第3話 ライオン令嬢
ミオを劇的な美少女へと変貌させた翌日から、国立桜華学園の空気は明らかに変わっていた。エリート令嬢たちの間で、「どこかの高級サロンに伝説級のゴッドハンドがいる」という噂が、あっという間に蔓延したのだ。無理もない。あれだけしなびてボサボサだったミオの毛並みが、今や月明かりを浴びたプラチナのように輝く極上のシルクへと生まれ変わっているのだから。
「ねえミオさん、その毛並み、一体どこのサロンで……っ!?」
「お、教えていただけないかしら!? どんな見返りを求めても構わないわ!」
教室では、昨日までミオを嘲笑っていた令嬢たちが、血走った目で彼女を取り囲んでいた。
中でも、その変化に最も激しい嫉妬と焦りを募らせていたのは、経済界のトップに君臨するライオン系獣人の名家、レオナ・キングスレイだった。彼女は高飛車でプライドが高く、いつも取り巻きを引き連れてはミオを見下していた。だが、その態度の裏で、彼女は自身の『剛毛』に対して強いコンプレックスを抱いていたのだ。
数日後。俺は偶然、人気のない屋上で、信じられない光景を目撃した。
あの誇り高きレオナが、たった一人でミオの前に立ち、プルプルと全身を震わせていたのだ。
「い、今までごめんなさい。お願い……っ! あのサロンの場所を、私に教えてちょうだい……っ!」
なんとレオナは、今まで散々虐げてきたミオに対して、屈辱に涙を浮かべながら深々と頭を下げていたのだ。ライオンとしての矜持をへし折ってまで美を求めたその執念。獣人にとって『毛並み』というものがどれほど絶対的なステータスであるか、改めて思い知らされる。
ミオは戸惑いながらも、俺が「本当に困っている子なら教えてもいいわよ」と言っていたことを思い出し、渋々例の場所を教えたらしい。
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その日の放課後。俺は秘密の隠し部屋である『第4温室跡』で、シャンプーの調合比率を微調整しながら来客を待っていた。
入り口の錆びたドアがギギィ……と重たい音を立てて開く。
夕日を背にして立っていたのは、案の定、レオナだった。
「……あなたが、あの、噂の……って、あれ? あなたヒカルさん!?」
俺の顔を見るなり、レオナは目を丸くして絶句した。
「驚いたかしら。そうよね、まさか同級生の人間だったなんて。でも、ミオのあの毛並みを仕上げたのは私よ」
俺はあえて冷静な、女子生徒らしい声色で応じた。
レオナは数秒間呆然としていたが、すぐにハッと我に返り、いつもの高飛車な表情を取り繕ってずかずかと温室の中へ足を踏み入れてきた。
「ふ、ふん。ただの目立たない人間だと思っていたけれど、まさかあなたがゴッドハンドだったなんてね。いいわ、お金ならいくらでも払うわ。私の毛並みを、あの子猫よりも美しく仕上げなさい。暇そうね、今すぐやってちょうだい」
彼女は桜華学園の指定カバンから、最高ランクのブラックカードを取り出して見せつけた。
王者の種族であるライオンの令嬢として、金と権力で解決できないものはないと信じ切っているのだろう。
だが、俺はそのカードを一瞥し、ふっと鼻で笑った。
「お断りよ。私、お金はとらない主義なの」
「……は? お金をとらない?」
レオナの顔に、明確な驚きと動揺が走った。
「どういうことよ! 金額が足りないっていうの!? キングスレイ家の財力を舐めないでちょうだい!」
「そうじゃないわ。ここは私のプライベートな空間。私がお手入れしたいと思った子しか入れないの。お金なんて、この空間ではただの紙切れよ」
俺は、この世界の底辺にいる『人間の男』だ。だが、この閉ざされた空間においてのみ、俺は学園のカーストをひっくり返す絶対的な支配者になれる。政治や権力で牛耳る彼女たちを、技術一つで膝まずかせる最初の一歩なのだ。
俺が静かに、しかし底知れぬ威圧感を持って告げると、レオナはギリッと唇を噛み締めた。
「じゃ、じゃあどうすれば……っ! 私だって、本当は……っ」
その瞬間、彼女の強気な仮面がわずかにひび割れ、悲痛な叫びが漏れた。
「キングスレイのライオンとして、誰よりも美しく、完璧でなければならないのよ! 次期当主として、隙を見せることなんて許されない。なのに、私のこの毛は……どれだけ最高級のトリートメントを使っても、ゴワゴワで、まるで野蛮なオスみたいで……っ! こんな羞恥はもう耐えられないわ……!」
それが、彼女の抱える深いコンプレックスだった。王者のプレッシャーに押し潰されそうになりながら、自分の欠点から目を逸らすために、必死にミオを攻撃して虚勢を張っていたのだ。
俺は少しだけ口角を上げ、彼女のパーソナルスペースへとゆっくり踏み込んだ。
「施術をしてあげてもいいわ。ただし、条件が二つあるの」
「じょ、条件……?」
「一つ。今後一切、ミオを虐げたり馬鹿にしたりしないこと。そして二つ目。この部屋にいる間は、私の指示に絶対服従すること。……できるかしら?」
俺の言葉に、レオナは息を呑んだ。
屈辱に頬を染め、金の瞳を揺らしながら葛藤している。
その時、俺の体内でフェロモン中和剤の効果が一瞬だけブレた。自分でもわかるほど、極上の『オスの匂い』が微かに温室の淀んだ空気の中に漏れ出したのだ。
「っ……!?」
レオナの肩がビクンと跳ねた。
彼女はそれが人間の男の匂いであることには気づいていない。だが、獣人としての本能がその甘い匂いに反応し、急激に顔を赤らめ、浅い呼吸を繰り返すようになった。瞳がトロンと潤み、彼女の中にあった最後の警戒心が強制的に溶かされていく。
「あ……ぁ……なによ、この、変な感じ……。頭の奥が、ジンジンして……っ」
熱に浮かされたように呟き、胸元を押さえるレオナは、もはや抗う力を持っていなかった。本来なら、屈辱的な条件など跳ね除けて激昂するはずの彼女の闘争心が、甘い匂いによって麻痺させられている。
「条件を飲むわね? なら、そこにあるロッカーの前に行って。そして――」
俺は、ゴッドハンドとしての冷徹な笑みを浮かべ、決定的な命令を下した。
「その制服と、下着を、全部脱ぎなさい。あなたのその分厚いプライドごと、私が洗い流してあげる」
「っ……くぅ……っ」
レオナは羞恥に震えながらも、ゆっくりと制服のボタンへ手を伸ばした。
プライドの高いライオンの令嬢が、俺の技術とフェロモンの前に、完全な屈服への第一歩を踏み出した瞬間だった。




