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一人称視点版@あたしのせいじゃなーい  作者: わかいんだー
本章~ファンタジックな旅の日常~
12/52

おまけ:火の粉の下の初体験

 ん~、やっぱり町のベッドは最高だったわ。もう一泊したい気分ね。せめて部屋を出るまでは、この感触を堪能しておくわよ。

 気分がよくて歌いたくなるわね。あら、ちょうどいいタイミングでパーカッションの音が……


「……なにか前にもあったわよね、こんなこと」


 迫りくる大勢の足音。このあとのことは思い出したくもないわ。


「肉か」


 まぁ、食べ放題な肉だけはよかったわね。


「あれから気をつけていたから、あたしたちを追ってきた獣ってわけじゃないとは思うわ」


 かなり前から街道を歩いて町に入ったものね。あたしたちのにおいを追ってきたとしても、街道ではほかの人たちのにおいに紛れているはずだわ。

 既に一晩が明けているしね。追ってきたにしては遅すぎるわよ。


「そもそも獣の襲撃かも不明だな」


 大勢の足音がしただけですものね。


「そうですね。まずは、なにが起きているのかを確認しないと」


 さすがにあのときのような焦燥感はないわね。いろいろとあったから騒動には慣れちゃったのかしら。

 まずは窓から外を見てみるわよ。爆発音にこの喧騒(けんそう)は…… 戦闘かしら。遠くの建物に火が見えるわね。


「なに? 火を噴く化け物でも来たのかしら?」


 みんなで避難をして声を潜めよう、という感じではないわね。あちこちに散らばって…… あれは応戦をしているのかしら。


「様子からして、盗賊団の襲撃の類であろうな。放火で陽動して、盗んで逃げる腹か」


 今回は賊なのね。盗むだけでも問題なのに放火だなんて許せないわ。


「盗賊じゃ食えないな」


 その発想はなかったわ。いかに許せないからって食べはしないわよ。

 って、ガルマさんが磨けとおっしゃった発想力って、そういうのじゃないわよね。


「なにバカ言ってんのよ。どうしよ」


 賊除けの(わな)アイテムがあるとはいえ、盗賊団だとしたら大勢よね。対処しきれるとは思えないわ。


「放っておけば警備兵が鎮圧するであろう。町全体を蹂躙(じゅうりん)するほどの規模には見えぬ」


 あぁ。今回は警備兵が逃げだしているわけじゃなかったわね。

 それに今回はあたしのせいじゃないはずだわ。でしゃばっても迷惑になるだけかしら。


「そっか。なら、あたしたちも邪魔にならないように避難……」


――燃えている建物の窓から乗りだす人影が見えた。


「ベルタ?」


 急がなきゃ、間に合うかしら、いえ、間に合わせる!


 飛び降りたわ。火に追われたのね。とどけー!

 よし、どうにか受け止めたわ。


「うわぁあああ」


 まだ幼い子どもね。大した怪我はしていないみたいよ。よかったわ。


「大丈夫、もう大丈夫だから落ちついて」


 警備兵もきてくれたわ。


「救出の御協力ありがとうございます。あなたも早く避難してください」


 そうね。避難するわよ、って。どうしたのかしら、この子。動かないわ。

 建物がどうかしたの? 燃えているから入れないわよ。

 残念だけど全焼ね。炎に包まれちゃっているわ。命が助かっただけでも――


「お母さん! お母さん!」

「なに? だが、これではもう」


 おかあさん!


 ……じゃない、この子の母親ね。どっちにしても早く助けなきゃ。

 まずは火を消すわよ。封術紙を使わせていただきますね…… さぁ、消えて、消えて、消えて。

 ダメだわ。結構な回数を消費したのに、入り口の鎮火が精いっぱいよ。これじゃ使い切ったとしても、建物の消火には程遠いわ。

 ならば。水をかぶって突っ込むまでよ。


「無茶だ! 火をなんとかできても煙にやられる。建物も崩れるぞ」


 煙が酷くて、なにも見えないわ。それに、息をいつまでも止めてはいられないわよ。障害物を壊そうにも、燃えているから手を出しづらいわね。いちいち水を出して消している時間も惜しいわ。

 そうよ、こんなときにこそ武器の出番だわ。おりゃ! よし、壁をぶち抜いちゃえば煙は外へでていくわね。

 どうにか呼吸はできるようになったわ。視界も確保できたわね。


 さっきの子は2階から飛び降りたわ。指さしていたのも上よ。……よし、階段を発見したわ。まずは登って……

 ぐ。すごい燃えっぷりね。そこら中が燃え盛っているわ。きゃ。燃え崩れる音がすさまじいわね。これじゃどこから探せばいいのか……

 え。まさかこれ、赤ちゃんの泣き声が混じっているのかしら。母親だけじゃなかったんだわ。こっちね。……あ、見つけ、ひっ――


――赤子をかばうように倒れた人に、燃える柱が倒れかかろうとするのが見えた。


「あああああああああ」


 あ、あれ。柱は? 屋根も壁もなくなっているわ。

 いや、それどころじゃないわよ。母親と赤ちゃんを抱いて脱出しなくちゃね。

 あたしなら2階から飛び降りても、問題なく着地できるわ。ふたりともしっかりと抱えて、とぅ。


 もう安心…… え、うそ、母親から鼓動を感じないわ。

 いや、脈はわかりづらいもの。呼吸さえしていれば…… し、していないわ!

 そんな、そんな、そんな――

 

「いや、いやぁ、おかあさん!」


 いや、おかあさん、いかないで。

 人工呼吸、いや、それよりも先に心臓マッサージ――


「ガルマさん? 邪魔しないで、あたしはおかあさんを」

「人の命を救うなど、初体験なのだがな」


 いや、離してガルマさん、早く、早くおかあさんを助けなきゃ……

 あ。動いた。おかあさんが動いたわ。


「え、ここは…… 助かったの? 私の赤ちゃんは……」


 おかあさん、生きていた、よかった。


「おかあさん! うわぁああああああああ」

「え? え? あなた…… だぁれ?」

「お母さん! よかったぁ。お姉ちゃんありがとう!」


 ……あ。違う…… この人は、この子の母親よ。あたしのおかあさんじゃなかったわ。

 ダメね。あたしのおかあさんは助けられなかったのよ。あのときに、幼かったあたしに、今くらいの力があれば助けられたかもしれないのに……


 赤の他人なのに抱きついて泣いちゃって、御迷惑をおかけしちゃったわね。


「あの、本当に失礼しました」


 赤ちゃんも無事なようね。この騒ぎの中で眠っているだなんて、きっと大物になるわ。あんたの火事場での泣き声は母親をも救ったのよ。よくがんばったわね。


「命の恩人に謝られても困ってしまいます。子どもたちまで助けていただいたそうで本当にありがとうございます」


 あら。あたしが泣いている間に、状況を説明されていたのかしら。照れくさいわね。


「あはは。あたしもなにか夢中だったんで、気にしないでください」


 助けたと言われても実感がないのよね。夢中というか必死になりすぎていたわ。

 こういうときほど、冷静に考えて行動する必要があるのにね。

 でも、今回は無事に救出できてよかったわ。


 アルフったら今頃になっての御到着なのね。


「武器が役立ったみてぇだな」


 あら? 離れた場所から見えていたのかしら。そういえば目はよかったわね。

 あちこちが焼け崩れているとはいえ、屋内にいたあたしを見ていたとは感心するわ。


「そうね。使う機会なんてないと思っていたわ」


 まさに備えあれば憂いなしというところかしらね。


「あれ。なんかそれ曲がってね?」


 それ? まさか武器のことかしら。


「あら。1回使っただけで壊れるなんて不良品かしら」


 お気に入りだったのにねぇ。さすがに(もろ)すぎるわよ。

 曲がった武器じゃ威嚇にはならないわよね。買いなおすべきかしら。役に立つ機会はあったものね。

 でもこれと同じ(もろ)さじゃ心もとないわ。次に使う機会では、途中で壊れてしまいかねないものね。次は少し対価を奮発してでも、壊れないような武器を――


「宜しければ代わりの武器を用意させていただけないでしょうか。町民を救っていただいたお礼をかねて」


 警備兵?

 やだわ。壊れた武器を見つめていたから、未練がましく見えていたのかしら。


「え、でもそんな」


 あたしが勝手に使って壊したのですから、気をつかっていただくようなことではないのですよ。


「いいんじゃねぇの。ベルタだって、もし家族が助けられたらお礼をしたいだろ」


 むむむ。あたしが救われた立場であれば、ね。たしかに受け取りを拒まれたら悲しいと思うわ。救命の対価に武器くらいであれば、遠慮はしないほうがいいのかしら。


「それはそうだけどね。じゃぁお言葉に甘えさせてもらおうかしら。できればこれより頑丈なので」


 見た目は超お気に入りだったわ。でもこの(もろ)さじゃ修理しても不安なのよね。ガルマさんのお墨付きだったのに壊れるなんて変だわ。

 あ。たしか全力はダメみたいにおっしゃっていたわね。でも全力なんて出したかしら。


「お預かりします。この町で最高の武器職人に、代わりとなる品を用意させます」


 町で最高ね。武器職人が多い町なのかしら。なら腕を競っていそうで期待ができるわね。

 警備兵の様子からして、賊のほうは片付いたのかしら。……大丈夫みたいね。ほかの人たちも落ちつきを取り戻している感じだわ。


 それにしても酷い燃えっぷりね。2階なんてほぼ消失しているわよ。

 ……あ。もしかしたら、あたしが無意識にやったのかしら。燃える柱が倒れてきたのが見えて、気が付いたら周囲が消えていたのよね。おそらくは武器が壊れたのもあのときよ。

 ま~ずいわね。これはまた弁償で悩むことに…… いやいや、既に燃え崩れていたんだから、壊したところで問題はないはずよ。

 でもいかに燃えて(もろ)くなっていたとはいえ、2階を消失させちゃうほどに殴ってまわったのかしら。ん~。倒れた母子を放置して、炎の中を走り回ったなんて考えがたいわね。やっぱりあたしが壊したわけじゃないのかしら。

 あのときはほかに人影なんてなかったわよね。屋外からあんな真似ができるとしたらガルマさんくらいのはずだわ。でもガルマさんにしては手段が中途半端よね。やるとしたら、あたしとあの母子を結界とやらで護るなり、屋外へ救出してくださったと思うわ。ん~。わっかんないわね。


 警備兵が戻ってきたわ。でも、手ぶらみたいよ。あたしのぶーきーはー。


「申しわけありませんが一晩お待ちいただけませんか。武器屋が英雄にふさわしい武器をつくると張り切っております」


 どうしてここで英雄がでてくるのよ。英雄にふさわしい武器なんて、あたしに似合うわけがないわ。


「そんな大層な」


 むしろ村娘にふさわしい、可愛い武器が欲しいのよね。それにわざわざつくっていただくほどのことじゃないわ。助けられる人が助けるのは当然のことよ。お礼なんて、売れ残りの武器で十分だわ。


「いいと思うぜ。別に急いでいねぇし」


 うーん。そうねぇ。お礼をしたいということで無料だし、こちらから注文を付けるのはおかしいかしら。ここはやりたいようにしていただくべきよね。

 旅の行程はアルフ次第だし、もう一泊を当人が了承しているのなら問題もなさそうだわ。


「あんたが急いでいないならいいか」


 それに、もう一泊でお風呂とベッドを楽しめるのは(うれ)しいわ。武器のお礼よりもこっちのほうが、あたしには魅力的かもしれないわね。


「宿はこちらで用意させていただきます」


 そうね、今晩の宿はとっていなかったわ。素直に甘えて…… 宿ですって。


「あ。宿といえば、放火で焼け出された人たちは……」


 あたしたちの宿をとるくらいなら、被害者を助けてもらわなくちゃね。

 全焼しているから家財のすべてを失ってしまったはずよ。

 ふたりも幼い子どもを抱えておられるのに、今後の生活が心配だわ。


「大丈夫です。襲われたのは町であり、被害者に責はありません。町で丁重に保護と補償をします」


 この町にもしっかりとした保険があるということなのね。

 ガルマさんのおっしゃるとおり、護りを第一にしているということなのかしら。


「ならよかったです」


 それなら、あたしも安心して眠れそうだわ。


「は。これ以上、英雄に御心配をかけるような真似はいたしません」


 ぶ。なによ。英雄ってあたしのことみたいよね。


「いや、その英雄てのやめてください」


 ひとりふたりを救出しただけで英雄呼ばわりされても困っちゃうわ。


 もう夕方なのね。どたばたしているとあっという間に感じるわ。

 宿をとっていただいたし、今日は汚れを落として休むべきかしら。明日からは旅の再開だものね。


――宿で夕食を済ませた。アルフは寝たのでガルマさんとテーブルでお茶をした。


 おかあさん…… あのときの情景は、今でもはっきりと覚えているわね。

 目の前の建物に、おかあさんがいることはわかっていたわ。でも、あのときのあたしには、どうしようもなかったのよ。

 どうしておかあさんがあんな目にあわなければいけなかったのかしら。あんなにむごい死に方をさせられる理由なんてなかったはずだわ。


「竜神様でも、すべての人々が幸せな世界はつくれないのでしょうか」


 やだ、あたしったら。ついガルマさんに愚痴っちゃったわ。

 そんなことはできるわけがないわよね。


「……それは容易だ。だが誰も望まぬのだ」


 ぶ。容易? 誰も望まない? 今あたしが望みましたよね。


「え? 誰もが望んでいるのではありませんか? あたしだって」

「すべてのものが幸せになる手段とは、すべての生命の速やかな安楽死だ」


 またおかしなことをおっしゃりだしたわ。


「そ、そんなのは幸せではありません」

「もう苦しまずに済む、というのは幸せではないのか?」

「死んでしまえば幸せなんてありません」


 幸せというのは、生きているからこそ感じられるものですよ。


「人は常に欲望に駆られておる。どんなに満たされても、新たな欲望が湧いてくる。生きておるかぎりは、決して満足できぬ。幸せであり続けることはできぬのだ」


 あたしが望んだ幸せは、そんな理屈ではないわ。だって、おかあさんを失った火事以降は、みんなに助けられて幸せだったのよ。


「あたしは、村でみんなと生活しているだけで幸せです」


 新たな欲望なんてないわよ。村での生活で満足していたわ。


「その幸せとは、小さな欲望を満たすことの繰り返しであろう。村で生活している間、なにもつらいことや悲しいことはなかったのか」


 ……言われてみれば、つらいことは多々あったわ。事故や病気で亡くなった親しい人もいるものね。


「そりゃつらいときもありました。でも今思えば、村での生活は十分幸せだったと思えます」


 村での生活をずっと続けられるのなら、それでいいのよ。


「後になってから幸せだと思えるなら、どんなつらい思いも幸せだということか?」


 それは違うわ。あたしが望むのは、そういう思いをしなくてもいい世界なのよ。そういう世界をつくれないのかとお聞きしたかったんだわ。


「それは…… 程度によると思いますよ。そのような苦痛を感じずにすむ世界が理想なのでは」


 天命を全うされるようなお別れならまだ許せるわ。でも理不尽としか思えない、酷い目にあっている人がいるのよ。


「ある程度の苦痛。それを乗り越えたときの幸せ。そのバランスを保ったのが今の世界なのだ」


 苦痛を乗り越えて得られる幸せというのはわかるわ。でも苦痛しかないような人もいるのよ。


「でも、生まれたときからずっと不幸な人だっていますよ」


 身体が不自由であるとか、環境に恵まれないとか、当人に責のない苦難は理不尽ではありませんか。


「それは主観と客観の差にすぎぬ」


 主観でも客観でも理不尽ですよ。


「生まれてすぐ死んでしまうような人に、幸せがあるのですか」


 ガルマさんには人の幸せというものがわからないのかしら。


「死ねば二度と苦しまずに済む。生きれば生き続けたいという欲望が満たされる。見方の差でしかない」


 生まれてすぐに死ぬことすらも、幸せだとおっしゃるのですか。それなら生まれないほうが幸せではないのでしょうか。


「そんな。いくらなんでも、生まれつき不幸を背負わなくても」


 人が愚かで過ちを犯すから、その結果として苦難が訪れるというのであればまだわかるわ。自業自得よね。でも、生まれたときに過ちなんて犯せないわ。そのときくらいは、みんなが平等に幸せなスタートでいいではありませんか。


「幸せは不幸を乗り越えたときに得られる感覚。ゆえに幸せを得るには不幸が必要なのだ」


 たしかに不幸を乗り越えて得られる幸せはあるわ。でもそれだけじゃないわよ。


「たとえばおいしいものを食べて得られる幸せに、不幸なんて必要ありませんよ」


 いつも幸せそうなアルフの顔を見れば明白よね。


「空腹という不幸を克服するために、食欲という欲望が生じる。欲望を満たすことで幸せが得られるのだ」


 う、また欲望ですかね。幸せには不幸が必要だなんて、そんなのおかしいわよ。

 なにか、満たされていても幸せに感じることは…… すぐには思いつかないわ。

 突き詰めると、思いつくすべての幸せは、欲望を満たしたときに得られるものになっちゃうのよ。

 だって、幸せを感じるのは、なにかが満たされたときなのよね。なにかを得たり感じたりで、気持ちが満たされたときだわ。つまり幸せを感じるまでは満たされていなかったのよ。

 満腹状態で食事をしても苦痛でしかないものね。なかったものを得られたときに幸せを感じるのよ。つまり、なかった点に関しては不幸だったということなんだわ。欲望はその不幸を克服するために生まれるということよね。

 認めたくはないわ。でも、思いつく事例はすべて該当しちゃうのよ。


「幸せだけを望むなら、死ぬしかないということですか」


 ほかに方法はないとおっしゃっているのですよね。


「誰もが最後に体感する不幸である死を、速やかに安楽死で乗り越えること。生命にとって最高の幸せだ」


 生まれた時点で確定する、最大の不幸である死。それを苦しまずに乗り越えられれば幸せ。理屈としてはそうかもしれませんね。あたしには反論を思いつきませんよ。

 でもだからといって、納得できるというものではありませんね。


「あたしは、そんな幸せは望みません。幸せだと思いたくありません」

「うむ。それでよい。幸せとはなにか。その根源となる欲望とはなにか。よく考えることだ」


 へ。


「……よい ……のですか? ガルマさんの主張を、根拠も示せずに否定しているのですよ」

「否定してはおらぬよ。最初に言ったであろう。誰も望まぬ、と。目的と手段を違えてはならぬ。すべてのものが幸せになることを目的としてつくられた世界、ではないのだからな」


 世界がつくられた目的、ですか…… そうですね。察しはつきましたよ。

 すべての人々が幸せになれないのは、意図的にそのようにされているからなのですね。

 幸せだけの世界で満足してしまえば、成長しようと努力する意欲が失われてしまうのよ。

 だから幸せを目指させるために欲望を用意し、欲望を生じさせるために苦難を与えておられるのだわ。そして苦難を乗り越えるためには成長しろということなのよ。すべては大願のためにあるのね。

 それなら大願成就すれば、すべての人々が幸せのみで生きていける世界にしていただけるのかしら。まぁ、仮にそうだとしても、目指すめどすら立たないのよね。


「大願ですか……」


 どうして今の人では大願成就できないのかしら。きっとガルマさんから見れば、あたしも賢い人もどんぐりの背比べにすぎないわよね。

 つまり、いつものあたしとの会話がその答えなんだわ。一方的に諭されるだけで議論にもならないのよ。それどころか諭されて反論すらできないのに、理解もできないわ。半端な知識じゃお話し相手にすらなれないのね。


 ハァ。そろそろ眠らないと明日に障るわ。一介の村娘には重すぎるお話なのよ。


――夜が明けた。警備兵が宿屋まで武器を届けにきてくれた。


「お待たせしましたベルタ様。お約束の武器を持って参上しました」

「英雄様に使っていただければ光栄に存じます」


 昨日の警備兵と…… もうおひとりは、きっと武器屋さんよね。

 それはさておき、あたしを持ち上げ過ぎなのよ。困っちゃうわ。


「いえ、英雄なんて大層なもんじゃないですよ」


 武器屋さんは妙に(うれ)しそうね。なんだか、あたしの言葉を聞いて、すごく安心されたような雰囲気だわ。

 あぁ。本物の英雄に会うと思って緊張していたところを、あたしが否定したことで安心されたのかしら。誤解が解けたのならよかったわ。


「やはり(うわさ)なんてのは、半分は間違っているもんだな……」

「はい?」


 (うわさ)? 間違っている? なんのことかしら。

 まさか、あたしが英雄だなんて(うわさ)は流れていないわよね。


「いえ。どうぞ、これが私めの会心の作にございます」


 この方がつくってくださったのね。どれどれ。


「きゃー! きれい! ステキ! いいの、こんなのを頂いちゃって」


 今度の外観はバラの花よ。なんて、きれいなの。

 これが武器だなんて信じがたいわ。部屋に飾っておきたいくらいね。

 壊れるのがもったいなくて振り回せないかもしれないわ。


「喜んでいただけたなら私めも報われます」

「オリハルコンか。これならベルタも安心して本気で使えるな」


 え。これは本気を出しても壊れないのですか。

 一見した感じでは、前の武器よりも細くて(もろ)そうだわ。なんだかきらめいて見えるし、色つきガラスみたいよね。


「オリハルコン? 前の武器より頑丈てことですか?」


 武器の名前かしら。命名センスは微妙ね。

 でもガルマさんがこれなら本気で使えるとおっしゃっているし、壊れる心配なしに振り回せそうだわ。


「うむ。伝説級の希少金属だ。本来は町の武器屋で買えるような品ではないな」


 また、とんでもないのがきたー。


「ちょ? そんなの、もらえるわけがないですよ」


 本物の英雄向け武器ということよね。なにを勘違いされたのかしら。

 あたしごときが持ち歩くようなものじゃないはずだわ。お気持ちだけを受け取っておくわよ。

 これは御返し、し、し…… 武器屋さんが手を後ろに隠しちゃったわ。


「返品は受けつけておりやせんぜ。どうかムダにしないでやってくだせぇ」


 返品て、お金を返せというわけじゃないんですよ。払ってもいないですし。


「でも、だって…… 本当にいいんですか?」


 そりゃあたしだって手放したいわけじゃないわよ。とんでもなく気に入っちゃったわ。

 でもだからといって、もらっていい品とは思えないのよね。

 希少金属なら本物の英雄に使っていただくべきよ。


「英雄様に使ってもらえる武器をつくれるなんて、職人にとっちゃぁ最高の栄誉なんですよ」


 なんて(うれ)しそうな笑顔なのよ。

 あたしが受け取ることを本当に望んでくれているのよね……

 ハァ。そんな顔をされたんじゃ断れないわ。

 でも誤解は解けたんじゃなかったのかしら。また英雄呼ばわりしているわ。


「もう、英雄じゃないって言っているのに。わかりました、もらっちゃいますからね」


 負けましたよ。あたしは英雄ではありませんが、この武器に恥じるような行為はしないよう努力しますね。


「感謝します。またなにかありましたら御用命ください」

「ありがとうございます。一生大切にします」


 前の武器はあたしにとってのお宝だったわ。でも今度のは正真正銘のお宝よね。

 武器は軽いのに、ものすごい重圧を感じるわ。重責というべきなのかしら。

 少なくとも、あたしに譲ったことを後悔されるようなことだけはしないようにしなくちゃね。


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