第4章 選んだあとの距離 第5話 使わない奇跡 3/6
「私たちは使いません」
その言葉は町へ向けた宣言であり、
同時に候補生たちへの境界線でもあった。
奇跡を持ちながら、使わない。
それが、この地で課された最初の判断
町に向けた言葉であり
同時に候補生たちに引かれた
越えてはならない一線──。
町に出ると、人々の視線が刺さる。
期待ではない。
警戒、拒絶、ときおり……恐怖。
初めて受けるその視線は、候補生たちの背にまとわりつき、前を向いて歩くことすら重く感じさせた。
「なんか……、まるで操られるって思われてるみたい」
誰かが小さく呟いた。
街の子どもは親の背に隠れ、老人は祈りの言葉を早口で唱えている。
扉の閉まる音が、あちこちで小さく重なる。
ここでは、癒やせない。
“癒やさない”のではなく、癒やしてはいけない。
神殿で予め同意を受けた、評議会の決定事項が、候補生たちの記憶に鮮明に蘇る。
『奇跡使用:禁止
発言:事前確認制
違反時:即時退去』
淡々とした文言が、そのまま制約として胸に残っていた。
候補生たちは、まるで彷徨い続けるかのように、街の中を歩き続けた。
目的はあるはずなのに、何もできないという事実だけが、足取りを鈍らせる。
その日の午後、町外れで事故が起きた。
瓦礫工事現場で積み上げられていた石材や木材が崩れる大惨事だった。
鈍い衝突音と土埃が立ち上り、作業中の男たちの荒々しい声が飛び交う。かなりの負傷者が出たようだった。
候補生の一人が即座に向かおうとした瞬間、案内役が腕を伸ばして止めた。
「行かないでください。
奇跡を使えば、問題になる」
制止の声は必死だった。
だが、そこにいる誰の耳にも届いてくる。
遠くで、家族が泣いている声が。
名前を呼ぶ声が。
それでも──。
誰もこちらを呼ばない。
助けを求められないことが、こんなにも重いとは思わなかった。
候補生の一人は、無意識に詠唱しかけていた。
喉の奥で言葉が形になりかける。
しかし──。
「……え……、何も起きない……?」
光も、風も、感覚の変化すらない。
期待していたはずの反応が、完全に空白だった。
「この区域では、奇跡は発動しないぞ。
──試すことは、記録する」
静かな声に、候補生たちは振り向いた。
ラファエルが立っている。
その背後には、引率で同行している補助講師たちの姿が数多くあった。
誰一人、動揺を見せていない。
現場からの騒ぎが風に乗ってラファエルの耳に届くと、彼は一瞬だけ視線を細めた。
何かを察したように、迷いのない足取りで、その脚は現場へと向かった。
残された候補生たちは、その背を見送ることしかできなかった。
助けられないのか。
助けないのか。
その違いすら、まだ言葉にならなかった。




