第4章 選んだあとの距離 第5話 使わない奇跡 5/6
同じ場所には、すでにビリジーナもテリカも合流していた。
瓦礫の匂いと土埃の中で、三人はそれぞれが別の位置に立っていた。
テリカには、特に目立つ成果はない。救った数も、増えることも減ることもなかった。彼女の周囲は、最後まで静かだった。
指示を待ち、必要とされる場所へ移動し、言われたことを正確にこなす。
だが、自ら踏み込むことも、場を動かすこともない。
結果として、波も立たなかった。それは失敗ではない。
だが、何かを変えた痕跡もまた、残っていなかった。
奇跡拒否地区に足を踏み入れたとき、ビリジーナは一度だけ周囲を見回した。
建物の配置、人の流れ、神官の位置、治療師の動線。視線は短く、正確だった。
奇跡を使えないことに動揺せず。
詠唱が無効化される感覚も、魔力が反応しない事実も、彼女はすぐに受け入れた。
『条件が違うだけ』
そう判断した瞬間、彼女の行動は定まった。
事故現場で彼女は、誰よりも早く「役割」を探した。
癒やせないなら、乱さない。救えないなら、増やさない。
倒れた作業者の周囲に人が集まりかけたとき、彼女は一歩前に出る。
足取りに焦りはない。
「下がってください。
ここは通路です」
声は大きくない。迷いがない。
その一言で、わずかに人の流れが変わり住民の視線が、彼女に集まる。
奇跡を使わない聖女候補。
その事実が、警戒を生まないわけではない。だが、“干渉しすぎない”動きだ。
包帯を渡す。
水を運ぶ。
治療師の指示を、正確に周囲へ伝えていく。
「こちらを押さえてください」
「道を空けて」
短く、端的に。
声は一定で、感情を乗せない。
彼女自身は、決して中心に立たない。
常に一歩引いた位置から、場の流れを整えていた。
『助けるのではなく、壊さない。』
その姿勢は、拒否地区にとって都合がよかった。奇跡を振るわず、価値観を押し付けず、秩序を乱さない。
神官の視線は、一度だけビリジーナに向く。
それは奇跡を警戒する目ではない。
町に入った瞬間から、ジェンメリアは落ち着かなかった。
あまりにも静かすぎる。
叫びも、混乱も、助けを求める声もない。なのに、見えているものがある。
歪んだ足取り。
抑えきれない咳。
包帯の下で、確実に悪化している怪我。
視界に入るたび、胸の奥がざわついた。
「これを放っておけってこと?」
誰に向けたわけでもない独り言が、喉からこぼれ落ちた。
奇跡が使えない。それ自体は理解している。
規則も、決定書の内容も、頭ではわかっている。
だが、使わないことを求められている状況には、どうしても納得できずにいた。秩序を乱さない者を見る目だった。
その視線に彼女は気づいていた。
それでも返さない。目礼もしない。敵意も示さない。
評価を求めず
理解も求めず
ただ、決められた条件の中で最善を尽くす。
土埃の向こうで担架が運ばれていく。
現場のざわめきは次第に落ち着き、作業はゆっくりと再開される。
ビリジーナは、それを成功とも失敗とも思わなかった。
ただ、『ここでは、これでいい』。
そう、判断しただけだった。




