第11話 秘密の発覚
【ミオ・フェリデ視点】
放課後。旧校舎の第4温室跡にある秘密のサロン。
私は、自分の心臓が早鐘のように鳴っているのを自覚しながら、桜華学園の制服を脱ぎ捨てていた。
ファサ……とブラウスが床に落ち、プリーツスカートが続く。下着も躊躇いなく外し、全裸になった私は、浅いバスタブの前に置かれた椅子に腰を下ろした。
ヒカルにトリミングをしてもらうのは、私にとって週に一度の特別な時間だ。
ボサボサだった毛並みを美しく整えてもらうためだけじゃない。あの子の指先に触れられるたび、私の心の奥底にある『何か』が満たされていくのを感じるからだ。
でも、今日のヒカルは明らかにおかしかった。
「……ごめんね、ミオ。今日は少し、手際が悪いかもしれない……」
背後に立つヒカルの呼吸は、いつもよりずっと荒く、小刻みに震えていた。顔は真っ赤に上気し、額には脂汗が浮かんでいる。
「ヒカル、やっぱり具合悪いんじゃ……無理しないで、今日は休んだ方が……」
「大丈夫。ミオの毛並みは、私が絶対に……綺麗に保つから……」
強がるような声とともに、ヒカルの両手が私の肩に置かれた。
「にゃっ……!」
ビクンと、私の肩が大きく跳ねた。
熱い。いつも温かいあの子の手のひらが、今日はまるで燃えるように熱を帯びていたのだ。
独自に調合されたシャンプーが泡立てられ、ヒカルの指先が私の猫耳の裏側から首筋、そして背中の奥深くへと滑り込んでくる。
「あ……ぁんっ……」
いけないと分かっているのに、甘い声が口からこぼれ落ちてしまう。
獣人の分厚い皮膚の下にある神経節を的確に捉える、あの『魔法の手』。今日はそこにヒカル自身の異常な体温が加わり、私の脳髄を直接とろ火で煮詰められているような、強烈な快感が全身を駆け巡っていた。
(だめ……今日のヒカル、なんだかすごく……色っぽい……)
目を閉じると、ヒカルの荒い息遣いが耳元で聞こえる。
『はぁっ……はぁっ……』という苦しげな吐息が私の肌を撫でるたび、下腹部の奥がキュンと疼き、ドロドロとした熱い塊が込み上げてくる。
ただのブラッシングやシャンプーじゃない。もっと、もっと深く触れてほしい。皮膚や毛並みだけじゃなく、私の内側の、一番柔らかいところまで。
親友としての境界線を越えて、激しく、めちゃくちゃになるまで交わりたい――。
そんな恥ずかしい妄想が頭を支配し、私は理性を保つために必死に唇を噛み締めた。
「んっ……ふぁ……ぁっ、ヒカル……ヒカルぅっ……」
言葉で「もっと」とおねだりすることはできない。親友という関係が壊れてしまうのが怖いから。だけど、快感に耐えきれなくなった私の口からは、とめどなく艶かしい喘ぎ声が漏れ続けていた。ピンと立っていた猫耳は完全に垂れ下がり、しなやかな尻尾が狂ったようにお湯の中で波打っている。
その時だった。
「くっ……ぁ……」
ヒカルの指の動きが、ふつりと止まった。
「ヒカル……? きゃあっ!?」
背後からぐらりと大きな影が傾いたかと思うと、ヒカルの体が私の背中から肩口へと滑り落ち、無防備な私の裸の胸元に重く倒れ込んできたのだ。
「ヒカル!? ねえ、大丈夫!? ヒカルっ!」
私は慌てて振り返り、意識を失いかけているヒカルの体を両腕で抱きとめた。
ヒカルの顔が、私の豊かな胸の谷間に押し付けられる。熱い。全身が火の玉のように熱を帯びている。ただの風邪じゃない。何か恐ろしい病気なんじゃないかと、私はパニックになりかけた。
「しっかりして、今すぐ保健室に……っ」
ヒカルの顔を覗き込もうと、その首筋に手を添えた瞬間。
私の指先が、『あるもの』に触れた。
「え……? コブ?」
喉仏だ。
女の子には絶対に存在しないはずの、硬く出っ張った骨の隆起。
信じられない思いで、私は震える指をヒカルの顎のラインへと這わせた。
ジョリッ……。
それは、ごく僅かな感触だった。でも、私の指先は確かにそれを捉えていた。産毛ではない、剃り残された硬い『髭』の感触を。
「う……ん……」
気絶しかけているヒカルの口から、微かな呻き声が漏れた。
それは、いつも教室で聞いている可愛らしい声じゃない。低く、胸の奥底に響くような、紛れもない『男の声』だった。
その瞬間、まるでダムが決壊したかのように、ヒカルの体から『それ』が溢れ出した。
「っ……!!??」
息が、止まった。
今までどうやって制御していたのだろうか。限界を迎えたであろうヒカルの毛穴という毛穴から、むせ返るような、暴力的で、恐ろしく甘い『匂い』が爆発的に放たれたのだ。
それは、獣人という種族の理性を一瞬で焼き切る劇薬。
私たち獣人が、本能の底で最も渇望してやまない、完全な『人間のオスの匂い』だった。
「あ……あぁ……っ」
力が抜け、私はヒカルを抱きしめたまま、その場にへたり込んでしまった。
頭の芯が真っ白になる。視界がチカチカと点滅し、呼吸がうまくできない。ただひたすらに、目の前にいるこの極上のオスを組み敷き、貪り食いたいという獣の衝動が暴れ狂う。
ヒカルは、男の子だった。
私がずっと親友だと思っていた、可愛くて、優しくて、魔法みたいな手を持つこの子は、この世界で最も希少で、最も搾取される存在である『人間の男』だったのだ。
「嘘……ずっと、騙してたの……?」
裏切られたショックと、親友という関係が壊れる恐怖で頭が真っ白になった。しかし次の瞬間、脳髄を直接焼くようなオスの匂いが、私のそんな葛藤を、強制的に『メスの歓喜』へと塗り潰していく。
私はヒカルの中身(魂)が好きなのだ。性別がどちらであろうと、私がヒカルを想う気持ちに嘘はない。むしろ、この胸の奥で燻っていた『交わりたい』という欲望が、決して叶わぬ夢ではなくなったのだという事実が、私を恐ろしいほどの幸福感で満たしていった。
だけど、次の瞬間。
私の背筋を、氷のような悪寒が駆け抜けた。
(待って。もし、この匂いが外に漏れたら……?)
脳裏に浮かんだのは、生徒会長のレティシアや、オオカミ系のシルヴィ、そしてあの高飛車なライオンのレオナたちの顔だ。
彼女たちのような肉食獣人が、この完全なオスの匂いに気づけばどうなるか。
ヒカルは間違いなく狩られる。彼女たちの権力と暴力によって、私から永遠に奪い去られてしまう。国に知られれば、一生涯隔離され、遺伝子供給奴隷として非人道的な扱いを受けることになる。
「……だめ。絶対に、だめ」
瞳の奥で、カッと猫系獣人特有の強烈な『独占欲』が燃え上がった。
ヒカルは私のものだ。私が見つけた。私を世界で一番綺麗にしてくれた、私だけの魔法使いだ。他の泥棒獣どもに、指一本、匂いの一欠片だって渡してなるものか。
「ヒカル……私の、ヒカル……っ」
私は、意識を失って荒い息を吐くヒカルの体に、全裸のまま覆い被さった。
自分のふさふさの猫耳を、ヒカルの顎から首筋にかけて、執拗に何度も何度も擦りつける。
マーキングだ。
猫獣人としての私の匂いを、ヒカルの皮膚に、制服に、髪の毛に、ベッタリと上書きしていく。他の獣人たちがヒカルの匂いを嗅ぎつけられないよう、私の体臭で完全にコーティングするのだ。
「はぁっ……はぁっ……にあぁんっ、いい匂い……私の匂いと、ヒカルの匂いが、混ざって……」
熱を出して苦しむヒカルの喉元に顔を埋め、私は恍惚としたため息を漏らした。
首筋にすりすりと頬をすり寄せ、ヒカルの胸板に自分の豊かな胸を力強く押し付ける。柔らかな太ももをヒカルの足に絡ませ、全身の毛を逆立てながら、文字通り『自分のモノ』としての刻印を刻み込んでいく。
「誰にも渡さない。ヒカルのこの匂いも、あの優しい手も、全部……全部、私だけのものにするの……」
薄暗い温室の中で、私はヒカルをきつく抱きしめながら、狂おしいほどの愛と執着に身を焦がしていた。
学園の底辺で虐げられていた草食の猫はもういない。
愛するオスを守り、独占するためなら、どんな肉食獣の喉笛でも喰いちぎってやる。
熱に浮かされたヒカルの甘い匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、私は昏い笑みを浮かべていた。




