか」
「みなさまが民と接する際、民が過剰に怯えずにすむように配慮させていただきたいのです」
実質的には民の心の警護ってことね。たしかにそれが必要になるのはあたしたちの周辺だけだわ。
ふむ。あたしにとっては望ましい申し出ね。ガルマさんに気づいた人が、そっと避けようとすることが哀しかったのよ。みんなが怯えなくなってくれれば、お互いに気楽になるわ。
「そういうことでしたら全然問題ないですよね。ガルマさん」
「うむ」
大勢の人に、ガルマさんが怖くない方だとわかってもらえるかもしれないわ。
「では早速手配いたします。もしなにかありましたら、警護の者を通して、私めにお申しつけください」
「お騒がせしてすみません。王様も頑張ってください」
ふぅ。ようやく王様も兵も引き上げてくれたわ。肩の荷がおりた気分よ。
あら。なにやら放送が始まるみたいね。
「王室より、城下町のみなさまにお知らせします。安全を確認済みなので、落ちついて御静聴願います」
「現在この町に、竜人様御一行がお見えになっておられます」
「粛清目的ではないとの仰せです。決して取り乱さぬよう、旅の客人として接するようにお願いします」
なるほど。これも怯えさせぬ配慮とやらの一環なんだわ。
「これまでになく大げさな対応ですね」
怖がられないように配慮してくれるのは嬉しいわ。でも、結局は特別視されていることが面映いわね。
「ひとつには、護りを重視していることの表れだろう。常に混乱を避けようと配慮しておる」
あはは。常に混乱を避けようと配慮、ですか。
「最初の馬車での登場は大混乱でしたがね。ほかにもあるのですか」
さすがに今おっしゃっては失笑せざるをえないわね。
「王家であれば、帝国が滅ぼされた物語とやらが、つくり話ではないこともわかっておるのであろうな」
あー。国の存亡がかかっているとなれば、大混乱ごときはどうでもいいわよね。警護もつけられずに慌てていらしたわけがわかったわ。
「あはは…… そりゃ焦りますよね」
思い返せば王様が常に、国を第一に考えておられたのは明白だわ。馬車で突っこんでいらしたときの怒声から一貫しているのよね。
国の安寧のためには自らの身すらも盾とする王様なのよ。この国は、王様の心で護られてきたんだわ。あたしは国民のひとりとして、王様に心から感謝するわよ。この国に生まれてよかったわ。
ではあたしたちも町の散策を再開ね。
それにしてもまさか、ここでノーム様にお目通りできただなんて感激だわ。マアマさんが本当にノーム様の上だということまでも確認できたわね。でも具体的にはどういう御関係なのかしら。普段はばらばらに行動されているのよ。
「マアマさんが物質特化であるように、ノーム様は地特化ということなのですかね」
マアマさんとノーム様の御関係は、竜神様とマアマさんの御関係と似たようなものだと推測するわ。
「特化ではあるが、マアマの場合とはニュアンスが異なるな」
あら。予想外の御回答ね。
「はぁ。具体的にはどういうことでしょう」
「マアマは我と同じく竜力を行使する。無限の力だ。ただその対象が物理に限定されておる」
うんうん。マアマさんの説明については、あたしの認識と合致しているわ。
「はい」
「ノームは地の力を行使する。それはマアアがつくりだした大地の力であり、供給量はマアマ次第だ」
うわお。ノーム様がマアマさんを主と呼ぶわけがわかるわ。
「ノーム様の御飯をマアマさんが提供している感じですか」
「うむ。マアマは物質操作の即応性において我を凌駕するが、ノームがマアマを凌駕する要素はない」
ふえぇ。マアマさんが完全に上位とおっしゃるのですね。
てっきり、地操作にかけてはノーム様がマアマさんを上まわるのだろうと思っていたわ。
「なにか聞くたびに、マアマさんの株が上がっていく気がするわね」
「えっへん」
――鋭い衝突音がした。
「きゃ」
な、なんの音よ。密接して聞こえたわ。でもあたしに当たったような衝撃はないわね。装備している罠アイテムに、なにかがかすったのかしら。……壊れてはいないみたいね。
「狙撃か」
日常茶飯事のように平然とおっしゃらないでくださいよガルマさん。やっぱり狙われたのはガルマさんなのね。人の攻撃が通用すると思うだなんておめでたい賊だわ。
「大丈夫ですか!」
警護の警備兵がきたわ。ガルマさんなら何事もなかったかの御様子ですよ。
え。大丈夫かって、あたしに聞いているみたいだわ。
「あたしが狙われたんですか?」
みんながあたしを見ているわ。標的はガルマさんじゃなくて、あたしだったのね。
「うむ。狙った者は既に消されておる」
ひ。
……マアマさんが消したってことよね。
「申しわけありません。警戒はしているのですが、刺客は潜伏術に長けており対処がむずかしい状況です」
狙われた恐怖はあまりないわ。でも、どうしてあたしが狙われたのかしら。たしかにあたしたちは王様と接触していたわ。でもガルマさんやアルフもいるのに、どうしてあたしなのよ。
いや、今考えるべきはそこじゃないわね。
「……」
マアマさんが護ってくださったのよ。だからあたしは今も生きていられるのだわ。
刺客を消してしまったことを責める気なんてまったくないわよ。でも反射的に相手を消してしまうのはやっぱり危険ね。
とはいえ、今この場において危険なのは、マアマさんよりもあたしなのよ。あたしが狙われているのなら、周囲の無関係の人までも巻き添えになりかねないわ。
今のあたしにできる最良の手とはなにかしら。過去の経験をもとに急いで対策を練らなければならないわ。
マアマさんはすべての音を把握しているのよね。正直、信じがたいお話よ。でもあたしの声が届きそうにないほど深い峡谷の底でも聞こえていたのよね。なら王都全域の声が聞こえていたとしても不思議ではないわ。
もしそうだとしたら、消されるまでの刺客の会話で、芋づる式に仲間を特定できるということではないのかしら。先日の盗賊団のように刺客の動きを止め、警備兵を釣ったように刺客を釣れるのであれば、一掃できるのかもしれないわ。
まぁ、聞こえていたとしても覚えているわけはないわよね。ここには数えきれないほどの人が居るのよ。
でもひとりでも捕らえることができれば情報を聞き出せるかもしれないわ。よし、手順を整理してマアマさんに相談し――
「ぜんぶできるよー」
「へ?」
……あたしはまだ、なにも口にしてはいないわよね。
「あはははは」
そういえば狩りのときにも、話してもいないイメージをマアマさんは実行してくれていたわ。
まさか、まさか、まさか……
「つつぬけー」
いぃやぁああああ。やはり思っただけで会話が成立してしまっているわ。
なによそれ。今まで思っていたことは全部マアマさんに筒抜けだったのかしら。マアマさんが能天気だとか思っていたことまで……
「あはははは」
はう。恥ずかしいなんてもんじゃないわ。思ったことがすべて筒抜けだったなんてね。そういうことは先におっしゃってくださいよ。ハァ……
でも、考えてみれば当然よね。イメージが伝わるということは、考えたことが伝わっているのよ。そもそも神に隠し事をしようなんてほうが土台無理なんだわ。
気を取り直さなくちゃね。悠長にしていられる状況じゃないのよ。今あたしがなすべきは刺客の捕縛なんだわ。まずは警備兵に協力を要請しなくちゃね。
「今狙ってきた刺客の仲間を一掃します。刺客を集めてもいいところを提供願います」
あ…… 驚いているみたいね。
失敗だわ。小娘が突然にこんなことを言い出しても説得力がないわよね。どう説明をすれば――
「はい! 現在闘技場が空いております。ノーム様の障壁があるので、広さも強度も十分ではないかと」
きゃー。たなぼたよ。とんでもないのがきたわ。
「ノーム様の障壁! ハァ…… とってもステキですね。ぜひそこへ案内をお願いします」
王様の騒ぎのお陰で、あたしの言葉でも信用してもらえるみたいね。
「は。すぐに手配しますので少々お待ちを」
ほかの警備兵まで集めたわね。なにをするのかしら。
「お前は王に事の報告を」
「お前は闘技場の管理者に伝え、ノーム様の障壁を稼動させろ」
「お前は待機中の警備兵と守護兵を召集して、闘技場周辺を封鎖させろ」
「お前は町へのアナウンスだ。闘技場には誰も近づかせるな。町人を混乱させぬように案内しろ」
わぁお。今お願いしたばかりなのに手際がいいわね。さすがはプロだわ。
「お待たせしました。では闘技場へ御案内します」
案内してくれるのはありがたいとはいえ、この大層な行列はどうにかならないのかしら。あたしが狙われているのだから、なるべく離れていて欲しいのよね。
闘技場とやらに着いたわ。随分と立派なつくりね。ここなら中で暴れられたとしても町への被害は防げそうだわ。
「おぉ。広いな。でもここに刺客を呼んでも、観客席とかに逃げこみそうだぞ」
そうね。刺客が何人いるのか不明だから広さは必要だわ。でもこう広いと逃げ放題よね。まぁ、動きはマアマさんが止めてくださるはずだわ。
「御安心ください。目には見えませんが、ノーム様の障壁が張られています。逃げるのは不可能かと」
脱走不可能ときたわ。さすがはノーム様よ、信頼性抜群ね。でも見えないのは残念だわ。
「ではちゃっちゃとやっちゃいますか。危険はないと思いますが、一応下がっていてくださいね」
もうイメージするまでもないはずよ。あたしの考えたことは全部が筒抜けなんだものね。ではマアマさんお願いしますよ。ほいっと。
きたきた。50人くらいかしら。前に捕縛した盗賊団よりは少ないわね。
「え」
「どこだここは」
「なんだ? 体が動かないぞ」
「なんの真似だ。私を誰だと思っている」
盗賊団と違って身なりがばらばらね。見るからに刺客ぽいのもいれば、普通の町民や、兵や貴族のような風貌の者までいるわ。
みんな混乱しているみたいね。まずは状況を説明するべきかしら。
「みなさんが刺客の仲間であることは判明しています。おとなしく更生してくださいね」
きもいわ。みんなが一斉にこっちを見たわよ。でも首を回すことすらできないのね。口と目玉しか動かせていないわ。
「貴様、標的の娘。なぜここに」
「俺様になにをしやがった。身体の自由を返せ」
「私が刺客の仲間だと? なにを証拠に」
あんたたちにはわからないわよね。でも、どんな言い訳をしてもムダなのよ。マアマさんが捕縛した時点で問答無用なのよね。
「証拠はみなさんが今ここに捕らえられたことです。神が審判なされたのです。人になせる業ですか?」
静まったわね。納得してくれたのかしら。
「ふざけるな。私は無実だ。なにが神だ。そんなものが実際に――」
あら。言い訳が途中で止まったわね。あぁ、ガルマさんに気づいたのかしら。顔色が真っ青になっているわ。そんなものが実際に、いらっしゃったのだものね。
ならばあとは警備兵にお任せしようかしら。
「ではみなさんの更生をお願いします」
今回は警備兵への説明が不要なのよね。捕縛よりも説明のほうが厄介だから助かるわ。
「は。努力することはお約束します。が、この者たちが更生するとは思いがたいのですが」
ですよねー。もちろん無理強いなんてできませんよ。
「はい。あたしからの、ただのお願いです」
「承知いたしました」
ふぅ。目的は完全に達成できたわ。これで町の人たちが危険に巻き込まれる心配はないはずよ。
「マアマさんありがとう。さすがですね」
「えっへん」
でも、もうひとつ気がかりなことがあるわ。
暗殺虫や、狙撃に使用された武器が放置されていては危険だと思うのよ。やっぱり回収しておく必要があるわよね。おそらくはそれらを入手するための資金源となった盗品とかもあるでしょうし、まとめて没収したいわ。
でも、そこまでマアマさんに判別できるのかしら。うーん。できる範囲でお願いすればいいわよね。
「ここなら十分に広いし。もう一仕事お願いしてもいいかしら」
「まかせろー」
ではお願いしますね。ほいっと。
わぁ。山のように現れたわよ。兵器・薬品・資料・貴重品…… いろいろだわ。王様を襲ったのと同じ外観の虫が入った籠とかも見えるわね。
「……これは?」
あ。警備兵に説明するのを忘れていたわ。先に許可をもらうべきだったかしら。
「捕らえたみなさんの危険な装備や、資金源となっている盗品類です」
まぁ、あたしが確認したわけじゃないから、断言してもいいのかは怪しいわ。
「たしかに。盗難届けのある品もいくつか見覚えがあります」
うんうん。やっぱりマアマさんの仕事は完璧よね。
「押収品として適切に処理願います。爆発物などがあるかも知れませんので慎重に」
マアマさんにお任せだから、内容についてはまったくわからないのよね。相手が相手だけに危険物も多そうだわ。
「承知いたしました。重ね重ねありがとうございます」
あと伝えておくべきことは…… そうだわ。あたしが捕縛した条件を、警備兵は知らないわよね。油断されないように、一応は念を押しておくわよ。
「今回捕らえたのは、さっきの狙撃犯の一味のみです。ほかの犯罪には引き続き警戒願います」
「は。重ねて承知いたしました」
よし。これですべて終わりよね。みんなが無事に終わってよかったわ。町に戻るわよ。
「おい。身体が動かないんだよ。もう捕まったんだからいいだろ。治せよ」
「知らん。神の審判だと言っていただろう。神にでも祈れよ」
「ふっざけんなー」
警備兵に対しては随分とえらそうな刺客ね。今までコケにしてきたのかしら。なら冷たくあしらわれるのは自業自得よね。
「あの連中。縛られても身体が動かないみたいだな」
「そうね。身体を動けなくしてとはお願いしたわ。でも、治すお願いはしていないわね」
動かせるようにしたところで悪さをするだけなのよ。放っておけばいいわ。
「お前結構えぐいな。前の盗賊団とか、いまだに身体が動かないままになっていそうだな」
「え」
さ、さすがにそれは酷すぎるわ。でもたしかに、あたしは拘束を解除する条件までは考えていなかったのよ。考えてすらいないことまでは、マアマさんに伝わらないわよね。もしかして、ずっと拘束しちゃったままなのかしら。
「更生するまでー」
はぁ~。よ、よかった~。さっすがマアマさんよね。あたしが更生を促していたから、拘束も更生するまでにしてくれたんだわ。
でも、それでもきついかしら。いつ更生するかなんてわからないわよね。下手をすれば更生しない可能性もあるのよ。
「更生しなきゃ一生そのままなのね」
話せる以上は、食べさせてもらえば食事はできるのかしら。でも排泄は…… いやいやいや、想像しちゃいけないわ。でも牢って、1部屋に囚人がまとめられているのよね。そんな状況で排泄…… だから想像しちゃいけないってば。
「それはいいんじゃねぇの。更生しないやつを解放してやる意味がねぇ」
牢から解放しろとは言っていないわよ。拘束もし続けろというのかしら。
「それでよく、あたしのことをえぐいとか言えるわね」
これは実質的に拷問よ。虫が身体を這いずっても追い払えないし、刺されて痒くなっても掻けないわ。同じ姿勢じゃ身体が痛くなるでしょうし、ストレスで頭がおかしくなりかねないわよ。
「治すかどうかは当人の意志で決まるんだから自業自得じゃね?」
……あぁ。本気で治したければいつでも自分で治せる状況なのよね。更生すればいいだけなのよ。拷問といっても自ら受けているに等しいんだわ。アルフの言うことはもっともね。
「それもそうか」
ならば。あとは速やかな更生を祈るだけね。
「警備兵の兄ちゃん。飯がうまくて気安く使える宿はねぇかな」
警備兵は案内人じゃないのよ。
でも闘技場までの案内をお願いしたあたしには言えないかしら。
「は。ノーム様のおかげで土地が肥えており、作物も獣も上質です。素材ではどの宿もお勧めできます」
「おお。ノーム様最高じゃん」
当然よ。でもそんなことでしかノーム様のすばらしさを理解できないのかしら。
「味つけについては好みの分かれるところです。肉料理が人気の宿や山菜料理が自慢の宿なら紹介できます」
「おぉ。肉! 肉料理がお勧めの宿を頼むぜ」
ノーム様のおかげで肥えた肉ね。これはアルフじゃなくても期待しちゃうわ。
「かしこまりました。では早速御案内します」
こうしてみると、やっぱり町の中はところどころを警備兵が巡回しているわね。そのうえ、設置された魔アイテムによる監視までもあるのよ。
「びっくりしたわねぇ。こんな警備兵だらけの町で襲われるとは思わなかったわ」
しかも狙撃よ。そんなおそろしい事件には生涯無縁だと思っていたわ。
「犯罪者のレベルが高いって感じだな」
うんうん。今までに見かけた賊とは別物って感じよね。マアマさんが反応したということは、賊除けの罠アイテムでは防ぎきれない攻撃だったのよ。まさに想定外の強さだったんだわ。
「王を狙う者どもだからな。この国の犯罪者の中では、最上級の技術を有しておるだろう」
ハァ。呆れるわね。努力する方向が違うわよ。最上級の技術に至れるほどの才覚があるのなら、まっとうな道でも活躍できたはずだわ。
「厳しい警護の中でも活動して培ってきた実力ですか」
方向が間違っていたとはいえ、努力自体はしていたということよね。
「更生できれば、この国にとってよき力になるやもしれぬな」
そうですね。たとえば賊を見つけて捕らえる側になるのなら大活躍できそうだわ。警備兵が向いているわね。でも今は天敵みたいなものだからむずかしそうよ。
「更生か死かって状態みたいだし。大丈夫じゃね」
そうね。更生できなきゃ動けないままで死ぬしかないのよ。せっかく与えた更生の機会をムダにしないでほしいわね。
「本当にそうであってほしいわ」
「あはははは」
さて、宿に着いたわ。あら、既に部屋が手配されているのね。宿泊費まで支払い済みだわ。なんだか嫌な予感がするわね。変な部屋ではありませんように……
ハァ。なによこれ。呆れるほかないわね。これだけ大きな宿で、1フロアぶち抜きの広さよ。たったの3名でどう使えというのかしら。
「またすごい部屋を用意してくれたわね。なによこのベッド。10人は余裕で一緒に寝られると思うわ」
大きければいいってものではないのよ。ベッドの中央まで歩いていけとでもいうのかしら。それとも寝転がってゴロゴロと…… どっちにしても滑稽ね。
「ベッドだけで普通の家の1部屋くらいはありそうだな。気安く使える宿って言ったのにこれかよ」
たしかにアルフはそう注文していたわね。困ったもんだわ。
しかし泣けるわね。宿といえばベッドで寝られることが楽しみなのよ。それなのにこの巨大ベッドは嫌がらせとしか思えないわ。
「ムダにもほどがあるわよ。どうしてこんなベッドをつくるのかしら」
どうせお金をかけるのなら、客が喜ぶ方向にかけるべきよね。こんなのを誰が喜ぶというのよ。
「ハーレムってやつじゃねぇの」
「ぶ。あぁ。そんな酔狂なお金持ちが泊まる部屋なのね」
最悪だわ。部屋を変えてもらおうかしら。
「たまにはいいんじゃねぇの。憧れがバカらしいって実感できるかもよ」
あぁ。たしかに一度経験しておくことは勉強になると思えるわ。
「あはははは。たしかにそうね。憧れはあったわ。でも、二度とごめんよ」
「そこまで酷いか?」
そこまで酷いわね。
「なんでも揃っているわ。でも広すぎて、なにするにも遠いわよ」
お風呂も大浴場みたいな広さなのよね。十分に泳げるわ。疲れを癒すためのお風呂でムダに歩かせないでよ。ベッドまで歩いて戻る間に湯冷めしちゃうんじゃないかしら。
「金持ちは従者にやらせるから問題ないんだろな」
あたしには、さらに大きな問題もあるのよね。
「下手に汚したり壊したら高くつきそうだし。身体がなまりそうね。絶対ごめんだわ」
下手に筋トレもできないわよ。
「ははは。たしかに。ベルタに向いてないのはよくわかるわ」
まぁ最初で最後なら我慢できるわ。土産話にはなるわよね。
「で、明朝出発でいいの?」
「おぉ。もともとこの町に用はねぇ。お前が町好きだし。通りがかったから寄っただけだ」
あたしが町好きだから、ね。騒動の遠因はあたしだったんだわ。気が滅入るわね。
「嬉しいわ。でも、すっごく迷惑かけちゃったわね……」
あたしたちが町に入らなければ、王様が出てくる必要もなかったのよ。
「そうでもなくね? 悩みの種だった刺客を一掃してやったんだしさ」
「そう思ってくれるといいわね」
なんだかんだと疲れたわ。さっさと寝ちゃうわよ。
――翌朝、宿を出ようとすると兵が待ち構えていた。
ハァ。朝っぱらからなによ、この大勢の兵は。おそらくはあたしたちを待っていたのよね。
「ベルタ、なにやらかしたんだよ」
「え? どうしてあたしなのよ」
昨晩から今朝までずっと、あんたも同じ部屋にいたわよね。あたしだけに用があるわけじゃないと思うわ。
「寝ぼけてマアマを使って城でも壊したんじゃねぇか」
ぶ。王城はどっちよ。……外観は大丈夫みたいね。
「適当言わないでよ。どこも壊されていないわ」
ありえないとは言いきれないからシャレにならないのよね。
「ははは。真に受けるなよ」
わ。兵が一斉に敬礼したわ。
ひとり歩み寄ってきたわね。……なにやら紙を取り出して読みあげ始めたわよ。
「おっちゃん、なに言ってんだ」
あたしにもわからないわね。わかる単語が混じってはいるから、あんたを寝かせる呪文ではないと思うわよ。だから朝っぱらから眠そうにしないでよね。
「なにかお礼を言っているみたいだわ。でも、むずかしい言葉だらけでよくわからないわね」
相手に理解できないであろうむずかしい言葉をわざわざ使うだなんて頭が弱いのかしら。それとも理解できないあたしたちが悪いのかしら。少なくとも子ども相手に使う言葉じゃないと思うのよね。
「昨日の狙撃を防げなかったおわびと、刺客の一味を一掃してもらった礼をしたいそうだ」
おわびとお礼で相手を不快にさせていたら意味がないわよね。
「そんなの要らねぇだろ」
まったくよ。おわびもお礼も、その場にいた警備兵から既に受けとっているわ。
「そうね。王様のためにやったわけでもないし。あたしたちは、もう町を出るので気にしないでください」
放っておいてくれるのが一番ありがたいわ。
「では、これをお持ちいただけないでしょうか。王より、お渡しするように賜っております」
なにかしら。紙の束ね。100枚くらいかしら。
「本当は有益な魔アイテムをお渡ししたかったのですが。みなさまのお役に立てるほどのものがなく、面目ない」
この方の態度からして、本当に粗品なのかしら。なら受け取っても問題はないわよね。
「なんだこれ。ベルタの花摘み用の紙か」
そんなに死にたいのかしら。
「あんた。ここで土に還して、ノーム様の養分にしてもいいのよ」
公衆の面前で口にするような言葉じゃないわよね。
「いやいや。ノーム様が腹壊すって」
ろくなことを言わないわね。でも粗品だけに可能性を考慮すべきかしら。一体なんの紙かしらねと…… 見覚えがあるわ。でも、なにかたりないわね。
「まったくもう。これは小切手帳ですね。使ったことあります。でも金額を書き忘れていますよ」
うっかりにもほどがあるわ。
「御自由に記入してお使いくださいとのことです」
……えーと。どういう意味だか、わかって言っているのよね。
「……」
「……」
本気なのかしら。……この方の瞳が、本気だと応えているかのようだわ。
いや冗談ですよね。……冗談ではないと応えているかのようだわ。
いやいや。さすがにこれは冗談としか――
「やったなベルタ。大金持ちじゃん」
は。瞳で語っている場合じゃないわ。
「冗談じゃないわよ。こんなのもらえるわけないでしょ」
お気持ちだけを頂いておくわ。
「お待ちください。王も十分に考えたうえでの御決断なのです」
考えたうえでの行動とは思えないわ。
「あたしが、とんでもない額を書いたらどうするのよ」
これ国家保証の小切手だわ。王様にも払えないような額になれば、国民が支払っている税金が原資になるわよね。そんなの、僅かでもムダになんてできないはずだわ。
「通貨は国で発行しておりますので、請求されただけ発行してお支払い可能です」
ありえない回答だわ。
「そんな錬金術みたいな」
それでお金を増やせるのなら税金なんて要らなくなるわ。
「あまりに大量に請求された場合は、通貨の価値が下落してしまいます」
やっぱりダメじゃないのよ。お返しするわ。
「大問題じゃありませんか」
あたしに国を破綻させたいのかしら。
「それでも。国の危機を救ってくださった対価としては、たりないくらいだとの仰せです」
へ。身に覚えのないお話になっている気がするわ。国の危機なんて、救うどころか、あったのかどうかすら知らないわよ。
「国の危機? あたしは、あたしを襲った一味を捕らえただけですよ」
50人程度だったし、昨日集まった兵のほうが遥かに多いわ。国に挑んだところで簡単に取り押さえられるわよね。
「恥ずかしながら。その一味の中には、われら兵士の一部や、高権力の大貴族まで含まれていたのです」
あたしが意識したことではないわよ。礼をもらう理由にはならないわ。
「そんなの、たまたまですよ」
運がよかったからと、あたしにお礼をされても困るわ。
「ベルタ様が狙撃されたのも、その兵士が虫除けの魔アイテムの情報を流したからです」
「あぁ。あのときの話で狙われたのか。ようやくあたしが狙われた謎が解けたわ」
それは知りたかった情報よ。すっきりしたわね。
「われわれだけでは、いつまでも見つけられなかったであろう暗部を、あぶり出してくださったのです」
この方の言いたい、国の危機とやらがわかってきたわ。身内の裏切りによって、国が内部から滅ぼされかねない状況だったということよ。信頼している身内が手の内を敵に流していたんじゃ解決するわけもないわ。
でもやっぱり、あたしが意図してやったことではないのよね。あたしが救ったのではなく、たまたま救われたのよ。おめでとう、でいいではありませんか。
「だからそれは、あたしが国を救おうとしたわけじゃ」
「いいじゃん」
「アルフ」
なにを考えているのよアルフったら。
「もらってやれば王様は納得する。ベルタは嫌だったら使わなければいい。それで解決だろ」
能天気はいいわね。受けとった場合の問題を考えるべきだわ。
「……こんなの落としちゃったりしたらどうするのよ」
賊に拾われたりしたら、それこそ国が破綻するわ。
「勝手ながら。受け取り人には既にベルタ様を記入させていただいております」
どうしてこう、とんでもないお礼を押し付けようとする人ばかりなのかしらね。
「ハァ…… わかりましたよ。ありがたく頂きましたと王様にお伝えください!」
落としても大丈夫というのであれば、受け取っても問題はないわよね。
「は。これで私めも王を喜ばせることができましょう。ではよい旅路を」
ようやく兵は引きあげたわね。でも小切手は残ったわ。
「どーすんのよこれ」
もらった以上は使わないと悪いわよね。でもお金には困っていないわよ。
「リュックに放りこんで忘れてしまえばいいんじゃね」
……受け取っておきながら、使わなければいいと本当に思っているのね。使うことを期待して贈ってきたはずの品なのよ。
うーん…… まぁ、押し付けられたわけだし、そこまで気にしなくてもいいのかしらね。
「そっか」
ぽいっと。処理完了ね。
さぁ、町を出るわよ。ゴタゴタが多すぎだったわ。
ノーム様の城壁…… おそばを離れることだけは名残惜しいわ。いつかまた拝謁しに参りますね。
「ではノーム様。これで失礼します」
さすがにノーム様は同行してくださらないわよね。って、あたしったらなに不敬なことを考えているのかしら。あ~、後ろ髪を引かれる思いだわ。




