22話 ファイアスターター
22話 ファイアスターター
日が暮れて辺りに街灯が灯り出した頃、静かな郊外にけたたましい音を立てて一台の真っ黒いバイクが進入してきた。
元は何かのお店だったのだろうか、こじんまりとした建物のシャッターの前には数台のバイクが停められている。
黒光りした車体にファイアパターンが描かれたバイクに乗った大男は、その建物へとゆっくりと近づいてくる。空いたスペースを見つけると車体を停め、軽く吹かしてからエンジンを切った。
男はフルフェイスのヘルメットを脱ぐと、直ぐに胸ポケットからサングラスを取り出す。他人に見られるのを嫌うかのようにうつむいたままサングラスを掛けると、周りをキョロキョロと見渡していた。
エンジン音を聞いたのか、降ろされていたシャッターがガラガラと音を立てて上がり、中から数人の高校生と思しき格好をした少年少女が出てきた。揃いのTシャツやタオル、バンダナにはファイアパターンが描かれている。
「タイガッ!」
大きな声とともに小さな塊が突進してくる。タイガは眼前で跳ねたその小さな塊を両手で優しく受け止めると、そのまま頭上まで持ち上げてクルクルと回り出した。
「イオ! いい子にしてたか?」
「うん! イオね、ちゃんとお勉強してたの。エラい?」
嬉しそうにはしゃぐイオと呼ばれた小さな女の子は、やたらとタイガに懐いているようでギュッと首筋にしがみついている。体つきだけは大人の高校生達に混ざって、小学生どころか幼稚園児にも見える女の子は酷く違和感があった。
「タイガさん、お疲れっス」
「恩ちゃん、うぃっす」
「相変わらず懐いてますねぇ」
「遅くなってすまねぇ。取り敢えずみんな集めてくれ」
「はい!」
「うん」
「うぃ!」
高校生達は周囲の目を気にしながらシャッターを降ろすと、大きな声で全員集合と叫んでいる。
奥の部屋から更にゾロゾロと高校生と思われる若い男女が集まってくる。総勢で十人を超える高校生達は皆一様に神妙な面持ちだった。
タイガは右腕に抱えたイオを駆けつけた女子生徒に預けると、
「みんな、集まって貰ってすまんな。結果から言うと……金は用意出来なかった。期待させてすまなかった」
「しょ、しょうが無いっすよ! 2千万なんて大金……」
「タイガは悪くないよ?」
「そ、そうっすよ!」
一瞬、残念そうな表情を浮かべるが、皆努めて明るくしようとしているのが分かる。
「……それで、トモキはまだ見つからねぇのか?」
「すんません……俺の能力がヘボいせいで……」
「いやリク、お前はよくやってるさ。ソラの奴はどうだ?」
「アイツも能力を使い過ぎて……今は寝室で休んでます……」
「そうか……女の方はどうだ?」
「ムネが匂いを追ってたんですが……もう……」
「……捜索の範囲を広げろ。無理させて悪いが、お前らの能力しか頼れねぇ」
「分かってます……任せて下さい! ちょっとずつ能力の使い方に慣れてきてるんです! 有効範囲も広がったんですよ! 少しだけですけど……」
「そうなのか?」
「はい! と言っても、あんまり期待されても困るんですけどね……直ぐに疲れちゃうし……」
「お前の能力、生命探知は人探しにはうってつけだ。頼りにしている」
「はい!」
「カイリはいるか?」
「タイガ君、ここにいるよ」
「カイリ、悪いが俺と一緒に粟野物産に行くぞ?」
「……カチコミかい?」
「バカを言うな。胡散臭いが、社長には世話になってんだ。不義理を働いたのはトモキだぞ?」
「だからってあんな事……」
「ここを格安で貸してくれてんだぞ? その上仕事まで回して貰ってんだ。恩を仇で返してんのはこっちなんだからな?」
「そ、そうだね……悪いのはトモキだ。それは間違いない……でも、僕はあの人を好きにはなれない」
「向こうにだってメンツってモンがある。高校生如きに金をパクられて、黙ってる訳には行かないだろうよ。こればっかりはしょうがねぇ。ただ、他人の弱みにつけ込むようなやり方は容認出来ねぇがな……ちょっと確かめたい事があるんだ」
「何を確かめるんだい?」
「俺なりにちったあ頭使って考えてみたんだが……騙されている可能性がある。いや、確実に嘘をついていると考えていいだろう」
「え?」
「俺はヤツらの話を鵜呑みにし過ぎていた。トモキから電話があった時、あのバカ、必死に謝りやがるから俺も焦ってたんだ。何とかしなきゃならねぇって一人で背負いこんじまった……初めからお前を、お前らを頼って相談すべきだったんだ……」
「いや、僕らの方こそタイガ君に頼りすぎてた。今だってそうさ。君が居ないと何も出来ない」
「そんなことは無い。お前らが居なければ俺はとっくに……いや、この話はよそう。兎に角、行動は早い方がいい」
「……何をする気なんだい?」
「真実を問いただす。考えてもみろ、2千万なんて大金、事務所に置きっぱなしにするか? しかも高校生があっさり持ち出せるような場所にだぞ? 俺たちは吹っかけられたに違いねぇ。トモキがパクった本当の金額を吐かせるんだ。数百万くらいなら俺にだって何とか出来るさ。払うもん払って、まずはトモキを取り返すんだ。女はその後でもいい。地の底まで追い掛けて、トモキに土下座させてやる」
「そうか、それで僕の出番なんだね?」
「ああ、お前の嘘を見抜く能力、嘘発見器の出番だ。もっと早く気づくべきだった。そもそも、ヤツらだって女を追っている筈だ。既に見つけているかもしれない」
「だとしたら……」
「ヤツらは大儲けって事だ。クソッ……俺がもっと……」
「タイガ君! 過ぎた事をごちゃごちゃ言ってもしょうがないよ。みんな動揺してたんだ」
「……すまねぇ。その通りだな」
「今から行くのかい?」
「お前さえ良ければ、だが」
「僕なら……」
「待って下さい!」
「……」
「危険過ぎます! たった二人で行くなんて……僕らも連れていって下さい!」
「バカを言うな。殴り込みに行くわけじゃねぇんだぞ? 話し合いに行くだけだ」
「でも……トモキをボコボコにして監禁するようなヤツらですよ!」
「……何度も言うが悪いのはトモキだ。心配するな。ヤツらは俺の能力を恐れている。下手な事はしてこないだろう。ヤツらにとっても、俺やファイアスターターっていう便利な駒を失いたくない筈なんだ」
「でも……」
「何かあったとしても、俺が守れるのはほんのひと握りだ。自分と、もう一人ぐらいが関の山なんだよ。リク、悪いがお前は引き続き捜索を頼む」
「……分かりました」
「タイガ、話があるの」
イオが割って入る。真剣な眼差しでじっとタイガを見ている。
「なんだ、イオ? お前も留守番だからな?」
「分かってるの。今日、また嫌な夢を見たの。タイガが……」
「……大丈夫だ。イオ、お前は何も心配するな」
「イオの夢は必ず実現するの!」
「……俺が出てきたのか? どんな夢だった? 死んででもいたか?」
「死っ! 分からないの……ただ、苦しそうに口から血を流して……」
黙って聞いていたタイガの顔がみるみる苦しそうな表情へと変わる。噛み締められた唇から、じんわりと血が滲んでいる。
「タイガ!」
やがてタイガの口から一筋の血が流れ落ちると、サングラスを外し優しく頭を撫でながら言い聞かせる。
「イオ、見ろ。これで実現した。もう恐れる事は何もない」
「! バカ!」
「……イオ、トモキが居なくなると淋しいだろ?」
「……知らないの! トモキなんてキライ!」
「トモキが聞いたら泣くぞ?」
「イオのケーキ食べたモン! 楽しみにしてたのに!」
「今度買って来させるから。アイツが居なくなったらケーキ食べられ損だぞ?」
「むぅ……」
「すまんイオ。俺は行かなきゃならねぇ。ダラダラと行動を起こせず、万が一トモキの身に何かあったら……後悔してもしきれねぇ。動かねえとモヤモヤを晴らせねぇんだ」
しん、と静まり返っていた。イオも、皆も反論出来ない様子だ。結局はタイガに頼るしかないのだと言うことをその場にいる者は皆理解していた。
「タイガさん、粟野物産は表向きは不動産会社を装ってますが、中身はヤクザに他なりません……」
「……そんなことは俺が一番理解している。だからこそなるべくお前らには接触させないようにしていたんだ……」
「そもそも、生徒会とのゴタゴタが無ければ目を付けられる事も無かったのに! 僕らはここで楽しく過ごしたいだけだったのに!」
「過ぎた話だ……ヤツらのシマで散々やり合った俺達にも非はある」
「そんな事言ったって……八方塞がりじゃ無いか! 僕らはもう……」
「……リク、抜けたいのなら引き留めはしない。よく考えるんだ」
「! 何を今更! 僕はそんな事を言ってるんじゃ無い! 大体なんでこうなったんだ! 生徒会も、トモキのバカも!」
「リク! そのぐらいにしておくんだ!」
たまらずカイリがたしなめる。
「……分かっちゃいるんだ……言ってもしょうがない事ぐらい……」
「……リク」
涙目でガックリとうなだれるリクの頭をイオが必死に撫でていた。
「タイガ君、行くんなら早く行こう。夜も更けてきた」
「ああ、そうだな……みんな、イオを頼む。くれぐれも……」
「わかっています」
「生徒会の襲撃に気をつけろ。俺もトモキも居ないんじゃ勝ち目は無い。カッとなって手を出すなよ? チアキの様に能力を奪われるぞ」
「心得てます」
「タイガ君、大丈夫だよ。皆を信じるんだ」
「カイリ……ああ、そうだな」
気まずい空気の中、カイリがタイガを連れ出す。時計の針は午後八時を刺そうとしていた。
「イオ、ちゃんと皆の言いつけを守るんだぞ? 今日は遅くなるから早く寝るんだぞ?」
「……」
「今日は私が泊まっていくね」
「悪いな……よろしく頼む」
「じゃあ行こう、タイガ君」
「……みんな、すまない……」
ボソッと最後に呟いたタイガの言葉は、誰の耳にも届かなかった。
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「タイガのヤツ……相当追い込まれているようだね……無茶をしなきゃいいが……」
闇夜に映える白衣を纏ったイトがため息まじりにつぶやいていた。
「馴れない能力を使い過ぎた……粟野物産か。通りに出てタクシーでも拾うとするか」
疲れた顔をしたイトは、再び闇へと消えて行った。
お久しぶりです……
年度末って忙しいっすよね……いや、何でもないです。遅くなってすみません……
懲りずに読んで頂いて、本当にありがとうございます。




