16話 マッチ
16話 マッチ
「アキト! こっちだ。オドオドしてないで早くこっちへ来い!」
A組の教室を挙動不審に覗いているアキトを見つけたタケルが声を掛ける。
「ばっ! バカ! 声がデカいよ!」
恥ずかしくて顔を真っ赤にしながらアキトはタケルの元へと急ぐ。
タケルの机の周りには何人かの生徒が集まっていた。
「あっれー? アキトン、どしたの? ミコタンは?」
聞き覚えのある声がする。アキトが声のする方を見ると、マヤが笑顔で近寄って来る。
「おお! 御船じゃないか。久し振り。元気してたか?」
久し振りにマヤと顔を合わせたアキトは興奮気味に声を掛けた。
「いつも元気だよぅ! 今日はミコタンと一緒じゃ無いのかなぁ?」
「すまん。ミコたんは今保健室だ」
「えー!? どしたの? ミコタン、具合が悪いの? 大変! お見舞いに行かなきゃ! 早く保健室行こ? アキトン!」
「待て待て待て! 俺はタケルに用があるんだ。後で迎えに行くつもりだよ」
「そっかぁ、じゃあ、先に行ってるね! 用が済んだら直ぐに来てよね! じゃあね、皆んなバイバイ!」
騒ぐだけ騒いでサッサと教室を出ていくマヤに、場にいる者は皆んな呆気に取られている。
「……おい、お前ら知り合いだったのか?」
タケルが訝しげな顔でアキトを見ている。いや、タケルだけでなくその場に居る男子生徒全てがアキトを悪意ある目で見ていた。
「待て! 違うぞ! そんなんじゃないぞ! 御船はミコと仲が良いだけだ! ……多分……」
周囲の視線に耐えられなくなったアキトはそう言って誤魔化す。その時、
「ふ、ふざけるな! お、お前は何なんだ! み、御船さんにあだ名でよ、呼ばれるなんて! ゆ、許せないゾ! 天誅なんだゾ!」
タケルの前に座っていた生徒が急に立ち上がり、エラい剣幕でアキトに突っかかって来る。
「な、何だよ! だから違うって!」
アキトは焦ってなだめようとするが、相手の目は完全に血走っていて、聞く耳を持とうとしない。今にも殴りかかって来そうな勢いだ。
「待て待て! 森田! 勘違いするな! コイツにはミコたんって言う彼女が居る! 知ってんだろ? コイツが有名な若旦那だよ!」
タケルが堪らず割って入る。
「そ、そうなのか? そ、そうならそうと早く言ってくれよな。ぼ、僕の勘違いならい、いいんだゾ。み、御船さんはアイドルだから、れ、恋愛は禁止なんだゾ! じゃないとまたふ、不幸が……」
「森田! そのぐらいにしとけ!」
タケルが叫ぶ。森田と呼ばれた生徒はトーンダウンして何だか安心した様子だ。途端に挙動不審に周りをキョロキョロと見回している。
「タケル、まさかコイツが……」
「ああ、コイツが森田だ。森田ツカサだよ」
森田はいかにも草食系と言った感じで、細い手足にダボダボの制服、もう放課後だと言うのに寝癖の付いたボサボサの短髪が伸びてどうしようもないという出で立ちで、常にソワソワとして落ち着かない、何とも言えぬ奇妙な男だった。
――何だよ、コイツ。ほっそくで頭がボンバっててマッチ棒みたいなヤツだな。マッチと呼んでやろう。なんだか挙動不審だし、関わりたくねぇが、そうも言ってらんねぇし……
「森田、コイツがさっき言ってた俺のダチだ。名前は大東アキト。丸井ミコって彼女と同棲してる。頼む。話を聞いてやってくれ」
「お、おい! タケル!」
『アキト! そう言う事にしとけ! さっきの見たろ? アイツは極度の御船ファンなんだよ。キモ御船オタなんだよ! 御船に近づく者は全て敵なんだよ! 噂にビビって告白も出来ないチキンだけどな!』
タケルが耳元でとんでもない事を小声で口走っている。アキトは、うわぁ……と思いながら逆に冷静になれた。
「悪いな、マッ……森田。ちょっと聞きたい事があるんだ」
「何かな? ぼ、僕にわかる事なら、こ、答えてあげてもい、良いゾ」
相変わらずマッチはキョロキョロと視線が定まらないが、話を聞いてくれそうだ。アキトはホッと胸を撫で下ろしていた。
「自然科学部って知ってるか?」
「……く、詳しくはし、知らないんだゾ。人からき、聞いただけなんだゾ」
「何て聞いてるんだ? 探してるんだ。自然科学部を。頼む! マッ……森田! 何でもいい。教えてくれ!」
アキトはそう言って思いっきり頭を下げた。90度まで腰を折って誠意を示す。こういう相手には下手に出るのが一番だと、そう考えた。
「か、顔を上げるんだゾ。お、教えてやってもい、いいゾ。わ、悪い奴じゃ、無さそうだしだゾ」
急に得意顔になったマッチは、そう言って細い腕を組む。顔を上げたアキトは取り敢えず嬉しそうに笑顔を作る。
「ぼ、僕の先輩が教えくれたんだゾ。行きつけのゲ、ゲームセンターで知り合った、も、猛者なんだゾ!」
鼻息荒くそう言ってマッチはつらつらと先輩に聞いたという詳細を語り出した。
「あ、あの日……」
マッチの話は要点を得ず、非常に分かり辛かった。話が二転三転し、どうでもいい話がやたら長く、酷い吃音と相まって聞いているのが苦痛な程だ。それでもアキトは真剣に聞いた。話の途中で無理やり割って入ってでも有用な情報を引き出そうと試みた。
マッチの話を全て聞き終えたアキトは要約にかかる。
「つまり、マッ……森田がゲーセンに居た時に、そいつが話しかけて来た訳だ」
「そ、そいつじゃ無いんだゾ! せ、先輩なんだゾ!」
「……その先輩が、君は能力科の生徒だね、とそう言って笑顔で近づいてきて、能力の事で困ってる事はないかと。そう聞いたんだな?」
「そ、そう言ったんだゾ。何度も言わせないで欲しいんだゾ!」
「それでマッ……森田は、困ってる事などないと、他を当たれとあしらおうとした。すると、そいつ、先輩が自分は生徒会の一員だと名乗った。名前は……」
「か、柏木ユウセイ! それが先輩の名前なんだゾ!」
「……その柏木先輩が、何か能力の事で困った事があったら部室棟文化部会エリア一階最奥の部室、自然科学部に行ってみるといいと、そう言ったって事か……」
「そうなんだゾ! 先輩はぼ、僕のF式の虜だったんだゾ! まあ、僕くらいになれば、チキンガードもファジーガードも、つ、通用しないんだゾ! う、ウザいリバサ昇龍に詐欺重ねで処理した時なんかも……」
「待て待て! 訳のわからん格ゲーの話はもういい! その素敵な柏木先輩は自然科学部の部長は凄ぇヤツだと言っていたんだな? 超能力のスペシャリスト、人の心を読み、能力に精通し、知らない事は無いと? きっと力になってくれると、そう言ったんだな?」
「お、同じ事を! な、何度も! い、言わせるな! ハァハァ……」
「……じゃあ、最後だ! マッチ! お前は、その自然科学部に行ったのか!」
「……行ってないんだゾ……こ、心を読まれるなんて、ご、ごめんなんだゾ……てか、ま、マッチって何なんだゾ?」
「……気にするな」
タケルや周囲に野次馬の如く集まっていた生徒達は、アキトとマッチのやり取りを時に爆笑、時に苦笑しながら大人しく聞いていた。
「もういいだろ? これ以上問い詰めてもどうせ何も出てこないぞ?」
そう言ってタケルが割って入ってきた。呆れた様子で、いつの間にかマッチを追い詰めていたアキトを責める様でもあった。マッチは何かブツブツ言いながら憔悴しきっていた。
「すまん。マッ……森田。デカい声で問い詰めるような事をして悪かった。色々教えてくれてありがとう」
「……」
マッチは黙って俯いていた。
――ポーン
聞き慣れたメール受信音が鳴った。学園の生徒であれば誰でも聞いたことのある音だ。
その場にいた生徒達は皆、自分かも……と思い、スマホを取り出す。
――やべ! ミコからかも!
アキトもまた、自分のスマホを取り出した。マッチも焦ってスマホを取り出していた。
――!!
マッチがダボダボのスラックスのポケットから取り出したスマホの裏側に、ファイアパターンの模様が見える。所謂スマホカバーのデザインだ。
――まさか、な……
アキトは心臓の高鳴る音を感じながら自分のスマホを確認する。
メールの着信がある。やはりミコからか? そう思ってアキトはメールを開いた。
覚えのないアドレスから送られてきたそのメールには、招待状という件名が添えられていた。
「……悪い。メールは俺だ」
アキトがそう宣言すると、慌ててスマホを確認していた生徒達は気恥ずかしそうに各々自分のスマホをしまいだす。
アキトは席を外してメール本文を確認した。
――17時、部室棟入口にて待つ。単独で来られたし――
簡潔に書かれた文章を見て、胸の鼓動が高鳴る。時間は既に午後4時30分になろうとしていた。
――早っ! もう準備が整ったのか? こちらに対策を取らせない気かよ!? クソっ! 柏木ユウセイとかいうヤツに話を聞きたかったがそんなヒマ無いじゃないか! 行くしか……無いよなぁ……
昼休みの邂逅からまだ数時間しか経っていない。アキトは余りにも早く、余りにも急な呼び出しに焦る。暴力女や詐欺師の情報収集をし、あわよくば弱みでも握れれば……などと考えていたのだが、いきなりの呼び出しに無策で突撃するしかない状況に落ち着かなかった。
「皆んな、悪い! 俺はもう行かなきゃなんねぇ。マッ……森田もタケルもありがとな!」
「なんだよ。ミコ丸から呼び出しか? 彼女持ちは辛いな!」
タケルはニヤニヤしながらそう言ってからかう。
「そういう事にしておいてやる! じゃあな!」
アキトはA組の教室を飛び出ると、保健室へと向かう。階段を一段抜かしで駆け降りながら踊り場で急ブレーキを掛けた。
――ちょっと待て! 保健室に向かってどうする! ミコや御船を巻き込むつもりかよ! よく考えろ! ここはミコを御船に任せて直ぐに部室棟へ向かうべき場面だろ!
アキトは再び階段を駆け降りると、保健室とは逆方向、部室棟へ向かって走り出した。
「待ってろ! 俺はビビらねぇぞ!」
気合を入れて走る。校舎の玄関をスルーして部室棟へ。多数の生徒達が同じように部室棟へ向かっているようだ。彼らを追い越し走った。
部室棟前についた時、周囲には沢山の生徒がいた。そろそろ部活動開始の時間である午後五時になる頃合いだ。メールで指定された時間も午後五時。こんな目立つ場所で彼らは待っているのだろうか。頑なに顔を見せなかった彼らが気軽に声を掛けてくるとは思えなかった。不安がよぎる。
アキトはゆっくりと入口へと近づく。何となくビビっていると思われたく無くてキョロキョロフラフラせず、真っ直ぐに前を見据えて平然とした姿勢で歩く。だが、眼球だけは目まぐるしく動いていた。
――それっぽいヤツは居ないな……どこからでも来い。次は昼休みのようにはいかないぜ!
などと警戒しつつ、ドキドキしながら歩いていると、
――プルプルプルプル……プルプルプルプル……
「のわっ!」
平然を装っていたが、急に胸のスマートフォンが鳴り出した事に焦る。
アキトはついキョロキョロと周りを見渡し、何事も無かったように電話を取り出す。番号非通知の着信に、来た! と直感した。
「……もしもし。」
『やあやあ、アキト。忘れずに来たね。そのまま文化部会側一階最奥まで来てくれるかな?』
「……出迎えは無しかよ」
見られている。どこからか観察しているな。そう感じたアキトは周囲を見渡す。遠くで小さな黒猫がこっちを見ているだけで、怪しい人物は居ないようだった。
『いやいや、すまない。こちらも多忙でね。完全に人手不足だ。迎えに行きたいのはやまやまだが、すみませんが一人で来て頂けますかな?』
またあの詐欺師の様な飄々(ひょうひょう)とした声が耳元で聞こえる。わざとらしい敬語に心を乱される。
「直ぐに行くから首を洗って待ってろ」
『コラコラ、待ちたまえ。電話はそのままだよ。そのまま、特別に僕がナビをしてあげよう。迎えを出せなかったせめてもの償いだよ』
「……それは有難いね。まあ、出来れば女の子と喋っていたいんだけどな」
考える暇を奪う様な提言にマジかよ……と思いながらもアキトは強がってみせる。相手の姿も目的も全く分からないアキトにとっては焦りと戸惑いが大きくなっていく。電話を切りたくてたまらないが、切ってしまうとなんだか負けてしまったようで気に食わない。精一杯強がるのがアキトにとって出来る事の全てだった。
『ふむふむ、それはすまないね。君の大事な人でも連れてくれば良かったかな?』
「てめぇ! ミコに何かしてみろ! 絶対に許さねぇ!」
堪らず叫んだ。周囲には沢山の生徒がいる。皆驚いて一様にアキトを見ている。
『おいおい、ダメじゃないか、アキト。そうやすやすと自分の弱点を晒す様な事はするもんじゃないよ』
――!! しまった! コイツはミコの名前を一度も口にして無い!
『まあまあ、君が素直ならミコちゃんには危害を加える様な事はしないつもりだよ。安心したまえ』
「……信じていいんだな。お前がもし……」
――ブツッ
「げっ! で、電話が……切れて……いや、電源が落ちてる! 壊れたのか? ヤバいヤバいヤバい!」
アキトは焦ってスマホの電源を入れ直す。どうも壊れている訳ではないようだ。画面にロゴマークが浮き出る。
――プルプルプル……
「もしもし! インディオか? 早まるなよ!」
『アキ? 何を言っているのですか? インディオ? 誰ですか、それは?』
「げっ! ミコか?」
『げっ! とは何ですか! アキ! 一体何処に居るんですか! か、彼女を放ったらかしにして一体何処をほっつき歩いてるんですか!』
「ミコ! 落ち着け! 今は取り込み中だ! 大事な用があるんだ! いいか? 絶対そこを動くなよ! アヤコ先生はいるか? 御船はそっちに行ったか? 居るなら三人でそこに居ろ!」
『先生もマーヤもここに居ます。アキも早く来てください!』
「体調はどうだ? 熱は下がったのか?」
『アヤコ先生の処方するお薬は流石です。すっかり良くなりました。そんな事はいいんです! アキは……』
「待て待て待て! 今は話している時間が無い! いいか、ミコ。直ぐにそっちに行くから絶対にそこを動くなよ! 兎に角、一度電話を切る。頼むから大人しくしていてくれ! 後で何でも言う事を聞いてやる! だから、今は俺の言う事を聞いてくれ!」
『……分かりました……約束、ですよ?』
「……約束だ」
そう言ってアキトは電話を切る。
――何だってこんな最悪のタイミングで電話してくんだよ! ヤベぇよ! てか、いつの間に御船の事マーヤなんて呼んでんだ? いやいや、そんな事より早く電話を掛け直さないと! ん? 非通知じゃねぇか! どうすんだ、コレ! 仕方ない。行くしかねぇ!
――プルプルプル……
「もしもし!」
『やあやあ、アキト。ミコちゃんは元気だったかな?』
「てめぇ!」
『まあまあ、早く部室棟へ入りたまえ。直ぐに左に曲がって突き当たりを右だ』
「言われなくたって!」
アキトは急ぎ足で部室棟最奥の部屋へ向かう。不思議と誰も居なかった。部室棟の前にあれだけいた生徒達が、何故か部室棟内部には一人も居ない。シンと静まり返っていた。左に曲がって突き当たりまで来た時、
『どうだい? アキト。』
「何がだよ!」
『落ち着かないだろう?』
「誰のせいだよ!」
『ハハハ、違いないね。さあ、早く、こっちへ来たまえ』
――このヤロー。人をおちょくりやがって!
アキトはゆっくり右を向き、最奥の部屋へと向かって歩き出した。
『鍵は開いているよ。ラッキースケベな展開は無いけどね』
「何の事だ?」
『さあ、なんの事だろう?』
真っ白な扉の前に到着したアキトは、左手に持ったスマホを耳に当てたまま、右手でドアノブを握る。
「着いたぞ」
『うんうん、知っているよ』
アキトはしっかりとドアノブを握り直し、胸の鼓動を抑えるように努めながら、ゆっくりとドアノブを捻った。
読んで頂いてありがとうございます。
次回も明日投稿させて頂きます。
宜しくお願いします。




