6話 物質固定(フィクゼーション)
6話 物質固定
トイレから戻ったミコは、静かに佇むアキトに声を掛けた。
「……どうでしたか?」
「……本当にこれしか方法が無かったのかな? つくづく非道い事を考えるもんだよ……自分がイヤになる」
「アキが言い出した事ですが、私も同意しました……私も同罪です」
「……これで俺に不幸が振りかからなければ、犯人は他にいるって事が確定する」
「そしたら次は犯人探しですね……気が遠くなります。しかも、アヤコ先生の事件も並行して解決しなければなりません」
「そっちはイトに任せよう。どのみち俺達には無理だよ。手掛かりが無さすぎる」
「……うまく行くでしょうか?」
「いかなきゃ困る。このままじゃ、ミコと御船の友情も壊れかねん……」
「そうですよ、アキ。責任重大です……」
「ああ、分かってる……全ては御船の為だ」
アキト渾身の告白はマヤの無実を決定付ける為の演技だった。過去、マヤに告白した二人が揃って不幸に見舞われているなら、三人目はどうなるのかというある種の実験だった。
不幸がマヤの能力によるものであるなら、アキトに近いうちに不幸が訪れるであろう。真犯人が別にいるのであれば、マヤへのアキトの告白が誰にも目撃されていない事が望ましい。少なくとも、学園の外で告白するのがベターだと考え、突然の告白を決行したのだった。
「明日からは忙しいぞ。窒息事件の聞き込みに、俺の不幸の検証、並行して怪しい人物の特定、生徒会の動向も気になる。出来れば塩見先輩と話がしてぇ。イトの意識の回復も気になるな。アイツにも働いて貰わないとダメだ。ちょっと待て……これ、無理ゲーじゃね?」
「泣き言を言っている暇はありませんよ? それに……もしアキトに何かあったら……」
「……大丈夫だ。きっと。それより、何か引っかかる。何だろうな……わっかんねぇけど」
「……怪しい人物が居ると言ってましたが、誰なんですか?」
「……まだそうと決まった訳じゃないが、御船にストーカー紛いの事をしているヤツが居る」
「! でしたら犯人は……」
「少なくともこの場にそいつは居ない。俺が告白した事を知らないし、そいつは俺とミコが付き合ってると思っている。じっくりと調べさせて貰うさ」
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翌日の放課後、アキトはミコと一緒に部室へと急いでいた。
「御船はちゃんと登校していたのか?」
「はい、直ぐに帰ったそうですがちゃんと出席していたようです。それより……」
「ああ、分かってる。取り敢えず、急ぐぞ!」
昨日の深夜、ミコのスマホに送られていたリリィからの2通の「Taking fire(攻撃を受けている)」と「Stay alert(警戒しろ)」という簡素なメールに朝まで気づかず、意味も分からなかった。生徒会が自然科学部を潰すと言っているという嫌な噂を聞いてようやくその意味を調べ、血の気が引くような思いをしていた。
部室の前まで来た二人は愕然とする。ちょっと前まで新品のように綺麗だった自然科学部の部室入口の扉や壁が、傷だらけで小汚い廃屋のように様変わりしていた。
「……ひでぇ」
「……こんな……許せない!」
――コンコンコン、コン、コンコン
合図を送るが返事がない。アキトは周りに誰も居ないのを確認すると、扉をドンドンと叩きながら、
「おい! リリィ、ミィナ! いないのか? 返事をしてくれ!」
「……やっぱり電話にも出ません……アキ!」
その時、ガチャリと扉から音がした。アキトは直ぐに扉を開け、中を確認する。
部室の中はいつも通りの豪華な応接室のようだった。足元に黒い塊、ミィナがいた。
「ミィナ! これはどういう事だ!? 一体何があったんだ!」
「うるさいニャ。取り敢えずニャかに入るニャ。扉を閉めるニャ」
アキトとミコは急いで中に入り、扉を閉めた。直ぐにミィナが扉に手をあてる。するとガチャりと音がした。
「……昨日の夜、襲撃があったニャ」
「襲撃だって!?」
「恐らく生徒会ニャ。アキトとミコが顧問探しをしている噂でも聞きつけたんニャ。とうとう実力で排除しに来たんニャ……」
「マジかよ……リリィの姿が見えないが? まさか……!」
「心配するニャニャ、リリィは夜通し警戒してたニャ。今は疲れて寝ているニャ」
「ちゃんと起きてるわ……アッキー、ミコミコ、いらっしゃい」
奥の扉からリリィが完全武装といえる格好で出てきた。迷彩柄のBDUに身を包み、アサルトライフルを胸元に抱えていた。
「リリィ! 大丈夫ですか!?」
ミコはリリィに駆け寄り、飛びついた。リリィが帽子を外すと、纏められた金髪が踊るように宙を舞う。窓から差し込む太陽光を受け、キラキラと音が聞こえてくるように錯覚するほど美しかった。
ミコがそんなリリィの金髪を撫でるとリリィもミコの頭を手袋をつけたまま撫で返した。
「リリィ……大丈夫ですか? 顔をこんなに汚して……」
「ミコミコ、違うの。これは自分で……」
フェイスペイントまでバッチリとキメているのだが、ミコにはよく分からないようで悲しそうな目をしてリリィの頬を触っていた。
「やあやあ、アキトにミコちゃん。久しぶりと言った方がいいのかな?」
奥の部屋から久しぶりに聞いた声に驚く。
「! イト! お前、目覚めたのかよ!」
「イトさん、お久しぶりです!」
やつれてひと回り小さくなったような錯覚があるが、それなりに元気そうだ。
「昨晩目覚めた。心配を掛けたようですまない。リリィ、悪いがコーヒーを頼むよ」
「それなら、私が……」
手袋まで完全武装のリリィでは時間がかかるだろうと、ミコが申し出る。慣れた手つきで準備に取り掛かった。
「……賑やかになったねぇ」
「イト、そんな事より聞きたい事が山ほどある! 順番に説明して貰うぞ」
「君も……色々とあったようだな……」
「! バカヤロウ! 今、能力を使ったな? また寝込みたいのか!」
「いやいや、すまないね。こちらの方が状況の把握には早いんだよ」
「イト、軽率だニャ。今は少しでも温存するニャ」
「……すまない。ミィナ……」
「まずはこの、部室の有様からだ。襲撃ってなんだ? というか、生徒会は何を考えてる? 生徒会とお前達の間に一体何があったんだよ!」
アキトはイトに詰め寄る。
「……やれやれ、分かったよ。ちゃんと話すから落ち着くんだ。さあ、みんな集まってくれ」
イトはミコが淹れたコーヒーを美味しそうに飲みながらソファの端に腰掛けると、部員全員が集合し思い思いにソファに座った。
「さて、先ずは何から話そうか。昨夜の襲撃と生徒会の動向からにしようか?」
「そうだな、そうしてくれ」
「昨夜20時頃、扉をドンドンと叩きながら僕の名を呼んでいたらしい。というのも、その時間はまだ僕は眠っていたからリリィの報告によれば、だが。音はどんどん大きくなり、明らかにドアを壊そうとしていた。だが、こんな安っぽいドアでも壊す事は絶対に出来ない」
「……なんでだ?」
「なぜなら、ミィナの能力、物質固定で固定された物質は物理的ダメージを与えられないからだ……」
そうしてイトは次々と昨夜の出来事を面白おかしく語って聞かせた。ドアの破壊を諦めた生徒会が庭へと標的を変えた事、完全武装のリリィが庭の木の上からエアガンで狙撃し続けた事、マガジン交換などの給弾はミィナが完璧なサポートを見せた事、あまりの騒がしさにイトが起きた事、そしてその後リリィとミィナを放置し、眠っていた数日間の株と為替の動きを入念にチェックし、たいした被害が無いのを確認してからコーヒーを飲んでまた眠りについた事。
アキトは話の途中で直ぐにでも立ち上がり、突っ込みたい衝動に駆られ続けたが、必死に我慢して大人しく聞いていた。そして核心の生徒会との確執についての話題へと移行していった。
「去年の事だ。順調に資産を増やしていた僕は本格的に部室の改造に取り掛かった。この部屋を気に入っていたし、卒業後はこの学園で講師として雇って貰える事になっていたから、先行投資の意味合いが強かった。理事長もそのつもりでノリノリだったってのもある。もちろん、自分でできる事には限界がある。毎日のように業者が出入りし、瞬く間に噂が広まった。嫉妬と羨望の的となったのだろう、毎日のように規則違反だの特別扱いだのと罵られ、あっという間に僕達は孤立していった。この頃は僕も授業を受けていたんだよ」
「引っ越しを考えたり、元に戻そうとしたりしなかったのか?」
「それもいいと考えた事もあるよ。当時の僕は出ていけと言われれば家具も調度品も全て投げ捨てる覚悟があった。遊びの延長ぐらいにしか考えて無かったんだよ。ぶっちゃけお金にも執着は無いんだ。もちろん、人を動かす道具としてはお金ほど役に立つモノも他に無いけどね」
「なら、どうして……」
「理由が出来たからだよ。僕がこの部室を手放せない、固執する理由が、ね……少し僕の過去の話をしよう」
そう言って溜息をついたイトの目は僅かに潤んでいるように見えた。
いつも読んで頂いてありがとうございます。
次回は回想からスタート予定、及び長文となりそうです。
なるべく早めに投稿したいです……
宜しくお願いします。




