おまけ:この峡谷渡るべからず
整備されているわけでもない割には、比較的安全で歩きやすい林ね。こういうところは快適でいいわ。
「考えようによっては、呼ばれているほうへ向うというのは、迷う心配がなくていいわね」
常に直進できるわけじゃないもの。知らない場所を指定されるよりは、わかりやすいのかもしれないわ。
「おう。途中に崖や海があるかもしれねぇけれどもな」
ぐ。いいことばかりでもなかったわ。嫌なことを思い出したわよ。
「そうだったわね。温泉も溶岩湖だった可能性があったわけだし」
まぁ、この林にかぎっていえば危険はなさそうね。
なんて思っていたら、もう林は終わりだわ。うわぁ、絶景…… 過ぎるわよ。
見晴らしがいいにもほどがあるわよね。切り立った深い峡谷の崖っ縁よ。
「おー。絶景」
喜んでどうするのよ。先へ進めないわ。
「なによ。行き止まりになっているわ」
見渡せる範囲には渡れそうなところがないわね。
「いや。峡谷の向こう側から呼ばれている」
事もなげに言わないでよね。
どうにか底は見えるという程度の、とてつもなく深い峡谷なのよ。
「どうやっていくのかしら。ここ降りて登るとか、あんたの体力じゃ無理だと思うわよ」
もしやるとしたら、あたしがアルフを担いでいくしかないかしらね。
「ジャンプしてなんとかなる距離じゃねぇしな」
それだわ。こういうときにこそ発想力が大切なのよね。
「あたしがアルフをぶん投げるから、ロープ持って飛んでみる?」
崖の向こうへ確実に届かせる自信ならあるわ。
「すぐに俺を殺そうとするなよ。呼ばれているのは俺だから、俺だけでも行ける方法があるはずだ」
そうはいってもねぇ。アルフが独力でここを渡る方法があるとは思いがたいわよ。
「へぇ。なにから呼ばれているかもわからないのに、呼び主を信じているのね」
あら、考えているのかしら。とはいえ、考えてどうにかなる状況とは――
「よし」
え、ウソ。何かを思いついたような口ぶりよね。
「峡谷を越える方法がわかったの?」
まさかアルフにそんな発想力が――
「飯にしよう」
やっぱり、そんなところだろうとは思ったわ。
「……そうね。ただ考えているよりは食事をすませておくべきだわ」
――聞き覚えのない、すさまじい音が響いた。
「きゃぁああ」
な、なんの音よ。爆発かしら。それとも衝突かしら。ここは大丈夫なのかしら。
「なんだありゃ。水鉄砲?」
……岩の裂け目から大量のお湯が噴出しているわね。蒸気もすごいわ。
「間欠泉だな」
自然のびっくり箱みたいですね。問題はなさそうでよかったわ。
「吹きあげた水がちょうど峡谷をまたいでいるな」
……言いたいことはわかるわよ。でも正気とは思えないわね。
「え? まさかあれに飛びこむ気?」
アルフほどの能天気なら、そう考えるはずよね……
「ほかに手がないみたいだしなぁ」
思ったとおりだわ。どうにかして、思いとどまらせないといけないわね。
「間欠泉て、すっごい熱湯じゃなかったっけ」
「知らん」
「かなり深いところから噴出しておるようだ。地表に出る時点では40度程度まで下がっておるな」
「おー。ちょうどいい湯だな」
ガールーマーさーん。ここは止めなきゃダメですよね。
いつものありがたいフォローもここでは逆効果だわ。
「で、でも。あんな勢いで飛ばされたら地面に叩きつけられて危険だわ」
「知らん」
「向かいは池ができておるようだ」
「おー。間欠泉が続いていれば勝手に池になるってわけか」
ぐぅ。なんでも見通せるというのは、こういうときに厄介だわ。
お願いだから邪魔をしないでくださいよガルマさん。
「でもぉ! 途中で落ちる可能性とかないの? 勢いの弱いときとかもあると思うわ」
「知らん」
「それは十分ありうるな」
「おー。そんときはそんときだな」
ちょ。ようやくガルマさんが危険を認められたのにスルーするんじゃないわよ。
「納得できるわけないわ!」
このバカは命をなんだと思っているのよ。
「お、おぉ。んじゃベルタのロープ案を使おうぜ」
「へ」
なにを言っているのかしら。あたしの案は、あんたがロープを持って、あたしが投げるという案よ。あんたがロープを木にでも結んで、それをあたしが伝ってわたろうと思ったのよね。間欠泉は関係ないわ。
「ロープの片方を俺たちにつないで、もう片方を大木につないでおく。それだったら落ちても途中で止まるだろ」
要は命綱をつけようという案なのよね。
……やっぱり間欠泉は要らないということじゃないかしら。
「それならあたしがアルフを投げてもいいわよね」
間欠泉じゃ届かない可能性だってあるのよ。
「どんだけ俺を投げたいんだよ、お前は。間欠泉のほうが、ちょうど池に落ちる可能性は高いと思うぜ」
……言われてみれば、可能性だけはそのとおりかしら。
あたしが投げれば確実に峡谷を越えることができるはずだわ。でもコントロールは心もとないのよね。
下手をすればアルフは、ミンチや串刺しになりかねないかしら。
「わかったわよ。やればいいのよね」
命綱をしっかりと括り付けて…… よし。ロープの長さも十二分にあるわ。
「んじゃいくぜい!」
威勢がいいわね。命がけの挑戦だとわかっているのかしら。
「大猪より怖いわよこれ。あんた、よく平気よね」
吹きあがってきたわ。それじゃアルフを抱えて、突入!
「ひゃっほー」
「きゃぁあああああ」
猛烈な勢いで吹きあげられているわ。
無事に届いて、お願い、お願い、お願い――
「ベルター! 目開けろー」
「無理無理無理ー」
こんなの怖すぎて無理よ。
「開けないとやばいぞー」
「え?」
や、やばいってなによ。すっごい水しぶき。こんな状況でなにを見ろって……
え。丸い虹だわ。幻想的な美しい峡谷の上に丸い虹が…… これはすごいわね。
「うわぁあああ。きっれー」
「な。見逃したらやばいだろ」
って、なにか落ち始めているわよ。もう池が目の前にきているわ。
「いぃやぁあああああ」
「着水!」
ぶは。かなりの衝撃だったわよ。どうにか無傷で峡谷を渡ることができたみたいね。とりあえずは岸まで泳ぐわよ。もたもたしていたら次の間欠泉が直撃しちゃうわ。
「絶対に、こんなの旅じゃないわよ。冒険よ。探検よ。あたしは旅がしたいのよ!」
この調子じゃ本当に溶岩湖でも入ろうと言い出しかねないわね。
「おぉ。普通の旅じゃ見れない、最高の光景だったな」
命と引き換えにするほどではないわよ。
さて、命綱を外して、こっちに結び付けておかないとね。
「なにやってんだ」
能天気って、本当にまったく先を考えないのよね。
「間欠泉は一方通行よ。帰りに備えてロープを張っておかないと」
それとも帰りはあたしに投げられるつもりだったのかしら。
「帰りもここを歩きたいのか。俺は瞬間帰還器を使うつもりだったぜ」
あ。帰りにここを通る必要はなかったわ。
「……それもそうね」
あら。ガルマさんがなにか困惑しておられるような雰囲気よ。でもガルマさんを困惑させるような要素なんてあるはずが――
「あれ? マアマは?」
「え?」
マアマさんなら背中に背負ったまま…… な、いないわ。
「いやぁあああああ! マアマさん、落としちゃった?」
こ、こんな深い峡谷に落としてしまったら、探し出すなんて不可能かもしれないわ。一体どうすれば――
「あい」
「……へ?」
マアマさんの声がしたわ。って、背中にいるわよ。さっきはいなかったわよね。崖下に落ちたはずだわ。どういうことよ。
「マアマにとっては、この世界のうえならどこでも一緒だと言ったであろう」
「へ」
なにか引っかかるおっしゃり方をされるな、と思った覚えはありますね。
「どこにいようが、お主が呼べば戻るであろう」
……底まで何キロメートルあるのかしら。とんでもない深さよ。
「呼べばって。峡谷の下まで、あたしの声が届いたのですか」
それほど大声で叫んだわけでもないはずだわ。
「すべての物質を統括しておると言ったであろう。音は物質の振動だ。すべての音をマアマは把握しておる」
すべての音ってなんですか。音がごちゃまぜになったら、なにがなんだかわからなくなるだけですよ。
「もうわけがわからなすぎです。でもよかった~」
「あはははは」
うかつだったわ。マアマさんはなにがあろうと手放してはいけない存在なのにね。万一に備えておくべきだったのよ。
「よぉし。これに懲りて今後はしっかりとマアマさんを」
「お」
一番確実な方法で落とさないようにするわ。
「腰ひもに縛りつけておきましょう」
早速…… ん? 今度はガルマさんが呆気にとられているみたいだわ。気のせいかしら。
「……脳筋とは手強いものだな」
「つよすぎー」
「は?」
またノーキンて言葉がでてきたわね。あたしにやれることで考えることだったかしら。それが手強いとか強すぎって、よくわからないわね。強すぎるのはガルマさんやマアマさんよ。
「密林なのに、獣が襲ってくる気配がねぇな?」
たしかに、密林の中の池なら獣も集まってくるはずだわ。
「そうね。いないわけじゃないとは思うわ。でも、見当たらないわね」
なにかが潜んでいそうな気配は感じるのよ。
「こんだけ茂っていると飯食うところもねぇな。お」
ちょ、アルフ。いないわけじゃないと思う、と言っているのに無造作に密林に入り込んじゃ危ないわよ。
「こっちで飯食えそうだぞ。うぉ?」
アルフが倒れたわ。
え。砂に飲みこまれながら流されていくわよ。
「アルフ! なにこれ流砂?」
追いかけたら、あたしも巻き込まれちゃうわね。ロープはさっき命綱として使っちゃったわ。どうすればいいっていうのよ。
「アリ地獄だな」
……あたしの知っているアリ地獄とは別物かしら。
「アリ地獄って。アリを捕まえる罠を仕かける、小さい虫のことですか?」
そうだとしたら、人を飲み込むような流砂をつくりだせるわけがないわ。
「ここのは大きいようだな」
人を襲うほどに大きくなったアリ地獄ということなのですか。まさかそんな……
うわ。アルフが運ばれて行く先に虫が見えたわ。
「とにかく中央にいる虫を潰せばいいんですね」
ちょうど岩があったわ。んしょ。狙いを定めて…… おりゃ。
よし、命中。
「うぉぉ。大岩に潰されて死ぬかと思った」
仕方がないわ。そもそもあんたの能天気が原因よね。投げざるを得なくなったのは、あたしのせいじゃないわ。一刻を争う状況だったのよ。
「投げなきゃ、あんた食べられていたわ。アリ地獄の毒って猛毒らしいわよ」
温泉のときといい、ここといい、アルフの能天気は危険すぎるわ。
「お、おぉ。サンキュー。獣の気配がないと思ったら、こんなのがうじゃうじゃいるのかね」
ハァ。とりあえずは無事でよかったわ。でも危険な密林みたいよね。
「ベルタよ。もし近くに大岩がなかったら、どうするつもりだったのだ」
「え。小石でもなんでも投げて」
近づけば巻き込まれるから、なにかを投げるくらいしか方法はなかったわよね。
「それが効かなかったらアルフはどうなっていた」
「……」
虫は体格の割に強靭だと習った覚えはあるわ。あれだけ大きければ、あたしの攻撃が通用しない可能性も十分にあったわね。とはいえ、ほかに投げるようなものも――
「周囲の力を借りることにも配慮する。お主が自ら誓った言葉だ。急を要するときほど意識せよ」
あ。ノーキンという言葉を初めて聞いたあとに、たしかに誓いましたね……
「そっか。マアマさんがいるんですよね。ダメだなあたし。全然成長しないや」
ノーキンが手強いってそういうことなのね。慌てると、自分でどうにかしなくちゃとしか考えられなくなってしまうのよ。それを正せないってことなんだわ。こういうときほど、マアマさんの力を借りるべきだってわかっていたのにね。
どうすればいいのかしら。
「ギリギリまで自力で挑戦することは望ましい。だが間に合わぬ可能性があるときにはこだわるな」
うぅ。わかってはいるつもりなのですよ。
「はい。こだわりはないと思うのですが、気が回らないんですよね。とにかくどうにかしなくっちゃって」
マアマさんを信用しているし、遊ばせる必要もあるし、活用したいとも思っているわ。でもとっさの状況では、頭の中から消えちゃうのよね。
「うむ。常に意識することでクセをつけるしかなかろうな」
そうね。困ったときにマアマさんを意識できるような対策が必要なんだわ。
「はい。最終的に自分でやるにしても、まずは使える手をすべて考えるべきということですね」
一刻を争う状況でじっくり考えるというのは矛盾しているわ。でも急がば回れということよね。時間がないのに選択を誤れば取り返しがつかなくなるのよ。
「べるたー。がんばれー」
マアマさん…… いつもあたしの望みをかなえてくださっているのに、大切なときに忘れちゃうだなんてね。本当にごめんなさい。
「ありがとマアマさん。いざというときはお願いします」
これ以上は同じ失敗を繰り返せないわよ。
「おいらにまかせろー」
そうさせていただきますね。マアマさんを常に意識するにはどうすればいいのかというと……
「とりあえずは。マアマさんを背負うのをやめて、持ち歩くようにすることで、意識を向けてみましょうか」
手にしてさえいれば確実に気づくはずだわ。というか、それでダメならどうしようもないわよね。
「わーい」
そうと決まれば早速握っておきますよと。ここは既に危険な状況下だったわ。
「とりあえずはこの密林が危険ですね。早く抜けましょうか」
もうどんな危険も見落とさないわよ。
「いや。それは違うぞベルタ」
アルフにまで指摘されるだなんて、あたしったら動転しすぎだわ。
「え。またあたし、なにか見落としている?」
現状で、この密林の危険回避よりも優先すべきことがあるというのよね。
「おぉ。今一番優先すべきは」
「すべきは?」
また、なにをもったいぶっているのかしら。そんなに大層なことが――
「飯だ」
ち、力が…… まぁ、アルフならそんなところかしら。
「そうね。間違ってはいないわ。この大岩の上なら周囲も見張れるし、ここで食べるわね」
たしかに食事はとっておかないと、いざというときに動けないわ。密林を抜けるまでにどれくらいかかるのかもわからないのよ。
それに危険なところとはいえ、マアマさんが護ってくださっているのだから、慌てて密林を出る必要もなかったわ。
「アリ地獄の周囲に死骸がいくつか見えるわね。あれって獣じゃなくて大きな虫?」
体液を吸われたのかしら。しぼんじゃっていて原形がわからないのよね。でも獣の毛皮って感じではない体表なのよ。
「アリ地獄がでかいんだったら、ほかの虫もでかいのかもな」
ぞっとするわ。やっぱりほかの虫も大きいと考えるのがもっともよね。
「大きな虫の密林かぁ。聞いたことはないわ。でも、あってもおかしくはないわね」
峡谷で隔離されているぽいことが救いだわ。こんなのが拡散したら罠アイテムじゃ厳しいわよ。この先に住んでいるであろう人たちはどうしているのかしら。
「主がいるとしたら虫なのかな。クモとかサソリとか。そういや大蛇が主の森もあったな」
あぁ。単体の大きさだけなら大蛇のほうが遥かに上だったわ。
「あの森は、主以外はふつうに見えたわよね」
ここは生態系がおかしくなっちゃっているように思えるわ。
「あそこの獣はうまかったな。虫がでかくなってもうまくはないだろう。ここに用はねぇな」
用がないのは同意よ。さっさと食べて出発しなくちゃね。
「よもや、このようなところへ竜人様がいらっしゃろうとは」
ひ。何よ突然。聞き慣れない声だわ。
まさか、密林の主の話をしていたから当人がやってきたのかしら。
でもそれにしては人の言葉よね。
「だ、誰?」
周囲には誰も見当たらないわよ。
って、足みたいなものが…… うわ、上から子どもが降りてきたわ。
どうして人が浮いているのよ。
「ようこそわが領域へ。私はここで、魔道と生命について研究をしておる者です」
わが領域ですって。やっぱり密林の主なのよね。こんな子どもが、危険な密林の主だなんてありえるのかしら。
「ホムンクルスか」
ホムンクルス…… たしか人造生命体だったかしら。
「はい。人の体はあまりに寿命が短いゆえ、このような姿で応じるほかありませんでした。お赦しいただきたい」
寿命が短いですって。子どものセリフじゃないわよね。
「失礼ながら子どもに見えるのです。もしかして、とっても御年配なのですか?」
見た目と違って、話しぶりは年配者ぽいわ。ガルマさんを竜人様と知りながらも接触してきたし、おまけに浮いているし。やっていることは大人顔負けなのよね。
「竜人様の前で申しあげるのは恥ずかしい程度ですが。既に1000年ほどは生きております」
とんでもなく年配者だったわ。外見じゃ、まったく判断できないわね。
「なんでこんな危ないところに住んでいるんだ」
年配者だと確認した直後に、どうしてそんな口調で問えるのかしら。
アルフは相手が誰であろうと、ほとんど区別をしない対応をするわね。
「魔道は禁忌となっておるゆえです。人目につかず広大なところを求めた結果、ここにたどり着いたのです」
ガルマさんがおっしゃっていた、真に魔法をきわめようとする者のおひとりなんだわ。
「やはり魔法をきわめるのは大変なのですね。研究機関などはないのですか」
ひとつの高位魔法習得に100年かかるとかいうお話だったわよね。
「ありますとも。ただ私には、本や設備に埋もれた生活は合わなかったのです」
巨大な虫が生息する密林での生活が合うとおっしゃるのですか…… あたしの、研究者や魔術師のイメージからは遠く離れているわね。
「ほぉ。学ぶよりも拓くことを選んだか」
あら。ガルマさんが喜んでおられる雰囲気だわ。
「稚拙なれど。人が前に進むうえで必要であるとの考えに至りました」
この方も、自分で考えて答えをみつけようとしておられるのね。でもすべてを独力で拓くのは効率が悪いわ。学びながら拓いてもいいんじゃないかしら。
「今の世界の人は好ましい傾向が多い。我は嬉しく思う」
逆に言えば、滅ぼされた世界の人は、よほど酷かったのですね。学んだことを信じきって、自分で考えようとはしない人ばかりだったのかしら。まるでロボットの世界みたいね。
「既に滅ぼされた世界があることは承知しております。同じ過ちは繰り返さぬ所存でございます」
ガルマさんとは初対面みたいよね。それなのに知っておられるんだわ。どこにすごい人が潜んでいるやら、わからないものね。
「1000年も生きておれば、ほかの者に聞く機会もあったか」
なるほど。ガルマさん以外の、竜に連なる者にお会いしていたということよね。
「数々の貴重な助言を頂きました」
「ならば我から言うことはないようだな」
ガルマさんからおっしゃることはないって、本当にすっごいわ。
……でもそんなにすごい方が1000年も生きてきて、いまだに進化はされていないのよね。
本当にあたしが生きている間に、人が進化を目指せる可能性なんてあるのかしら。
「まずは先に頂いた助言を活かしたいと考えております。ところで、こちらへはどのような御用向きで?」
そうだったわ。ここはこの方の私有地ということよね。勝手に入り込んじゃっていたんだわ。
「あっちから呼ばれていてさ。なにがあるかは知らねぇけれども」
ハァ。その言い方でも、ここに用があるわけではないと間接的には伝わるはずよ。でもせめて問いに答える言い方をしなさいよね。あまりにも失礼すぎるわ……
「あちら…… ですか」
少し困惑なされているみたいに見えるわね。
「なにか問題でも?」
入られたくないところがあるのなら、おっしゃってくだされば迂回できるのよね。
「この密林を抜けた先であれば問題ないのですが。密林の中は私めの研究成果で、虫が危険な状態でして」
虫が大きいのはそういうわけでしたか。
ここの虫が密林の外に拡散している心配はないということよね。安心したわ。
「ぶ。このアリ地獄も研究成果だったのかよ」
文句を言える立場じゃないわ。あんたの場合は自業自得よ。
「おや。これは失礼しました。既に御迷惑をおかけしてしまっておりましたか」
すべてはアルフのせいなのに、こちらこそ申し訳ないわね。
「気にするな。我らが勝手に踏み入ったのだ」
ふところから、なにかを取り出されたわ。石かしら。
「は。竜人様が御一緒なら心配することはないと思いますが…… 一応これをお渡ししておきましょう」
へ、あたしにですか。
「わぁきれいですね。なにかの宝石ですか?」
石のようでいて石ではないのかしら。半透明で美しいし、動く模様が内部に透けて見えるのよね。
「私の研究成果のひとつ、虫避けの魔アイテムです。虫が寄ってこなくなり、近づけば行動不能になります」
魔アイテム…… 聞いたことがないわね。罠アイテムの親戚かしら。
魔道を研究しておられるそうだし、きっと魔法が込められているのよね。封術紙みたいなものかしら。魔法が禁忌だから、一般には流通していないはずだわ。
ガルマさんは問題視されていないみたいだし、危険はなさそうね。
「おぉ。またアリ地獄に落ちても安心てことか」
落ちないでよ。何事にも絶対の安心なんてありえないわ。
「これ以上、御迷惑をおかけしたくはありません。お持ちいただけると嬉しく思います」
こちらとしても、これ以上は気をつかわせたくないのよね。ありがたく素直に受け取っておくわ。
「すごく助かります。ありがとうございますね」
マアマさんに護られているとはいえ、未知の巨大な虫を相手にするのは怖かったのよ。ガルマさんの前でくださったほどだから相当の効果を期待できそうだわ。
「では。私めへの用件ではなかったようですので、これにて失礼させていただきます。よい旅路を」
「うむ」
「研究がんばってください」
小人さんがまた浮き出したわ。消えちゃった。
こんな危険なところにこもってでも研究を続ける姿勢には興味が湧くわね。いや、危険な状況にしたのは小人さん自身だったわ。研究を秘匿するためかしら。
「魔道と生命の研究と言っておられましたね」
具体的にはなんのことやら、さっぱりわからないわ。魔道と生命で虫を大きくすることが目的とも思えないのよ。
「おそらくは人の延命が目的であろうな。進化を目指すには、あまりにも時間がたりぬと考えたのだろう」
延命ですか。小人さんは既に1000年以上を生きておられるというお話だったわ。それなのに、なお研究を続けておられるということは……
「自分のためじゃなくて、ほかの人の進化のために頑張っておられるということですか」
お考えになることがすばらしいわね。ひとりで進化を目指すのがむずかしいなら、みんなで目指せばいいのよ。
「つらく哀しい生き様だ。だが己で選択した道に悔いはあるまい」
こんな虫しかいないようなところで1000年以上も研究を続けておられるのよね。それはたしかに、つらく哀しいことだと思うわ。
「そうですね。でも人の寿命が延びれば、進化できる確率も増えるはずですよ」
小人さんの研究が成功すれば、あたしが生きている間にというお話にも現実味がでてくるわね。
「それなら最初から人の寿命を長く設定しておる」
あら。ガルマさんも小人さんを応援しているのではなかったのですか。
「え。長生きしてもダメなのですか」
変だわ。小人さんの言動に対して、嬉しく思うと明言されていたのよ。
「バランスの問題だ。短過ぎても無論ダメだが、長くするとなんでも先送りにしようとする」
時間がないからこそ即座に取り組むとおっしゃるのですね。そういえば長老様に対しても、そのようなことをおっしゃっていたわ。
ならばなぜ、ガルマさんは小人さんに教えてさしあげなかったのかしら。
「では、あの方の研究は無意味なのでしょうか」
小人さんが無意味な研究に1000年も費やしてきたとしたなら、ガルマさんが嬉しく思われるわけがないわよね。なんらかの意味はあるはずよ。
「人の進化という点においてはそうだ。だが、あやつ自身の成長に関しては大きな意味がある」
研究目的とは無関係な面での成長ですか…… お厳しいわ。小人さんが研究をなしとげたときに、その事実を知ることになるのよね。気づかれたときの心中を察するに余りあるわ。
「つらく哀しいとは、そういう意味でもあったのですね」
ガルマさんがお優しいとはいえ、大願に絡むとなると冷酷なまでの厳しさなのよ。まぁ、人を滅ぼされるほどだし、わかってはいたわ。でもやっぱり、小人さんには同情しちゃうわよ。
さて、こちらも出発しますかね。
密林の中は想像以上にやばそうよ。見るからに危険そうな巨大蜂とかがいるわ。
でも虫避けの魔アイテムの効果は絶大よ。虫がまったく寄ってこないわね。
密林を抜けそうだわ。虫以外の危険がなかったのは救いね。さぁ、密林脱出よ。
……密林を抜けた先は、また切り立った深い峡谷なのね。今度はしっかりとマアマさんに…… いや、なによあれ。半透明の美しく大きな橋がかかっているわ。
「なんだこの透けた橋は。渡って大丈夫なのかこれ」
冗談ポイよ。こんなに怪しい橋を渡るくらいなら、マアマさんにお願いするわ。
「さっきのホムンクルスが、我らが抜けるまで橋を出しておくと言っておる」
あら。小人さんが用意してくださったものなら大丈夫そうね。虫よけの魔アイテムの効果もすばらしかったもの。信用に値するわ。
「すっげー。これも魔道ってやつの成果か」
こんなに立派な橋を出したり消したりできるというのは、たしかにすごいわね。
「この密林は峡谷に囲まれておるゆえ、普段は人や虫が出入りせぬように橋を外しておるらしい」
なん…… ですって。ちょっと待ってくださいよ。
「密林が峡谷に囲まれているってことは…… 迂回すれば峡谷を越えずに橋の先まで来れたってことですか?」
それって、この密林に入る必然性はなかったってことよね。
「そうなるな」
命がけで峡谷を越えたことも、マアマさんを失いかけたことも、すべては回避できたはずの危険だったとおっしゃるのですよね。
「アールーフー」
今回ばかりは、もう、本っ気で切れたわよ。
「え。いや、まてよ。俺にだって、迂回できるかなんてわからなかったんだしさ」
わからないのなら、なおのこと、慎重に考えて行動するべきよね。あんたの能天気は限度を超えているわ。
「あんたの呼び主に言ってやりなさいよ。迂回路くらい示せって!」
「はい!」
……へ。
アルフが直立不動で、はい、なんて口調で答えるとは何事かしら。
げ。あたしったらマアマさんを振りかざして迫っていたのね。握ったままにしていたんだったわ。
「あ、ごめん。怒りすぎよね。あたしが勝手についてきているのに」
アルフの能天気はわかっていたことよ。なんとしてでもあたしが引き止めて考えるべきだったんだわ。あたしはあくまでもついていくだけの立場なのよ。
「いや俺が悪かった。さすがに考えなさすぎだったな。すごい力ばかり見てきてマヒしていたのかもしれん」
え。アルフの雰囲気がいつもと違うわ。本気で反省しているみたいよ。……やっとわかってくれたんだわ。怒った甲斐があったわね。
あたしも反省しなくちゃいけないわ。今回の失敗の原因については、あたしにも過失があるんだもの。
「あはは…… そうね。あたしがマアマさんにお願いしていれば、無茶もしなくてすんだのよ」
誓いを果たしていなかったのはあたしなのよね。再びみんなを危険な目に合わせないためには、あたしがマアマさんを活用しなければならなかったんだわ。
「反省ついでにもうひとつ。勝手についてきているって言葉はもうやめようぜ」
「え」
な、なによそれ。まさか、もうついてくるなとでも言う気なのかしら。
「本当は俺だって同行を頼みたかったんだ。でもそんな無茶を頼める筋合いもなかっただけだからさ」
あ、あはは…… アルフの本音なのよね、きっと。よかったわ。
「うん。一緒に旅を続けよう。アルフ」
勝手について行っているという立場は、かなり肩身が狭かったのよね。これですごく気楽になったわ。
「おお。あらためて頼むぜベルタ。呼ばれる方向については祈るしかねぇけれどもな……」
そうよね。行き先についてはアルフを問い詰めてもどうしようもないことなのよ。ハァ。
雨降って地固まるというやつかしら。結果的にはこの密林も、あたしたちの結束に役立ったわね。
もうなにが起こっても、しっかりと対処してみせるわ。いざ、未知の場所へ進むわよ。




