第29話 ライオン親子
ヒカルさんの指先が、お母様の首筋からライオン特有の分厚い皮膚の奥へと滑り込む。特注手袋のイボが、凝り固まった神経節を的確に、そして容赦なく抉った。
「がるぃぉあぁぁぁっ!?」
鼓膜を突き破るような、およそ巨大財閥の総帥とは思えない悲鳴が温室に響き渡った。
「お、お母様!?」
「あぁっ! だめ、なんだこれは……っ! 指が、骨の髄まで直接響いて……っ! 頭が、真っ白に……あぁぁかんっ!」
天下のグレース・キングスレイが、たった一撫でで椅子からずり落ちそうになり、だらしなく舌を出して痙攣している。強固だった威厳など、一秒で粉砕されていた。
「……お母様、いくらなんでも声が大きすぎますわ……っ。外に聞こえてしまいます……ひゃんっ!」
ツッコミを入れた私の背中にも、ヒカルさんのもう片方の手が添えられた。
「娘の心配より、自分の心配をしたらどうですか、レオナ」
「あぁんっ! ヒカルさんの指、今日も、すっごく……っ!」
ダメだ。お母様の無様な姿を笑うつもりが、私の体もヒカルさんの手技と匂いの前には一瞬で陥落してしまう。
「ひぐぅっ……! 人間の指ごときに、この私が……あぁっ、もっと! もっと奥まで強く揉んでおくれぇっ!」
「お母様、ずるい! ヒカルさん、私のお尻も、もっとブラッシングして……あぁぁっ!」
「「あぁぁぁぁっ……!!」」
秘密のサロンには、誇り高きライオン親子の、最高に淫らで情けない鳴き声のハーモニーが響き渡った。理性を完全に溶かされ、私たちはただの『ヒカルさんの快感に溺れる雌』として、並んで身をよじらせるしかなかった。
+++
【セリア・シャノワール視点】
温室の隅で直立不動を貫きながら、私、セリア・シャノワールは目の前の光景に眩暈を覚えていた。
「あぁっ……ヒカル様、すばらしいわ……っ! 私、もうどうなってもいい……っ」
床に四つん這いになり、よだれを垂らしながらヒカル様の足元にすがりついているのは、間違いなくあの巨大コングロマリットの総帥、グレース・キングスレイだ。
先ほどまで「たかが人間のオス」と見下し、私を威圧していた絶対的王者の面影はどこにもない。ヒカル様の特注手袋とフェロモンの前に、彼女はただの発情した巨大な猫へと成り下がっていた。
(……信じられない。あのキングスレイ総帥が、ここまで無様に屈服するなんて……)
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
ヒカル様に楯突くなんて命知らずだと冷や汗をかいていた数十分前の自分が馬鹿らしく思えてくる。
(もう、この人に勝てる獣人はこの世に存在しないのでは……?)
どんなに強大な権力を持とうと、どんなに強靭な肉体を持とうと、ヒカル様の手にかかれば一瞬で快感の奴隷にされてしまう。国家のシステムすら、彼の手技の前では無意味に思えてくるのだ。
「ヒカルさん……私も、私も褒めて……っ」
娘のレオナも、母親と一緒になってヒカル様の足に頬をすり寄せている。
その光景を見ているうちに、私の心の中に呆れを通り越して、ドロドロとした黒い感情が湧き上がってきた。
(ずるい……。あの親子、ヒカル様に二人掛かりで撫で回されて……っ。私だって、あんな風に乱暴に神経を抉られたいのに……!)
気づけば、私の黒猫の尻尾は服のスカートの裏で、嫉妬に狂ったようにバシバシと左右に揺れ動いていた。
+++
【神浦ヒカル視点】
「……さて、満足していただけましたか、総帥閣下」
すべての施術を終え、俺は作業台の前でへたり込んでいるグレースを見下ろした。
剛毛でゴワゴワだった彼女のライオンの毛並みは、今や見違えるように艶やかで、黄金のシルクのような輝きを放っている。コンプレックスを完璧に解消された彼女の瞳には、俺に対する絶対的な服従と依存の色が濃く刻み込まれていた。
「はぁっ……はぁっ……」
グレースは震える手で自分の滑らかな毛並みに触れ、それから、ゆっくりと俺の足首を両腕で抱きしめた。
「……私の負けだ。お前のその手と匂いなしでは……私はもう、生きていけない体にされてしまったよ……っ」
天下の総帥が、俺の足元で涙を流しながら屈服の言葉を口にする。隣では、レオナも「お母様もこれでヒカルさんの凄さが分かったでしょ」と自慢げに、そして恍惚とした顔で俺の膝にすり寄っていた。
「俺の無力さを証明するんじゃなかったんですか?」
俺が意地悪く問いかけると、グレースは「そんな戯言は忘れておくれ」と必死に首を振った。
「お前はキングスレイの宝だ……! すぐにうちの地下室に極上の部屋を用意させる。一生、私の専属として飼ってあげるから、どうか私を見捨てないで……っ!」
「お断りします」
俺が冷たく言い放つと、グレースとレオナはビクッと肩を震わせた。
「な、なぜだい……!? 金ならいくらでも出す! 権力だって……っ!」
「俺は誰かの飼い犬になるつもりはありません。俺は、俺自身の合法的なサロンを開き、この非人道的な国家システムから自由になる」
俺はしゃがみ込み、グレースの顎をクイッと持ち上げて、その黄金の瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「キングスレイ総帥。俺を囲い込むのではなく、俺の『専属スポンサー』になりなさい。あなたの持つ巨大な経済力と政治的影響力を、全て俺の自由のために使え。そうすれば、極上のケアを一生保証してやりますよ」
それは、一介の高校生が巨大財閥のトップに突きつける、前代未聞の悪魔の契約だった。
だが、完全に俺の快感とフェロモンに依存しきったグレースに、迷いはなかった。
「……あぁっ、なるよ……! スポンサーでもなんでもなってやる! 私の財力は、全てお前のものだ……だから、その手を、もう一度私に……っ!」
グレースは涙と涎で顔をぐしゃぐしゃにしながら、俺の手のひらに自分の顔をすり付けた。
俺は彼女の頭を優しく撫でてやりながら、口角を深く吊り上げた。
発情期を鎮静化させ、労働力を向上させるという『法的な盾』。
そして今、俺はキングスレイ財閥という、国を動かすほどの『巨大な矛(経済力)』を手に入れた。
学園のルールを支配するだけだった俺の反逆は、ついに国家の喉元に突きつけるための完全な武装を完了したのだ。
卒業までのタイムリミットが迫る中、俺の下剋上は最終フェーズへと突入しようとしていた。




