2話 因子調合(プリパレーション)
2話 因子調合
「ン? どういう事だ? 長南が眠り続けているだと?」
アヤコは顎に手を当て驚いた様子だ。
「そうなんです。色々あって、三日前からずっと眠ったままなんです。リリィさんの話では問題無いとの事ですが、いつ目が覚めるのかは分からないそうです」
「……無理に能力を使ったな。イト……」
アヤコはそう言ったきり、黙ってしまった。何か考え事をしているようだ。普段から真面目な表情を見せた事が無いアヤコの真剣な顔は新鮮だった。
「待ってろ。今、薬を作ってやる。注射は……オマエらには流石に無理だな。経口も寝ているンなら難しいだろう。そうだな、うン、舌下で効くようにしてやる」
アヤコはブツブツとそう言うと、戸棚から理科の実験で見たような上皿天秤や試験管、アルコールランプ等を取り出し、机に並べだした。更に別の戸棚からは怪しげな粉や液体を一つ一つ確認しながらいくつも取り出し、なにやら調合を始めだした。
もはや卓上理科室と化した机の上で手際良く薬品を量ったり、混ぜたり、溶かしたりしている。やがてシャーレに白い粉が盛られ、試験管には奇妙な色の液体が出来上がっていた。
アヤコは一言、うン! とやたら色っぽい声を出しながら伸びを一つすると、白衣の腕をまくって喋り出した。
「これだけならただのその辺の薬と変わらンが、見てろ。これがあたしのもう一つの能力、因子調合だ。成分や物質を抽出、結合、精製出来る。場合によっては分子レベルで分解、再結晶化する」
ゴム手袋をはめた手が薄く輝き、神秘的な様相を呈している。アヤコが本当に能力者だという事実にも驚いたが、手や試験管を動かす度に薬品が動き、踊り、色を変える不思議な現象に、アキトとミコは目を丸くして魅入ってしまっていた。
「……フゥ、出来たぞ。隠すのが面倒だから見せてやったが、他言無用だからな。この能力を使えば夢の薬を調合する事も可能だ。大っぴらにしてしまうと悪用される可能性が高い」
「夢の薬……スゲェ……」
「勿論、どの物質がどんな薬効を持つか、生理活性をもたらすのかという薬学知識と、結合した分子のどこを解く事が容易いか、どういう分子結合が人体にどんな影響を与えるかという化学知識を必要とするンだが……例えば、限りなく無害に近い依存性の無い麻薬や、死亡後に成分が全く残らない毒薬なンかも調合可能だ。死にたく無ければ黙ってろ」
そう言ってアヤコは調合した錠剤をシャーレから取り出しラップに包むと、アキトに渡そうとした。
「……いや、目が怖いんスけど……」
「もっと他の事に使わないのですか……」
「そう心配すンな。今の所オマエらを殺す理由はない」
ニヤリと、アヤコは笑ってみせたが、アキトは生きた心地がしなかった。
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――コンコンコン、コン、コンコン
リズム良く扉をノックする。
「……誰?」
扉の向こうから声がする。とても綺麗な声だ。
「合図しただろ? アキトだよ。ミコもいるぞ」
扉に向かって嫌そうに答えるアキト。
「……そんな人は知らない」
「……あぁ! もう! アッキーとミコミコだよ! いいから早く開けてくれよ!」
――ガチャリと音がして扉が開く。顔を出したのは金髪金眼の美しい少女だ。
「良かった。知らない人かと思ったわ」
「そんなワケねぇだろ! 何だよ! リリィってこんなに面倒臭い性格だったのか? アニキに似たんだな? 絶対に血は繋がってねぇケドな!」
アキトは不満タラタラで部室へと入っていく。ミコも遅れて入室した。
「リリィ、こんにちは!」
「ミコミコ……早く会いたかった」
二人は暫く見つめ合うと、どちらからとも無くハグをする。ミコはリリィの胸に顔を埋め、リリィはミコの頭を撫でくり回した。アキトは、そんな二人を興奮気味に見ていた。
「全く、いつもいつも飽きニャいニャ……」
扉の影から出てきたミィナは、ここ三日間の二人の日課をジト目で見ながら呆れた様子でそう言うと、ソファに飛び乗って丸まってしまった。
「ミィナもこんにちは。今日もモフモフですね! 後でもふもふさせて下さい!」
ミィナは尻尾を振って挨拶している。アキトはミィナの隣に腰掛け、背中を撫でてやった。
「それで、イトはまだ起きないのか?」
アキトはミィナの全身を撫でさすりながらリリィに声を掛ける。
「うん。今日もぐっすり」
「そうか……これ、アヤコ先生に作ってもらった薬だ。脳の処理速度を上げるだとか、タスクキラーだとかよく分からんがそんな感じのアブない薬だそうだ。舌下に置いて血管から全身を冷やしながら巡って脳へと行くらしいから、アイツの口の中にぶち込んどいてくれ」
そう言ってアキトはポケットからラップに包まれた錠剤(のようなもの)を取り出し、リリィに手渡した。
「そう……あの人が……分かったわ」
リリィは淋しそうにそう言うと、渡された薬を持って奥の扉へと消えていった。
「ミィナ、今日は進展があったぞ。取り敢えず報告だけしておく」
「ニャニャ!? 自然科学部復活かニャ!?」
ミィナは飛び起きると、アキトの膝の上にちょこんと座る。
「まあ、そこまでは行かないが、顧問のアテが出来た。ある事件を解決すれば、だが」
「なんニャ……期待して損したニャ……いいように使われてるだけニャ」
「お前なぁ……実際に動いてんのはこっちだぞ! お前は猫だし、イトは寝てるし、リリィはコミュ障だし! ちっとは感謝して貰いたいもんだ!」
「悪かったニャ。にくきう触っていいニャ」
「マジか! 許す!」
アキトはちょこんと差し出されたミィナの手を取り、ぷにぷにとした肉球を嬉しそうに捏ねくり回し始めた。と同時にミコがコーヒーを運んでくる。
「ミィナはミルクでいいですよね?」
「うむ、すまんニャ」
「相変わらず偉そうだな。猫のクセに……」
「あたしは部長だニャ! 部長というのは偉いんニャ!」
「そうかよ……だが、新生自然科学部が部として認められたなら、ミィナには部長を降りてもらうぞ」
「ニャニャ!? ど、どういう事ニャ! あたしを蹴落とすつもりかニャ!?」
「だってそうだろうよ! どこの部に猫の部長がいるんだよ! 生徒会に目ぇ付けられてんだぞ! 自重しろよ!」
「嫌ニャ! 嫌ニャ! 降りニャいニャ! これだけは譲れニャいニャ!」
「ワガママ言うなよ……」
アキトは自分の膝の上で仰向けになってバタバタと駄々をこねるミィナに、ただ溜息をつく他なかった。
「ミィナ、いい考えが有ります。部長より偉くなればいいんです。そうすれば、部長をアゴで使えるようになりますよ? 自分は偉そうにふんぞり返って、指示だけしていれば良いという夢のような役職に就けば良いのです」
「ニャニャ!?」
「おい、ミコ、それって……」
ミコは仁王立ちになり、悪そうな顔でミィナを見ている。
「部長より上と言えば、社長しかありません!」
「シャッチョさんニャ!」
「いやいや、無理があるだろ……」
ミコにもミィナにもアキトの声は届かないようだ。冷めたアキトとは違って完全にスイッチが入ってしまったようだ。
「そうです! シャッチョさんですよ!」
「シャッチョさん! シャッチョさんニャ!」
ミコとミィナは二人で小躍りしながら盛り上がっている。社長という響きには、確かに人を惹き付ける何かがあるのだろうが、アキトは高校生というのもありピンと来なかった。
「アホな事言ってないで二人とも取り敢えず落ち着け!」
「ニャにかニャ? 邪魔しニャいで欲しいニャ」
「そうです。私は至ってマジメです」
「却下だ、却下! くだらないネタより俺の考えを聞いてくれ。部室を守る為の大事な計画だ」
アキトはそう前置きすると二人の顔を交互に見やり、注目させてから語りだした。
「いいか? まず、部長はイトにやらせる。アイツの評判が悪すぎる。だから、敢えて部長に据える。そんで、みんなで事件を解決する。すると部の評判が上がる。そんで部長の評判も上がる。そうなると味方が出来る。そんでもって生徒会がおいそれと手を出せなくなる。結果、部室を守れる。以上!」
アキトなりの考えだ。浅はかと言えばそれまでだが、イトの事を部の事を思っての配慮のつもりだった。
「……却下ニャ! まず、ミィニャが社長ニャ。そんでミコが秘書ニャ。部長はイトで我慢するニャ。リリィは戦闘員ニャ。アキトは使いっパシリニャ」
「アリですね、社長!」
「無しだ! 無しだ! 何で俺がパシリなんだよ! 戦闘員も要らん! 何と戦うんだよ! 社長もダメだって言ってるだろ! 会社じゃねぇんだ。百歩譲って室長ぐらいなら我慢してやるが……」
「おぉー……いいニャ」
「室長……いいですね」
意外と好評のようだ。正直、アキト的には苦し紛れだったのだが。
「……つまりだな、何が言いたいかと言うとやっぱりイトが目覚めないと何も始まらねぇ。アイツは性格に難はあるが能力は本物だし、知識も豊富だ。部長として適任なんだよ。アイツも部長は自分だと言っていたし、満更でもないだろう」
「……まぁ、あたしが室長ニャらニャんでもいいニャ」
「そうですね。早く起きてくれないでしょうか」
「アイツが起きるまでの間に何とか顧問ぐらいは確保したかったが、アヤコ先生の出した条件は俺たちだけじゃ解決出来ないだろう。そこで、ちょいと危険だが無理やり起こしてみようと思うんだが、どうだろう?」
「……反対ニャ」
「リリィは放って置けばそのうち起きると言っていました。無理に起こすのは私も賛成出来ません」
「何でだよ! イトに相談したい事が山ほどあるんだよ。部や顧問の事や事件の事、今後の方針や過去の清算もだ。それに……能力の事だって……」
「やっぱりニャ……」
「やはりその事でしたか……」
「うっ……」
アキトが最もイトに相談したい事、それは自身の能力の事だった。あの日、全てを思い出し、自身の能力である電気を操る不思議な力を再び自覚したその日から今まで、自分の能力の有用性が全く見い出せず、ほとほと困り果てていた。
「だってしょうがないじゃんか! こんな能力、何の役に立つんだよ! これじゃ、タダのハズレ能力だぞ! イトなら、アイツならきっと何とかしてくれる! アイツだけが頼りなんだよ!」
アキトのいつか聞いたような悲痛な叫びが、部室に響き渡っていた。
読んで頂いてありがとうございます。
お待たせしてすみませんが、これからは2~3日に1度の更新になりそうです。
宜しくお願いします。




