第30話 予約停止
放課後の旧校舎、第4温室跡。
ツタが絡まる秘密のサロンに、俺が呼び集めた学園のトップ層に君臨するエリート令嬢たちが勢揃いしていた。
元生徒会長のレティシア、軍事の名門ルプス家のシルヴィ、経済界のトップであるキングスレイ家のレオナ、そしてスポーツ界を牛耳るベアード家のOGウルサ。
普段ならいがみ合っている彼女たちだが、今は一様に頬を紅潮させ、俺の体から漂う『完全なオスのフェロモン』に当てられながら、自分の順番を今か今かと待ちわびている。
だが、俺は作業台の前に立ち、冷徹な声で彼女たちに告げた。
「お集まりいただき、ありがとうございます。本日をもって、このサロンのトリミング予約受付を……無期限で停止します」
「「「「……え?」」」」
最初に声を漏らしたのは、レオナだった。彼女は黄金の毛並みを揺らし、信じられないというように俺を見た。
「な、何を言っているのヒカルさん……? 冗談よね? お金なら、キングスレイ財閥の財力でいくらでも積むって約束したじゃない!」
「冗談ではありません」
俺は淡々と首を振った。
「校則を変えてくれると言ったレティシア元会長、治安維持のデータを提供してくれたシルヴィ、労働効率を証明してくれたウルサ先輩。皆さんの協力には感謝しています。ですが……俺は卒業すれば、特別指定男性保護法によって国の施設へ強制収容され、一生を遺伝子供給奴隷として過ごす身です」
俺は彼女たち一人一人の目を真っ直ぐに見据えた。
「どうせ隔離されるのに、これ以上君たちを美しく磨き上げて、俺に何の得があるんですか? 俺の技術とフェロモンを搾取するだけ搾取して、最後は国に引き渡す。そんなふざけたシステムのままなら、もう誰にも施術はしません」
「そ、そんな……っ!」
ウルサが顔面を蒼白にし、巨大な体を震わせて膝をついた。
「嫌だ……ヒカルくんの手がないと、私、またあの重くて苦しい体に戻っちゃう……っ! お願い、私を見捨てないでぇっ!」
「待て、ヒカル! 私のこの発情期の熱はどうなる! お前がいなければ、私はまた理性を失って暴走してしまうぞ!」
シルヴィが牙を剥き出しにして俺に詰め寄ろうとするが、すでに俺のフェロモンに依存しきっている彼女の足元はフラフラだった。
「ヒカル様ぁっ! 私、元生徒会の権限であなたを全力で守ると誓いました! どうか、どうかご主人様の手で、私をまたしつけてください……っ! ワンッ!」
レティシアに至っては完全に犬の顔になり、四つん這いで俺の足にすがりついて泣き叫ぶ始末だ。
「お引き取りください。俺の気が変わるまで、この温室には立ち入り禁止です」
俺は冷酷に言い放ち、泣き叫ぶ令嬢たちを温室の外へと追い出し、錆びた扉に重い鍵をかけた。
ドンッ! バンッ!
「ヒカルさん! 開けて! お願いだから開けてぇっ!」
「ヒカルゥゥッ! 私を、私を撫でろォッ!!」
扉の向こうからは、極上の快感を絶たれたエリートたちの、理性をかなぐり捨てた悲痛な叫びと咆哮が響き続けていた。
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「ふふっ……あはははっ! いい気味ね!」
温室の奥で、その様子を隠れて見ていた幼馴染のミオが、尻尾をピンと立てて歓喜の声を上げた。
「あの高飛車な泥棒獣どもが、ヒカルに追い出されて泣き叫んでる! これで、ヒカルに触ってもらえるのは私だけ……ヒカルのフェロモンも、全部私だけのもよ!」
ミオは俺の腕に絡みつき、豊かな胸を押し付けながら恍惚とした表情を浮かべている。
その横では、監視役である漆黒のタクティカルスーツを着たエージェント・セリアも、口元を隠しながら肩を震わせていた。
「……フフッ。学園のトップ令嬢たちが無様に追い出されるとは、滑稽ですね。これで、私のマッサージの時間がさらに増えるというものです」
自分たちの独占時間が増えたと密かに喜ぶ二人。
だが、彼女たちはこの時まだ気づいていなかった。俺の供給が絶たれたことで、禁断症状に陥った猛獣たちが、どうなるかということを。
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ヒカルの直接の施術予約がストップしたという情報は、学園内だけでなく、瞬く間に裏社会へと伝播した。
セントラル特区の境界線、紫煙立ち込める闇市の最奥。
バク系獣人のマダム・バクは、手元のタブレットに表示される非合法オークションの数字を見て、喉の奥で低くクックックと笑っていた。
「マダム! 見てくださいよこれ!」
狐塚ランが、興奮でキツネ耳を震わせながら駆け込んでくる。
「ヒカルさんが使って捨てたタオルの切れ端一つが、昨日の十倍……いや、百倍の価格で落札されてます! 異常な数字ですよ!」
「当然さ。あの極上のオスの生のフェロモンを絶たれた金持ちの令嬢どもは、今頃禁断症状で頭がおかしくなっているはずだ。わずかな残り香にでもすがりつかなきゃ、理性が焼き切れちまうからね」
マダムは長いキセルを吹かしながら、豪奢なソファに深く身を沈めた。
「ラン。アタシたちが備蓄している『匂いつき備品』の供給を、さらに絞りな。わざと小出しにして、飢餓感を極限まで煽るんだ」
「えっ? 今売ればボロ儲けなのに、ですか?」
「ただの金儲けで終わらせる器じゃないのさ、あのヒカルって坊やは」
マダムの瞳に、底知れぬ強欲と、ヒカルに対する恐怖に近い服従の色が浮かぶ。
「これは、あの坊やが仕掛けた『戦争』の合図だよ。エリートどもの禁断症状を極限まで煽り、社会そのものを狂わせる。アタシたちは裏から、そのストライキの規模を最大限に拡大してやるのさ。ヒカルへの忠誠を示すためにな」
裏社会のドンは、ヒカルの思惑通りに動き、獣人社会のインフラ崩壊を加速させるための暗躍を開始したのだった。




