21話 自然科学部
21話 自然科学部
「全く、見せつけてくれるニャ……」
誰も居ないと思い込んでいたアキトは、唐突に聴こえてきた声にビックリして周りを見渡したが、誰も居ないようだ。首を傾げながらミコを見るも、ミコはまだスヤスヤと眠っている。
「……誰だ? 誰かいるのか?」
「ニャに言ってんのニャ。すぐ側にいるじゃニャいのニャ」
目の前にはミィナと呼ばれていた黒猫が、呆れた顔をして佇んでいた。いや、呆れた顔をしているように見えたと言う方が正しい。
「……おい、そこの黒猫。まさかとは思うが、お前が喋ったのか? それとも俺の頭がおかしくなったのか?」
「……」
「まさか、な……そんな事ありはしないよな」
「どっちも正解ニャ。喋ったのはあたしニャし、アンタの頭もおかしいニャ」
――!
「お前! 喋れるのか!? にゃんとか言ってみろ!」
「ニャンとかって……つられてんじゃニャいニャ……」
黒猫は今度こそ呆れた顔でそう言った。アキトは眼前の猫が当たり前のように人語を話し、あまりにも人間らしく溜め息を付いて表情豊かに呆れてみせた事に驚嘆し、あんぐりと口を開けて言葉を失ってしまっていた。
「いつまでアホ面晒してんニャ。アンタに大事ニャ話があるニャ。よく聞くニャ」
呆気に取られるアキトを無視して、猫らしく右手で顔を洗うと、
「あたしの名前は小牧野ミィニャニャ。アキト、アンタに頼みがあるニャ」
胸を張って眼前の黒猫がそう言った。綺麗な黒色の毛並みは光を反射して輝いている。右目はゴールド、左目は淡いブルーの透き通るようなオッドアイでアキトを見ていた。
「ミィニャ……何がどうなってる……何で喋れるんだ? 頼みってなんだ? 何故俺なんだ?」
「ちょっと! ミィニャじゃニャいニャ! ミイニャニャ! ミ・イ・ニャ! ニャ」
何だか怒っているようだ。表情豊かとはいえ、何だかんだ人とは違う。慣れないアキトにとってははっきりと黒猫の感情を読み取る事は難しかった。
「は? だからミィニャって言っただろ!」
「ちーがーうーだーろーっニャ。ミィニャニャ!」
「……もしかして、お前、なが言えないのか? ながニャになっちゃうのか?」
「そ、そんニャ事はニャいニャ!」
焦っているようだ。コロコロと表情が変わり、見た目の愛らしさも相まってアキトは自然と笑みがこぼれ、困らせてやりたい衝動に駆られる。
「……ナッパ」
「ニャッパニャ」
「……ナルト」
「ニャルト……ニャ」
「為せば成る、成さねば成らぬ、何事も!」
「ニャせばニャるニャさねばニャらぬニャにごとも! ニャ!」
ドヤ顔で、言い切ったぞ! とでも言いたげなミィナだが、アキトの考えは当たっていたようで、誰が聞いても『な』が、ニャになっているのは疑いようはないだろう。
「……つまりお前はミィナなんだな?」
「さっきからそう言ってるニャ」
ミィナは自分の発音がおかしい事にどうにも気づいていないのか、気づいていないフリをしているのか分からないが、ジト目でアキトを見て呆れているようである。
「……で? 頼みってなんだ?」
ミィナは器用に腕組みすると、右目を瞑り左目のブルーの瞳でアキトを値踏みするように見ると、
「よく聞くニャ! アンタにしか頼れニャいニャ」
「何でそんな偉そうなんだよ……」
「自然科学部の部室を、横暴な生徒会から救って欲しいニャ」
「どういう事だ?」
「生徒会は自然科学部を目の敵にしてるニャ。イトが私財を投じて作り上げたこの部屋を取り上げようとしているニャ。悪いヤツらニャ」
「まあ、これはこれで問題だろうからな……」
「そんニャ事はニャいニャ! 理事長はイトの数少ニャい友人ニャ! 理事長の許しを得てこうニャってるのニャ!」
「どういう事だよ? 友人ったって理事長はオッサンだぞ? いや、既にジジィと言っても差し支えない」
「理事長は天涯孤独とニャったイトを引き取ってここに住まわせたニャ。住みやすいように改造をしても良いって言ったニャ。エスカレートしてどんどん豪華にニャったこの部屋に遊びに来て、どんどんやれって嬉しそうに喜んでたニャ!」
「マジか……ファンキーなジジィだな! てか、天涯孤独って? 亡くなったのはイトの父親だけじゃないのか?」
「イトの母親はイトが小学生の時にニャくニャったニャ……」
「そ、そうだったのか……」
「アンタとおニャじニャ。アンタにその子が居たように、イトにもリリィとあたしがいたのニャ。気にするニャ……ニャ」
アキトは膝の上でスヤスヤと眠るミコに視線を落とす。気持ち良さそうに眠るミコの頭をなんとなく撫でてやった。
「……俺にどうしろって言うんだ?」
「自然科学部は今は部として認められてニャいニャ。部として認められるには部員四人以上、顧問一人、副顧問最低一人っていう取り決めがあるんニャ。部員は既に四人集まったニャ。後は顧問ニャ。アキト! 誰でもいいニャ! 教師を騙して顧問に仕立て上げるニャ!」
「おい! いつの間にか俺とミコが頭数に入ってるみたいだぞ? 誰が入ると言った?」
「ニャんニャ? ミコも入ってくれるんかニャ? 四人というのはあたしとイトとリリィと使いっパシリのアンタニャ」
「おい……」
アキトは頭を抱えて呆れる。
「ニャにを勘違いしてるのか分かんニャいけど、今の所あたしが部長、イトが副部長として登録されてるニャ。顧問は理事長のニャまえを借りてるニャ。部員が足りニャいのは退学にニャったヤツのニャまえを使っていたのがバレたからニャ」
「おい……どこからツッコめばいいんだ……」
「生徒会は非道いニャ! 以前は部員三人以上だったニャ! この部室が羨ましくて自然科学部を潰そうとしたのニャ! しょうがニャく退学した生徒のニャまえを借りてたら、バレて部の認可を取り消して、部室を開け渡せと言ってきたニャ! 挙句に理事長を顧問として認めニャい上、副顧問を最低一人付けるっていう規則に作り変えたニャー!」
「そ、そうなのか……?」
「はっきり言ってイトもリリィもアテに出来ニャいニャ。どっちも全く授業を受けてニャい上、イトは生徒会からも教師からも目を付けられているし、リリィはコミュ障ニャ……アキト……アンタが頼りニャ!」
「待ってくれよ! 俺に何ができる? ついこの間入学したばかりの一年坊主に無理言うな!」
「……イトもリリィもあたしも、ここに住んでるニャ……どこにも行くアテニャんかニャいニャ……アキトはあたし達に野垂れ死ねって言うのニャ……」
「おいおい! にゃんだよ! 俺が悪いってのかよ!」
ミィナは悲しそうな顔でアキトを見ている。猫派のアキトにとっては、胸が締め付けられる様な感覚があった。じっと目を逸らさず懇願するように愛くるしい目で見られてしまっては、グッと来ない筈がない。
「……ニャー……」
「……おい……」
「……ニャン……」
「……おい、止めろ……」
「……ニャオン……」
「ぐおおぉ! 止めろ! そんな悲しそうな声で鳴くな! そんな哀しそうな目で、俺を見るな!」
「アキニャン、お願いニャン……」
「ダメだ! 無理だ! 俺なんかに何が出来る? 入学したてのぼっちの俺なんかに! この間まで中学生だぞ? 部活もやってねぇ! バイトもやらなきゃだぞ? こんな俺が生徒会に盾突くなんて!」
アキトは頭を抱えて叫んでしまった。面倒事はゴメンだ。一度安請け合いしてしまうと後戻り出来ない事を良く理解していた。可愛いだけでは、アキトの心を掴む事など出来ないだろう。
「……アキ? どうしましたか?」
アキトが頭を掻き毟っていると、下から声がする。叫んでしまったからだろうか、ミコが困った顔でアキトを見上げていた。
「ミコ! 起きたのか? 寝てろ!」
「ミコニャン! お願いニャン! アキニャンを助けてあげてニャン!」
「コラ! ミコを巻き込むな!」
――ゴン!
「痛ってぇ!」
「痛っ!」
起き上がったミコの額と、ミコの顔を覗き込もうとしたアキトの額がぶつかる。二人して痛みに堪えている。
「いたた……アキ……私はアキに謝らなければなりません……アキに、非道いことをしました。アキの大事な記憶を……私の都合で勝手に忘れさせて……ごめんなさい。本当にごめんなさい……私は……家族失格です……アキに顔向けできません……」
ミコは起き上がってそう言うと、正座してアキトに頭を下げた。
「ミコ! その話はもういい! ていうか、俺はお前に感謝こそすれ、謝られる様な事は何も無いぞ。お前が一杯悩んだんだろうって事は想像がつく。様子がおかしかったのも、具合が悪かったのも、全部俺のせいだ。お前は何も気に病む事は無い。俺はお前が……お前に、救われたんだ。ありがとう。そして、お前の悩みに全く気づいてやれなくて本当に悪かった。ゴメン!」
アキトも正座し、深々と頭を下げた。
「アキ……うぅぅ……」
泣き出すミコ。アキトの優しい言葉にミコもまた、救われた様な気がしていた。
「……ちょっとぉ! 無視しニャいでもらえますぅ? ニャ! 人を無視して勝手にふたりで盛り上がらニャいで欲しいニャ!」
「お前は猫だろ!」
「ミィナさん、大丈夫です。見ての通り、アキはとっても優しいんです。困ってる人……困ってる猫を放っておける様な人じゃありません。それに、私も一緒に協力しますよ?」
「おい! ミコ! 何をバカな事言ってんだよ! 一体いつから聞いてたんだ!」
「生徒会が横暴だって所からでしょうか? 規則を変えて嫌がらせを受けてるんですよ? アキはにゃんとも思わないんですか!?」
「そうニャ! そうニャ!」
「……にゃんとも、ねぇ……」
「私は……いつだってアキを信じていますよ。アキはいつだって私のヒーローでした。それはこれからも変わりません。それに、アキは一人じゃありません。いつだって私が傍にいます。アキは自分の思うさま動けばいいんです。どうせアキの事です。私を、周りを巻き込むのが怖いんでしょう。……あの日のように……」
「ミコ……お前……」
「はい。イトさんが全て見せてくれました。あの日の記憶を……私も一緒に見ていたんですよ。アキが何を思い、どう立ち直ったか。イトさんは優しい人です。アキに負けじと優しい人ですよ」
「……はぁ、余計な事を……いつの間にか借りを作ってたんだな……」
アキトは天を仰いで暫く押し黙って考えていた。イトに救われた事、リリィに癒された事、似たような境遇で、同じ目的を共有している事。
「……ミコ、これからも俺を助けてくれるか? 俺を信じてくれるか? 今までと同じように家族のように俺の傍に、居てくれるか?」
「はい。 でも、私は家族失格です。どんな理由があっても、相手の意思を尊重出来ないのでは……家族失格です。だから……」
「……だから?」
「こ、これからは……か、か、彼女として傍にいますね!」
「なっ! 何を……バカな事を……」
アキトとミコは顔を真っ赤にして目を逸らす。恥ずかしさでお互いの顔を見る事は出来なかった。
「ニャハハハ! アキトぉ、ほらぁ、言っちゃいニャさいよぉ。ほらほらぁニャハハ」
「な、何をだよ!」
「ミコ……そんニャところが……全部が、たまらニャく好……」
「わー! わー! わーー! わーったよ! 協力するよ! 自然科学部に入ればいいんだろ! 顧問を探せばいいんだろ! ま、任せろ! 俺に任せとけ!」
こうしてアキトとミコは、半ばなし崩し的に自然科学部へと入部する事になった。いや、正確には新しく新自然科学部を創設する事になった。
全てを思い出し、ようやく自分を縛る鎖から解き放たれ、超能力を手にしたアキトは、面倒事に巻き込まれたとは思いながらも、得も言われぬ全能感に酔いしれていた。
第一章 終
いつも読んで頂いてありがとうございます。
1章はこれで完結となります。
何話か幕間劇を挟みまして、2章へと続きます。
引き続き宜しくお願いします。
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