第18話 親友の陥落
「次は、私の番だね!」
先ほどのクマ系の後輩と入れ替わるように、ミオが明るく振る舞いながら近づいてきた。
だが、俺は彼女の肩をそっと手で制した。
「ミオ、悪いが……お前の施術は今日からやめておいた方がいい」
「えっ……? どうして?」
キョトンとするミオに、俺はあえて突き放すように告げた。
「さっきの後輩の様子を見ただろ? 薬を絶った今の俺から出るオスのフェロモンは強すぎる。これからも俺と『親友』のままでいたいなら、これ以上俺の手には触れない方がいい」
それは俺なりの気遣いだった。親友としての境界線を必死に守ろうとしている彼女を、本能の濁流に巻き込みたくなかったのだ。
しかし、ミオはピンと猫耳を立て、俺の胸に両手をドンッと押し当てた。
「どうしてそんなこと言うの! 私がヒカルの中身を好きで、絶対に親友でいるっていう考えは変わらないって、さっきも約束したじゃない!」
「ミオ、頭でわかっていても本能は……」
「それに、私の毛並みはヒカルが絶対に綺麗に保つって約束してくれたのに! 今更やめるなんて、ずるいよ!」
涙目で睨みつけてくるミオの執念は、ちょっとやそっとでは引かない頑なさがあった。
「……わかったよ。そこまで言うなら、やらせてもらう」
俺が折れてため息をつくと、ミオはパァッと顔を輝かせ、制服を脱ぎ捨ててバスタブの前の椅子に腰を下ろした。
全裸で豊かな胸を両腕で隠しながら、必死に自分に言い聞かせるように笑うミオ。親友としての境界線を守ろうとするその健気な姿に、少しだけ罪悪感がよぎる。
俺は適温のお湯を出し、ミオのプラチナのように輝く毛並みを丁寧に濡らしていく。そして、あらかじめ準備しておいた『特製シャンプー』を手に取った。
それは、前世の知識とこの世界で手に入れた素材を掛け合わせ、猫系獣人の嗅覚と本能を強烈に刺激する『マタタビ成分』を限界まで濃縮した秘密兵器だ。俺が男だとカミングアウトする前から、いつか彼女の毛並みを世界一にするためにと、密かに調合を済ませていたものだった。
シャンプーをしっかりと泡立て、ミオの首筋から猫耳の裏側へと指を滑らせる。
「ひゃにゃんっ……!?」
指先が地肌に触れた瞬間、ミオの肩が大きく跳ねた。
マタタビの甘く熟れた香りと、俺の体から漏れ出す極上のオスの匂いが混ざり合い、密室の温室内に急速に充満していく。
「あ、あれ……? なんだか、頭が……すごく、ぽわぽわして……」
「ミオ、力加減はどうだ? 痛いところはないか?」
「ううん……痛くない……むしろ、すごく……あぁんっ」
俺のゴッドハンドが、ミオの強張っていた肩の筋肉を的確な圧で揉みほぐしていく。マタタビ成分が毛穴から浸透し、彼女の脳髄を直接とろ火で煮詰めるように麻痺させていくのが手にとるように分かった。
「はぁっ……はぁっ……ヒカルの指、すごい熱い……っ。匂い、ヒカルの匂いと、この甘い匂いが、奥まで……っ」
先ほどまで「親友として」と固く誓っていたはずのミオの表情が、みるみるうちに蕩けていく。ピンと立っていた猫耳は完全にへたりと垂れ下がり、お湯に浸かったしなやかな尻尾が、狂おしいほど妖しく波打っている。
「んっ……ふぁ……ぁっ、だめ、もう……っ」
理性の糸があっけなく、ブチッと音を立てて切れた。
「友達なんて……もう、無理ぃ……っ。私、ヒカルの全部が、欲しい……っ」
完全に『メス』の顔になったミオが、振り返って俺の腰にすがりついてきた。
「おい、ちょっと待て」
俺はシャワーの手を止め、呆れ半分にツッコミを入れた。
「開始前、『絶対に親友でいるって約束したじゃない!』って、あんなに熱く語ってたのはどこの誰だ? まだ数分しか経ってないぞ。親友の防壁、もろすぎないか?」
「だ、だってぇ……っ!」
ミオは涙目で俺を見上げ、理不尽極まりない逆ギレをかましてきた。
「頭では『ヒカルは親友』って必死にブレーキ踏んでたのに、本能と尻尾が『ヒカル最高にゃああっ!』ってアクセル全開でぶっちぎっちゃったんだもん! 私悪くない! こんなの抗えるわけないじゃない! 全部ヒカルの手と匂いがエロすぎるせいだバカぁっ!」
「俺のせいかよ。というか、文句言いながら思いっきりすり寄ってくるな」
「うぅ……っ、もう親友とかどうでもいい……ヒカルのメスになるぅ……っ」
理屈もへったくれもないポンコツな言い訳を泣きながら喚き散らし、俺の腰にしなだれかかってくるミオ。
だが、潤んだ瞳と半開きの唇で見つめてくるその姿は、俺の煩悩を激しく揺さぶるほどに色っぽく速落ちしていた。
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完全に陥落し、俺の腕の中で甘い吐息を漏らすミオ。俺はその猫耳の裏に顔を寄せ、誰にも聞こえないほどの小声で囁いた。
「ミオ……部屋の隅で睨んでいる、あの監視員をけしかけてくれないか?」
俺の意図を察したのか、ミオは恍惚とした表情のままコクコクと頷き、部屋の隅で直立不動を貫いているセリアへと視線を向けた。
「はぁっ、はぁっ……ねえ、監視のお姉さん……」
ミオは俺の腕に頬を擦り寄せながら、挑発的な笑みを浮かべた。
「あなた、さっきからすっごく息が荒いし、尻尾も揺れてるけど……大丈夫? そんなに発情してて、本当にヒカルを守れるのぉ……?」




