第4章 選んだあとの距離 第4話 戦場という状態 5/7
ラファエルは、ちらりとマルコとイザベラに視線を向けた。
その視線を受けても、マルコの表情は変わらない。石像のように静かに座している。
イザベラは、わずかに顎を引き、静かに頷いた。
「そろそろ到着すると思うんだが。もう少し付き合ってもらおう。
次に、前線での“立ち位置”についても言っておく」
ラファエルは教室の中央へと歩み出て、候補生たちと同じ床に立った。
一段高い壇上ではなく、同じ高さ。その位置取りだけで、空気が引き締まる。
「最後は、立ち位置の話だ」
低く、ゆっくりとした声が、教室の奥まで静かに届く。
候補生たちは自然と背筋を伸ばし、息を潜めた。
「前線って言葉を聞くと、たいていの奴は──
一番危険な場所を想像する」
数人が無意識に肩を引き、目をわずかに見開く。
ラファエルは小さく首を振った。
「違うぞ」
床に、魔力で簡素な図が浮かび上がる。
人の塊、逃げ道、崩れた建物、魔獣の影。淡く光る一点が、すぐに視線を引きつけた。
「前線は、崩れ始める場所だ」
声は低いが、はっきりと響く。
「魔獣と人の境目じゃない。
被害が広がるか、止まるかの境目だ」
ラファエルはゆっくりと指を伸ばした。
光の一点がわずかに強まる。
「ここに立つ者は、敵を見る必要はない」
その視線が図の上で止まり、次にゆっくりと候補生たちへ向けられる。
「見るべきは、味方の動きだ」
息を殺した候補生たちの間を歩きながら、ラファエルは指を一本立てた。
「前線で一番やっちゃいけないのは、“全部自分でやろうとすること”だ」
黒板に文字が刻まれる。
『前に出すな』
「奇跡を使える奴ほど、前に出たがる。
だが、前線に立つ者が倒れた瞬間、現場は崩壊する」
一瞬、教室が深い静寂に包まれる。
誰も呼吸音すら立てまいとする。
「だから立ち位置は、半歩後ろだ」
ざわり、と空気がわずかに揺れる。
「全体が見える位置。
声が届く位置。
逃げ道が見える位置。
敵にも味方にも、ちょうど届く距離」
ラファエルは、ある候補生の目をまっすぐに見据えた。
その視線から逃げられる者はいない。
「派手じゃない。
評価にも残りにくい」
ほんの少しだけ、口角が上がる。
「でもな、生き残る現場は、だいたいそこだ」
教室の空気は重い。
だが、その重さは恐怖ではなく、現実の重みだった。
最後に、静かに、しかし確かな重みをもって告げる。
「覚えておけ。
前線に立つってのは、英雄になることじゃない。
帰らせるために、立つことだ」
前に立つことが、必ずしも“進むこと”ではない──。
その事実が、教室の空気とともに、胸の奥へと沈み込んでいく。
候補生たち一人ひとりを見渡すラファエルの視線。その先に、二人の男の姿があった。
「私からの講義は以上となる。
次にあるだろう講義は……。君たちが訓練校に来る前だったら、誰もが“眠くなる”と思わせる定番の内容だ。
だが。
そんな余裕はないぞ」
言葉が落ちた直後、扉が開き、二人の男が入室する。
空気がわずかに動いた。
候補生たちは反射的に立ち上がる。
椅子の脚が床を擦る音が揃って響いた。
「着席」
短い命令に、全員が一斉に腰を下ろす。
教室には再び、張り詰めた静寂が満ちていた。




