第36話 国会喚問
卒業式を数日後に控えた国立桜華学園。
轟音とともに上空に軍用ヘリが飛来し、校庭には重厚な装甲車が数台乗り込んできた。
学園内は「ついにヒカルが強制収容される」と騒然となり、生徒たちが窓から不安そうに見下ろしている。
しかし、装甲車から降り立った完全武装の兵士たちの態度は、強制連行のそれとは全く異なっていた。
彼らは俺の前に整列すると、一糸乱れぬ動きで敬礼をしたのだ。
「神浦ヒカル様! 国会特別委員会への重要参考人として、お迎えに上がりました!」
エージェントのセリアが俺の背後に控え、「どうぞ、こちらへ」と丁重に送迎車へと案内する。
俺の立場はすでに、国家すら手出しできない『VIP』へと変わっていた。俺は小さく口角を上げ、装甲車に乗り込んだ。
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国会議事堂の地下に設けられた、分厚い防音壁に囲まれた特別審議室。
円形の議場には、人間の官僚たちや学園長の御堂冴子、そして隔離施設の専属医である桜井菜月らが待ち受けていた。
対する俺の陣営は、母である志保と恵、そして人権派弁護士の市川舞だ。
「これより、特別指定男性保護法に基づく、神浦ヒカルの処遇に関する特別審議を開始する」
議長を務める保守派の政府高官が、重々しく宣言した。
「神浦ヒカル。本来であれば速やかにセントラル特区へ収容されるべきところだが、社会的な混乱を鑑み、特例としてこの場を設けた。だが、国の法を曲げることは断じて許されない」
「法を曲げるのではありません。時代と状況に合わせて、法を『正しく運用』するよう求めているのです」
市川弁護士が一歩前に出て、凛とした声で反論を開始した。
「神浦ヒカルをただの遺伝子供給奴隷として隔離・消費することは、現在の国家にとって多大な損失です。彼を専門家として社会に置き、治安維持と労働力向上に貢献させる方が、圧倒的に国益にかなう」
市川弁護士は、一条葵がまとめた完璧な臨床データを議場のモニターに映し出した。
「これは、ルプス家令嬢の発情期完全鎮静化、およびベアード家令嬢の労働効率の劇的向上を示すデータです。彼の特殊手技とフェロモンは、獣人社会のインフラを飛躍的に向上させる力を持っている」
しかし、保守派の高官は鼻で笑った。
「たかがマッサージで国家のインフラが向上するなど、荒唐無稽だ。そのような出所不明のデータなど、科学的根拠に乏しい!」
「――いいえ、そのデータは科学的に完璧です」
議場に響いたのは、政府側の席に座っていた国立生殖医療センターの主任研究員、桜井菜月の声だった。
彼女は立ち上がり、冷徹な科学者の瞳で高官たちを見据えた。
「私も独自に彼の施術によるホルモン値の推移を検証しました。結果は、このデータと完全に一致します。彼を無菌室に閉じ込めて遺伝子供給奴隷にするのは、科学の発展と国家の利益を大きく損なう愚行です」
政府側の専門家である彼女の予期せぬ寝返りと証言に、高官たちはどよめき、絶句した。
「それに……」
沈黙を破ったのは、産婦人科医である母、恵だった。彼女は震える声で、しかし強い意志を持って議長を睨みつけた。
「男というだけで人間扱いされず、一生を檻の中で搾取される。そんな狂ったシステムから、私はただ息子を守りたかっただけです! あなたたちは、人間としての心がないのですか!」
母親としての感情的な、そして血を吐くような訴えが、冷徹な議場に重く響き渡った。
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議場が静まり返る中、外から地鳴りのような轟音が響いてきた。
「な、なんだ!?」
高官たちが慌ててモニターを外部カメラに切り替えると、そこには信じられない光景が広がっていた。
国会議事堂の周囲を、完全武装した獣人の私兵たちが何重にも包囲していたのだ。
『ヒカルさんの自由を認めないなら、このまま議事堂に突入しますわよ!』
スピーカーから響き渡ったのは、巨大なキングスレイ財閥の装甲車の上に立つ、レオナの声だった。
『私の発情期の熱を、どう落とし前つける気だ! ヒカルを出せ!』
軍事の名門ルプス家のシルヴィが牙を剥き出しにして咆哮し、スポーツ界のベアード家のウルサが巨大なハンマーを担いで議事堂の門を睨みつけている。
そして、その中央には、法曹界の重鎮ハウンド家の令嬢であり元生徒会長のレティシアが立っていた。
『ハウンド家の名において、政府の不当な拘束に抗議します! ヒカル様を、私たちのご主人様を返しなさい! ワンッ!!』
トップ令嬢たちがそれぞれの家の私兵や取り巻きを引き連れ、デモという名の暴動スレスレの圧力をかけてきているのだ。
「ご、ご乱心か! 名家の令嬢たちが束になって……っ!」
「御堂! お前の学園の生徒だろう、なんとかしろ!」
高官たちがパニックに陥る中、御堂冴子は冷や汗を拭いながら首を振った。
「無理です。彼女たちはすでに、神浦ヒカルの手技と匂いなしでは生きていけない体になっている。これを鎮圧すれば、獣人社会のインフラは完全に崩壊します」
俺は静かに立ち上がり、混乱する高官たちに現実を突きつけた。
「これが答えです。俺を収容すれば、国が滅びる。データを認め、俺を社会に出せば、国はさらに強くなる。合理的な判断をお願いしますよ」
圧倒的な「データ」と、外から迫る「物理的かつ経済的な圧力」。
完全に逃げ道を塞がれた政府上層部は、ついに白旗を揚げた。
「……神浦ヒカルの、卒業後の隔離および精子提供の義務免除という『身体的自己決定権』を……特例として認める」
議長が苦渋に満ちた声で宣言した瞬間、母の恵が泣き崩れ、志保が小さくガッツポーズを作った。
「ただし、条件がある。国が主導して『発情期を鎮めるトリマー訓練学校』を設立し、君にはそこの講師として就任してもらう。君自身のサロン開業権も認めよう。だが、学校とサロンの設立資金および運営管理は、政府がすべて握らせてもらう」
それは、あわよくば俺の権利を国がコントロールしようとする、最後の姑息な足掻きだった。
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「その必要はないねぇ」
議場の扉が開き、紫色の煙とともに豪奢な毛皮をまとった巨体が現れた。闇市の元締め、マダム・バクだ。その後ろには、狐塚ランが分厚いアタッシュケースを抱えてちゃっかりと続いている。
「な、何者だ! ここは神聖な国会だぞ!」
「アタシはただの投資家さ。ヒカル坊やのサロンと学校の設立資金なら、アタシが全額出資する。政府の金なんて一銭もいらないよ」
マダム・バクは長いキセルを吹かしながら、冷笑を浮かべた。
「ヒカルさんの匂いがついた備品、闇市でバカみたいに売れましたからね。莫大な裏金、全部表の経済に流し込んで、私たちが『専属スポンサー』になりますよ!」
ランがアタッシュケースを開けると、そこには眩いばかりの札束がぎっしりと詰まっていた。
「なっ……! 裏社会の金で、国家の重要機関を設立するだと!?」
「合法的な手続きは、私がすべて完璧に行います。文句はないはずです」
市川弁護士がすかさず法的な盾となり、政府の介入を完全にシャットアウトした。
政府の金を使わず、裏社会の莫大な資金を後ろ盾に完全な独立を果たす。
これにより、俺は国家の干渉を受けない、真の「自由」を手に入れたのだ。
「さあ、これで契約成立だ。せいぜい、俺の技術でこの国がどう変わるか、特等席で見物していてくれ」
俺が不敵な笑みを浮かべて言い放つと、高官たちは悔しそうに顔を歪めながらも、沈黙するしかなかった。
かくして、非人道的な法律を実力で打ち破るという、前代未聞の下剋上がここに成就した。
議事堂の外に出ると、春の暖かい風が吹いていた。
俺の姿を見るなり、包囲していた令嬢たちが歓声を上げて一斉に飛びついてくる。
「ヒカルさんっ!」
「ヒカルゥッ!」
「ご主人様ぁっ!」
もみくちゃにされながら、俺は大きく息を吸い込んだ。
この狂った異世界で、俺はついに自分の居場所と自由を勝ち取ったのだ。
だが、物語はここで終わりではない。合法的にサロンと学校を開き、この世界を俺のゴッドハンドでどう変えていくか。
真のトリマー無双は、ここから始まるのだから。




