おまけ:肉の岩
……のどかな街道ね。でも、でも、いらいらするわ。
「あー!」
この岩を持ち歩けば、多少は足しになるかしら。
「うぉ。こえぇよ。どうした。俺にぶつける気じゃないだろうな」
そんなもったいないことはしないわ。
「荷物が軽くて身体がなまるのよ」
荷物の重量の大半は水と肉だったよのね。それが最低限度でよくなっちゃったんだもの。軽すぎて担いでいる気がしないわ。
「いや。今お前が背負っているリュックでも、ふつうの人には持てない重さだと思うぞ」
だからどうだっていうのかしら。
「なまるのよ!」
ふつうの人の筋力がどうかなんて関係ないわ。力が必要になる状況なんていくらでもあるのよ。
「お、おぉ。でもなまると問題でもあるのか」
ハァ。どうして問題がないと思えるのかしら。
「大ありよ。なまっていたらいざというときに役立たないわ」
あんたは常になまっているから、わからないのかしらね。
「現状でも十分に人並み以上だと思うぞ」
根本的に考え方がおかしいわね。どれだけ鍛えても十分などありえないわ。
「他人との比較なんて関係ないわよ。身体ってのは唯一無二。替えが利かないのよ」
自分の身体以上の財産なんて存在しないわ。自分の意思で動かせる唯一の身体なのよ。一生使い続けるんだからね。大切にしつつも、最大限の力を発揮できるように鍛えずして、なにをするというのかしら。
「そりゃそうだけれどもさ」
本当にわかっているのかしら。
「あんたも鍛えなさいよ。もったいないわ」
普段から食べることばかりを考えているみたいなのに、どうして肉がつかないのかしら。
「いや。だから大地の肉背負っているじゃん。10キログラムだけれども」
まだ10キログラムのままなのね。向上心には欠けているわ。
「あそぶー」
あら。まだ食事には早いわよね。
「へ。なにか狩りたい獣でもいた?」
見渡してみても、特にマアマさんが遊ぶようなものは見当たらないわよ。
「重くするー」
な、なんて心を打つ言葉なのかしら。いや感動している場合じゃないわ。
「え…… 物を重くしたりできるの? たとえばこの服を500キログラムとかにできるってこと?」
重い鎧でも買いたいと思っていたのよね。この服が重くなるのなら、それこそ理想だわ。
「おっけー」
あぁ、マアマさんは本当に神様だわ。この岩はもう要らないわね。ぽいっと。
では早速お願いしますね。えいっ。
「いや、いきなり500キログラム加算って幾らなんでも」
うわ。本当にきたわ。こ、この待ち焦がれた心地よい重量感――
「きゃー」
感動で叫ばずにはいられないわね。これはすごいわ。
重さ以外は全く変わっていないみたいな感じよ。服が動きを阻害する感じはないわね。
試しにしゃがんで……
「ベルタ!」
大きくジャンプよ。
「最っ高っ!」
うん、やっぱりね。行動には全く支障がでていないわ。重量があるのに、服が肌にこすれたりもしないのよ。重いのに軽いような感触だわ。
「おい」
ん。アルフったら、なにをずっこけて、こっちをにらんでいるのよ。
あ~、いらいらが吹き飛んじゃったわ。
「なにこれすごい。服は薄くてやわらかくて涼しいまま。重さだけ増えているわよ」
こんな服、誰にもつくれはしないわよね。まさに神業だわ。
「おどかすのも大概にしてくれよ」
アルフったら随分とご機嫌斜めね。あぁ、あたしだけがいい思いをするのはよくなかったわ。
「アルフもやってもらったら? 大地の肉を背負わなくて済むから、肩に食いこみはしないわよ」
この感動を味わえば、機嫌なんて一発で治るわ。
「お? んじゃ試しに、俺の服は10キログラムで頼めるか?」
「おっけー」
ではマアマさんお願いしますね。えいっ。
「お、おー? たしかにこれはいいな。バランスを崩す心配もないし、人にぶつけたりする心配もない」
そうなのよね。とりあえず一通りの動きを試してみて……
「うんうん。自分に重心が寄るから荷物も持ちやすいわ。さっすがマアマさん」
穴といえる要素がまるでないわ。完璧ね。
「えっへん」
いい子いい子。もういくらでも可愛がっちゃうわよ。
「いや。荷物はむしろ重量減らしてもらったほうがいいんじゃね」
荷物の重量にも利用価値はあるのよ。
「あんまり安定してもバランス感覚が鈍っちゃうからね。服を重くする程度でちょうどかしら」
そもそも重量というものは減らすものじゃないわ。どんどん増やすべきものなのよ。
「……まぁムダに荷物増やされるよりは安全でいいか」
そうね。荷物よりも服の重さを増やすことにするわ。
「マアマさん、あと200キログラムほどお願いしていいかしら」
これで水のタンクや肉を運んでいたころと同じ程度になると思うわ。
「おっけー」
では振りますよ。えいっ。
きたきたー。
「先は決まってねぇんだから体力は温存しとけよ」
なにを言っているのかしら。温存する気が無かったら、こんな程度で済ませるわけがないわよね。
「わかっているわよ。常に全力疾走できる程度には抑えておくわ」
道中で拾うであろう獲物の重量も考えて余裕をもたせてあるのよね。
「お、おぉ」
もう最っ高の気分ね。
リュックのバランスを気にしなくてもいいから踊りながらでも歩けるわ。
「快適すぎるわね。もうマアマさん抜きは考えられないかも」
これも堕落なのかしら。んーん。身体を鍛えるためなんだから違うわよね。
「普通は逆の使い方すると思うけれどもな」
逆ですって。重量を減らすって意味よね。
「あはは。ありえないわよ。そんなもったいない」
冗談にもなっていないわよ。アルフったら時々おかしなことを言うわ。
「でも下手に重くすると店の床が抜ける問題とかあるだろ」
「あ。そうだったわ」
それで荷物をリュックにまとめたんだったわね。せっかく重くしていただいたのに減らさないと――
「大丈夫ー」
あら。この重さでも床が抜けないというのかしら。
「そうなの?」
マアマさんは言葉足らずすぎて確信が持てないのよね。せめて、なにがどう大丈夫なのかを説明してほしいわ。
「心配は要らぬ。ベルタの足元を崩さぬ程度の操作は容易だ」
さすがはガルマさんです。フォローをありがとうございます。
「ベルタが踏んだところだけ頑丈になるのか!」
ガルマさんのお墨付きなら心配はしていないわ。
でも一応は確認しておくわよ。足跡を見ればだいたいはわかるかしら。
「足跡の深さはアルフと同じくらいになっているわね。仕かけはわからないわ。でも、いいみたいよ」
強く踏み込んでも足跡がふつうにつくだけね。不意のトラブルで踏み抜く心配もなさそうだわ。
「ベルタの足跡が硬くなっているわけでもねぇな。たしかにわかんねぇけれども床抜けないんだったらいいか」
本当になんでもありよね。実際にやってもらわないと想像もできないくらいに便利だわ。
あら。あの荷馬車はもしかして立ち往生しているのかしら。
「あれは…… 車輪が壊れたのかしら」
忘れたころに突然起こるから困っちゃうのよね。
「村でもよくあったな」
荷馬車の横に座りこんでいる男の人が荷主さんかしら。
「どうされました?」
雰囲気的には村の人よね。親近感が湧くわ。
「あぁ。荷馬車の車輪がいかれちまってな。ジャッキを忘れたんで、ほかの荷馬車が通るのを待っているのさ」
やっぱりね。出番がきたわ。
「ジャッキの代わりなら、あたしができますよ」
こういうことがあるから、身体をなまらせちゃいけないのよね。
「へ? いや。たしかにすごい体格しておる嬢ちゃんだが、大人でも持ちあがるもんじゃないよ」
んしょ。これくらいの荷台ならいくつかまとめてでも担げるわ。
「どうぞ。車輪交換してくださいな」
これよこれ。鍛えていてよかったと思える至福の瞬間ね。
「ひゃぁ。嬢ちゃんすごいな」
照れちゃうわ。でもそんなふうに喜んでもらえるのが、あたしはとても嬉しいのよ。
「えへへ。小さいころは、これできるようになるのが目標だったな」
車輪が壊れはしなくても段差とかで荷台を持ち上げたくなる状況は結構あるのよね。やっぱりいざというときは筋力よ。
「あんまり年寄りを驚かすなよ。ぽっくり逝ってもしらねぇぞ」
持ち上げる前にしっかりと説明したわよ。死ぬほど驚いたりはしないわ。
荷主さんは車輪交換をしていないみたいね。石を持ってきて積んでいるわ。
あぁ、車輪交換には時間がかかりそうだから、先に荷台を石で支えようとしているのね。あたしに気をつかっているんだわ。
「ありがとよ。あとはゆっくり車輪を交換できるわ」
どれどれ。うん、石が崩れる心配はなさそうね。しっかりと固定されているわ。
「いえ。お役に立ててよかったです」
今日は最高の日ね。服は重くしてもらえたし、鍛えた成果は発揮できたし、申し分なしだわ。
「大した礼はできんが、りんごを運んでおる。これでも食ってくれ」
うわぉ。これはまた見事なりんごね。大きさといいツヤといい、香りがまた最高だわ。
「おぉうまそー」
あぁ、あんたもいたわね。仕方がないわ。
「まったく意地汚いわね。これあんたにあげるわよ」
あたしは気持ちだけで十分だわ。今日は既に最高の気分なのよ。
「ははは。坊主にもやるさ。この程度で礼というのもおこがましいがな」
「やったー」
まったくもう。催促したみたいで悪いわね。
「いえ。とってもありがたいです。頂きますね」
ん~、ジューシー。いいりんごね。とってもおいしいわ。
ん。なにやら前方で騒ぎが起きているみたいね。
……土煙が近づいてくるように見えるわ。嫌なことを思いだすわね。
「なによあれ。また盗賊団?」
ここは町から遠いわよ。町の警備兵を呼び出しても、さすがに管轄外よね。どう対処すればいいのかしら。
「……肉だ」
「へ」
またなにを言い出すのよこいつは。
「大猪だ。ごちそうだぜ」
……本当だわ。猪に見えるわね。
「猪はいつから街道を使うようになったのよ」
賊よりはマシかもしれないわ。とはいえ、でっかいわね。
「俺に食われるためにきてくれたんじゃね」
……随分と余裕の態度ね。
「あの大きさって、道幅くらいあるわよ。罠アイテムじゃふっとばされない?」
それくらいは考えてから言っているのよね。
「ふっとばされるな」
ハァ。こんなときは能天気が厄介ね。
「ごちそうどころじゃないわよ。逃げましょ」
登れるところがいいかしら。あの巨体がぶつかっても壊れなくて、高く登れそうなものは……
「逃げたら、この荷馬車はふっとばされちまうな」
あ。あたしたちだけで逃げるわけにはいかないわね。
「じゃあ、あたしが荷馬車を持ちあげて」
街道の周囲は荒れ地だから逃げ場はいくらでもあるわ。
「追いかけてきたらどうすんだよ」
「あ」
たしかにりんごはとてもいい香りがするし、狙ってくる可能性は十分にあるわ。大猪を相手に、走って逃げきれるかは怪しいわね。荷馬車を担いでどこかに登るのも無理があるわ。
「……岩だ」
「へ」
岩をどうするのよ。走っている猪にぶつけろとでもいうのかしら。
「あれは岩だ」
ハァ。猪を岩だと言っているのよね。まったく呆れるわ。
「なに言ってんのよ。こんなときにふざけていないでよね」
すごいスピードで迫ってきているのよ。どうするのかを早く決めないと間に合わなくなるわ。
「お前、あれよりでかい落石とか平気で受けとめて捨てていたろ。あれも同じ岩だと思うんだ」
あ~もう。真面目な顔でバカを言わないでよ。
「岩と動物は違うわ!」
動物は意思を持って行動しているのよ。岩と違って簡単には受け止められないわ。
「だから岩だと思うんだよ。あの大猪はまっすぐ突っこんでくる。避けたり噛んだりしねぇはずだ」
そんな無茶よ。
……でも言っていることはわからなくもないわね。猪の習性を考えればアルフの言うことに筋は通っているわ。
ほかの手を考えている余裕もないわね。仕方がないかしら。
「わかったわ。やってみるわよ」
要は岩が転がってきたと思い込めばいいのよね。
きたわ。
まずは右手を出して……
転がってくる勢いを殺すように引きながら岩肌をつかんで……
砕く。フンっ。
「ごちそうきたー」
……うまくいったのかしら。ふぇぇ。
「こわー。成功してよかったー」
動かないわね。頭蓋が砕けているから当然かしら。
「怖がることはねぇだろ。マアマだっているんだし怪我の心配はねぇよ」
「大丈夫ー」
「え。あ! マアマさんにお願いすればよかったわよね。せっかくの遊ぶ機会だったのに」
あたしがやる必然性なんてなかったわ。いつもと同じように、マアマさんにお願いして狩ればよかったのよ。状況が違ったせいで気が動転しちゃっていたわね。
「あはははは」
「そこは誤るな。マアマも大願のためにつくられた者。お主が自ら挑戦する機会を厭いはせぬ」
へ。これが成長の機会になったということなのかしら。よくわからないわね。
「べるたー。いいこー」
たしかに、マアマさんにも不満はなさそうだわ。
「あはは。あたしが挑戦というか、アルフの食欲に使われただけなのですがね」
まぁ結果オーライだわ。
「怖いとか言いながら、片手でやる辺り余裕に見えたけれどもな」
へ。片手…… だったわね、たしかに。
「あれ? そういえば。岩だと思ったら片手で十分かしらって思えちゃって」
岩の処理なら慣れているのよ。落石の多い山へ収穫に行っていたものね。
「お前、あれよりでかい岩をポイポイ投げていたじゃん。今はガルマさんの加護だってあるんだぜ」
考えてみればそうね。岩だと前提するなら怖がる理由はなかったわ。
「そっか。なにか自信ついたかも」
まぁ、今回は猪を無理やり岩だと思い込んだのだから仕方がないわね。マアマさんが護ってくださっていることまで、完全に頭の中から消えていたわ。
「しかし、これまた、でけぇな。俺たちだけじゃ食いきれないぞ」
余った肉をムダにしたくはないわね。でも猪の肉って傷みやすいから運ぶのには適さないわ。
「また料理して配布しますか」
ちょうど街道なのよね。
「おぉ。また鍋とバーベキューの両方いけるな」
そうねぇ。ただ配布するような食材を今は持ち歩いていないわ。
「はいはい。今回はほとんど肉になるわ。でも、まぁたまにはいいわよね」
あたしたちが野菜も食べながら、肉だけを配るのは気が引けるのよ。
「むしろ大歓迎!」
まぁ、あんたはそうよね。でも配布が目的なのよ。
「食べるのはあんただけじゃないのよね」
って、どこへ行くのよ。
「おっちゃん! 肉食い放題にするから、りんごを少し分けてくれねぇかな」
なるほど。たしかに猪の肉とりんごの相性は抜群だわ。
「無論だ。好きなだけ使ってくれ」
荷主さんも話の分かる人でよかったわ。
「ありがとー。肉にりんごは絶妙の組み合わせなんだ」
こういうときは気が利くのよねアルフったら。食べることだからかしら。
それだけもらってくれば十分だわ。
「じゃぁチャッチャとさばくわよ」
まずは血抜きをしてと。食べられる部位を切り分けて……
「お前、こういうのは平気なのに、なんで狩りは怖がって罠アイテムやマアマ任せになるのかね」
なんでって、そりゃ…… どうしてかしら。
「言われてみれば変かも?」
別に岩だと思い込まなくても、猪にやられるとは思わないのよね。
「血や内臓を見るのが怖いとかじゃねぇよな。危険なところや多少の怪我も怖がらないし」
たしかに動物を相手にするのは怖いわよ。でもどうしてかっていわれると即答できないわね。
あたしはなにを怖がっているのかしら。んーむ……
「そうね。獲物が痛がるのを見るのが怖いのかしら」
殴られる側の気持ちを考えちゃうのよね。
「あぁ。それだったらベルタらしいわ。ついでに俺が痛がるのも怖がってほしいけれどもな」
アルフが痛がるところ…… あらぁ。まったく怖くないわね。
「そういえば。あんたが怯えていても平気で殴れるわね。どうしてかしら」
アルフの場合は殴る理由があるときだから不思議はないわ。でも、アルフの殴られる気持ちが気にならないのは不思議ね。いつもあたしを怒らせているからかしら。
「どうしてかしらじゃねぇよ。お前の中じゃ俺は獲物以下かい」
それは面白い問いかけだわ。アルフが獲物以下である理由ねぇ。あぁ、あったわ。
「そりゃアルフは食べられないしねぇ」
食用としては明らかに獲物以下よ。
「勘弁してくれ」
あら。本気にしちゃったのかしら。
「あはは。アルフにはきちんと手加減しているわ。獲物以下ってことはないわよ」
アルフはしっかりと役に立って…… あれ、なにかに役立ったかしら。
……この件には触れないほうがいいわね。
「痛がる練習でもしてみるかな」
それって少しは殴られる前提の対策よね。根本対策を考えるべきだわ。
「殴られるような言動をしなければいいのよ。そっちの肉、もう焼いていいわ」
量がすごいから、さっさと処理しないと肉が傷んじゃうわよ。
「お。きたきた。まずは俺の腹を膨らませないとな」
この街道は、前回の配布場所と違って人通りが少ないわね。料理しても配りきれるかしら。
あら。ちょうどいいタイミングで大勢が向ってきたわよ。でもなにやら、いかめしい集団だし妙に早足ね。ゆっくり食べていく雰囲気じゃないかしら。
「兄ちゃんたち。肉食ってけよ~。タダだぜ、タダ」
アルフったらやっぱり、なにが相手でも物怖じしないわね。武装した人たちなのよ。賊の可能性だって……
いや、対人ではなく狩猟用の武装みたいね。
「おぉ、いいにおいだな。ありがてぇがちょいと急いでいてな。そうだ、どでかい猪を見かけなかったか?」
……これのことかしら。
「この肉が猪だぞ」
「いや切り身になる前の生きたやつだ。大物を取り逃がしちまってな。人を集めて追っているところなんだわ」
なるほど。それで街道に入り込んだのね。猪が街道を走るだなんておかしいと思ったわ。
「それ、これじゃねぇかな。さっきベルタが捕らえて料理したんだ」
「はぁ?」
……まぁ呆けるわよね。追っかけていた獲物が、狩られたあとだなんて言われたら。
「ま…… じか。すげぇ野郎がいるもんだな。被害が出る前に仕留めてくれて助かったわ」
む。乙女に向かって野郎呼ばわりは失礼ね。
「そういうわけだ。俺たちだけじゃ食いきれねぇし、もったいないから食っていってくれ」
そちらも食べるために追っていたんでしょうし文句はないはずよね。
「そういうことならすまねぇが、まだ焼いていない肉を譲ってくれねぇか。無論代金は払う」
あら。それは渡りに船の申し出ね。消費したくて配布していたのよ。
「お? ムダにしないんだったら金なんて要らないと思うぞ。なぁベルタ」
お金はともかく、野郎呼ばわりは訂正はしてほしいところよ。まぁ結果的にそちらの獲物を奪っちゃったわけだし水には流すわ。
「もちろんよ。料理して配る手間が省けて助かるわ」
あら。表向きは快諾したのに怪訝そうな様子ね。なにかが気に入らないのかしら。
「……おい」
「ん?」
「さっき、ベルタって野郎が猪を捕らえたって言わなかったか?」
1度ならず2度までも…… これは黙っていられないかしら。
「言ったぞ」
「今、その娘をベルタって呼ばなかったか?」
へ。なによいまさら。
「呼んだぞ」
「同名のやつがいるのか」
あ。あたし以外の人をベルタだと思ったから野郎呼ばわりしただけなのね。失敗だったわ。勘違いで怒ったのは悪かったわね。でも表には出ていないはずよ。
「当人だぞ」
あら。どうしたのかしら。みなさんで相談を始めちゃったわ。
「な? こいつらが? うそだろ?」
え。どうしたのかしら、急に殺気立って。
ちょ。アルフに向って身構えたわ。大の大人が子ども相手に何事よ。
「まさか俺たちを殺して食おうって腹か」
ぶ。なにがどうしたらそういう話になるのよ。
「は? 兄ちゃん、話聞いてねぇのか? 猪の肉が余っているから配っているんだよ。人の肉なんざ食わねぇよ」
まったくよ。がんがん言ってやりなさい。
「おいベルタ。お前やっぱ獣人だと思われているんじゃねぇか」
あたしに言ってどうするのよ。
「失礼ね。かよわい乙女に向って。そもそも獣人だって人を食べたりしないわ」
もし食べるなら、もう人は滅んでいるわよ。
「娘さん。その猪をあんたが仕留めたってのは本当かい?」
「え、えぇ」
なにを疑っているのかしら。人食いと猪狩りなんて関係がないわよ。
あ。そういえばふつうは娘が猪を狩りはしないわね。これは乙女としてのイメージダウンだわ。
「いつもそんなことしているのかい」
「まさかぁ。そこの荷馬車が修理中で逃げられなかったから仕方なくですよ」
切羽詰まってのことと言えばイメージも回復…… しないわよね。
あら、考えこんじゃったわ。
「あの荷馬車はワシのだ。この子らは身を挺してワシを護ってくれたんだ。断じて悪い子じゃねぇよ」
フォローをありがとうございますね。
そうよ、乙女のイメージの話じゃなかったわ。人食いの話よ。
「すまなかった。妙な噂があったのを警戒してしまってな。許してほしい」
噂ですって。初耳ね。あたしたちの噂だとしたらどんな噂なのかが気になるわ。
「噂? あたしたちが噂になっているのですか?」
妙とか警戒なんて言っているから、いい噂ではなさそうよね。そのせいかしら、とても言いづらそうに見えるわ。
ていうか。怯えていないかしら。
「どうかしました?」
この雰囲気はどこかで……
そうだわ。あたしを見て怯える人たちと同じような雰囲気よ。もしかしてその噂のせい――
「い、いや。娘さんが英雄だとか、すごく強いみたいな噂で、腕前を拝見したいなーなんて」
なんだ。悪い噂じゃなかったわ。
それにしても、英雄だの強いだのって、あたしと間違えるような噂じゃないわよね。
「勘弁してくださいよ。あたしは、ただのかよわい村娘です。噂は別人のだと思いますよ」
納得してもらえたのかしら。笑顔になられたわ。でも、つくり笑いよね。顔がひきつっていますよ……
「よかったら今晩は村に泊まっていかないか。せめて一晩、無礼をわびて猪討伐の礼をしたい」
誤解なんてよくあることよ。わびられるほどのことではないわ。
「そんな。お気遣いなく。肉がムダにならなくて助かっていますし」
あたしも野郎呼ばわりされたと勘違いをして怒っていたものね。誤解はお互い様だわ。
「やったー、夕飯もごちそう確定」
まったくもう。あたしが配慮しているものを即座に潰さないでよね。
「あんたは遠慮ってもんを知りなさいよ!」
食べることになると脊椎反射で飛びつく感じなのよね。
「あぁ。でももうひとりいるんだ。大丈夫かな」
大丈夫なわけがないじゃないのよ。
「連れなら何人増えたところでまとめて歓迎するぞ」
何人じゃなくて1竜人なのよね。こうなったら説明するしかないかしら。
できるだけショックを与えないように伝えなくちゃね。
「あとひとりなのです。でも…… その、竜人様なのですよね。あはは……」
見事に笑顔が硬直しているわ。
でも恨むなら空気を読めないアルフを恨んでくださいね。こうなったのは、あたしのせいじゃないわ。あたしは辞退しようとしたものね。
「も、問題ないですよ。御満足はいただけないかもしれませんが、精いっぱいおもてなししますよ」
やはりそうですよね。ガルマさんのことを知らなければショックなのはわかりますよ。
いまさら断りようがないのが哀れだわ。せめて少しでも気楽にさせたいわね。
「ガルマさんは、もてなしとか気にしないと思いますよ。泊めていただけるだけで十分だと思います」
「うむ。気になるなら村の外で待っていてもよいぞ」
あら。突然目の前に姿を現されたわ。どこかに隠れているのかと思いきや、この場で姿を消されていたのですね。いまさらあたしに驚きはないわ。でもほかの人が卒倒しかねないから、ふつうに登場してほしかったわね。
「いえ。そのような気遣いは、逆に気を使わせてしまうと思いますよ」
竜神様を村の外で一晩待たせたりしたら、それこそ伝説になるわね。
「そうか。ならば連れのひとりだと思ってくれ」
やっぱりガルマさんは誰に対しても優しいのよね。間違った先入観を解くいい機会にはなるのかしら。
「で、では村へ御案内します」
「お世話になります」
んじゃ残りの肉をまとめて、よいしょ。村に泊まるのは久しぶりね。楽しみだわ。
それにしても、ちょっと視線が気になるわね。紅一点のあたしに目が行くのはわかるわよ。でもどうして怯えたような雰囲気を感じるのかしら。
噂の誤解は解けたはずよね。ガルマさんに怯えながらあたしを見ているのかしら。複雑な心境なのね。




