15話 死線
15話 死線
「タケル! 大丈夫か!?」
アキトが声を掛けると、タケルは倒れたまま手を振って応えている。それを見たアキトは、
「よしっ! タケル、ナイスだ!」
アキトは力強くガッツポーズをすると直ぐに我に返り、マヤの元へと慌てて戻っていった。
タケルは痛む背中を気にしながら、自分の胸の中で硬直している女子生徒の顔を覗き込んだ。
「お前……泣いているのか……?」
ミィナの能力で動けなくなっている女子生徒は酷く悲しげな顔で、瞳には大粒の涙が溜まっていた。間近で見る寂しく悲愴な顔はどこかで見たような気がしていた。
「ん? なっ! まさか……お前!」
タケルは慌てて起き上がると、女子生徒を腕に抱き大急ぎで校舎へと駆けていった。
校舎に入ったタケルは腕に抱く少女の重さを感じさせない程の猛スピードで廊下を疾走していた。誰も居ない事を確認すると理科室へと飛び込む。廊下に誰も居ない事を再度確認し、ドアを閉めようとした時、黒猫が飛び込んでくる。
「ぬお! なんだ!? アキトがぶん投げた猫か!?」
突然飛び込んできた黒い物体に驚いている。
「……あたしのニャまえはミィニャニャ。そこのノミ屋、あたしが喋れるって事は他言無用ニャ。もしバラしたら……おミャえのチ〇コを噛みちぎってやるニャ!」
ミィナは偉そうに腕を組んでタケルを睨みつける。
「わ、分かった! 絶対誰にも言わねぇ!」
タケルはゾッとした顔で股間を気にしているようだ。
「うむ。分かればいいのニャ。そこのおんニャ、今、能力を解除するニャ。もし、またおミャえが変な能力を使ったら……分かってるニャ?」
今度は女子生徒に向かって、いまいち効果があるのか分からない脅しをかけているつもりのようだ。
暫く偉そうに悦に入っていたミィナだったが、飽きてしまったのかそそくさと右手を女子生徒の額に当てると、女子生徒はその場で崩れ落ちてしまった。
「ううぅ……」
女子生徒は観念した様子でボロボロと涙を流し、噛み締めるように泣き出していた。
「まさか一連の事件の犯人が委員長だったとはな……眼鏡を掛けていなかったから一瞬気付かなかったぞ。一体……なんでこんな事したんだ?」
タケルは静かに委員長、浦原サオリに問いかける。
「……うぅ……」
サオリは何も答えず、声を殺してただ泣いていた。時折鼻をすする音だけが、静かな理科室に響いていた。
その頃、中庭では銃声と騒ぎを聞きつけた教師達が集まっていた。乱闘騒ぎを収めようと必死になっている。興奮冷めやらぬ生徒達は教師にも突っかかり、一触即発の様相を呈している。教師と生徒の間にはユーリがいる。双方をなだめようと動いているようだ。
アキトは今や騒ぎから外れた噴水の前で、マヤの置かれた状況に愕然としていた。
「お……おい、御船……起きろよ……どうしたんだよ? なんで……なんで息をしてねぇんだ! なんでそんな真っ青な顔してんだよ! 悪い冗談はよせよ! 起きて、いつもの笑顔を見せてくれよ!」
肩を掴んで必死に揺り動かすのだが、マヤは無反応だった。力なく横たわり、大きく開かれた目は光を失いかけている。掻きむしった首元はミミズ腫れが無数に出来ており、じわりと血が滲んでいた。
「おい! おいっ! 頼むよ! 返事をしてくれよ! リリィ! 聞こえてるか? 御船の様子がおかしいんだ
! 助けてくれ!」
「アッキー……無理よ……教師が大勢来てる。ユーリとかいう子が間を取り持ってるみたいだけど……アッキーが何とかするのよ! 暫く回線を切るわ! やれる事をやりなさい!」
「ちょっ! 待てよ! なんだよ! どうして……どうしたらいいんだ……ヤバいんだ! ヤバいんだってんだよ!」
「……」
「おい! リリィ! 返事をしろよ! やれる事ってなんだ……? クソッ! あたふたしてる場合じゃねぇ!」
アキトはマヤの頬を叩くが依然として無反応だ。胸に耳を当てるが、心音も聞こえてこない。必死に手首や首筋で脈を取ろうとするが、どこにも反応は無かった。
「なんだよコレ! どうなってんだよ! 生きてんのか? なんとか言ってくれ!」
――ヤバいヤバいヤバいヤバい
アキト半ばパニックを起こしながら、右往左往している。時間だけが無駄に過ぎていく。
「そうだ! 人工呼吸と、心臓マッサージ!」
アキトは思い出したかのようにマヤの額を抑え、顎をクイっと上げると、天を仰ぎ思いっきり息を吸い込む。
「御船! すまん!」
マヤの鼻を摘み、ぱっくりと開いた唇に自身の唇を重ねたアキトは、ゆっくりと吐息をマヤの肺へと送り込んだ。
「なっ!……アキ……」
やっとの思いで合流したミコは信じ難い光景を目の当たりにし、その場でへたり込んでしまった。
アキトはミコのそんな様子にも全く気付かず、
「次はっ! 心臓マッサージだ!」
アキトはワイシャツの上から手を当てるが、マヤの大きな胸が邪魔をしてマッサージどころか、胸骨まで辿り着けないでいる。
「クソッ! すまねぇ!」
謝りながらワイシャツのボタンを勢い良く引きちぎる。マヤの大きな胸の膨らみと、それを包むブラジャーがあらわになった。
「後で絶対謝るから!」
一瞬戸惑いながらも、アキトはブラジャーを思いきってずり上げ、膨らみをかき分け手を当てた。
「御船! 頼む! 頼むよ! 戻ってきてくれ!」
リズムよく胸を圧迫する。いつだか保健体育の授業で習った事を思い出しながら、必死にマッサージを続けた。
「アキ……」
「ミコか! 手伝え! 御船がヤバい! このままじゃ!」
振り返ったアキトの顔は今にも泣き出しそうな程に頼りなく、ミコは否応なしに不安を掻き立てられる。
「な、何をしたら……」
「人工呼吸だ! 俺はこのままマッサージを続ける!」
「わ、わかりました!」
焦るアキトに我を取り戻したミコも、マヤを蘇生させるべく言われるがまま懸命に動いた。二人とも拙い知識と手つきだが、必死だった。
アキトはミコが合流した事で、失いかけていた使命感と持ち前の活力を徐々に取り戻していった。
「まだか!? まだ戻らねぇのかよ!」
「ど、どど、どうしましょう……」
「兎に角手を動かせ! やれる事をやるんだよ! 脈はどうだ? まだ戻らねぇのか!」
「ア、アキ……ダメです! 分かりません!」
「クソッ! 時間が! どれくらい経ったんだ! 本当に大丈夫なのか!?」
既にかなりの時間が経過していた。焦るばかりで一向に改善しない状況に、最悪の事態がアキトの脳裏を過ぎる。
「クソッ! クソッ!! 戻って来いよ!」
「アキ……このままでは!」
「まだだ! 諦めてたまるか!」
「でもっ!」
ミコは涙をボロボロとこぼして呆然としている。アキトは汗だくの額を手のひらで拭うと、
「ミコ! 離れてろ!」
「え!?」
「いいから離れてろっ!」
ミコが慌てて飛び退く。アキトは眉間にシワを寄せ、目を瞑ると、
「思い出せ! アイツはなんて言っていた!? 能力とは……意志の力! 意志とは想い! 想えば実現する! 願えば叶う! 想いの力が強ければ! その力も強くなる!」
天に掲げたアキトの右手が薄く発光する。
「死ぬな! マヤッ! 戻って来い!!」
アキトは右手を思いっきりマヤの胸に叩きつけた。
――バチチッ!!
ドン、と音を立てマヤの体が跳ね上がった。
「痛ぇ!!」
アキトの手は真っ赤に腫れ上がり、煙を上げていた。痛みを堪え、休む暇なくその手でマッサージに移る。
そして再び人工呼吸をしようと唇を重ね合わせ、息を吹き込もうとしたその時、
「カハァーー……ゲホッ……ゲホッ」
「マ……マヤ!」
「ハァ、ハァ、アキト……ン……」
涙目で頬を紅潮させたマヤが、アキトをしっかりと見ていた。
「ハアァ……」
ホッとしたアキトは大きく息を吐き、その場で崩れ落ちてしまった。
「マ、マーヤ! む、胸! 起きちゃダメーッ!」
「へ? キ、キャーーー!!」
苦しそうに起き上がったマヤは自身の胸が露出している事に今更気付き、慌てふためいている。ミコはマヤに飛びつくと、そのままマヤを押し倒してギュッと抱きしめた。
「よかったです……本当によがっだでず!」
「……ミコ……タ……ン」
マヤは一言そう言うと、スッと気を失ってしまった。
「ハ、ハハ……ハハハ……」
緊張の糸が切れたのか、アキトは仰向けに寝ながらただただ笑っていた。やがて強烈な睡魔に襲われ、ゆっくりと深い深い眠りへとその身を預けていくのだった。
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