おまけ:無料ほど怖いバーベキュー
微妙ね。アルフは無論、ガルマさんの荷物まで担いでいても軽すぎるわ。これじゃ筋トレにはならないわね。でも、かさばっているから荷減らしはしたいのよ。小さくて重くて役立つものはないかしらね。
「なぁベルタ」
「ん?」
「太った?」
ふ、ふふふふ。ちょうど身体がなまっていると思っていたところなのよね。発散する切っ掛けをつくってくれたんだわ、アルフったら。なら遠慮は無用よね。
「……あら。今日ってアルフの命日だったのね」
覚悟なくして口にできる言葉じゃないわよね。乙女に対しては避けなければならない言葉の筆頭クラスをよくもまぁぬけぬけと放てたものだわ。
「え、あれ。太った…… じゃなくて大きくなったと言うべきだった?」
……大きく? それはそれで、乙女に対して軽々しく口にするものじゃない言葉よ。でもアルフの様子からして誤解なのかしら。
「成長しているってこと?」
「そう、それ。だから怒るなよ」
怒らせておいて、怒るななんてよくも言えるわね。どうせ間違えるなら、怒らせないほうに間違えなさいよ。
ん~、あたしが大きくと言われても実感はないわ。服は伸びる生地にしたからきつくなったりもしないのよね。
「自分じゃわからないわね」
おそらくは、旅立ったころに比べてという話よね。あのときの身体の大きさなんて意識すらしていなかったもの。覚えてはいないから比べようがないわね。
「お主たちは成長期だ。目に見えて育つであろうな」
それはそうですね。アルフったら、そんな当たり前の事を聞いてきたのかしら。
「やっぱな。荷物が増えているせいで、そう見えるだけかとも思ったが。ベルタもでかくなったんだな」
どうにも言い方が癇に障るわね。でかいなんて乙女に対する表現じゃないのよ。それに荷物を増やした覚えはないわ。アルフの荷物が、ということなのかしら。
「荷物を増やしたの?」
かさばるとは思っていたのよね。重くなるのは歓迎するわ。でも軽くて大きいのは運びづらくなるだけなのよね。
「道中で拾ったのをいろいろ持ち歩いているじゃん」
あ。そうだったわ、増やしていたわね。
「言われてみれば。売れそうなのとか保存食になりそうなのとか、結構拾っているわね」
すでに路銀の余裕があるとはいえ、減る一方じゃ心もとないのよ。それに獲物がいないところもあるものね。利用価値があるものは持っていくわよ。
「俺思うんだけれどもさ」
いつも言いたいことを言うアルフにしては言いづらそうね。
「なによ。もったいつけて」
あんたの言うことに期待なんてしていないわよ。
「いや。また怒られそうな気がしてさ」
少しは学んだということかしらね。そういうことならいいわ。
「ハァ。よっぽど酷くないかぎりは落ちついて聞いてあげるわよ」
怒られるかもしれないとわかっていながら言うってことは、言うだけの意義があるってことよね。つまらないことであれば当然ながら相応の覚悟はしてもらうわよ。
「おぉ。たぶんだけれども、そのまま宿屋に入ったら床が抜けるぞ」
「え?」
なにを言いだすのよ。突拍子もなくて意味不明だわ。
「だってほら。足跡」
足跡? ……ぶ。
「えー」
あたしの歩いたところが陥没しているわ。
ウソよね。この道は荷馬車もよく通るのよ。蹄や車輪の跡すら残らないほどに硬く舗装されているわ。それなのに陥没しているだなんてありえないわよ。
「必要なもの以外は処分したほうがいいんじゃね?」
むしろ軽すぎるから、重くする方法を考えていたところなのよ。
「なにか引っかかって歩きにくいなとは思っていたのよ…… そんなに重くなっていたのね」
参ったわ。これじゃ筋トレはできそうにないわね。
「俺がそれ背負ったら、そのまま昇天すると思うぞ」
覚えておくわ。あんたを逝かせるときには使えるかもね。
「ガルマさんの加護のおかげですごく楽だから気づかなかったのね。でも処分するものなんてあるかしら」
おっそろしいほどの強化ね。われながら呆れるわ。足跡を見れば荷物が重すぎであることはわかるわよ。でも全然重くは感じないんだわ。
処分ねぇ。いろいろと拾ってはいるわ。でも不用品までは拾っていないはずなのよね。さすがに使えるものを捨てるのはもったいないわ。
「俺が持てないものは重すぎるから捨てればいいんじゃね」
あんたを基準にしたら、ほとんどなにも持てないわよ。
「それじゃ携帯品しか残らないわ」
下手したら携帯品だけでも全部は持てないかもしれないわ。
「え? 旅で携帯するんだから、携帯品だけでよくね? 俺おかしい?」
町から町へ飛ぶような旅ならそれでもいいわよ。でもこの旅は違うわよね。
「道中で水や食料が切れたらどうするのよ。携帯食料なんてすぐ尽きるわ」
あんたが毎日どれだけ食べているのかをわかっているのかしら。食べることばかりを考えているクセに、その準備はまったく考えないのよね。
「……ちなみに水って今どれくらいあるんだ」
水は特に大切よ。飲むだけでなく洗ったり冷やしたりで需要は尽きないわ。でもかさばるから、あまり大量には持ち歩けないのよね。
「滝で補給したから500リットルくらいは残っているかしら」
たしか使用中のタンクとは別に、100リットルタンクが5つはあったはずなのよね。
正直にいえば十分とは言いがたいわ。でもいざとなったら瞬間帰還器で町へ飛べるから、尽きたら諦めて戻るしかないわよね。
「俺、やっぱベルタより可愛いやつなんていないと思うぞ」
へ。まさか、またあたしをバカ呼ばわりしているのかしら。でもこのタイミングで突然というのは妙ね。あたしが変なことを言ったとでもいうのかしら。
ガルマさんはどう思われ…… って、あたしから目を逸らされたわよ。ウソよね。まさか本当にあたしが変なことを言ったのかしら。
「えー? だって、次の町まで、どれだけかかるかわからないのよ」
思い返してみても、あたしは当たり前の事しか言っていないわよね。どうしてあたしがおかしいことになるのよ。
「ほかの旅人を参考にしようぜ」
な~にをふんぞり返っているのよこいつは。
「あんたのせいで参考にならないのよ! ほかの旅人はきちんと行き先を決めているわよね」
量を抑えられないのはあたしのせいじゃないわ。行き先さえわかっていれば持ち物も最小限に調整できるのよ。もちろん、するとまでは言わないわ。
「おぉ! それもそうだ」
ここまで言われなきゃわからないのね。にっぶいわ。
「どうすんのよ」
あんたに考えろといってもムダなのはわかっているわ。でも少しは考えるクセをつけなさいよね。
「んじゃ、運ぶ量は遠出する旅人にあわせて、不足したら現地調達、枯渇したら帰還でどうよ」
やっぱり効率もへったくれもないわね。
「ハァ。枯渇するまで進んでから、戻ってやりなおすのが前提なのね」
ちょくちょく町に戻れるようにはなるわね。でも移動ペースは半減しそうだわ。いくら旅が楽しみとはいえ、同じ道を何度も歩きなおすのは気が滅入るわよ。
「今までの旅と同じ感じだったら大丈夫だと思うけれどもな。道だったら町あるし、森だったら狩れるし」
たしかに、荷物はいつも減るどころか増えているものね。今後も同じであろうと前提するのであれば、荷物を減らしても大丈夫な可能性は高いわ。
既に重量問題が生じている以上は現状維持じゃダメだものね。減らしたくないとはいえ呑まざるをえないかしら。
「……それもそうね。じゃぁ靴が地面にめりこまない程度には減らそうかしら」
地面にめりこむほど重くなければ、店の床が抜けたりはしないわよね。
「お、おぉ…… めりこむ手前までは運ぶんだな、やっぱ」
なにを言っているのかしら。それ以上に減らす理由がないわよね。
「そりゃ持てる分は持ったほうが無難だわ」
まだなにかおかしいのかしら。はっきりと言えばいいのにね。
「走って逃げたいときとか困らねぇか」
あぁ、そういうことね。でもあんたに心配されることはないわ。
「これ背負っていても、アルフよりは速く走れると思うわよ」
走れないほどに重くしようだなんて思ってはいないわよ。どんな危険がいつ発生するのかもわからないものね。これくらいの重さならまったく問題なく走れるわ。
「そんときは荷物捨てて俺を背負ってくれよ」
もちろん、あんたも背負うつもりよ。あんたの体重なんて誤差だから荷物を捨てるまでもないわ。でも少しは自力でどうにかしようと考えてよね。
「あんたも少し背負って鍛えたら?」
アルフの荷物までも背負うべきじゃなかったかしら。でも無意識に荷物は集めて担いじゃうのよね。村ではみんなの役に立ちたくて、いつもそうしていたからクセになっちゃっているわ。
「おぉ。ベルタが成長しているんだったら俺も成長するはずか。よし少しくれ」
あら。予想外にやる気を出したわね。いい傾向だわ。
「じゃぁ水100リットルのタンクひとつ持ってみる?」
こっちの重量は減らさなきゃいけないところだったものね。ちょうどいいわ。
「10リットルからで頼む」
なに青い顔をしているのよ。やる気を出したといっても100リットル程度でしり込みしちゃうのね。でも水10リットルのタンクは持ってきていないわ。
「10キログラムなら大地の肉の1袋でいいわね」
んしょ。いったん荷物をおろして取り出さなきゃね。
なにをぼーっと見ているのかしら。少し離れていないと危ないわよ。
「ベルタ」
「なによ」
今日はとにかく、もったいつけた話し方をするわね。マイブームとかいうやつかしら。
「燃えているか?」
ハァ。あんたに荷物をひとつ渡すだけのことで、どう燃えろというのよ。
「なによ突然。暑いとはいえ、別に燃えるようなことなんてないわよ」
しいて言えば、太ったと言われたときには燃えたわよ。
「でも煙出ているぞ」
「ちょ?」
ほ、本当に荷物から煙が立ちのぼっているわ。どうしてよ。てか、もったいつけずにさっさと言いなさいよね。
「着火魔法を覚える代わりに、水でレンズをつくっていたのか」
水のタンクでレンズの効果がでるなんて聞いたことがないわよ。不幸な偶然だわ。とにかくいったんは荷ほどきして燃えないようにしなくちゃね。
「んなわけないわ。タンクは陽が当たらないようにしないとダメね」
中身が見えやすいように透明なタンクを選んでいたことが裏目にでたわね。キャンプ用のシーツをかぶせようかしら。
「とりあえずは水とか捨てて減らそうぜ」
捨てろ捨てろってうるさいわね。物のありがたみを感じなさいよ。
「捨てるなんてもったいないことしちゃダメよ」
村にいる間もきちんと教えてきたのにねぇ。水はとても大切な資源なのよ。
「じゃどうすんだよ」
う。そうだったわ、減らさないといけないのよね。でも捨てるのはダメよ。なにか有効活用する方法は…… そうだわ。
「ここでなにか料理して、通りがかった旅人に配るわよ」
幸いここは人通りのある街道よ。手持ちの食材を配るくらいの人は通るはずだわ。
「おぉ。俺の分からな」
食べられるのなら、全部あんたが食べてもいいのよ。
「わかっているわ。減らすのが目的だしね。好きなだけ食べなさいよ」
「おっしゃぁ」
さてと。大量につくらなきゃね。重い食材は主にお肉と水と大地の肉というところかしら。なら、お鍋とバーベキューにしようかしらね。
まずはお鍋よ。だしを入れて火をかけて、と。これでしばらくは放置ね。その間にバーベキューの下ごしらえだわ。
あら。用意した端からアルフが焼いてくれているわね。珍しく気が利…… あぁ自分で食べているわ。まぁ今回は問題はないわね。がんがん処分してちょうだいよ。あら、食べながら客寄せもしているわね。やればできるんだわ。
「腹減っているやついねぇか! 飯と水を配っているぜ」
ん~。こういうときには向いている口調かしらね。でもセリフはもう少し考えて欲しいわ。かなり怪しいわよ。
あら。子連れの方が寄ってきたみたいね。あんなセリフでも来るんだわ。子どもが欲しがったのかしら。
「あらいい香り。お幾らですか」
ん? アルフったらなにを戸惑っているのかしら。
「ベルタ、これ幾らにするんだ」
ぶ。あんたはなんと言って客寄せをしたのよ。配っていると言っていたわよね。それでお金を取ったらダメよ。
「荷減らしが目的なのよ。だから無料でいいわ。下手に値段つけて残っても困るものね」
いくら能天気でも自分で言ったことは把握しておいてよね。
「わかったぜ。お客さん、聞いてのとおり無料だ。好きなだけ食ってくれ」
どうにも子どものセリフじゃないのよね。あんた、どう聞いてもおっさんよ。
「え。無料って逆に怖いんだけれどもね」
あちゃ。言われてみればそうよね。子どもが街道で食料の無料配布だなんて、ふつうは見かけないわ。なにか裏がありそうだと思われちゃうのね。
「捨てるともったいないってうるさくてさ。だから食ってくれるだけで助かる!」
うるさいって誰がよ。まぁここは正直に話して正解かしら。でも捨てるなんて言ったら傷んでいると思われかねないわよ。
「ふふ、妙な理由ね。でもせっかくだから頂くわ」
受け入れてもらえたようね。
ほかの人も寄ってきたわ。
「可愛いシェフさんね。まさかあなたたちふたりだけでやっているの?」
へ。ふたりだけ?
「あれ? 今見えないけれどもガルマさんもいるぜ」
本当だわ。どこにも姿が見えないわね。どこへ行かれたのかしら。まぁガルマさんがおられると人が寄ってこな…… あ。気をつかってくださったんだわ、きっと。
「そう、ならよかった。私たちも少し頂こうかしら」
仲のよさそうなご夫婦かしらね。お年を召されてからもふたりで旅なんてステキだわ。
「ふたりで休むんだったら、そこに出している簡易テントを使ってくれていいぜ」
あら。気が利いているわよアルフったら。いつもは無神経なのに珍しいわね。人なつこいし客商売が向いているのかしら。村では商売をする機会なんてなかったから、わからなかったわね。
「ありがとう。遠慮なくお邪魔させていただくわ」
「おぉ。たっぷり食べていってくれい」
何人かが食べていてくれれば、どんどんお客さんが寄ってくる感じね。サクラ効果というやつかしら。人通りのある街道でよかったわ。この調子なら処分したい食材はすべてさばけそうね。
「こらこら、なに勝手に商売してんだ」
きゃ。なに、すごい大声よ。
「商売なんかしてねぇぞ」
アルフのほうだわ。アルフは平然と相手をしているみたいね。大丈夫なのかしら。
「あぁ? 飯つくって売ってれば立派に商売だろうが」
「売ってねぇぞ。配ってんだ」
客観的には商売じゃなくてボランティアよね。実際はボランティアでもなくて廃棄予定品処分…… なんて正直に言わなくていいわよ。
「なんだと。なんでそんなことしてんだ」
「荷減らしだ」
なんだかガラの悪い人ね。アルフよりも口が悪いだなんて賊みたいだわ。でも襲い掛かってくる様子はないのよね。あたしにすら怯えるアルフが、今は怯えているようには見えないわ。危険はないと思ってもいいのかしら。
あら、お連れの方となにか相談を始めたわ。お連れの方はさらにガラが悪そうね。これはもめごとになりそうな気がするわ。
「わけわかんねぇな。見たところまだガキだし。どうしやす?」
「ここで腹膨らませると、町の店の売り上げに影響するからな。放ってはおけん」
アルフじゃ知識不足で対応がむずかしいかしら。2対1だしね。もめそうな話にはあたしも応じるべきだわ。お鍋の実の配布は一時中断ね。今行くわよ。
「アルフ、どうかしたの?」
対応に苦慮しているという様子ではないわね。満面の笑みをたたえて、ここぞとばかりにバーベキューをほおばっているもの。食べることに意識が寄っていて、怒鳴り声が気にならないのかしら。
「ベルタ? いや別になにもねぇぞ。俺たちが商売していると勘違いした人がいただけだ」
勘違い、ね。そんな雰囲気とも思えないわ。そもそも商売をしていたとしても、文句を言われる筋合いなんてないはずなのよね。
でもアルフは、相手の意図を理解して応じていると言わんばかりの態度よ。うーん。もめそうに思えたとはいえ、あたしの思い過ごしかもしれないわね。
ここはアルフに任せておこうかしら。下手に介入してややこしくなったら困るものね。もめてから介入すればいいわ。
「そう? ならいいのよ」
さて、お鍋の実の配布を再開しますよと。
「ベルタ…… だと?」
ん? 今、ガラの悪い人のお連れさんが、あたしの名前を呼ばなかったかしら。
やっぱり、こっちを凝視しているように見えるわね。可憐な乙女に目を奪われる気持ちはわかるわよ。
でもその表情はないわ。まるでガルマさんに怯える武器屋の御主人さんみたいよ。今はガルマさんの姿が見えないのに変ね。
あ。武器といえばモーニングスターを背負っていたわ。これに怯えたのかしら。そりゃ武器を背負って料理を配布する人なんて、ふつうはいないわよね。しまっておくべきだったかしら。
「『いや別になにもねぇぞ』じゃねぇんだよ。ここでこんなもん売られるとな、」
またアルフに怒鳴り始めたわ。売られるとなんだっていうのよ。それはあたしも聞きたいわ。
ん? お連れさんが慌てて止めに入ったみたいね。いいところだったのに、どうかしたのかしら。
「待て」
「どうしやした」
「ここはもういい。行くぞ」
「えぇ? 放ってはおけんて言ったじゃありませんか」
「俺は西瓜みたいに割られるのは御免だ」
「はぁ?」
ぼそぼそと聞き取り辛いわね。アルフには大声で怒鳴るクセに、お連れさんに対しては小声過ぎるわ。それにあたしたちは西瓜なんて配っていないわよ。
むむむ。そういえば、アルフにだけ大声で怒鳴るのってあたしもよね。理不尽なことをしていたのかしら。いやいや。あたしの場合はアルフが怒らせるからよ。今はバーベキューを焼いて配っているだけだものね。あたしだって怒鳴りつけたりはしていないわ。
あら、立ち去るのかしら。結局なんだったのよ。お連れさんのほうは顔色が悪くなっていたみたいだし、ひょっとして急病かしら。
「兄ちゃんたちも少しは食っていってくれよ~」
あいかわらず空気を読まないわね。怒鳴りつける人なんて、ほかのお客さんに迷惑なんだから引き止めなくていいのよ。それにひとりは具合が悪そうなんだから、行かせてあげたほうがいいと思うわ。
「あ、あぁ。串一本ずつもらっておこう」
「なんかわかんないすけれども…… これ結構うまいですね」
「ありがと~」
あら。素直にアルフから串を受け取っていったわ。本当に誤解があっただけみたいね。よかったわ。
ふぅ。そろそろ店じまいね。いや無料配布だからお店とは言えないかしら。
「すごい量の荷ですね。配布のために運んでおられるのですか?」
あら、いつの間にいらしたのかしら。この方が最後のお客さんになりそうね。
深くフードをかぶっているから、また竜人様なのかと一瞬ドキッとしちゃったわよ。でもふつうのお顔…… じゃないわね。すっごい美形だわ。本当に人なのかしら。美しさを競う町の整形なんて比じゃないわね。こんなに美しい人がいるなんて……
いや凝視しちゃ失礼よね。美形すぎて注目を集めるから隠しているのかしら。持てる者にも苦労は多そうね。
「いえ、溜めこみすぎちゃっただけなのです」
やっぱりみなさん、配布の理由が気になるのね。まぁ配布はこれが最後でしょうし、気にされないような対策を考えておく必要はないかしら。
「ここまで溜めこむような理由でも、おありなのですか?」
そこまで聞くような理由でも、おありなのですかと返したくなるわね。
でもやっぱり不自然に見えるのかしら。あたしくらいに背負っている人はみたことがないものね。
まぁ待っているお客さんもほかにはいないことだし、隠す理由もないからお答えはしておくわ。
「ゆえあって、行き先のわからない旅をしておりまして。必要量を想定できないのです」
ゆえの説明は勘弁してくださいね。正直に話したら頭がおかしいと思われかねないわ。あっちに呼ばれているんです、なんてどう説明しろっていうのよ。
「なるほど。それは難儀ですね……」
納得してもらえたのかしら。ではお客さんとしての責務を果たしてね。
「残りものですが、よろしかったら一杯いかがですか?」
雰囲気的には、こんな配布品を路上で口にするような感じの人じゃないのよね。一流レストランでしか食べませんよ的な――
「ありがたく頂きましょう」
やっぱり外見で決めつけちゃ失礼だったわね。嬉しそうに受け取っていただけてよかったわ。
よし、完売よ。いや完配というべきかしら。なぜか負けた気分になるわね。減らしたくない荷物を減らしたせいかしら。
こっちは片付けて、と。アルフのほうもちょうど配り終えたみたいね。
「かなり減らせたわね」
正直、筋トレが微妙になるから嬉しくはないわ。でも仕方がないわね。
「水と食料は減ったけれども、なんかいろいろ増えてねぇか」
いろいろってなによ。また太ったなんて言いだす気じゃ……
「え。なにこれ」
お客さんの忘れ物かしら。にしては多いわよね。一貫性のない品が集められているわ。
「礼だと称しておいていった者どもがいたな」
あ。ガルマさんが戻られたわ。やっぱり姿を隠していてくださったみたいね。おかげさまで無事に配布できましたよ。
それはさておき、礼ですって。
「えー。荷物を減らすのが目的だったのに」
やっぱり目的は明確に伝えておくべきだったかしら。これじゃ配布した意味がないかもしれないわ。でも水と食料よりは軽そうよね。
「なんだこの紙きれ」
……ただのゴミだと思うわ。妙な落書きをしてあるだけみたいよ。
「それは封術紙だな。念ずるだけで封じられた魔法を行使できるだろう」
ぶ。とんでもないものが混じっていたわ。魔法はまずいわよ。破壊をもたらす芽になりかねないわ。
「魔法って、それ危なくないですか」
一見ゴミにしか見えない紙切れで魔法を行使できるだなんて聞いたこともないわよ。こんなものが流通したら危険よね。
「封術紙は誰でも扱えるようにフェールセーフが考慮されておる。安心して使えよう」
フェールセーフ…… 護りの設計ですね。へぇ。魔法でも安全に使えるようにできるんだわ。
「どんな魔法が封じられているんだ」
そうよ。安全に使えるといっても、使ったときの効果が安全とは限らないわ。そこは罠アイテムと同じよね。
「これは水の生成だが…… 1リットルを1万回だと? 普通は1枚で1回なのだがな」
この紙切れから1万リットルの水が出るということなのですね。やっぱり魔法ってすっごいわ。
「おぉ。これだったら俺でも運べるし、レンズになる心配もないな」
でも、そんなにすごいものを受け取っちゃっていいのかしら。
魔法は秘匿されているというお話だったわ。封術紙なんてものも聞いたことがなかったわね。つまりは一般に流通しているようなものじゃないわ。
おまけに1万リットルの水の重さって10トンよ。おそらくはあたしにも持てないような量の水を、こんな紙切れ1枚で運べる便利さなのよね。1食の対価としてはありえないわ。
「それってむちゃくちゃ高価そうな気がするんですよ」
考えれば考えるほどに貴重な品よね。さすがに受け取るのはまずいと思うのよ。
みなさん歩きだったし、街道を走ればきっと返しにもいけるわ。
「一般に流通してはおらぬだろうな。お主の荷を見かねてつくってくれたのであろう」
「かっけー」
たしかに、荷物が多いと心配してくれた人は何人もいたわね。だから即席でつくられたとおっしゃるのですか。
「そんな簡単につくれるものなのですか」
そうだとしたら受け取ってもいいのかしら。
「魔法自体は低位だが、あの短時間で1枚に1万回の魔法を封じるとなると相当の術者であろう」
相当…… ね。ガルマさんがおっしゃると怖くなる言葉だわ。
「1枚で1万回というのは、そんなにむずかしいのですか」
大変だとは思うわ。でも封じる作業を1万回繰り返すだけよね。
「1枚に1回封じるのは並の術者であれば容易だ。だが2回でも封じられる者はそうはおらぬ」
2回ですらほとんどの人ができないものを1万回ですか。いやいや。おかしいですよね、それ。相当じゃなくてむちゃくちゃですよ。
「聞いちゃいけないことを聞いてしまった気がするんですが…… これ使っちゃっていいんですかね」
つくってくれた人にとっては、もしかしたら簡単なことだったのかもしれないわ。でもやっぱりこれ、ものすごい価値があるわよ。あたしが受け取っていいものとは思いがたいわ。
「お主が使わねば、提供者は報われぬであろうな」
あ。そうよ。即席とか難易度なんて関係ないわ。あたしのことを気遣って、労力を割いてつくってくれたのだとしたら、お気持ちをムダにするほうが失礼だわ。
すごいものだからこそ、ムダにしたら余計にもったいないのよ。あたしが感謝しつつ大切に使わなくちゃいけないんだわ。
「すごい人に偶然出会うものなのですねぇ」
名乗りもせずに、値のつけられないような品を譲ってくださるなんてね。秘匿されているはずの魔法を使えるだけでもすごいのに、術者の中でもとんでもない力の持ち主みたいよ。そんな方が旅人に紛れて街道を歩いておられるなんてねぇ。
「おそらくは先方も、そう思ったのであろうな」
「え?」
すごい術者が、あたしのことをすごいと思っていたとおっしゃっているのよね。まさかそんなわけがないわよ。
あたしの荷を見かねてつくってくれたのであろうと、ガルマさんもおっしゃっていたではありませんか。あぁ、すごい可哀想という意味かしら。あたしが好きで運んでいたとはいえ、みなさんからは哀れみの目で見られていた感じだものね。
「一番わかっているつもりで、一番わかっていないのは、己自身のこと。ということだ」
あたしがあたしをわかっていないということよね。そうなのかしら。一番わかっているつもり、というのはわかるわ。でも一番わかっていないとおっしゃられてもねぇ。なんのことかしら。
「ガルマさんも、ってことですか?」
要はあたしが愚かだからって話ですよね。ガルマさんにすら該当するというような趣旨では――
「そのとおりだ。我も例外ではない」
え。ガルマさんにも己自身のことが一番わかっておられないのですか。ならば愚かさとは無関係ということよね。どういうことかしら。
「あたしにはガルマさんのおっしゃることのほうがわからないと思います」
なぞかけじゃないわよね。これも考えろという趣旨かしら。でもガルマさんにすらできていないことを、あたしに要求されるとは思いがたいわ。わかっていないとおっしゃっただけで、わかれとはおっしゃっていないものね。
「今はそれでよい」
あいかわらずガルマさんのおっしゃることは、わかるようでわからないわ。話の流れから察するに、なにかすごいと思われる要素があたしにあったということかしら。あたしがわかっていないとなると筋力じゃないわよね。
あぁ。思ったのであろう、とおっしゃっただけだったわ。勘違いされたってことよね、きっと。勘違いされる要素をあたしがわかっていないということなのよ。どうでもいいわね。
「とりあえずは水を水筒だけにして、ほかも携帯品だけにしようぜ」
だからそこまで軽くする必要はないわよ。
「えー。水が楽になった分、食料とか持てるわよ」
お店の床さえ抜けなければ問題はないはずだわ。
「もしさ。お前が転んだりしたら、巻きこまれた人はどうなると思う?」
「え」
怖いことを言うわね。もちろん転ばないように気をつけてはいるわ。でも転んでしまったときのことまでは考えていなかったわね。
「ベルタが転ぶところとか見たことねぇけれどもな。荷崩れは村でもやらかしていたろ」
「それは。たしかに人が通るところでは危ないわね」
湿度や温度の変化や、歩くときの振動で、荷物によっては縛りが緩んじゃうことがあるのよね。縮んだり膨らんだりするものがあるんだもの。
「俺が常に危ない」
……なにを言いだすかと思えば。
「あんたはいつも先導しているわよね」
転ぼうが荷崩れを起こそうが、あんたは巻き込まないわよ。
「子どもだってすぐ近くを通るし。見てて結構怖いぞ」
うん、それはさっき言われたときに自覚したわ。
「わかったわよ。荷崩れしない程度となるとリュックひとつに入る程度かしら」
「うんうん」
「荷馬車くらいの大きさのリュックを買わないとね」
ん? アルフったら呆然とした顔をしてどうしちゃったのかしら。
あんたの言うとおりにリュックひとつにするわよ。それで文句はないわよね。
街道に荷馬車の跡は残っていなかったから、その程度の重量ならセーフのはずだわ。リュックなら詰め込みやすいから、うまくすれば筋トレにも使えるかしら。
あぁ…… 軽いわ。大切なものを失ってしまったような気分ね。やっぱり重さがないと落ちつかないわよ。こうどっしりと安定した重量感が気持ちに安らぎを与えてくれるのよね。屋外でだけ重くなるようなものはないのかしら。




