第19話 密偵の屈服
「っ……! 学生の分際で、国家のエージェントを愚弄する気か!」
図星を突かれたセリアが、ギリッと奥歯を鳴らしてこちらを睨みつける。すかさず、俺も言葉を被せた。
「確かにミオの言う通りだ。エージェント様とはいえ、獣人である以上、俺のマッサージを受けたら正気じゃいられないんじゃないですか? 一度試してみませんか? 無理にとは言いません。ただ、怖いなら、ずっとそこで震えていてもいいですよ」
俺の冷笑に、セリアのプライドが激しく刺激された。
「……傲慢ですね、神浦ヒカル。私は代々国に仕える密偵の家系に生まれ、国家の過酷な拷問訓練――水責めや電気ショックの尋問にも決して音を上げなかった獣人です。たかがマッサージごときで、理性を失うなどあり得ない」
「なら、話は決まりですね」
「いいでしょう。私の精神がいかに強固か、その目に刻み込んであげます」
セリアは自信満々に挑発に乗り、カチャリとタクティカルスーツのバックルに手をかけた。
漆黒の戦闘服が床に落ち、無機質なスポーツブラが外される。
露わになった彼女の裸体は、桜華学園の令嬢たちのような柔らかく華奢な体つきとは全く異なっていた。無駄な脂肪が削ぎ落とされ、過酷な訓練で引き締められた腹筋。そして、全身を覆う短く艶やかな黒毛。まさに、戦うためだけに鍛え上げられた美しい肉体だった。
+++
セリアがバスタブの前の椅子に腰を下ろす。俺は彼女の背後に立ち、シャワーでお湯を当てながら、その引き締まった肩に両手を置いた。
「では、いきますよっと」
俺の『ゴッドハンド』が発動する。
学生たちとは違う、分厚く硬い筋肉。だが、どれだけ鍛え上げられていようと、疲労やストレスが蓄積する神経節の構造は同じだ。むしろ、常に極限の緊張状態を強いられている密偵だからこそ、深層の筋肉には恐ろしいほどの疲労が凝り固まっている。
俺の指先が、セリアの首筋から肩甲骨の隙間に潜り込み、その最も深い凝りの中心を的確に捉え、強い圧で揉みしだいた。
「にゃひゃああっ!?」
セリアの口から、およそエージェントらしからぬ、甲高く可愛らしい悲鳴が上がった。
「な、なによ、今の……っ! 指が、骨の髄まで響いて……っ」
「動かないでください。拷問訓練では耐えられても、極上の『弛緩』には慣れていないようですね」
俺は容赦なくマッサージを続ける。日々の任務で強張っていた彼女の筋肉が、俺の指の動きに合わせて嘘のように解れていく。そこに、密室に充満する俺のフェロモンが容赦なく襲いかかった。
「あ……ぁんっ……だめ、そこ……力が、抜けるぅ……っ」
強固な精神力を誇っていたはずのセリアだが、快感に対する耐性は完全にゼロだった。黒猫特有の敏感な耳の裏を撫でられ、腰のツボを深く押されるたび、彼女はビクンビクンと激しく体を跳ねさせた。
「はぁっ……はぁっ……神浦、ヒカル……っ。あなたの匂い、頭が……おかしく、なるぅ……っ」
その光景を隣の椅子から見ていたミオは、自分の体にタオルを巻きつけながら、ギリギリとハンカチを噛み締めていた。
「あぁっ……私がけしかけたとはいえ……目の前で違う女がヒカルに喘がされてるの、なんか寝取られた気分……っ! ずるい、私ももっとやってほしいのに……!」
激しい嫉妬に身を焦がすミオをよそに、セリアの陥落は決定的だった。
「ひぐぅっ……! あぁぁっ……!」
ついに限界を迎えたセリアは、椅子から滑り落ち、腰を抜かして濡れた床にへたり込んでしまった。もはや自力で立ち上がることすらできず、俺の足首にすがりついて荒い呼吸を繰り返している。冷徹な国家の犬、いや猫は、完全に快感の虜――ただのポンコツへと成り果てていた。
「どうでしたか、エージェント・キャット。俺のマッサージの感想は」
俺が見下ろして尋ねると、セリアは涙目で俺を見上げ、擦り寄るように顔をすりつけた。
「あぁっ……もっと……もっとちょうだい、強く……! 私に、その指を……っ」
「セリアさん、取引しましょう」
俺はしゃがみ込み、骨抜きになった彼女の顎をクイッと持ち上げた。
「今後も、あなたが望むならこの極上のケアをしてあげます。その代わり……俺の学園内外での自由な行動から、目を逸らせてはいただけませんか」
それは、国家の監視システムに致命的な風穴を開ける、悪魔の密約。
「……っそ、それは……はい……っ。あなたに、従います……っ」
快楽に抗えないセリアは、トロンとした瞳で深く頷いた。彼女は震える指で脱ぎ捨てたタクティカルスーツから専用の小型端末を引きずり出し、自らの手で国家の監視システムの設定を変えた。
『監視護衛対象者:常に異常なし』
端末の画面に表示されたその文字は、俺が学園内外で『自由な空白時間』を手に入れたことを意味していた。
底辺の人間である俺が、国家のシステムを裏から支配し始めた瞬間。強大な権力への下剋上は、このポンコツ護衛との共犯関係から、静かに、そして確実に動き出したのだ。




