17話 パラベラム
17話 パラベラム
――ガチャ……
アキトは安っぽいドアを開けて部屋へ足を踏み入れた。
知っている。豪華な部屋。高級そうなソファ、大きな水槽。
「やあやあ、いらっしゃい。僕の城へようこそ」
「なっ! なんだ、それ!」
豪華な机に座り、腕組みをして眼鏡を掛けた白衣の男は、サラサラした長髪をツインテールに纏めていた。
「誰得だよ! 気持ち悪ぃ!」
「おやおや、やはり不評だね。だから僕も言ったんだよ。でも彼女は凄く満足そうだったからね。あの日以来、彼女の感情が豊かになった。アキト、君のおかげだよ」
白衣メガネの男はそう言って自身のツインテールをクルクル回している。
「……やはり俺はここに来たんだな。あの日の記憶は無いが、何となく分かる。俺はここで何をした? 何があった?」
「……君がここを訪れるのは、今回で三度目だ。いい加減覚えて欲しいものだよ」
「ちょっと待て! どういう事だ? 三度目だと? そんな筈は無い! いや、有り得ない話じゃないが、だったらいつだよ? 一体俺はいつ、此処へ来たんだ」
アキトの訴えにツインテールの男はさして興味も無いようだった。アキトに記憶が無かろうと、彼はただ事実を言ったに過ぎないといった様子でため息をついている。メガネのレンズが光を反射し、レンズの奥の目も顔色も確認出来ず、胡散臭さも相まって何を考えているのか推し量る事さえ容易では無い。
「やれやれ、君の忘れっぽさにはいい加減辟易だよ」
「クソッ! 分からねぇ。お前は誰だ? インディオと言ったな。本名じゃ無いんだろ? 何が目的なんだ! 何を知ってる? 俺の事を知っているのか?」
「ちょいちょい、落ち着きたまえ。今は二人っきりだ。男同志、ゆっくり話をしよう」
豪華な部屋にはインディオと名乗った詐欺師風の男しか居ない様だった。アキトは暴力女、リマを探すが、他に人の気配は無いようだ。アキトは何時でも動けるように警戒しつつ、ゆっくりとインディオに近づこうとする。
ふと、インディオが組んだ腕を解いた時、手に何かが握られている事に気づく。鈍く黒光りしたそれは、アキトの浅はかな行動を制限するには充分な代物だった。
所謂、拳銃。ピストル。ハンドガン。或いはモデルガンか、エアガンの類かもしれない。冷静に考えれば、ただの高校生が本物の銃を持っている訳は無いだろう。だが、冷静さを欠いているアキトには確信が持てず、また得体の知れないこのキモいツインテールの男なら、もしかしたら本物を持っているかも、と思わざるを得なかった。
「物騒なもの持ち出しやがって……」
「そうそう、大人しくしてくれると助かるよ。本物だと思うかい? 偽物だと信じたいかい? 確率は50%だ。実際に撃たないと確信は得られないよね。でも、出来れば僕も人に向けて撃ちたくは無いんだ。」
「……」
アキトが黙ったのを確認すると、ツインテールの男はニヤリと笑い、静かに語り出した。
「ファブリカ・ダルミ・ピエトロ・べレッタS.p.A製Px4ストームだよ。美しいとは思わないかい? モデル92もいいが、クーガーから受け継いだロテイティングバレルの動きは見ていて惚れ惚れするよ。デザインはジョルジェット・ジウジアーロ。流石だね。イタリアンデザインは粋で伊達だよ」
そう言いながら、手に持ったハンドガンのスライドを引いたり、レバーを弄ったりしてはニヤついている。
「知るかよ……アブねぇヤツだな……」
うっとりした顔で手に持つハンドガンの自慢をするインディオに呆れたように返すアキト。
銃器に一定の知識のあるタケルならまだしも、その辺の知識に疎いアキトには何を言っているのか、ガチャガチャと弄くり回して何をしようとしているのか全く理解できなかった。
「さてさて、三度目の自己紹介をしよう。僕の名前は長南イト。自然科学部の部長と言えば大体は僕の事だよ」
イトは壁に向かってハンドガンを構え、もういい加減言い飽きたと言わんばかりにおざなりに自己紹介する。イトが照準を合わせた先の壁には人型のターゲットが貼られている。
「……噂には聞いている。名前も、エアガンマニアだって事も知らなかったけどな」
「……アキト、十日程前君が初めてここを訪れた時、僕は今と同じ事を言ったんだけどね。二度目はミコちゃんと一緒だった。あの時は約束を破った事を大目に見てあげたんだ。ミコちゃんに感謝するべきだね。まあ、記憶を亡くしているのは直ぐに分かったけど、それとこれとは別じゃないかな?」
「……それで、その約束を破った事に対する報復なのか? それでこんな事をしているのか?」
アキトはエアガンという所をイトが否定しなかった事にホッとしながら質問した。
「まあまあ、僕の目的はあの日言った通りだよ。君を自然科学部の一員に迎えたい。ただそれだけさ」
「はぁ? なんだよそれ! どういう事だよ!」
「おいおい、勧誘だよ。分かるだろう? 招待、招致、説得、誘惑、まあ、なんでもいい。うちの部は新歓期の勧誘はしてないんだ。取り敢えずこの用紙に一筆書いてくれるだけでいいんだよ」
イトは豪華な机に置かれていた紙切れを摘み、ヒラヒラと揺らしながら笑顔で迫る。
「断る! バカか? こんな散々な目に合わされてハイハイそうですか、これから宜しくどーぞ、なんて言うとでも本気で思ってんのか!?」
「不満かい?」
「当たり前だろ!」
「どうしても?」
「しつこい!」
「あらあら、困ったな……」
イトはそう言いながらハンドガンからマガジンを抜き、ポケットから取り出した金色に光る物体をマガジンにはめ込んでいる。
「……なんだよ、それ?」
嫌な予感がしたアキトは堪らず質問する。まさかとは思うが、問わずにはいられなかった。
「おやおや、気になるかい? 何だろうね、これは。……確か、マガジンに込める物と言えば一つしか無かったと思うな。他に思い当たらない」
「お、おい……お前、まさか……」
「……ご名答だよ。そうさ、弾だよ、弾。弾丸、バレット。より正確に言うなら、カートリッジ、アモ、実包、弾薬。9mm×19mmパラべラム弾フルメタルジャケット」
「こ、ここは日本だぞ! 何だってそんなもの……」
「この9mmパラはヨーロッパでは主流だが、アメリカでは人気が無いそうだよ。なんでも、マンストッピングパワーに欠ける、つまり一撃で対象を無力化出来ないから、という理由らしい。もっとデカくて初速の遅いガンが人気なんだってね。一発でよりダメージを与えたいワケだよ。そうそう、だからと言ってアメリカ人が野蛮って言いたいワケじゃないよ。一発で止まらなければ結局誰でも二発、三発撃ち込むんだから! まあ、ここは平和な日本だし、反動が少ない9mmパラが合ってると思うんだ。初速の良さが逆にサプレッサーとの相性を悪くしているのが難点と言えば難点だけどね」
「そんな事を聞いてんじゃねぇ! 俺はそんな危険な法に触れる様な物を、何故ただの高校生が持っているのかと聞いているんだ!」
「……パラべラムの意味を知っているかい? ラテン語の諺……諺なのかな? Si Vis Pacem Para Bellum。汝平和を欲するなら戦いに備えよ。これが名前の由来だそうだよ。パスカルの言葉に通じるモノがあるとは思わないかい? 力無き正義は無力であり、正義無き力は圧制である、っていうアレだよ」
「……何が言いたい?」
質問をはぐらかし、まるで悪びれもせず好き放題に語るイトに半ば呆れながら渋々相手をするアキト。だが、話が思わぬ方向に進んでいる事に不安と胸騒ぎを感じていた。
「詰まるところ、バランスだよ、バランス。平和を望むなら、圧制に立ち向かうなら、こちらも力がいるんだ。抑止力としても、誇示するにしても、現実に争う事になっても、ね。正義を振りかざすなら、相応の力がいるんだよ」
「お前は何と戦ってんだ! 俺を何に巻き込もうとしてんだ!」
「あらあら、前にも言われた様な気がするよ! では、君の言葉を借りよう。持つものと持たざる者が居るのなら、そこに争いの火種は生まれる」
「……言った覚えはないが、共感は出来る」
「そうだろうとも。だが、僕の考えは君とは全く正反対だが、ね」
「どういう意味だ?」
「君は持つ者が持たざる者を支配し、搾取するのだと、そう言ったんだよ。持つ者が持たざる者を蔑み、隷属させるのだと。或いは持つ者がタレントやギフトを放棄し、持たざる者に歩み寄るべきだと主張した。愚行としか言えないが、言いたい事は分かる。だがね、行動へと駆り立てるのは嫉妬と野心、そして欲だよ。そして欲望という感情はうねりとなり、やがて暴力へと昇華する。」
「待て、それは違う! いつだって始まりは権力者の、それこそ圧制への弾劾だ! そこに嫉妬なんか無い。苦痛から逃れる為の行動なんだ。それこそが正義なんだ! それに、嫉妬が必ずしも悪いワケじゃないだろ。努力の切っ掛けになる事だってある。暴力へと姿を変えるのは寧ろ稀なんじゃないのか?」
「いいね……いいよ、アキト。その調子だ。もっと……考えろ。思考しろ。頭を使うんだ」
イトはそう言うと口角をクイッと上げ、胡散臭いニヤけ顔をして続ける。
「君は為政者と民衆を例に挙げたようだが、僕が言いたいのはもっと身近な……そう、例えば、金持ちと貧乏人、天才と凡夫、有能と無能、或いは人気者と嫌われ者、リア充と非リア充、アイドルとぼっち、そして、能力者と非能力者……」
「……つまり、どういう事だ? 実質は支配する者とされる者だが、お互いの関係性が希薄という事か? 恨まれる様な事をしてもされてもいない場合……」
アキトは思考の整理に手間取っていた。何が正しくて何が間違っているのかイトが何を言わんとしているのか、思考の深みに嵌って抜け出せないでいた。
「アキト、君が金持ちなのか貧乏人なのか僕は知らない。リア充なのか非リア充なのかなんて分からない。でもね、一つだけハッキリしている事がある。超能力を自覚しているという事は、君が望むと望まざるとに拘わらず、既にこちら側の人間なんだという事だよ」
「……悪いが、俺の能力なんて人から羨ましがられる様なモノじゃない。アンタと一緒にしないでくれ!」
「超能力なんてどれもこれも似たようなモノだよ。所詮は物理法則に縛られ人間の枠を超えられない。超能力と言えど、何かしらの対価を支払わないと現象を引き出せないし、人間の領分を超えて物理法則を逸脱する事は叶わないんだよ。ただ、超能力というのは特殊な才能なんだ。例えば、走るのが得意な奴も居れば、苦手な奴も居る。でも、どんなに遅くとも走る事自体はさして難しい事では無い。一方、超能力はと言うと努力ではどうしようも無いんだ。才能が無い奴がどう頑張っても超能力を使うようにはなれない。能力科に所属していようがいまいが、使えない者は絶対に使えるようにはならないんだ。その上能力者は極一握りの人間に限られる。同年齢100万人の少年少女の内この陣屋学園能力科に入れるのは僅か50人余りだ。その中で能力が開花する者は半数にも満たないだろう。大した能力じゃ無くても、制約と法則に縛られていても、嫉妬や羨望そして畏怖の対象になってしまうのはこの為だよ。そして負の感情はいずれ迫害へ、暴力へと向かうだろう。それこそが僕がもっとも危惧する所だよ」
「……つまり、アンタは能力者を非能力者の迫害から救う為に戦っていると言いたいのか?」
「いずれ現実にそうなった時の為に力を付けているだけさ。そうならないのなら、それはそれで良いんだよ。数の暴力というモノは恐ろしい。マジョリティはいつだって自身が正義だと錯覚する。そしてそれはいつだってマイノリティへの抑圧へと向かうものだよ。平和を欲するなら戦いに備えよ……君を勧誘するのもそういった理由からだよ。君が望むなら僕が超能力のより良い使い方を教えてあげよう」
「言いたい事は分かった。反論したい所だが、それよりも気になる事が一つ、超能力は伸ばせるのか? さっきアンタは使えるか、使えないかの二択、0か100だと言ったな?」
「言葉の綾だよ。より正確に言うなら、0か100以上か、だよ」
「俺の能力を知っていると言ったな? 俺自身よく分かってない変な能力も伸び代があるってのか? 努力次第で自分で思うさま扱えるようになるのか?」
「いや、君はただ思い出すだけでいい」
「何をだ?」
――ガチャ……
その時、奥へと通じる扉が音を立てて開いた。奥からゆったりと出てきたのは、金髪の美しい少女。オープンフィンガーグローブを嵌めた右手にはコンバットナイフのようなものが逆手で握られている。
「!」
アキトと目が合う。アキトは何かを言おうとして声が詰まった。美しさに息が詰まった。いや、それだけでは無い。知っている。初めて顔を見た筈の噂の金髪美女の顔に確かな既視感、見覚えがあった。そしてなにより、何故だか暖かい感じがした。
「やあやあ、リリィ、ご苦労様。準備が整ったようだね。さて、時間潰しもそろそろお開きだね」
そう言ってイトはまた、いつか見た様な含み笑いでアキトを見る。アキトは何が何だか分からない。散々好き放題喋っておいて、人を部活に勧誘までしておいて時間潰しと言い切るイトに不信感を抱き、彼を睨んだ。
「……さてアキト、君は自分の能力の秘密を知りたくはないかい?」
メガネの奥のイトの眼は、上がった口角に反して、全く笑っていなかった。
読んで頂いてありがとうございます!
続きはまた明日です。
宜しくお願いします。




