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私立陣屋学園能力科  作者: みやもと なまにく
1章 自然科学部
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20話 精神干渉(マインドダイヴ)

20話 精神干渉(マインドダイヴ)


 アキトは痛みを我慢しながら声のする方に顔を向け、虚ろな目で男を見た。ポニーテールの男はボロボロに引き裂かれた白衣を纏い、疲れきった顔で足を引き摺りながらアキトに近付いてくる。


 「おま……誰……」


 「ハハ……君に自己紹介するのはかれこれ何回目だろうね……君はもう知っているはずだよ。悔しいけれど、僕の能力もまだまだだね。心的拒絶(ファイアウォール)を突破するのにこんなにも手間取るなんて。君の過去を追体験するつもりが、チラ見しか出来ないとは……悪いが僕の精神が持ちそうに無いから手短に話す。アキト、よく聞け」


 「お前は……誰……だ?」


 イトはアキトの質問には答えずに、苦しそうな顔で続けて語った。


 「アキト、思い出せ。これは記憶だ。君が今見ているモノは全て既に終わった過去だ。戻る事も、変える事も出来ない。君の両親が亡くなった事も、家が燃えた事も変える事の出来ない過ぎ去った過去だ。君は……受け入れなければならない。過去を、現実をありのままに、逃げずに、受け止めなければならない。いつまでこの時間に留まるつもりだ? 悲劇のヒーローにでもなったつもりか?」


 「お前……何を……言って……お前に何がわかる……」


 「分からないよ。君がどう思おうが知った事じゃない。だが、どんなに自分を責めても、どんな能力をもってしても、過去は変えられない。アキト、これは事故だ。不幸な事故だったんだ。君に責任など無いし、君を責める者など居ない。それは亡くなった君の両親であってもだよ」


 「うるさい……うるさい! 俺が! 俺が殺した! ゲホッ……俺が……電気で……超能力で……あの日……俺は自覚した……電気を操る……超能力を!」


 「君は知らなかった筈だ! あの夜、あの時まで自分にそんな超能力がある事など知らなかった。違うか?」


 「だと……しても……」


 「アキト……罪悪感に押し潰されるな。あの日君を救った少女が君のその暴力的なまでの正義感に押し潰されそうになっている。このままでは彼女の精神が持たない。君の後悔と自責の念が強すぎて、今の彼女の能力では感情の波を抑え切れない。彼女は既にオーバーヒート状態だ。平熱が上昇し、常に微熱で、少し体調を崩しただけで高熱に苛まされている筈だ。アヤコがどんなに優秀でも、いずれ手の施しようがなくなるぞ」


 「……聞きたくない……知りたくない!」


 「アキト、現実を直視しろ。自分の殻に閉じ篭っても何の意味も無い。君の両親はそんな事を望んでなんかいない。両親の死を無駄にするな。二度と不幸が起きないように、能力を使いこなせ」


 「うるさい! こんな能力なら……こんな事になるなら俺は……能力なんて……欲しいとは思わなかった!」


 「やめろ! 自閉するな! 僕の話を聞け! 戻って来れなくなるぞ!」


 「うるさい! うるさい! うるさい……」


 「アキト! 待て! 行くな! 気になる事がある! 質問に答えろ! 君の両親は一階のリビングで発見された! 直ぐに逃げる事が出来た筈だ! なのに逃げ遅れた! 何故だ?」


 「……酔っていたから……だ……」


 「酔ったぐらいで逃げ遅れるものか? 勝手知ったる自宅で? ちょっと歩けば玄関だぞ? よりによって二人とも気付かないなんて事が起こり得るのか?」


 「オヤジは……酒は好きだが……強くない……酔いつぶれるまで呑むんだ……おふくろだって……」


 「……では、これはどうだ? 火元はキッチンという事になっている。何故だ? お前は二階に居たんじゃ無いのか? 何故キッチンが最も損傷が激しいんだ? 本当にお前の能力が原因なのか?」


 「……爆発があった……俺の、能力で……一階の……ブレーカーが……」


 「ブレーカー? キッチンには無い筈だ。違うか? 何かがおかしい。おかしいんだよ。冬の乾燥期だとしても火の回りが早過ぎる。深夜だという事を鑑みても通報が遅すぎる。消防の到着が遅すぎる」


 「どういう意味だ……」


 「分からない。もしかしたら、全て僕の単なる思い過ごしかも知れない。本当に君の能力が全てを、悲劇を引き起こしたのかも知れない。だが、僕の質問に答えられないのなら、君が真実を全て知っている訳では無いのなら、君の考えもまた、単なる思い過ごしなのかも知れないんだよ。あの場にいた君なら、謎を解けるかも知れない。僕のこの能力、精神干渉(マインドダイヴ)では限界がある。他人の記憶を100%引き出すような能力では無いからだ。だが、ミコちゃんなら、他人の記憶を操作出来る彼女なら、或いは……」


 「な、何の話だ?」


 「真実を知る事が出来るかも知れない。その可能性があるという話だ」


 「……オヤジとおふくろは……俺では無い誰かに殺されたって言いたいのか?」


 「それは分からない。証拠はない。動機も分からない。事故から既に一年半も経っている。普通なら迷宮入りだろう。事故として処理されたモノを今更蒸し返すのは困難を極めるのは間違い無い。だが、僕達には能力がある。君が事件に納得していないのなら、思い当たる節がほんの少しでもあるのなら、僕はいつだって君の助けになろう」


 「何で……他人のお前が……そこまで……」


 「……僕の父親はある有名な超能力の研究者だった。そして君の両親と同じように、一年半程前に、交通事故で……」


 「なん……だと……?」


 「僕は君の両親が亡くなった事を知らなかった。父親の不幸で手一杯だったからだ。僕は君が初めて部室を訪れたあの時まで、父親の不幸に疑問を持つ事は無かった。君が現れ、久しぶりに聞いた大東(おおひがし)という名前と、君の過去を僕の能力、既視感覚(デジャヴュ)で知って初めて疑問を持った。こんな偶然が有りうるのか? 同じ超能力の研究者で、それもどちらも第一人者ともいえる二人が同時期に事故で亡くなった。僕はどうしても偶然には思えない。必然としか思えない。君はどうだ? これが必然では無いと、偶然だとそう思うのか?」


 「……分からない……あの夜……俺は……自覚……能力を……使って……」


 「能力から離れろ! 能力以外の可能性を探るんだ。君の思い込みではなく、客観的事実を思い出せ! あの夜に何があったのか、何が起こったのか、何故逃げ遅れたのか、何故二人とも気づかなかったのか、何故二階より一階のキッチンが激しく燃えたのか! 僕の能力では把握し切れない、君自身の体験を! 思いを! 事実を! 僕の能力は死人や物には使えない。アキト! 君にしか分からないんだ! 何でもいい! 違和感を探れ!」


 捲し立てるように並べられた言葉が、アキトの脳を満たし、響き渡っていた。思い込みでは無い、客観的事実を脳内で俯瞰して思い出す。


 「……あの日はおふくろの誕生日だった。前日に……誰かからプレゼントが届いた。高そうなお酒だった。もし……もしも、そのお酒に……例えば、睡眠薬の様な物が混ざっていたとしたら……?」


 「! 誰だ!? 送り主は誰だ!?」


 「……分からない……興味が無かった……」


 「思い出せ! 君は目にしている筈だ。耳にしている筈だ!」


 アキトは目を閉じ記憶の糸を辿る。細い細い目に見えぬ程の糸を手繰るように、あの日の記憶を呼び起こす。


 その時、アキトの眼前に両親、マコトとサユリが現れ、微笑(ほほえ)んだ。

 

 サユリが口を開く。


 ――アキト、思い出して……会長よ――


 ――!


 「……そうだ、会長だ……確かおふくろは……会長と、そう呼んでいた」


 「会長……凄いぞアキト。これはヒントだ。これ以上無い、手掛かりだ。君の両親からのこれ以上無いプレゼントだよ! アキト、僕と共に来い。真実を暴くんだ! 二人で……いや、仲間を作るんだ。会長なんて呼ばれてるようなヤツだ。もし事故ではなく、ソイツが何らかの形で関わって居るとしたら、きっと一筋縄ではいかないだろう。リリィもミィナもミコちゃんだって、きっと協力してくれる! さあ! いつまで寝てる! 立て! 戻って来い!」


 ――オヤジ、おふくろ……!


 アキトは奮い立った。死んだ魚のような目は既に無く、その瞳にはしっかりと光が宿っていた。


 イトはアキトの手を取ると、思いっきり引っ張った。


 眩しい光が差す。光線が幾重にも飛んで来て、アキトの視界がホワイトアウトする。泥沼にでも浸かったかのように重かった体が、空でさえも飛べるかのように軽く感じた。アキトはしっかりとイトの手を握りしめ、負けじと思いっきり引っ張った。


 「うああああああぁぁ!!」


 アキトは叫んでいた。何も聞こえない、何も見えない真っ白な空間で思いっきり叫んだ。


 ――!


 次の瞬間、気づいた時には見覚えのある豪華な部屋に居た。一度目は情報交換の約束をした場所。二度目はリリィの胸で号泣した場所。そして三度目の今、イトに救われた豪華な自然科学部の部室。


 「やあ、おかえり、アキト」


 消耗し切ったイトが傍にいた。目は虚ろで肩で息をしている。お互いがお互いの手をしっかりと握っていた。


 「……なんだよ……こういうのはリリィみたいな可愛い女の子にお願いしたかったんだけどな……」


 アキトは笑ってそう言う。


 「ハハ……それはこっちのセリフだよ。君の様なムサい男じゃなくて、可愛いミコちゃんをこうして救いたかった」


 イトも笑ってそう言った。


 「アキト……これで終わりじゃない。ここから始まるんだ。独りでは雲を掴む様な話でも、仲間が、友人がいれば……手と手を取りあっていずれ真実の尻尾を掴む事が出来ると、僕は信じている」


 「ああ、お互いに足りなかった物だ。もう俺たちは、()()()じゃない」


 「よせ、僕は元々ぼっちじゃない」


 「……ふざけんな。アンタはぼっちマスターだよ。誇れよ……」


 イトはもう限界だった。フルに能力を使って激しく疲弊してしまっているようだった。瞼が落ちそうだ。既に手には力が無く、握りしめるどころか、ダランと力なく垂れていた。


 「リリィ……限界だ。後は頼む……僕は少し、休む……から……」


 イトはそう言い残すと、その場で気を失ってしまった。リリィは無言で頷くと、静かに眠っているミコをアキトに預け、イトを重そうに雑に抱えてズルズルと引き摺りながら奥の扉に消えて行った。


 アキトは暫くの間、ミコを抱いたまま彼女の顔を見ていた。閉じた目とほんの少しだけ開いた口。可愛らしい小動物の様な鼻。見慣れたようでいつの間にか大人びた、顔。アキトは自然と笑みがこぼれていた。


 「ミコ……ありがとな。ずっと俺を守ってくれてたんだな。自分が許せなくて、心が壊れてしまわないように、俺の記憶を消してくれてたんだな……俺が記憶を取り戻そうとする度、能力を使って記憶を消していたんだな……全てを思い出した今なら分かるよ。後ろめたかったんだな……それしか方法が思い付かなかったんだな……いっぱい悩んだんだろ? 分かるよ。お前の事なら何でも分かるんだ。無理しやがって……お前は昔から、そういう奴だった。意地っ張りで、がむしゃらで、一人で勝手に背負(しょ)い込んで、弱いクセに強がって、自分より俺を優先して、いつでも俺の味方でいてくれた。俺は……そういう所が、全部が、たまらなく好きなんだ……」


 アキトは静かにそう(ささや)くと、そっとミコの額にキスをした――


読んで頂いてありがとうございます。

次回で1章は終わりです。

明日またアップ致します。

宜しくお願いします。

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