24話 嘘発見器(ポリグラフ)
24話 嘘発見器
「カイリ、覚悟は出来てるか?」
「大丈夫だよ。タイガ君、僕の事は気にしなくていいよ」
「……よし、では行くぞ」
能力科の落ちこぼれ集団、ファイアスターターのリーダーであるタイガは、メンバーのカイリと共に不動産会社である粟野物産の前に立っていた。
不動産会社というのは表向きで、粟野物産は新興のヤクザ組織である八王会の下部組織であると噂されている。主に周辺の繁華街の不動産や賃料を収入源としており、水商売や風俗店は例外なく粟野物産の息がかかっていた。
出入りする関係者はどう見ても堅気に見えないような風貌の男が多く、誰が見ても普通の不動産会社には見えなかった。黒い噂が後を絶たず、闇カジノやぼったくりバー、風営法ガン無視の風俗店など付近の怪しい店の店長はだいたいが粟野物産の社員や関係者であるとか、店の客や店員に違法薬物を売りつけているといった噂が真偽の程は定かではないが、まことしやかに囁かれていた。
「こんばんは……」
「ん? ……お前は……恩田! てめぇどのツラ下げて来やがった!」
葬式帰りかと思うほど真っ黒なスーツに身を包んだ柄の悪い男がタイガに突っかかってくる。
「おやおや、恩田君じゃあないか。未成年が夜中にこんな所を出歩くのは感心しないなぁ」
奥から出てきた派手なスーツに身を包んだ中年の男が、タイガを見ると驚く様子もなく淡々と声を掛けた。
「……粟野社長。そういうのはナシにしましょうよ。なぜ俺が来たか心当たりが無いわけじゃないでしょう」
「はて……? なんでだろうか……」
「社長!」
「恩田! てめぇコラ! 社長は忙しいんだ! ガキが舐めたマネしてると……」
黒スーツの男は血の気が多いのか、いちいち睨みを効かせて凄んでくる。タイガに勝るとも劣らない体格と、目つきの悪さが、えも言われぬ威圧感を醸し出している。
「まあまあ、いいじゃないか。そうだ、思い出したぞ? 早かったじゃないか。もう金が用意出来たのか?」
「……その件ですが、ひとつ確認しておきたい事があって来たんですよ」
タイガは黒スーツを無視し、社長の目を真っ直ぐに見据えて答えた。
「ん? 何かね?」
「トモキがギった本当の金額はいくらなんですか? まさか本当に二千万なんて事はないでしょう?」
「……」
「黙ってないで本当の金額を教えてくださいよ。そもそも、俺はいくら返せばいいんですかね?」
「あー、そう言う事な……これはこれは……」
社長が考え込むように黙ると同時に、黒スーツの男がタイガに向かって吠える。
「恩田てめぇ! 調子こいてっと……」
「うるせぇ! てめぇは黙ってろ!」
突然の怒号に心臓が止まりそうになる。ドスの効いた声で黒スーツを怒鳴りつける社長はいかにもと言った感じで、裏社会に生きる者の片鱗をまざまざと見せつけた。
タイガ達を無視し、黙って黒スーツを睨みつけていた社長だったが、急ににこやかな表情に戻ると、
「……悪いねぇ、恩田君。部下の教育がなってなくて。それで質問に答える前にだね、分かった事があるんだが、いいかね?」
「……なんすか?」
「うーん、帽子を目深に被っているから気付かなかったが、隣の少年はひょっとして青木カイリ君じゃあないかね? 確か、君の能力は嘘発見器とか言ったかねぇ? なんでも、対象が発した声質で嘘を見抜く……」
「なっ!」
「つまり、質問に答えなければ嘘もへったくれもないってワケだ」
「……何故、それをアンタが……」
「いかんよ、いかんねぇ。そこはそう答えるべきではないぞ? 例えば私なら、シラを切り通すがね」
「!!」
「うむ、本当に君は分かり易いねぇ。これで半信半疑だった情報が真実だと確定した」
「なっ!」
「大方私が嘘をついていると考え、返済額の減額でも期待したんだろうが……どの道無駄だよ。恩田君、君は私に二千万円耳を揃えて支払うと約束したのだよ。何なら録音を聞かせようか? ……さて青木カイリ君、私は嘘を付いているかな?」
「い、いえ……」
「おやおや、これは可笑しいねぇ。だってそうだろう? 被害者の私を嘘つき呼ばわりする君が、払えもしない金を払うと嘘を付いたって事になるぞ? これは滑稽だ」
「そ、それは……」
「うーん、君たちのその、姑息な考えは気に入らないなぁ。さっきまで減額してあげようと思っていたんだけどねぇ。あ、これは嘘だけどね。兎に角、改めて決心したよ。恩田君、やはり二千万円耳を揃えて支払って貰おう。約束通りな」
「そ、そんな……」
「おや? もう泣き言かい? さっきまでの威勢はどうした? ああ? ガキが大人を舐めるなよ? てめぇが言ったんだ。男同士の約束を果たしてみせたらどうだ?」
刺すような視線と、淡々と発せられる低い声は、妙な凄みがある。心臓を鷲掴みにされたようなプレッシャーがタイガを襲う。
「ふむ、私も鬼じゃない。あと1週間だけ待ってやろう。と言っても彼奴は1週間も持つのかねぇ?」
「クソっ! クソっ!」
「オラっ! 社長は忙しいんだ! とっとと帰れ!」
「待ってくれ! 金を用意するアテがねぇ! 頼む! 1週間じゃ無理だ! 1ヶ月……いや、必ず払う! だから……せめてトモキを返してくれっ!」
「ふむ……そんなにあの手癖の悪い少年が大事かね? カエデにそそのかされて能力を盗みに使うようなクズじゃないか。まあ、そそのかしたカエデもクズだがね」
「たとえクズでも大切な仲間なんだ! アイツがくたばっちまったら……俺は……」
「ほう、仲間思いなのはいい事だ。そうだな……では君に仕事をしてもらおうか。なに、ちょいと荷物を運ぶだけの簡単な仕事だよ」
「荷物……荷物って何だ? 何を運ばせようとしているんだ?!」
「いずれ分かる」
「一体何を……」
「タイガ君……危険だ! まともな荷物なわけがない!」
「カイリ……だが……」
「やるのか? やらないのか? どっちなんだ? こっちはどっちだっていいんだぞ?」
「……何をどこへ運べばいい?」
「タイガ君!」
「詳細は追って連絡する。ちゃんとお使いが出来たなら……仲間を返してやらん事もない。出来るか? ボウズ?」
「……カイリ!」
「う、嘘じゃない……本心だよ!」
「当たり前だ。私は嘘などつかん」
「ど、どの口で……」
犯罪の臭いがプンプンとしていたが、今のタイガには話に乗る以外の選択肢が思い付かなかった。
「連絡はいつも通り携帯に頼みます……出来れば連絡が来る前に金を取り戻したいんすけどね……」
「ふむ、それで君たちの持つ能力とやらで、カエデの行方は分かったのかね?」
「いずれ……必ずとっ捕まえてみせますよ。そしてトモキに土下座させてやる……」
「ならばこんな所で油を売ってないで早く行方を追ったらどうかね。早くしないとどんどん使い込まれてしまうぞ? とっくにこの街から出て行ったと思うんだがね」
「言われなくったって! 総動員で探してんだ!」
「それは結構。そうだ、人探しのついでにもうひとつ仕事をしてもらおうか。おい! 例の写真を持ってこい!」
社長に言われ、黒スーツの男は急いで何かを取りに行った。
「……次は何だ?」
「なあに、ただの人助けだよ。困った人を捨て置けないタチでね」
黒スーツが写真を持ってくる。社長はその中から1枚ピックアップすると、タイガに渡してきた。
「!」
「どうした? 何を驚く?」
「……い、いや……社長、アンタ……」
「おや、勘違いして貰っては困る。この子は行方不明、いや、迷子なんだよ。施設から逃げ出してしまったそうでね。天涯孤独の身で身寄りも無いというのに、どこへ行ってしまったんだろうねぇ。こんなしがない不動産会社にまで協力を仰ぐくらいだから、保護者も相当心配してるんだろうねぇ」
タイガが渡された写真には見覚えのある子供が写っている。
「こ、この少女は一体……?」
「……何か知っているのかね?」
「い、いえ……あまりにも若かったもので……またヤバい事をしているのかと……」
「非道いなぁ、私が例えば人身売買にでも手を出したとでも思ったのかい? 色々と噂されてるようだが、うちはただの不動産会社だよ? 証拠も無しに誹謗中傷するなんて、訴えられても文句は言えないんだけどねぇ」
「……そ、それでこの少女は何者なんですか?」
「何者? 何者でも構わないだろう? 見つけたら連絡しろ。大した金にはならないだろうが、ちょっとばかし施設から引っ張れそうだからね。見つけたら返済の足しにしてやろうって言ってやってんだ」
「そ、そうですか。じゃあついでに探しますよ。その……その子の名前は……名前はなんていうんですか?」
「確か……ネオンとか言っていたかな?」
「ネオン……」
「恩田君。君達がすべき事は逃げたカエデを探す事だ。写真の子を探すのはついでに過ぎん」
「分かって……ますよ……」
「うむ、余計な事を考える必要はない。お使いが出来ればトモキ君は返してやる」
「本当ですね?」
「何度も言わせるな。それに、それは隣の青木君から聞いた方が信用出来るんじゃないのかね」
「……約束ですよ? 運び屋だろうが何だろうが……やってやるよ!」
「うむ、良い心掛けだ。君には期待してるんだ。これ以上失望させないでくれたまえ」
「俺はアンタの部下じゃねぇ! そこん所、忘れるな!」
「ハハハ、そうだね。すまんすまん!」
「行くぞ、カイリ!」
「う、うん! 待って、タイガ君!」
タイガとカイリは後悔の念に駆られながら、足早に粟野物産を後にするのだった。
「……うーん、もうひと押しだね」
「社長、いいんですかい? あのガキを返すなんて約束して……」
「ああ、いいのいいの。返しといた方が得策だろう。飴と鞭だよ。分かるかね? 代わりにこっちの世界にどっぷりと足を突っ込んで貰おう。抜け出せなくなるほどに……それに、思わぬ収穫があったからねぇ」
「収穫ですかい?」
「お前はこの写真を見てどう思うね?」
「このガキの写真に何か? うーん……」
「質素な帽子を被ったこの子供を、奴は一目見ただけで少女と言い放ったんだ。よく見ると長い髪が見えるが、私は最初は少年だか少女だかわからなかったがね。恐らく奴は何かを知っているな。いや、もしかしたら、もう既に保護している可能性だってあるとは思わないかね?」
「!」
「取り敢えず、若い衆を二人ほど監視に付けておけ」
「分かりやした!」
「写真のガキは金になりそうだからな。何としてでもこちらで確保するんだ。分かったな?」
「お任せ下さい!」
「ああ、そうそう。分かってるとは思うが、カエデにはあと1週間は部屋に篭ってるように言っておけ」
「それはもう……」
そう言うと、黒スーツは下卑た笑みを浮かべるのだった。
「こんばんは」
「いらっしゃ……ん? なんだ? またガキか……何の用だ? ここはお前の様なガキが来る所じゃないぞ?」
先程タイガとカイリが出て行った扉の前に、白衣を着た少年が立っている。右手には拳銃が握られていた。
「ちょっと情報収集にね。オッサンの過去を盗み見させて貰おう」
「貴様……能力者か!」
「動くな! 言っておくが、これはオモチャじゃないよ?」
イトは拳銃を構え、社長に狙いを定める。
「……この私にハッタリが通用するとでも?」
「どうかな? 一発喰らってみるかい? そこの黒スーツ! 妙な真似をしてみろ。社長の眉間を撃ち抜くぞ? 分かったら両手をテーブルに付けろ!」
「てめぇ……!」
「動くなと言っている!」
「おいおい、ちょいと一服したいだけだ。私はニコチン中毒でね。ほら、ぼさっとしてないで君はさっさと言われた通り両手をテーブルに付けるんだ」
「……いいだろう。得物は机の中のようだからね。さっさと一服するがいいよ」
「悪いねぇ」
社長はそう言って胸ポケットから煙草を取り出し、ライターで火を付けると美味しそうに煙をくゆらせた。
「君も吸うかい?」
「あいにく未成年なんでね。僕は真面目なんだ。煙草も酒も未経験さ」
「大人になったら直ぐに経験しておくといい。経験こそ宝だ」
「そのつもりさ」
「……全く、年の割にヤケに落ち着いているな……私の部下に欲しいぐらいだよ」
「言ったろう? 僕は真面目なんだ。他を当たってくれ」
「それは残念……」
「もう少し話していたい所だけど、僕の用は既に済んだよ。なかなかのクズだね、アンタ」
「ありがとう少年。最高の褒め言葉だよ」
「ふん……それじゃ、僕と会った記憶と一時的に意識を消させて貰うよ。突発性記憶喪失!」
クルリと背を向け、イトは粟野物産を後にする。
――ガンッ!
「ぐはっ!」
突然、頭に激痛が走る。イトは何が起こったのかも分からずその場でぶっ倒れてしまった。
「悪いねぇ。私に能力は効かないんだよ」
薄れゆく意識の中で、イトの脳内では社長の高笑いがただ響いていた
読んで頂き、ありがとうございます。
大変永らくお待たせ致しました……




