第4章 選んだあとの距離 第5話 使わない奇跡 6/6
その後も、候補生たちは動き続けた。
土埃の中で、汗を滲ませながら。
包帯を巻く。
瓦礫をどかす。
声をかける。
単純な作業のはずなのに、指先は震え、呼吸は乱れていく。
慣れない現場の重さが、じわじわと肩にのしかかっていた。乾いた空気が喉を削り、額を伝った汗が視界を滲ませる。
時間がかかる──。
奇跡なら、一瞬なのに。
その事実が頭をよぎるたびに、焦りが募る。
焦燥から、思わず詠唱を試みる者もいた。だが、喉を震わせても魔力は応えない。
形になりかけた言葉は、ただ空気に溶けて消えた。
自分の無力さに、顔を歪める者。
唇を噛み、拳を握りしめる者。
一方で、奇跡がないからこそ呼吸を整え、判断を単純にする者もいた。
できることだけを見る。今、必要な動きだけを選ぶ。
その割り切りが、場の流れを支えている瞬間も、確かにあった。
ここでは治療師が呼ばれ、担架に乗せられ運ばれていく。
祈りの言葉と共に、ゆっくりと。
奇跡は、最後まで使われなかった。
夕方、訓練終了の合図が出る。
張り詰めていた空気が、ようやくほどけた。
神官は最後に候補生たちの前に立つと、静かに頭を下げた。
夕光が白い法衣を淡く染める。
「あなた方が、何もしなかったことを評価する。
それが、この町の平和だ」
平和──。
その言葉を胸に置いたまま、候補生たちは馬車に乗り込む。
軋む車輪の音が、ゆっくりと町を離れていった。
疫病都市では、奇跡が足りなかった。
この町では、奇跡が多すぎた。
そのどちらも、同じ結論に辿り着く。
聖女は、善ではない。状況を揺らす存在だ。
揺らすからこそ、救いにもなり、拒絶にもなる。
訓練校へ戻る馬車の中。
赤く沈む夕日が窓辺を染め、揺れる光が候補生たちの横顔を照らしている。
誰も多くを語らない。
それでも、それぞれが何かを抱えていた。
この訓練校が求めているのは、奇跡を使える者ではない。
奇跡が使えない状況でも、立ち続けられる者だ、と。
彼女たちは、いつも以上の疲労を覚えていた。
身体だけではない。
思考も、価値観も、揺さぶられたあとの疲れだった。
彼女たちの一日は、まだ終わらない。
訓練校に戻れば、その日のログを提出する。
講師たちのもとには、すでに集められた記録が積み重なっている。
候補生たちが差し出す記録と、講師たちの手元にある記録。
同じ事実を綴りながら、その意味はまだ伏せられたままだ。
それらが静かに揃えられ、並べられ、照らし合わせられる日。
その日は突然訪れることを、彼女たちはまだ知らない。




