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一人称視点版@あたしのせいじゃなーい  作者: わかいんだー
本章~ファンタジックな旅の日常~
18/52

おまけ:運頼みの神

 随分と盛大な宴ね。あたしたちの歓迎に加えて、(いのしし)の肉を大量獲得できたことの、お祝いを兼ねているんだわ。考えてみれば、ふつうの(いのしし)をいっぱい狩れたに相当する肉量があるものね。祝いたくなる気持ちはわかるわ。

 宴の会場は村全体なのね。あちこちでいろいろな肉を焼いているわ。とってもいいにおいよ。でも村の外から見たら、煙がすごすぎて火事に見えそうだわ。


 それにしても…… 村と聞いて期待していたのに見慣れないものだらけよ。


「あたしの村とは随分と雰囲気が違うわね。畑も農機具も見当たらないわ」


 家屋や納屋はおなじような感じよ。でも置かれている道具も違えば、村のにおいも違うのよね。


「俺たちの村は狩猟で生計を立てているからな。この辺りは山菜も豊富だから農耕はやっていない」


 肉食が主体なのね。道理で宴も肉だらけだわ。


「りんごは? 荷馬車のおっちゃんは、りんご栽培しているんじゃないのか」


 たしかに、あれだけ見事なりんごが野生とは思いがたいわね。


「あれは売りに行くんじゃなくて買った帰りだ。肉の硬い獣も多いし、りんごは重宝するんだ」


 あぁ。村で使う分をまとめて買っていたのかしら。荷がすべてりんごぽかったから、あたしも売りに行くのだと思っていたわ。


「なるほど。それで肉食い放題と言っただけでわかってくれたのか」


 目的通りの使い方だったんだわ。結局は村で使うことにもなったわけだしね。


「あんたらには荷馬車を救ってもらった礼もあったろうしな」


 となると、本当に農耕も畜産もまったくやっていないのね。ゴリラの獣人の村に少し近い気がするわ。


「狩猟だけで成り立つというのもステキですね」


 人でも道具を駆使すれば、あのうらやましい生活に、ある程度は近づけるということかしら。


「まぁ俺には向いているけれどもな。一長一短だと思うぜ。村は地元の特産を伸ばすのが一番だ」


 うんうん。やっぱり住むなら村なのよ。


「そうですね。町ほどの便利さがないとはいえ特産品は最高ですよ」


 旅に出たかった目的のひとつには、町への憧れもあったわ。でも、やはり村の雰囲気はいいわね。みんなの食生活を支えているという自負が感じられるわ。


「この地域だと(わな)アイテムを設置しておくだけで十分に獲物を確保できるんだが、たまに大物がな」


 (わな)アイテムの設置だけで狩猟が成り立つとしたら、あたしたちのような狩猟の技能がない者にもできるわね。いい土地だわ。

 でもやっぱり例外はいるのね。


「さっきの大(いのしし)みたいなやつですか」


 あれは(わな)アイテムを敷き詰めていても駆け抜けていきそうな気がするわ。


「面目ない。あの大きさは想定していなくてな。気づいたときには(わな)アイテムを潰して街道に出ていた」


 ですよねー。あれは規格外過ぎたわよ。(わな)アイテムを試す気にもならなかったわ。


「たしかに。あんなのがゴロゴロいたら、たまったもんじゃないですね」


 食い荒らす量もすごいはずだし、半端な建造物は壊されちゃうわよね。何より人的被害の面で危険すぎるわ。


「あぁ。村には警備兵がいないから厄介だ。だが今後は想定をあげておかないといかんな」


 そうね。ほかの人に迷惑がかかるから、逃げた獲物は確実に仕留めなおす必要があるんだわ。この宴は危険を排除できたことのお祝いでもあるわけね。


「そういえば。あの大(いのしし)はどうやって仕留めたんだい? できれば今後の対応の参考にしたいんだが」


 う。それは正直に答えると、乙女のイメージに関わる大問題なのよ。どう答えたものかしら。


「あぁ。(いのしし)は真っすぐ突っこんで体当たりしてくるからさ。真正面で突進を待ち構えて片手で―― フゴッ」


 口に突っ込む食べものを用意していなかったわ。あからさまとはいえ、手で口を塞ぐしかなかったわよ。


「とにかく夢中で必死だったんで覚えてないんです。お役に立てなくてすいません」


 あたしたちが(うわさ)になっているという話だったわよね。さっきの話だと別人の(うわさ)を間違えていたぽいわ。

 でも、アルフの言う、ゴリラの獣人みたいな娘という(うわさ)がもし立ったら、あたしをお嫁にもらってくれる人がいなくなっちゃうわよ。

 (いのしし)討伐がばれたのは失敗だったわ。これ以上は、かよわい乙女のイメージを崩したくないわね。


「ぶは! なにすんだよ」


 そんなことも説明されなくちゃ、わからないのかしらね。


「あたしが聞かれているのよ。だから余計なこと言わないでよね。あたしが獣人みたいなんて(うわさ)になるの嫌よ」


 少しは気をつかえるようになったと思っていたのにねぇ。まだまだ気は抜けないわ。


「そんなことかよ。心配するな。そのときは俺に任せろ」


 い、今一瞬、アルフがイケメンに見えたわよ。


「え。アルフ。あんたまさか」


 今度こそ、知識不足による誤解ではなく本当に――


「おぉ。腕力だったらゴリラの獣人にも負けねぇって、ちゃんとアピールしてやるさ」


 フンっ。


――アルフの姿が消え、後方に落下した音がした。


 あごが砕けたとしても自業自得よ。それにきっとマアマさんが護ってくださっているわ。


「あたた。まぁ倒し方なんて聞いても参考にはならねぇだろうけれどもさ。なんで怒るかなぁ」


 どうして怒らないと思えるのよ。


 あちゃ。村の人の前で、はしたないところをお見せしちゃったわ。


「そ、そうか。あんなの相手じゃ必死だよな。あははは」


 わかってもらえ…… ていなさそうな乾いた笑いね。イメージ回復失敗だわ。


「あははは」


 ハァ。もう笑ってごまかすしかないわね。


「長老。お客人はこっちだ」


 随分と威厳のあるお方だわ。長老様といえば、よぼよぼのイメージがふつうなのにね。


「ガルマ様。おひさしゅうございます。お変わりないようでございますな」


 え。ガルマさんのお知り合いなのですか。

 そういえば、ガルマさんが人前に立つ大半は粛清とおっしゃっていたものね。粛清以外の出会いをされた少数のおひとりなんだわ。


「お主は老いたな。人にしてはよく生きておるといえるか」


 老いるほどに長い間会っていなかった人を、ガルマさんが覚えておられるほどの方ということになるのかしら。気になるわね。どんな御関係なのかしら。


「は。私なりに教えを理解しようと努めて参りましたが、道は険しゅうございます」


 ふむ。教えを受けていた方なのね。つまりはあたしたちと同じように接していただいていた、先輩みたいな方ということかしら。


研鑽(けんさん)を続けることが大事なのだ。お主のような者の存在は(うれ)しく思う」


 思ったとおりみたいだわ。ガルマさんが評価をされるほどのお方なのね。でもそれは、それほどまでにすごい方が老いるまで研鑽(けんさん)を積んでも進化には至れていないということになるのかしら。やはり進化を目指すのは厳しそうね……


「もったいなきお言葉」


 これで挨拶は一段落よね。割り込ませていただきますよ。


「ガルマさんにも、人のお知り合いがいるのですね」


 人からはおそれられているはずのガルマさんが、どのように知り合ったのかをお聞きしておきたいわ。


「うむ。こやつは我に問答を挑んできよった」


 挑んだですって。問答とはいえ竜人様に挑むだなんて、すごい胆力ね。


「若気の至りというやつですじゃ。今考えれば、恥ずかしくて穴に隠れたくなるような愚行でしたわ」


 まぁ…… あたしなら挑もうだなんて夢にも思わないわね。


「愚行ではない。得たものはあろう」


 ガルマさんの雰囲気がとても優しく感じるわ。長老様のような存在を(うれ)しく思われるというのは本心みたいね。

 もしかして、ガルマさんが顔を隠されないのは、こういう方が現れることを見越してのことなのかしら。


「私にとっては生涯の宝を得ました。ですが私の態度はあまりに無礼で傲慢でした」


 アルフに聞かせたい言葉だわね。でもいないわ。さっき殴り飛ばしてから、どこかへ行ったままなのかしら。


「よい。己で考えて判断し、行動することが重要なのだ」


 あたしたちに教えてくださったことと同じですね。やはりあたしたちと同じように教えを受けた方なんだわ。


「寛大な御心に感謝します」


 アルフも年を取れば、こんな言葉遣いができるようになるのかしら。


「道は見えそうか」


 むむ。道を違えていないかではなく、見えそうかと問われたわね。なんのことかしら。


「邪を(はら)い正を求める。言葉のうえではわかっているつもりでも、我欲に阻まれる日々にございます」


 これは知らないお話だわ。お話の途中で失礼とはいえ、お聞きするしかないわね。


「たびたび割りこんで申しわけありません。邪を(はら)い正を求めるってなんですか?」


 長老様のお顔が明るくなったわ。失礼を許してくださったみたいね。よかったわ。後輩として、ぜひともお話を伺っておきたいのですよ。


「私がガルマ様に問うたのは善悪について。その答えは善悪など存在せぬ。正邪を見きわめよとのことだった」


 むむむ。善悪はないのに正邪はあるですって。善が正で悪が邪よね。言葉遊びに思えるわ。でも長老様は納得されている御様子よ。明確に別の定義がありそうね。


「善悪とは人が勝手に決めるもの。あたしもそれは伺いました。でも正邪はあるのですね」


 あら。長老様が狼狽(ろうばい)されたように見えるわ。あたしが変なことを言ったのかしら。


「なんと? その若さで善悪の虚を説かれたのですか。しかし、そのうえで正邪には言及されぬとは不可解な」


 えー。教えられて当然のことだったのですか。でも正邪なんて聞いてはいないはずだわ。どうしてかしら。


「この娘は常に邪を(はら)い正を求めておる。我が説くまでもない」

「な?」

「な?」


 意外な回答すぎて、長老様とハモっちゃったわ。


「え?」


 いや、そんな不思議そうな目で見ないでくださいよ長老様。あたしも驚いているのですから。


「正を求めるとは、世界の存在意義を知り、あり様を知り、自身がどうすべきかを考えて行動することだ」


 ふむふむ。……って、あたしはそんなの求めていないわよ。


「はい。そのように伺いました」


 長老様はいいとして、あたしが常に正を求めているというのは違うと思うわ。


「例を挙げれば、世界の存在意義とは大願。あり様とは調和の維持。ベルタよ、聞き覚えはないか」


 大願についてはたしかにそのとおりね。調和の維持については、あたしの欲望の傾きとかおっしゃっていたわ。よくわからないのよね。


「たしかに伺ったことはありますが……」


 あたしが調和の維持を求めているということかしら。調和というのが、自然のバランスを意味するのであれば該当するわね。

 でも、あり様なんておっしゃってもピンとこないわ。そういえば前にも、世界のあり様を正しく認識とはおっしゃっていたわね。あのときは食物連鎖の維持についてだったわ。……解釈は合っていそうかしら。


「お主の和に傾いた欲望は、我欲である邪を当然のごとくに(はら)い、正を求めるべく常に考え行動しておる」


 今度は和ですか。みんなと仲よくしたいってことよね。でもそれなら、誰もが求めているはずよ。長老様も村人のみなさんに慕われているようだし、同じはずだわ。


「ん~。よくわからないですね。でも、今のままでいいというのであれば、いいのかしら?」


 欲望の傾きのお話は、前回もよくわからないままだったのよね。


「うむ。今我らに問いかけたこともその一端だ。己を信ずるがよい」


 やはり、わからないままでいいとおっしゃるのね。でも正邪って重要そうだわ。これも覚えておく必要がありそうね。


「私にはいまだ見えぬ道を、幼さすら残すそなたが、無意識にも既に歩いているというのか。私は今までなにを」


 ちょ。長老様があたしを見て葛藤されているみたいよ。でも、あたしのせいじゃないわよね。あたしはなにもしていないわよ。どうすればいいのかしら。


「人は(もろ)いうえに寿命も短い。時間はまさに命そのものだ。一刻を惜しんで行動すべきであろう」


 お厳しいですね。葛藤する時間すらもないとおっしゃるのですか。

 あ。長老様は納得されたみたいね。どちらもさすがだわ。


「悔いている時間などないと仰せか。たしかに。若い娘御に選べた道なれば、私にもまだ機会は……」


 行ってしまわれたわ。長老様は早速行動を開始されるのね。なにをなすべきかを即座に察するだなんて、やっぱりすごい人なのよ。ただ、あたしのほうを見ていたことは気になるわね。


「なにか長老様、すごくハッスルしておられたようなのですが。目が輝いていましたよ」


 失礼ながら、なぜか悪寒を感じたのよね。一体なにに気づかれたのかしら。


「言ったであろう。お主はおもしろいのだ」


 ぶ。あたしのことをおもしろがっていたとおっしゃるのですか。


「えー。あたしのせいなのですか。正邪とか全然実感が湧かないのですがね」


 長老様はむずかしそうにおっしゃっていたわ。それをあたしが自然になせているだなんて、どうにも()に落ちないのよ。


「意識せずに自然に正を選ぶ。それがあるべき姿だ。気にすることはない」


 あら。特別なことじゃないのかしら。そうよね、あたしはなにも意識をしていなかったもの。人によってはむずかしいということなのかしら。


「あたしは、お得な性格に生まれたって感じなのでしょうか」


 意図せずして選べているのなら、きっとそういうことよね。


「欲望の傾きが好ましいのは運要素であろうな。先天性のものも後天性のものもあろう」


 長老様が苦労なされているのは運のせいだということかしら。


「運で決まっちゃうんじゃ努力なんて無意味ですかね……」


 そんなはずはないと思いたいわ。でもあのお年まで努力を続けてこられたであろう長老様を見ちゃうとね……


「無意味ではない。が、無意味にさせられることが多いのも事実。努力を(はる)かに凌駕(りょうが)する強大な力だ」


 へ。強大な力ですって。運のことよね。力ってことは筋力とか竜力みたいなものってことかしら。


「え。運とは力なのですか」


 言われてみれば、運の正体なんて考えたことはなかったわ。ただ偶発する、防ぎようのない現象であって、その偶然を運と認識していたのよ。


「うむ。解釈の仕方によっては竜力にすら勝る、力の極みだ」


 ぶ。運要素なんていくらでも日常的に生じていますよ。それを力の極みとおっしゃってもピンとこないわ。


「えー! そんな力、誰が管理しておられるのですか。竜神様に並ぶような神様がおられるのですか」


 竜力にすら勝るだなんて、まさか竜神様に敵対はしていないわよね。


「おらぬ」

「え……」


 そんなとんでもない力が自然に吹き荒れているとおっしゃるのですか。


「おらぬから厄介なのだ。運は誰にも制御できぬ。予測もできぬ」


 ガルマさんがそうおっしゃるということは、竜神様にもということよね。


「竜神様ですらどうしようもない強大な力ですか…… 運とは、そんなにすごいものだったのですね」


 あたしが気にしてどうなるものではない、ということはわかったわ。


「だが制御も予測もできぬ強大な力であるからこそ、大願成就への望みも持てるのだ」


 へ。運が大願成就への望みですって。

 竜神様ともあろうお方が大願に時間をかけ続けておられるのは、そういうことだったのね。


「大願も運任せなのですか」


 信じがたいお話ね。でもたしかに、竜神様御自身ですら大願を果たせないとなれば、頼れるのは運しかないのかもしれないわ。


「そうだ。世界をつくり維持する努力をしなければ大願は成就せぬ。だが成就するかは運頼りなのだ」


 努力が無意味ではない、とおっしゃられた意味がわかりましたよ。


「なるほど。運はどうしようもないとはいえ、努力しないことには運に頼れる可能性すらないということですね」


 運頼みの一発勝負ではなく、運に恵まれるまで努力を続けるということなんだわ。気が遠くなるわね。


「うむ。いかなる努力も運ひとつで水泡に帰す。それでも努力は続けるしかないのだ」


 竜神様の努力すらも水泡に帰すほどの力ってことよね。そういう意味ではたしかに運の力ってものすごいんだわ。


「そっかぁ。そう考えるとあたしってすごく運がいいのですね」


 こんなすばらしい世界で、幸せを実感しながら生きているのですもの。


「なにをもってよしとするかは己次第だ。この世界の、この時代に、今の親を持ったことなど、すべて運だな」


 おかあさんのことをおっしゃっているのよね……


「……つらいこともたくさんありました。でも、それでも今こうして生きていられることはよかったと思えます」


 たしかに、おかあさんがあんな目にあう道理はなかったはずよ。おそらくは運のせいだとしかいえないのよね。

 でも、運を恨む気にはなれないわ。あたしは、おかあさんから生まれてよかったと思っているからよ。幼いころに死に別れたことは辛いわ…… それでもね。親父とおかあさんの娘として生まれた運には感謝せざるをえないのよ。


「ならば運にも好かれるやもしれぬな」


 にもって、ほかに誰が…… あ。マアマさんのことかしら。


「あはは。そうだといいですね」


 運の力は誰も管理していないということだったわ。となれば感情なんてないわよね。好かれるというのは無理があるかしら。


「……あんな(うれ)しそうな長老は初めて見たぜ。いつもぶつくさ言って邪念が~とか騒いでるのに」


 おっと。宴を開いてくださっているのに、ガルマさんとのお話に夢中になっちゃっていたわ。


「あはは。御機嫌が続くといいですね」


 正邪に運、興味深いお話ではあったわ。とはいえ、今のあたしがどうこうするものではなかったわね。どうこうすべき状況にあるのは長老様なのよ。


「あぁ。一番年寄りだけれども頼りになるんだぜ。絶対に曲がったことはしねぇ。俺たち全員の狩りの師匠でもある」


 そりゃガルマさんが認めておられる方なのよ。


「ガルマさんに問答を挑んだそうですしね」


 内容は善悪についてだったわ。となればおそらくは、人を滅ぼすガルマさんを悪とみなして問いかけたはずよ。まさに勇者ね。


「聞いてはいた。今のやり取りを見るまでは、はったりだと思っていたんだけれどもな。今日は驚きの連続だぜ」


 わかりますよ。同行してくださっているから、ガルマさんとお話をするのは慣れているのに、それでもおそれ多く感じるほどのお方なのですから。


「そうですよね。ガルマさんに挑むとか、ありえなくて信じられないですよ。あはは」


 これでガルマさんへの理解が少しでも広まるといいわね。


「は、ははは」


 あら。この笑い顔も引きつっているわね。ふつうに笑えるお話なのに変だわ。この笑い方が地なのかしら。


「くっそー、もう食えねぇ」


 ようやく戻ってきたわね、アルフったら。


「あんた。いないと思ったらどこ行っていたのよ」


 その様子を見れば一目瞭然とはいえ、一応は聞いておくわ。


「俺がしゃべるとお前が怒るからさ。近くの様子を見に行ったら、みんなが違う獣の肉を焼いていてさ」


 怒らせないようにしゃべるという発想はできないのかしら。


「片端から食べ歩いていたってわけね」


 まぁ、あたしたちの歓迎を兼ねた宴だし、アルフがまわっていたのはちょうどよかったかしら。


「満足してくれたかい」


 あら。今の笑顔は引きつっていないわね。ということは、さっきの会話には引きつる要素があったんだわ。

 やっぱりなにか誤解が残っている気がするのよ。でも話してくれそうにはないわね。


「おぉ。いろいろな肉の食べ比べができるなんてな。天国かよここは」


 本当に肉だけを食べ歩いていたみたいね。


「山菜も果物も、すっごくおいしいわよ」


 肉はたしかにおいしいわ。でも野菜類と一緒に食べたほうがよりおいしいし、栄養面でも重要なのよ。


「もう食えねぇつってんだろー」


 ふむ。これだけごちそうになれば十分よね。ここらでお暇しましょうか。


「はいはい。じゃあ明日もなにがあるかわからないし休ませてもらいましょうか」


 荷物を降ろしても服の700キログラムは維持されているから休まらないのよね。喜ばしいとはいえ、さすがにちょっと疲れたわ。まぁすぐに慣れるはずよ。


「ベッドはその家のを使ってくれ。備えつけの飲みものでも風呂でも、なんでも好きに使ってくれて構わない」


 アルフは動けそうにないわね。仕方がないから運んであげるわよ。んしょ。


「ありがとうございます。ではおやすみなさい」


 これだけ食べたんだから少しは太りなさいよね。


「おんぶでも抱っこでも引きずるのでもなく、つまんでいくんだな……」


 え。言われてみれば変かしら。襟首をつまんで運ぶと猫みたいね。せめて猫くらいに可愛ければ……


「はい。ベッドまで運んであげたわよ。さっさと着替えて寝なさい」


 どうせあんたはお風呂にも入らないのよね。


「マジで動けなかったんで助かったぜ。んじゃ早速着替えて…… おぉ?」


 服を脱いだり着なおしたり、なにをしているのかしら。


「どうしたのよ」


 見た感じでは服に変化はないわ。


「ベルタ! 服を脱いでみろ」


 ベッドの上で…… 服を脱げですって……


「……どうやら本当に、ここを天国にしたいみたいね」


 マアマさんがいるんだし、全力を出しても大丈夫のはずだわ。


「落ちつけって。上着だけでいいから試してみろって」


 上着だけ…… ふむ。誤解だったのかしら。それにしても上着を脱いだらどうだっていうのよ。まぁ試しに脱いでみるわ。


「なによ一体。え、えぇ?」


 うっそぉ。上着を脱ごうとしただけで服の重量がなくなるわ。着なおし終えると700キログラムが戻ってくるわね。


「すっごぉおおおおい! 増やした重量は、きちんと着ている間だけ有効なのね」

「えっへん」


 これなら着替えも楽だし、置き場所に注意する必要もないわ。


「あたし、ここまでイメージしていなかったわよ。マアマさんに任せれば安心ね」

「あはははは」


 気の利かせ方がすごいのよ。想定していなかった穴までも黙って埋めてくださるのだから頼もしいこと、このうえないわ。


「マアマのやることに、いちいち驚いていたら身がもたねぇな。今日は寝ようぜ」


 あはは。いまだに驚きの連続だものね。そこは同感だわ。


「そうね。明日からはストレス()めずに済みそうだし楽しみだわ」


 寝るのが怖いわね。起きたら全部夢でした、なんてことになりませんように……


――村で一夜を過ごし、翌朝旅立った。


 街道は平穏だし、服は快適な重さを維持しているし、今日もいい日になりそうだわ。


「さすがにもう(いのしし)はこねぇな。昼飯は携帯食料だけかぁ」


 昨晩がごちそうだっただけにギャップで萎えるわよね。でも今回はそのギャップを埋められるわ。


「干し肉がいっぱいあるわよ」

「マジ?」


 死んだ魚みたいな目が一転して、水を得た魚みたいになったわ。


「昨晩食べすぎて胃が重かったから朝食辞退したわよね。そうしたら道中で食えっていっぱいくれたのよ」


 いろいろなお肉を頂いて、あたしも食べるときが楽しみなのよね。


「やっぱあの村は天国だな。旅が終わったらあの村に住ませてもらおうかな」


 旅が終わったら、ね……


「いいと思うわよ。でも記憶は少しでも戻ったの? 旅の終わる目処がさっぱりよね」


 この旅もいつかは終わるのよ。でもその前に旅の目的はきっちり達成しないとね。


「俺もさっぱりだな」


 ハァ。予想通りの反応ね。


「旅を続ける意義はあるの?」


 記憶が目的じゃないことはわかっているわ。でも、あんたには住みたい村も見つかったわよね。それなのにまだ旅を続ける意義があるとは思いがたいわ。


「まだ呼ばれているからなぁ。それに成果がなにもないわけじゃないぜ」


 成果ですって。予想外の答えだわ。


「え。なにか進展があったの?」


 記憶はさっぱりと言ったわよね。それ以外の成果ってなにかしら。


「おぉ。ベルタがどんどん強くなっている」


 ハァ……

 期待したあたしがバカだったわね。あたしは成長していないわ。


「あたしのことは放っておきなさいね。あんたのことよ」


 この旅は、あんたの旅だって自覚があるのかしら。


「なにもねぇけれどもさ。旅をやめたところで帰るところもねぇし。別になにもなくてもいいかなって」


 そっか。あの村に住みたいといっても、住めると決まったわけでもなかったわね。

 それに本心では記憶を求めているのかもしれないわ。むしろ求めないほうがおかしいものね。だからこそ無意識にも、呼びかけに応じようとしているのかもしれないわ。

 

「あ。そうよね。ごめん。でも、ずっとうちに住んでいてもいいのよ。親父だってその気だったし」


 帰るところがなければ、つくればいいのよ。少なくともうちは受け入れるわ。


「ありがとよ。でもまぁ、呼ばれている間は行ってみるわ」


 あたしもまだまだ旅を続けたくはあるのよね。最初で最後の機会かもしれないし、学べるだけ学んで存分に楽しむわよ。


 うぅ。なにかしら、妙な悪寒がしたわ。今の感覚は前にも…… そうだわ、長老様に最後に見られたときと同じ感覚よ。あれから長老様はどうなされたのかしら。まぁ、あたしが心配しなければならないようなお方ではないわよね。


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