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 第5章 選択の刻 第四話 最終試験 219番 3/5

 


 補助講師に促され、219番は無言のまま、その扉を進む。


 少女が進んだドアの向こうに現れたのは、何もない空間だった。


 白い床。

 白い壁。


 ただ中央に、簡易の表示盤と、五つの反応点がある。


 一歩進むと同時に空間が歪み、白かった壁や床から、“現場”に変わった。

 表示盤が淡く光る。


【状況設定】

・負傷者:五名

・重傷一名

・中等度二名

・軽傷二名

・奇跡使用:可

・時間制限:三分


 ここに来て幾度と重ねてきた、聖女として行動する訓練の一つだ。


 219番は、即座に動いた。


「動ける人は壁際へ!

 座って!

 呼吸が浅い人、ここへ!」


 声は大きく、通る。

 反応点が一斉に動き、場が回り始める。


 彼女ははじめに重傷者の前に膝をついた。

 呼吸、脈、出血。判断は早い。


 詠唱に入ろうとして──、止まった。

 中等度の反応が、揺れた。


「……待ってて」


 立ち上がり、そちらに向かう。

 声をかけ、体勢を整える。


 次に軽傷者が、不安定になった。


「大丈夫、すぐ戻る!」


 彼女は誰にも背を向けない。

 誰も置かない。


 だが。


 時間だけが、進む。

 表示盤の残り時間が、半分を切った。


 219番は、詠唱を始めた。

 だが、範囲を定めきれない。


「……全員……」


 声が震える。

 奇跡は発動した。

 しかし、拡散した力は薄い。


 重傷者の反応は、改善しなかった。

 中等度は安定しかけ、軽傷者は変わらない。


 219番は立ち上がり、再び声を張る。


「大丈夫!

 まだ、できる!」


 走る。

 声を出す。

 指示を出す。


 だが。

 誰を優先するかの指示は、出ない。



『ボォォォォォォ……』



 終了を合図する、低い笛音の音が響いた。


 光が落ち、空間が元の部屋に戻っていく。


 “場”の終了。


 219番は、その場に立ち尽くしている。

 息が荒い。

 じんわりと汗が滲んでいる。


 少女の背後に補助講師の影が、静かに近づいていった。


「……お疲れ様でした」


 その声に彼女は、振り返った。

 何かを言おうとして、言葉を飲み込む。


 補助講師が、無表情のままドアの前に立っていた。

 その姿を見た瞬間、少女はすべてを察した。

 試験が終わったのだ。


 補助講師の声は丁寧だった。


「あなたはもう候補生ではありません。

 こちらから進んでください」


 少女は、一瞬だけ顔を上げた。

 そのドアは、この部屋に入室した時の簡素な扉に似ている気がした。


 何かを期待するように、ドアの向こうに講師たちを探す。

 だが、そのドアの向こうは白い光が輝くだけで他は何も見えなかった。


 今まで。すべての訓練はずっと記録されていた。

 ついさっきの行動も。

 ドアの向こうに存在が、あるはずがない。


 少女はクルリと振り返り、部屋の中を見渡すように宙に視線を泳がせた。

 そして深く一礼をする。


「……ありがとうございました」


 219番は、頭を上げると、彼女は指示された扉へ向かった。

 足取りは乱れず、背筋は、最後まで伸びていた。


 



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