1話 故障診断(ダイアグノーシス)
本日より2章スタート致します。
2章 超能力
1話 故障診断
放課後、大東アキトは丸井ミコと共に職員室を訪れていた。あの日交わしたミィナとの約束を果たすべく、自然科学部再創設の為顧問探しに躍起になっていた。
しかし、思った以上に長南イトという人物と自然科学部の評判の悪さがネックとなり、顧問探しも困難を極めていた。二日間かけて少しでも面識のある先生を片っ端から口説いているのだが、二つ返事で断られ続けている現状にアキトもミコも落胆と疲れを隠せなくなっていた。
「コトミちゃん! 頼むよ! 顧問じゃ無くてもいい! 副顧問でいいから引き受けてくれよ!」
結局、アキト達は面識の無い先生には頼みづらく、一周まわって再び担任の邑田コトミをロックオンしていた。
「……ごめんなさい。いくらかわいい私のクラスの生徒でも、無理なものは無理なの! 別に自然科学部がとか、長南くんがどうのじゃないの! 前にも言ったように先生は既に三つも副顧問をしている部があるの! お願いだから、これ以上先生を虐めないで! あと、コトミちゃんじゃなくて、コトミ先生でしょ!」
「コトミはいいのかよ……じゃねぇ! 三つも四つも変わんないじゃんか! ただ、名前を貸してくれるだけで良いんだよ! 絶対に迷惑はかけないから! あのイトにも良く言っておくからさ!」
「ダメなものはダメなのっ!」
コトミは涙目で狼狽えている。押しに弱い筈のコトミの頑なな態度は、これ以上訴えた所で無駄であろう事が容易に想像できた。
「コトミ先生、ではせめてどなたか紹介して貰えないでしょうか? 知っている先生方には全て声を掛けたんですが、どなたも引き受けては頂けませんでした。私たちが面識の無い、どなたかを紹介しては貰えませんか?」
既にコトミに見切りをつけたミコが提案する。
「……私もあまり仲の良い先生はいないの……強いて挙げるとしたら……アヤコちゃんぐらいかな……?」
「あ、ゴメン。アヤコ先生には速攻で断られた」
「ひぃん……ゴメンね……先生、お友達居なくて……他に紹介出来る人居なくて……うぇぇ……」
遂にコトミは泣き出してしまった。自分の不甲斐なさからか、生徒への心苦しさからなのだろうか。単純に涙脆いだけかもしれない。
「な、泣くなよ! 悪かったよ! 取り敢えずもう一度アヤコ先生を口説いてみるから!」
「そ、そうですよ! アヤコ先生はどこの部の顧問もしてませんので適任なんです!」
泣き出したコトミに焦るアキトとミコは、周囲の視線を気にしながらコトミをなだめている。
「ひっく……アヤコちゃんに、私からも頼んであげゆから……」
「い、いいよ! こっちで何とかするよ! 無理しなくていいよ!」
「アキ、は、早くアヤコ先生の所に行きましょう。アヤコ先生が帰っちゃう前に」
「ひっく……」
「じゃあな、センセ! ホント悪かった。もう無茶言わないから!」
なかなか泣き止まないコトミに気まずくなった二人は職員室を退散した。逃げるように職員室の扉を閉めると、駆け足で保健室へと向かうのだった。
********************
「しかし、参ったな。顧問探しがこんなにも難航するとは……簡単に考えてたよ」
「仕方ありません。先生方はどなたも忙しいんでしょう」
「いや、違うぞ。全部あのバカのせいだ。授業に全く顔を出さない上に注意しに来た先生達の黒歴史を暴きまくったって話だよ。しかも、理事長と繋がってるってのがタチが悪い。誰も文句も言えないんじゃ、近寄りたくないのも頷けるってもんだよ」
「イトさんにも色々あったんですよ。過ぎた事を言っても仕方がありません……」
「……ハァ」
「……ハァ」
二人して溜息をつく。入学して1ヶ月程度では面識のある教師にも限界がある。既に詰んでいるような気がして心が折れてしまいそうだ。
「……アヤコ先生を落とそう。生徒会が新しく作った無茶な規則のせいでヒマな先生なんて居ないんだ……アヤコ先生を除いては」
「……そうですね。アヤコ先生には個人的にもお世話になりました。決して悪い人ではありません。根気よくお願いすれば、きっと……」
ミコはこれまで自身の能力でアキトの記憶を操作し続けていた。完全に消去は出来ないようで、記憶の奥底に追いやり続けていた。アキトが知りたい、思い出したいと思う度に忘却させ続けていた。
元々ミコは良心の呵責に耐えられず十全に能力を発揮出来ていない。その上、アキトがイトと出会った事で回想の欲求が爆発的に高まり、ミコは能力の限界に近づいていた。
その結果、精神的にも肉体的にも様々な副作用があったようだ。アヤコには随分()と助けられていたのだという事を、アキトはついこの間知ったばかりだ。
これ以上は迷惑を掛けられない、そういった思いから二人は一度断られた時もあっさり引き下がっていた。しかしそうも言っていられない。二人は追い詰められていた。
――ガラガラ
「アヤコ先生! 居るか? 今度こそ口説き落としに来たぜ!」
保健室の扉を開けるなり、開口一番アキトが言い放つ。
「あン? お前のようなガキにあたしを落とせるとでも思ってンのか?」
アヤコは珍しく机に向かってデスクワークに勤しんでいるようだ。面倒臭そうにアキトを見ると、腕と脚を組み訝しげな表情でそう言った。
「おうよ! 今日は引き下がるつもりは無ぇ! デレるまで何度でも口説き倒してやる!」
「な! き、君はアヤコ先生に向かってなんて事を言ってるんだ!」
横から割り込んできた声のする方を見ると、見たことのない男子生徒がベッドから起き上がって驚いた顔をアキトに向けていた。
「げ!? 人が居たのか! 俺たちの甘いオトナの時間を邪魔するつもりかよ!」
「アキ、いい加減にしなさい! 誤解を招く言い方はもう止して下さい! この浮気者!」
ミコが真っ赤な顔をして怒っている。それを見たアヤコは腹を抱えて笑っていた。
「アハハ……はぁ、お前らの夫婦漫才は相変わらず笑わせてくれるな……お前もいつまでも寝てないで具合が良くなったンならとっとと帰れ」
そう言ってアヤコはベッドで寝ていた男子生徒に退室を促した。
「すみません、アヤコ先生、お世話になりました……」
男子生徒はアヤコ、アキト、ミコを順番に訝しげな表情で見ると、そそくさと保健室を出ていった。
「アヤコ先生!」
「断る!」
「まだ何も言ってねぇ!」
「うるさい! 言わなくても分かンだよ。 顧問なンて面倒なモン、押し付けられてたまるか! 他を当たれ!」
「お言葉ですが、他の先生方には全て断られてしまいました。もう、アヤコ先生しか居ないんです……先生は私を助けてくれました。本当に感謝してます。こんな事を言える立場じゃない事は充分理解してるつもりですが、もう一度……もう一度だけ、私たちを助けてはくれませんか?」
ナイスミコ! 泣き落としだ。ミコの泣き落とし(+上目遣い)にNO! と言える者は居ない……というのがアキトの見解なのだが、
「はン? あたしに泣き落としは効かンぞ? それで? あたしに何のメリットがある? メリットを提示してみせろ!」
「マジか! ミコの、この捨て猫のような愛しさと切なさと……その他諸々を含んだ泣き落としにグッと来ないとは! アンタは鬼か!」
アキトはミコの両頬を片手でむにっと摘んでアヤコにこれでもか! と見せつける。
「知るか! これ以上厄介事を押し付けるな」
「チッ……ダメでしたね……」
泣き落としが通用しなかったミコは、舌打ちをして悪いミコになっていた。万策尽きた、そう脳裏をよぎったアキトだが、これで引き下がる気は毛頭無い。
「……ちょっと待て。メリット……メリットがあれば良いのか? 何をしたらいい? どうすればやる気になってくれる? 顧問の旨み、いや、俺たちの有用性を証明すればいいのか?」
「あたしを落とすンならそれ相応の献上物がないとなぁ?」
アヤコも悪いアヤコになっていた。
「……肩を揉ませて頂いても宜しいですかな? 閣下、凝ってはおりますまいかな?」
ニヤリと、悪いアキトはアヤコを見る。
「ハァ……あたしの価値はその程度か……だが、許す! 存分に揉むがいい! ただし、この程度で落とせると思うな!」
「それはもう……これはタダのサービスですぜ、ダンナ!」
クルっと椅子を回転させ、アキトに背を向けたアヤコの肩を揉みしだく。纏められた髪の脇からチラリと覗くうなじ。白衣を着崩して、上からの目線に対してノーガードの大きく深い胸の谷間。そしてほのかに香る大人の匂いにドギマギしながら、アキトはアヤコの柔肌を堪能した。
「……コホン、アキ……」
「言うな、ミコ! これは試練だ! 決して俺の心まで穢す事は出来ん!」
「アキのバカ! そんな事を言ってるんじゃありません! この変態! エッチ! セクハラ!」
「バカ! そ、そんなんじゃねぇ! アヤコ先生なんかにドキドキする訳ないだろ!」
「……おい、大東……それは一体どういう意味だ? あぁン?」
「いやいや、違う! 違うぞ! これか? これなのか? これがかの有名なハニートラップとかいう奴なのか! そう、これはトラップ! 罠だ! ミコ、気を付け……グボッ!」
言い切る前にアヤコの拳とミコの蹴りを喰らっていた。
「ずびばぜん……調子にどりばじだ……」
「アキのバカ!」
「はン。バカめ」
「……アヤコ先生、話を戻しましょう。どうすれば、顧問を引き受けて下さいますか?」
場が和んだのを見逃さず、気を取り直したミコがアヤコにすがる。アヤコの目を見て真剣な顔で訴えていた。
アヤコは暫くの間ミコと見つめ合っていたが、やがてやれやれといった表情に変わると、嫌そうに重い口を開いた。
「……さっきまで男子生徒が居ただろう?」
「はい! 先程出て行かれた……」
急にしおらしくなったアヤコに、ミコも変化を感じて直ぐに食いついた。
「……アイツは突然呼吸が出来なくなったと言っていた。運び込まれた時は落ち着きを取り戻してはいたンだが……」
――!
「何だって!?」
「何ですって!?」
血相を変えて食いつく二人にアヤコは少し驚きながら、
「オマエら……身に覚えがありそうだな? 実はアイツが二人目だ。つい最近同じ症状を訴えてきた奴がもう一人いる。どちらもあたしの能力、故障診断では身体的異常は見つけられなかった。おかしいとは思わンか?」
「……俺達も一人知っている。苦しんでいるのを実際に見ている」
「……これで三人目……では決まりだな。偶然が三度重なれば、それは必然という事だ。これは事故では無い。事件だ。オマエらで解決してみせろ」
「もし、俺たちで解決できたら……顧問になってくれるのか?」
「あたしの仕事を減らすという事は、あたしにとってこれ以上無いメリットとなるだろう」
「! 任せろ! アヤコ先生、首を洗って待ってろ! 絶対に顧問にしてやる。落としてみせるっ!」
アキトはグッと拳を握ってそう言った。ミコはやれやれ、と言った表情で溜息をつくと、
「アキ! そんな事件、本当に私たちに解決出来ると思ってるんですか!?」
「調べなきゃ分かんないだろ」
「調べて分からなかったら顧問を諦めるんですか? 目的を違えないで下さい! そんな無茶な条件……もっと違う条件を……」
不安そうなミコに、アヤコが追い打ちをかけるように被せる。
「丸井、勘違いするな。喋った手前、オマエらに拒否権は無い。この事件が解決出来ないンなら、顧問の話はナシだ。諦めろ」
「そ、そんな……」
「それと、重ねて言っておくが、恐らく全教師に生徒会の根回しが入ってる。よほど正義感の強い教師でも無ければ、オマエらの懇願など誰も引き受けてはくれンだろう。オマエらは黙ってあたしの為に馬車馬のように働けばいいンだよ」
「な……何だよ……それ……」
「そう悲観するな。イト……長南がいるだろう? ヤツを、部長を頼れ。オマエら自然科学部の本気を見せてみろ」
「……確かに……イトの能力なら、或いは……」
イトの持つ能力、既視感覚なら人の過去を知る事が出来る。もし、この事件の詳細を知る者を見つけられれば、解決出来るかもしれない。アキトはそう考えていた。
「……でも、イトさん、まだ眠ったままですよ……?」
「……忘れてた」
イトがあの日から丸三日、眠り続けている事をアキトはすっかり失念していた。
いつも読んで頂いてありがとうございます。
2章突入しました。引き続き宜しくお願いします。
なるべく早く続きを投稿したいのですが、ちょっと遅くなりそうです……




