第28話 総帥の乱入
【ライオン系獣人 レオナ・キングスレイ視点】
「……っ、どうして。どうしてあんな泥棒狼や、野蛮なクマ女なんかに……っ」
私は、ギリッと親指の爪を噛み締めていた。
最近の桜華学園は狂っている。あの軍事のルプス家のシルヴィも、肉体労働のベアード家のウルサも、ヒカルさんの手技を受けてからというもの、見違えるように美しくなり、本来のポテンシャルを限界突破させている。
その上、彼女たちがヒカルさんに向けるあの発情しきった熱い視線。
(私が見つけた極上のオスなのに……! このままじゃ、ヒカルさんが他の家系に奪われてしまう!)
卒業までのタイムリミットも迫っている。キングスレイの次期当主として、いや、一匹のメスとして、これ以上の猶予はなかった。
「こうなったら、強硬手段に出るしかないわね」
私は学園のルールなど知ったことかと、キングスレイ財閥の私兵である黒服の護衛たちを呼び寄せた。放課後、第4温室跡にいるヒカルさんを、力ずくでうちの私有施設へ連れ去り、誰の目にも触れないよう完全に囲い込んでやるのだ。
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放課後。私は黒服たちを引き連れて、秘密のサロンの扉を乱暴に開け放った。
「ヒカルさん! 今日からあなたは、キングスレイ家の特別室で暮らしてもらうわ! 他の泥棒獣たちにはもう指一本触れさせない!」
突然の私の乱入と黒服たちの威圧感に、ヒカルさんは目を丸くしていた。
よし、このまま一気に連れ去って……と思ったその時だった。
「――愚かな真似はおやめなさい、レオナ」
地を這うような、圧倒的な威圧感を伴う低い声。
背後の廊下から現れたのは、豪奢な毛皮のコートを羽織った大柄なライオン系の獣人。
巨大コングロマリット(複合企業)の総帥であり、私の母親であるグレース・キングスレイだった。
「お、お母様……!? どうしてここに……っ」
私が後ずさりすると、母は鋭い黄金の瞳で私とヒカルさんを交互に睨みつけた。
「お前が私兵を動かしたと聞いて、自ら出向いてきてみれば……たかが人間のオス一匹に、血迷って強引な囲い込みを図るとは。我が家の誇りを、汚す気ですか」
その母の冷酷な言葉に、ピクリと反応した影があった。
ヒカルさんの背後に控えていた、漆黒のタクティカルスーツを着た黒猫のエージェント・セリアだ。
「ちょっと、そこの大柄な獣人。何者か知りませんが、ヒカル様……コホン。国家の重要保護対象である神浦ヒカルに向かって、たかが人間のオスとは無礼千万! 今すぐ言葉を慎み、立ち去りなさい!」
セリアは相手が誰か分かっていないらしく、護衛としての使命感(とヒカルさんへの執着)から、母に向かって堂々と吠えたのだ。
しかし、母は冷笑を浮かべた。
「ほう。国家の犬……いや、猫風情が、このグレース・キングスレイに意見するとはね。国家予算の何割が、うちの財閥から出ているかご存知かしら?」
「グ、グレース・キングスレイ……っ!? き、巨大財閥の、総帥……ッ!?」
その名前を聞いた瞬間、セリアの黒猫の耳がピーンと垂直に立ち上がり、顔面が蒼白になった。
「ひぃっ! も、申し訳ございません総帥閣下! わ、私の無礼な発言はどうかお忘れください! 何卒、何卒お許しをぉぉっ!」
さっきまでの威勢はどこへやら、セリアは一転して土下座せんばかりの勢いで平身低頭し、ヒカルさんの背後にブルブルと震えながら隠れてしまった。呆れるほど情けない国家権力だ。
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「さあ、レオナ。こんな遺伝子供給奴隷のことなど忘れ、すぐに家へ戻りなさい」
母の太い腕が、私の腕を強引に掴む。
「い、嫌っ! お母様、お願いです!」
私は母の威圧感に怯えながらも、必死に抵抗した。ヒカルさんから引き離されることだけは、絶対に耐えられない。
「お母様こそ、ヒカルさんの凄さを知らないからそんなことが言えるのよ! どうか一度だけ……一度だけでいいから、ヒカルさんの手技と匂いを受けてみて! そうすれば、私の気持ちが必ずわかるから!」
涙ながらに懇願する私を見て、母は鼻で笑った。
「馬鹿馬鹿しい。この私が、人間のマッサージごときに骨抜きにされるとでも?」
「――やってみなければ、分からないんじゃないですか?」
その声に、全員の視線がヒカルさんに集まった。
ヒカルさんは、天下のキングスレイ総帥の殺気にも全く怯むことなく、むしろ不敵な笑みを浮かべて一歩前に出たのだ。
(ヒカルさん……っ!)
背後のセリアは『あ、あのキングスレイ総帥に楯突くなんて、殺される!』とばかりに、尻尾の毛を逆立てて震え上がっているのが気配でわかる。
ヒカルさんの鋭い視線が、母の全身を包む立派な毛並み――ライオン特有の、少し硬くてゴワついている剛毛へと向けられた。
「キングスレイの誇りと言いますが……その毛並み、随分と手入れが行き届いていないようですね。娘さんと同じで、本当は自分の剛毛にコンプレックスを抱いているんじゃないですか?」
「なっ……!」
母の顔色が変わった。図星だったのだ。王者としての威厳を保つため、強くて硬い毛並みは象徴でもあるが、メスとしての本音は別だ。
「天下のキングスレイ総帥が、人間のマッサージ一つに理性を奪われるのが怖いんですか? それとも、自分の剛毛が美しくなるのが怖いんですか?」
「……貴様。たかが人間の小僧が、よくもその減らず口を……っ」
母の黄金の瞳に、明確な怒りの火が灯った。
「いいでしょう。その安い挑発に乗って、お前の無力さを証明してあげます。もし私を満足させられなかったら、お前は一生、うちの地下牢で種馬として飼い殺しにしてやりますよ」
そう言い放つと、母は豪奢なコートを脱ぎ捨て、私と一緒に温室の浅いバスタブの前に用意された二つの椅子へと歩み寄った。
「レオナ、お前も隣に座りなさい。この男がいかに無力か、その目で見届けさせてやります」
「お、お母様……絶対に後悔しますからね……っ」
私たちは並んで座り、服を脱ぎ捨てた。
お母様、そんなに強がりを言って本当にどうなっても知りませんよ。ヒカルさんの両手が、私たち親子の背後へとゆっくりと伸びてくる。
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「お母様、絶対に後悔しますからね……っ」
バスタブの前の椅子に並んで座った私たちの背後に、ヒカルさんが立つ。
ヒカルさんの手には、あの恐ろしい無数のイボがついた特注のゴム手袋がはめられていた。そして、今まで抑えていた『完全なオスのフェロモン』を、密室の温室内に全開で解き放ったのだ。
「なっ……!? なんだい、この暴力的なまでの甘い匂いは……っ!」
隣に座るお母様が、肩をビクンと震わせて息を呑むのがわかった。
「さあ、総帥閣下。まずはあなたから、キングスレイの誇りとやらを洗い流してさしあげましょう」




