8話 小牧野ミィナ
8話 小牧野ミィナ
時折言葉に詰まりながらも、淡々と語るイトの話をアキトは真剣に聞いていた。ミコも一言も発せず、拳をグッと握りしめ、イトから目を逸らす事はなかった。
イトはそんな二人に優しく語りかけるように続ける。
「あとは察しの通りだよ……おびただしい量の出血を見た時から、僕はミナが助からないとどこかで悟っていた。何とか精神だけでもと、崩壊しかけている彼女の自我を僕を介して隣で死にかけている猫の中へと連れていった……」
アキトは自分の隣でちょこんと座っている黒猫に目をやる。表情までは確認出来ないが、微動だにせずミィナもしっかりと話を聞いているようだった。
「能力は意志の力、強く思えばその力も強くなる。僕の父親の受け売りだが、僕はミナの死にたくない、生きたいという思いにかけたんだ。ミナの能力は物質固定だが、精神も固定出来やしないかと思いついた。そしてその思いつきは、ある意味では成功し、ある意味では失敗したんだ」
「どういう事だ? ミナは……ミィナは……」
「僕はミナがミナであるための情報や記憶を全て猫にブチ込む腹積もりだったが、猫の脳は思っていたより小さかった。結局固定出来たのはミナの自我っぽい何かと、ほんの少しの彼女の記憶、そして言語理解のみ……それだけではミナとは呼べない」
「……ミィニャはミィニャニャ。ミニャは……イトやリリィがミニャと呼ぶ人間はもう……いニャいのニャ……」
「そう、あの日からミナはミィナになった。ミナの一部と野良猫と、ほんの少しだけ置き忘れてきた僕の欠片……それがミィナだよ」
「そんな……」
「問題はその後、事後処理だよ。僕は無理に能力を使ったせいで昏睡状態に陥った。ミナの肉体はその機能を停止し、残されたタイガは……全て自分の責任だと証言し、身柄を拘束された。ヤツなりにケジメをつけたんだろう。僕を庇って一人だけ退学となり、この学園を去った」
イトの声は震えていた。時折顔をしかめながら語る姿は痛々しかった。
「僕は1週間もの間バカみたいに眠りこけていた。目覚めた時はアヤコの自宅に居た。リリィもそこで匿われていた。後で聞いた事だが、理事長の計らいだったらしい。僕が目覚めた時、事態は既に僕が口を挟めないほど進行していた。タイガは人殺しのレッテルを貼られ、メディアや世論から袋叩きにあっていた。それが許せなかった僕は資産のほとんどを使ってミナの家族やPTA、マスコミを黙らせた。タイガも保護観察こそ付いたが自由になった。そしてタイガがいつでも戻って来れるよう、爆発した部室を再建したんだ」
しんと静まり返っていた。誰も口を開く事は出来ず、後悔が滲むイトの告白をただ黙って聞くしかなかった。
「……これが僕が、この部室を手放せない理由だ……ここには思い出がありすぎる……後悔しかないが、それでも捨てる事なんて僕には出来ない」
「……ちょっと待て……ソウジは……彼は……」
アキトが語られていないもう一人の人物に触れた時、
「……一葉ソウジは現生徒会長です」
ミコが噛み締めるようにそう言った。
「それって……まさか……」
「そうだよ。ソウジは僕を恨んでる。僕だけじゃない。タイガの事も……いや、能力そのものを憎んでいる」
「……だから生徒会はこんな嫌がらせをしているのか……」
「ソウジが僕を恨むのは当然だよ。あの事件は僕が引き起こしたのだから……僕がミナを殺したと言っていい。彼が、ソウジがミナを失った悲しみと怒りを僕にぶつけるのは至極当たり前の事なんだよ」
「だからといって……そんな事をしてもミナさんは帰ってきません! ミィナの中に居るミナさんは……きっと悲しんでいるのではないですか? ミィナ! どうなんですか!?」
涙目のミコがミィナに向かって叫ぶ。
「……あたしにミニャの事は分からニャいニャ……あたし自身このままでいいとは思ってニャいけど、どうしたらいいのかは分からニャいニャ……」
「僕がこの話をしたのは生徒会の正当性を示す為だ。あくまで悪いのは僕であって生徒会ではない。僕がワガママを通しているだけなんだよ。君たちには面倒をかけるが……」
「お前はそれでいいのかよ! 贖罪のつもりだか何だか知らないが、ミナが生きていたらそんな事絶対に許さないだろ! 嫌がらせだけじゃなく、襲撃するほど恨まれてお前はそれでいいのか!? 更にエスカレートして、取り返しのつかない事態になったらどうすんだ!?」
「……それでソウジの気が晴れるなら、僕は構わない」
「そんなの……間違ってる! 誰も救われない! 全員不幸になるだけじゃねぇか!」
「これは君が出しゃばる問題ではない。どのみちもう潮時なんだ。ソウジが本格的に潰しに来た以上、抵抗しても無駄だろう……僕はもう……疲れた」
「……させねぇ! 潰させねぇ! お前達の為にも、ソウジとかいう奴の為にも! この場所は無くしちゃならねぇ! ミナが存在したっていう証のような、大事な場所を! お前は間違ってる。ソウジはもっと間違ってる。イトやリリィを追い出す事でケジメをつけ、忘れようとするなんて許しちゃダメだ! 俄然やる気が出てきた。イト! 顧問探しに協力しろ! 合法的に生徒会が手を出せないようにするんだ」
「……断る」
「おい! なんでだよ! あの日の約束はどうすんだ! 俺たちはこんな所じゃ終われないんだ!」
「……僕はもう疲れたんだよ。もう、どうでもいい……だが、もし、君だけで解決出来たのなら、僕も考えを改めよう。君に、会って間もない君にこんな事を言うのもアレだが、君に託してみることにしよう」
アキトは苛立ちを隠せなくなっていた。ミコが察した様子で代わりに答える。
「……わかりました。私達が、アキと私で何とかしてみます。イトさん、貴方を救いたいんです。ソウジさんも、出来ればタイガさんも。アキは一度やると言ったら意地でもやるんです。きっとイトさんの心を動かしてみせます。ソウジさんの心だって、きっと……」
「そうか……好きにするといい……ひとつだけ、気になった事がある。アヤコが言った事と、マヤという子の悩みは別の事件なのかい? 僕には非常に似通っているように思うんだが……むしろ、マヤという子が全ての中心にいるように思えてならない」
不思議そうにイトがそう言った。ミコは驚いているようだ。
「……違和感は感じていたんだ。俺は話を鵜呑みにし過ぎていたのかも知れない」
「アキ、どういう事ですか?」
「俺達は窒息事件と発狂事件として別物として扱っていた。でも、リョウ先輩は発狂した訳じゃ無かったじゃないか。直ぐに気づくべきだったんだよ。イトの言う通り、御船の存在が常にチラつくんだよ。御船に告白した二人、仲のいい塩見先輩……それに、俺も……ラウンジで誰かに押されてヤバそうな不良にぶつかった事がある。実際は押された感じがしただけで、誰も居なかったんだが……」
「二つの事件は繋がっていると言う事ですか?」
「その可能性は否定できない。むしろその可能性が高いと思う。ミコ、アヤコ先生の所に行こう。保健室に来た生徒の素性を洗ってみよう。もしかしたら、全て御船に繋がるかもしれない」
「アキ、あれから何か体に異変はありますか?」
「いや、全く。至って正常だよ」
「では、やはりマーヤの能力ではないのでしょうか?」
「どうだろう……まだ答えを出すには早いかもしれないが……」
アキトの脳裏にはマッチの顔が浮かんでいた。
「とにかく、一度アヤコ先生に相談しよう」
アキトとミコは顔を見合わせると、決心したように部室を出ていった。
「……彼等を見ているとあの頃の僕達を思い出す。リリィ、ミィナ、アキトとミコちゃんを助けてやってくれるかい?」
「うん!」
「任せるニャ!」
リリィとミィナは笑顔でそう答えるのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
2章クライマックスまであと少し……
続きはいつも通り、なるべく早く……って事で
よろしくお願いします




