第40話 絆の修復
国立桜華学園に平和が戻り、俺が公認サロンのオーナーとなってから数日が過ぎた。
学園のトップに君臨するエリート令嬢たちは相変わらず俺のフェロモンと手技に夢中だが、俺の心の中には一つの「負い目」が居座っていた。
昼休み、渡り廊下の角を曲がった時のことだ。
前方から、ウサギ系獣人のルナ・ラパンと、ヒツジ系獣人のメリー・シープが歩いてくるのが見えた。
だが、二人の様子は明らかにおかしい。かつては周囲の目も気にせず手を繋ぎ、お互いの毛並みを撫で合いながらイチャイチャしていたはずの彼女たちが、今は1メートル以上の距離を開けて歩いているのだ。
「あ、あのさ……メリー。今日のお昼、一緒に……」
「……ごめんなさい、ルナ。私、一人で食べるから」
ルナがビクビクと長いウサギ耳を垂らして声をかけると、メリーは目を伏せ、逃げるように足早に去っていった。残されたルナは、泣きそうな顔で自分のカバンをギュッと抱きしめている。
(……俺のせいだ)
壁の陰に隠れながら、俺はギリッと奥歯を噛み締めた。
国の非人道的な管理システムに反逆し、学園をパニックに陥れるための暴動の火種として、俺はあえてルナにだけ極上の施術を行い、メリーにそれを見せつけるという非情な作戦をとった。
その結果、メリーの心には「自分だけがヒカルの施術を受けられなかった」という強烈な嫉妬と執着が残り、ルナの心には「メリーを差し置いて自分だけが快感を知ってしまった」という深い罪悪感が刻み込まれてしまったのだ。
俺のエゴが、お互いを深く愛し合っていたはずの小動物たちの絆に、修復困難な亀裂を入れてしまった。
「このままじゃダメだ……」
俺は静かに決意を固めた。この二人の関係は、俺の手で元に戻さなければならない。それも、ただ謝るだけでは足りない。彼女たちの心と体に深く刻まれた歪な熱を、もっと強大で、二人一緒でなければ成立しない『極上の快感』で上書きしてやる必要がある。
俺は足早に学園を抜け出し、目的の場所へと向かった。
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学園の外れにある寂れた工房。
扉を開けると、サル系獣人の鍛冶職人・クロエ・マカクが、作業台の上で何やら細々とした道具の最終調整を行っていた。
「……遅いじゃないか、ヒカル。あんたの頼んだイカれた特注品、きっちり仕上げといたよ」
クロエはニヤリと笑い、厳重に布で包まれた小さな木箱を俺の前に押し出した。
「助かるよ、クロエ。急がせて悪かったな」
木箱を開けると、そこには二つの真新しいアイテムが並んでいた。
一つは、先端が極端に細く滑らかに加工された、特殊な形状の爪ヤスリ。そしてもう一つは、仄かに甘い香りを放つ、黄金色の温感クリームだ。
「しかし、あんたも悪趣味だねぇ」
クロエは呆れたように肩をすくめ、自分のゴツゴツとした指先を弄った。
「ブラッシングやシャンプーで毛並みを整えるだけじゃ飽き足らず、獣人の『肉球』と『爪』を直接弄り回そうなんて。それがどれだけタブーに近いか、あんた分かっててやるってるのかい?」
「タブー?」
俺が首を傾げると、クロエは呆れ顔のまま、真剣なトーンで解説を始めた。
「獣人にとって肉球ってのはね、単なる手足の裏じゃない。獲物の微かな足音や、大地の熱、空気の震えまでを感じ取るための、神経が異常に密集した超高感度センサーなんだよ。爪の生え際の甘皮も同じだ」
クロエは俺の顔にぐっと近づき、声を潜めた。
「つまり、そこは獣人にとって『剥き出しの急所』であり、隠された性感帯そのものさ。普段は分厚い角質で守られてるが、あんたが開発したその温感クリームで角質をふやかして、そのヤスリであんたのゴッドハンドが直接神経を撫で回したらどうなるか。……脳に直接快感の電極をぶち込まれるようなもんさ。文字通り、理性が吹き飛んで昇天するよ」
「……なるほどな。それなら、あいつらのこじれた感情ごと、一気に溶かして一つにまとめられそうだ」
俺が納得して口角を吊り上げると、クロエはブルッと身震いした。
「ヒカル、あんた本当に恐ろしいオスだよ。……ま、その道具でどんな阿鼻叫喚が生まれるのか、後でこっそり感想を聞かせておくれよ」
俺はクロエに代金を支払い、最強の『飛び道具』をポケットに忍ばせて工房を後にした。
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週末の休日。
俺は公認サロンとなった旧校舎の第4温室跡を完全に貸し切り、ルナとメリーの二人を呼び出していた。
ギギィ……と扉が開き、私服姿の二人が気まずそうに入ってくる。
ルナはピンク色のワンピース、メリーはゆったりとしたニットを着ていたが、二人の距離はやはり遠く、お互いに目を合わせようとしない。
「ヒカル先輩……今日は、何の用ですか……?」
メリーが警戒するように、そしてどこか恨めしそうな瞳で俺を見た。ルナもウサギ耳をペタンと伏せて、俺の背後に隠れるように立っている。
「休みの日に呼び出して悪かったな。……ルナ、メリー」
俺は二人の正面に立ち、深く頭を下げた。
「えっ……ヒカル先輩!?」
「あ、頭を上げてください……!」
「いや、言わせてくれ。お前たちの関係をこんなにギクシャクさせてしまったのは、完全に俺の責任だ。俺のエゴで、お前たちの愛し合っていた時間を壊してしまった。本当にすまなかった」
俺の真っ直ぐな謝罪に、二人は戸惑い、言葉を失っていた。
「だから今日は、俺が責任を持ってお前たちの関係を元に戻す」
俺は顔を上げ、二人を強い視線で射抜いた。
「ただのブラッシングじゃない。俺が用意した、この世界で一番気持ちよくて……『二人一緒』じゃないと絶対に味わい尽くせない最高のケアで、お前たちのそのこじれた感情を、全部溶かして繋ぎ合わさせてくれ」
「二人、一緒……?」




