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 第4章 選んだあとの距離 第4話 戦場という状態 6/7

 


 “眠くなる”

 

 訓練校に来る前なら

 誰もが、そう思うだろう。


 「そんな余裕はないぞ」


 ラファエルの言葉が落ちた直後、

 扉が開き、二人の男が入室する。


 扉の開閉音が、張り詰めた空気に鋭く響くと

 候補生たちは反射的に立ち上がった。


 椅子の脚が一斉に床を擦る。


「着席」


 短い命令が落ちると

 全員が同時に腰を下ろした。


 

 


 前に立った一人は、軍服姿の老人だった。

 階級章は外されている。しかし、その立ち姿だけで分かる。

 現役ではないが、確実に現場を知っている人間だ。


 背筋は伸び、視線は揺れない。

 挨拶はない。

 間も置かない。


 講義は突然始まった。


「戦史講義だ」


 その声に老齢特有の濁りはない。

 低く、乾いた響きで、淡々としている。


「題は──。

 “奇跡導入以後の戦争”」


 黒板に一本の線が引かれる。

 白い軌跡がまっすぐ伸び、その上に年号が記された。


「この年、聖女が正式に戦場へ投入された。

 戦争は、どうなったと思う?」


 教室は沈黙に包まれる。誰も答えない。

 その様子に慣れているのだろう。

 老人は視線を巡らせるだけで、すぐに続けた。


「死者は減った。

 劇的に、だ」


 その言葉に、ほんのわずかに空気が緩む。

 安堵とも希望ともつかない、微かな揺らぎ。


 しかし──。

「だが」

 その、たった一言で、緩みは断ち切られた。


「終わらなくなった」


 黒板に、新しい線が引かれる。

 それは長く、だらだらと続いている。


「癒やしがあると、人は撤退しない。

 補給線が伸びても、前線を下げない。

 兵は死なない代わりに、戻される」


 “戻される”という言葉が、教室に重く沈む。


「同じ人間が、何度も戦場に立つ。

 癒やされ、治り、また送られる」


 老人は地図の一点を指差した。


「ここ。

 この戦争は、十七年続いた」


 少しだけ間を置く。

 静寂が、意味を持つ。


「決着が、つかないからだ」


 候補生たちの脳裏に、さまざまな言葉が浮かんだだろう。


 戦力回復。

 数値。

 効率。

 判断。


 老人は一度、候補生全員を見渡したあと、ゆっくりと後ろを振り返った。


「次。

 現役の証言を聞いてもらおう」


 扉の前に立っていた若い軍人が前へ出る。

 片腕は義手だった。


 敬礼はない。

 ただ、静かに立つ。

 その姿勢には無駄がない。


 そして、淡々と語り始めた。


「俺は、第三北方戦線にいた。

 聖女は、いた。とても優秀だった。

 癒やされるのは、ありがたい。

 死ななくて済む」


 教室の空気が、わずかに揺れる。

 彼は義手を軽く叩いた。鈍い音が響く。


「でも……」


 一瞬、言葉が詰まる。

 喉がわずかに動く。


「痛みを忘れると、人は撤けなくなる。

 俺は三回、前線に戻された。

 癒やされるたびに、上は言う」


 誰も動かない。

 彼は声色を変えた。それが“その人”なのだろう。

 上官の口調をなぞる。


「“まだ行ける”」


 それは、命令だった。


 


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