第22話 生徒会長の罠
闇市でのマダム・バクとの密約、そして鍛冶職人クロエからの新装備の調達。
裏社会と物理的な『武器』を手に入れた俺の次の狙いは、学園のルールそのものを掌握することだった。卒業後の非人道的な強制収容を法的に回避するためには、巨大な権力を持つエリート令嬢たちの親を動かす必要がある。そのためにはまず、この桜華学園のトップ層を完全に俺の『飼い犬』にして、裏から支配しなければならない。
第一のターゲットは、すでに定まっていた。
学園の規則に誰よりも厳格で、カミングアウトした俺を「公序良俗を乱す危険なオス」として警戒している生徒会長。大型犬・ゴールデンレトリバー系獣人の、レティシア・ハウンドだ。
彼女は法曹界に太いパイプを持つ名門の令嬢であり、彼女を落とせば学園のルールは俺の思い通りになる。
「……ヒカル様。先ほどからそのテニスボールを首筋に擦り付けて、何をしているのですか。不可解です」
俺の後ろを影のように付き従う黒猫のエージェント、セリア・シャノワールがジト目で尋ねてきた。俺の専属監視員である彼女は、裏では俺のマッサージの虜になった共犯者だが、表向きはこうして冷徹な護衛を演じている。
「お前には分からないさ。これは、誇り高き生徒会長を釣り上げるための『極上のルアー』だよ」
俺はたっぷりと自分のオスのフェロモンを染み込ませたテニスボールを、手の中で軽く弾ませた。
旧校舎へと続く渡り廊下の角。
予想通り、風紀の乱れを警戒して見回りをしていたレティシアの姿が見えた。黄金色の美しい髪と、背筋の伸びた凛々しい立ち姿。しかし、俺の姿を視界に捉えた瞬間、彼女のピンと立っていた犬耳が、ピクッと過敏に反応した。
「神浦ヒカル……! あなた、エージェントの監視下にあるとはいえ、みだりに学園内をうろつかないでいただき……っ、んんっ!?」
レティシアは威厳たっぷりに説教を始めようとしたが、ふわりと風に乗って漂ってきた俺の匂いに、思わず言葉を詰まらせた。
顔がみるみるうちに赤く染まり、スカートの裏に隠されたふさふさの尻尾が、彼女の意志とは無関係にブンブンと左右に揺れ始める。
「どうしました、会長。尻尾、ちぎれそうですよ」
「なっ……! こ、これは違うの! あなたのその無自覚に撒き散らされる暴力的な匂いに、体が勝手に……っ! ハウンド家の令嬢たるもの、こんな本能には屈しな……!」
「そうですか。じゃあ、これはどうですか!」
ポーン、と。
俺はフェロモンが染み付いたテニスボールを、旧校舎の奥、第4温室跡へと続く廊下に向かって思い切り投げ飛ばした。
コロコロコロ……! と軽快な音を立ててボールが転がっていく。
「なっ……! あなた、廊下で物を投げるなど、校則違反……っ!」
レティシアは厳しく注意しようとした。だが、彼女の黄金色の瞳は、転がっていくボールの軌道に完全に釘付けになっていた。
(……動くもの……丸いもの……しかも、あの極上のオスの匂いがたっぷりついたおもちゃ……っ!)
レティシアの頭の中で、生徒会長としての理性と、大型犬としての本能、そしてメスとしての欲望が激しく衝突しているはずだ。
「ああっ、もうっ! 生徒会長として、あのような危険物は私が直ちに回収しなければ……っ! ワンッ!!」
ついに犬の本能が理性を粉砕した。
レティシアはスカートを捲し上げると、床を蹴立てて猛烈なダッシュを開始した。
「待てぇーっ! 私のボールゥゥッ!!」
もはや令嬢の面影など微塵もない。舌をハアハアと出しながら、一直線にボールを追いかけて旧校舎の奥へと消えていく。
「……見事な条件反射ですね。少し哀れになってきました」
セリアが呆れたように呟くのを背に、俺は計画通り、ゆっくりと第4温室跡へと歩を進めた。
+++
ツタの絡まる秘密のサロン、第4温室跡。
サビついた扉を開けると、そこには両手でテニスボールを大事そうに抱え込み、ハアハアと荒い息を吐いているレティシアの姿があった。ボールに染み付いた俺の匂いを胸いっぱいに吸い込み、顔を真っ赤にして恍惚としている。
「お疲れ様です、会長。見事なキャッチでしたよ」
俺が声をかけると、レティシアはハッと我に返り、慌ててボールを背中に隠して立ち上がった。
「コホンッ! ……ち、違うわ! 私はただ、あなたが不法投棄したゴミを回収しただけで……っ」
レティシアは必死に威厳を取り繕い、真っ赤な顔のまま俺をキッと睨みつけた。
「神浦ヒカル! この秘密のサロンの事を、以前は女子だと思っていたから見逃していましたが……あなたが『完全なオスの人間』だと判明した今、この場所は公序良俗を著しく乱す危険な施設よ! 生徒会長の権限において、今すぐこの温室を閉鎖します!」
強気な態度で迫るレティシア。彼女は過去に何度か俺のサロンを訪れていたが、持ち前の強固な精神力とプライドで、ミオやレオナのように『完堕ち』には至っていなかった。よくしつけられた、非常に優秀な獣人なのだ。
だが、それは俺が『中和剤』で匂いを抑え、普通の道具を使っていた頃の話だ。
俺は余裕の笑みを浮かべ、作業台の上に置かれた二つのアイテムを手に取った。
一つは、クロエが打ち直してくれた特注のハサミとスリッカーブラシ。そしてもう一つは、無数のイボがびっしりとついた、あの禍々しいゴム手袋だ。
「閉鎖するのは構いませんよ、会長」
「え……?」
「その代わり、閉鎖する前に、最後にもう一度だけ……俺の特別な施術を受けてみませんか?」
俺は挑発的に告げ、一歩前に出た。
中和剤を飲んでいない今の俺から、むせ返るような強烈なフェロモンがレティシアを包み込む。
「なっ……! わ、私があなたのマッサージなどで屈服するとでも思っているの!? ハウンド家の精神力を見くびらないでちょうだい!」
「なら、証明してくださいよ。俺のフェロモンと、この新しい道具の前に、あなたの理性がどれだけ耐えられるか。もし最後まで耐え切れたら、俺自身の手でこのサロンを解体して差し上げます。……ですが、もしあなたが快感に屈服して鳴き声を上げたら……」
俺はレティシアの耳元に顔を寄せ、低く甘い声で囁いた。
「この学園のルールと、あなたの身も心も、全て俺の好きにさせてもらいます」
「っ……!!」
レティシアの肩がビクンと大きく跳ねた。
逃げるべきだという警鐘が鳴っているはずなのに、彼女の犬としての『負けず嫌いな本能』と、俺の匂いに対する強烈な『渇望』が、彼女をその場に縫い付けていた。
「……い、いいでしょう。その勝負、受けて立つわ! 私がただのメス犬に成り下がるなど、絶対にあり得ないのだから!」
強がりながらも、レティシアの瞳はすでに熱を帯びて潤んでいる。
彼女は震える手で桜華学園の制服のリボンに手をかけ、ゆっくりとブラウスのボタンを外し始めた。
露わになる、引き締まった健康的な肉体と豊満な胸、全身を覆う黄金色の美しい毛並み。
バスタブの前の椅子に腰を下ろす彼女の背中を、俺はイボ付きのゴム手袋をはめた両手でゆっくりと見据えた。
部屋の隅では、セリアが息を呑んでこの光景を監視している。
「それじゃあ会長……極上のしつけ、抗ってみてください」




