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私立陣屋学園能力科  作者: みやもと なまにく
1章 自然科学部
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13話 最悪のキス

13話 最悪のキス


 自販機に着いたアキトは、小銭を取り出しながら何を買おうか迷っていた。


 「スポーツドリンクが売り切れとはね。熱にはスポドリって相場は決まってんだけどな! 全く、運動部の奴らってのは節操(せっそう)が無いな。二つとも売り切れにするかよ……」


 自販機に並べられた二つのスポーツドリンクのボタン。両方とも売り切れのランプが点灯しているのを見て、アキトは愚痴(ぐち)りながら、水とお茶のどちらにしたものかと迷っていた。


 「……水だな。何故なら安いから。ミコ、すまん、ポチっと」


 ――ゴトン


 痛い独り言を呟きながら出てきたミネラルウォーターを取り出し、さて保健室に戻ろうかというその時、


 ――ガン!


 「ぐはっ!」


 アキトは思いっきり自販機に顔を押し付けられていた。すかさず何者かによって左手を後ろ手に()められてしまい、激痛が走る。


 「いでっ! 誰だ?! 何すんだ!」


 言ったそばから咄嗟(とっさ)に自販機についた右手をヒールのある靴で踏みつけられ、口の中に何か柔らかい物を押し込められてしまう。


 ミネラルウォーターは手から転げ落ち、地面をコロコロと転がっている。


 「ふがっ! ふがっご、ふがんふごがっ!」


 再び頭を押さえつけられ、顔が自販機にめり込む。左手は相変わらず極められてしまって微動だに出来ない。動こうとする度に上手い具合に力を入れられ、完全に体をコントロールされてしまっている。右手は細く長い綺麗な足で、器用に踏みつける様にして、自販機に貼り付けられている。その上、足を動かそうとするとバランスが崩れてしまうという八方塞(はっぽうふさ)がりの状況にある。


 「へめぇ、はんはってほんなほとふぉ!」


 何を言っているのか全く分からないが、アキトが動かせるのは口だけだった。鼻呼吸で息を整え、反撃のチャンスを待つ。


 「フリーズ……動くな。……騒がないで」


 ぞんざいに言い放たれる。静かに感情の全くこもっていない、それでいて美しく、聞くものを魅了するような女性の声だ。彼女は続けて言う。


 「コマンダーからメッセージがある。ゆっくりと両手をベンダーに付けて」


 そう言ったかと思うと、顔を押し付ける圧迫感が無くなり、代わりに何か硬いものを背中にゴリゴリと押し付けられた。ゆっくりと左手の拘束(こうそく)が解かれていく。


 ――クッソ! 何なんだコレは! 女にいいようにされて、情けねぇ!


 アキトは言われるままゆっくりと両手の平を自販機に付けた。すると、すかさず耳にイヤホンのようなものがねじ込まれた。


 『――やあやあ、アキト。久し振りだね。と言っても、君は覚えていないだろうがね。』


 若い男の声だ。嫌味のある、詐欺師(さぎし)のような声。アキトはそんな印象を受けた。


 「へめぇふぁはれは!」


 『……取り敢えず口の中の物を何とかしたまえ、ブラボー』


 アキトの声が聞こえているらしい。インカムなのだろう。


 耳にねじ込まれたインカムから胡散臭(うさんくさ)い男の声が聞こえるや否や、口から異物が取り除かれた。口に突っ込まれた手にはゴム手袋が()められている。


 「テメェら! 何モンなんだ! こんな事してタダで済むと……」


 ――ガン!


 「痛ってぇ!」


 「Shut the fxxk up!!」


 アキトが喋ると直ぐに頭を抑えられ、毎度自販機にキスする羽目になってしまう。勢いよく打ち付けられる為に、口の中は出血し、血の味がした。


 ――クソッ! 自販機にキスとか何も嬉しくねぇぞ! 何なんだ! 一体誰なんだ!


 アキトは何とか犯人の顔だけでも、と少しずつ顔をずらすのだが、犯人の位置取りが絶妙で顔どころか、姿も捉える事が出来ないでいた。


 チラリと金色の髪が(ひるがえ)るのが見えた。


 ――金髪!? まさか!


 『ブラボー、汚い言葉は止めるんだ。いい女が台無しだよ。……アキト、君は相変わらず元気がイイね……余り時間が無いんだ。騒がなければ直ぐに終わるよ。君もまた口に僕の靴下を突っ込まれたくはないだろう?』


 「なっ!!」


 アキトは絶句してしまう。と同時に吐き気をもよおしてくる。


 『ハハハ、冗談だよ、冗談。でも、静かになったねぇ。』


 「くだらねぇ冗談言ってんじゃねぇぞ! 笑えねぇ!」


 アキトの目は言葉とは裏腹に涙目だった。


 『ではでは、暖まってきたところで本題といこうか』


 「……ちょっと待て。この背中に押し付けてる物はなんだ? ゴリゴリと痛いんだよ」


 『おやおや、別に君の背中を撃ち抜こうとは思ってないさ。ただのスタンガンだよ。ちょっとばかし電圧を上げてはいるがね。成人男性でも確実に一撃で昏倒(こんとう)する。二日ぐらいはまともに歩けなくなるかな?』


 「……なんだってそんな物騒なモンを……」


 『そうそう、自己紹介がまだだったね。僕の名前は……うん、言ってもいいんだが無闇(むやみ)に君の記憶に刺激を与えたく無い。そうだね、インディオとでも名乗っておこう。後ろの彼女の事はリマとしておこうか』


 「……そのインディオさんとリマさんが俺なんかに何の用ですかね?」


 精一杯の強がりで不満をたれるアキト。何が何だか分からないが、ストレスマッハである事だけは伝えなくてはならないと思っていた。


 『僕の要求はただ一つ。君を僕の城に招待したい。それだけだよ。』


 「はぁ? それだけの為に、こんな事をしているのか?」


 『ふむふむ、僕は石橋を叩いて壊す程の堅実派なんだよ。確実に君が、一人で、誰にも相談せずに、忘れずに僕の城に来なくてはならない。その為には少々荒っぽい事も躊躇(ためら)わないという事だ』


 「何が堅実派だよ。臆病者の間違いだろ!」


 『あらあら、確かに! そうとも言うね。流石はアキト。そういうシニカルな所は嫌いじゃないよ』


 インディオはアキトの皮肉も全く意に介さないようで、むしろ嬉しそうな声に聞こえる。


 「……このまま拉致する気か?」


 『いやいや、まだその時ではないよ。こちらにも色々と事情があってね。然るべき時にこちらから連絡する……と言う理由だから、君の連絡先を聞いておこう。携帯電話は持っているかな?』


 「……スマホならブレザーの内ポケットに入ってる」


 『よしよし……ブラボー聞いたな? それと、10時の方向30メートル、インカミングだ。急げ、ハリー』


 そう聞こえて、それから沈黙した。アキトは胸ポケットを漁るどころか、何もしてこないリマを不思議に感じた。更に、また何か言ってくるだろうとインカムを突っ込まれた耳に注意を払っていたのだが、インディオも黙したまま何も言ってこない。


 背中には相変わらず硬い物が押し付けられている。アキトは実物を見た事は無いのだが、雑誌か何かで見たスタンガンを想像して(きも)が冷える思いをしていた。


 どのぐらいそうして膠着(こうちゃく)していただろうか。ふと、見た事のあるスマホがアキトの目前を通り、胸ポケットにしまわれようとしていた。


 ――!!


 ――スポッ


 確かに胸に感じられるスマホの重量感。


 ――なっ! なんだ?! 何でこの女が俺のスマホを持っているんだ! いつの間に抜き取ったんだ!? そもそも今のは本当に俺のスマホなのか!?


 『さてさて、用は済んだよ。繰り返しになるが、然るべき時に連絡を入れる』


 アキトは急に発せられたインディオの言葉に焦ってしまう。


 「用は済んだだと? それは一体どういう意味だ!」


 『まあまあ、言葉通りだよ。君を脅し、連絡先も手に入れた。君は僕に従う事を余儀(よぎ)なくされたという事だよ』


 「……そんな脅しに屈するとでも本当に思っているのか?」


 『おいおい、言わなくても分かるだろう? 僕は君の大事な人の事も良く知っている』


 「クソがっ!」


 『そうそう、これも言っておこう。僕は君の能力も知っている。この意味を良く考えるんだ。それじゃまた、(しか)るべき時に――』


 「おい! どういう事だ! 説明しろ!」


 それきりインカムからの返答は無くなり、耳から外されてしまった。


 やがて背中の異物感が消えた。直ぐには状況を飲み込めないでいたアキトだが、ハッとして後ろを振り返る。


 リマの姿は既に無かったが、遠くで金色の髪が翻るのが見える。


 「! やっぱり……まさか、アレが金髪美女の正体だってのか? もしそうだとしたらタケルの奴、とんでもない女に手を出そうとしてやがる……」


 アキトは地面に落ちているミネラルウォーターを拾い上げて溜息をつく。蓋を開け、飲もうとしてインディオの言葉を思い出した。


 「おぇぇぇぇ……」


 口に含んだミネラルウォーターを吐き出す。更に何度も口に含んではすすいで吐き出した。


 「あのヤロー、気持ち悪い事言いやがって! 冗談じゃ済まされねぇぞ!」


 先程買ったミネラルウォーターは既に無くなってしまっていた。


 「クソッ! 安い水にした罰だな。そうだ! ミコ!」


 アキトは直ぐにミネラルウォーターとお茶を買い直そうと自販機に千円札を投入すると、


 ――バチッ! ゴトン、ゴトン、ゴトン


 ボタンを押してないにもかかわらず、お茶がどんどん出てくる。


 「うおっ!!」


 アキトは焦ってミネラルウォーターのボタンを押すと今度はミネラルウォーターが出てくる。慌てて返却レバーを引いた。


 結局お茶三本とミネラルウォーターが一本。お金も四本分きっちりと取られている。


 「何なんだよ! 踏んだり蹴ったりだ!」


 アキトはミネラルウォーターの蓋を開け、浴びるように飲んだ。


 「色々思う所はあるが……考えるのは後だ。さて、早いとこ保健室に戻らねぇと」


 そう言いながらも胸ポケットにしまわれたスマホを確認する。やはり自分のスマホのようだ。


 「……どういう事なんだよ。ワケが分からねぇ……」


 アキトは口に突っ込まれた白とスカイブルーのボーダー柄の布を思い出しながら苦虫を噛み潰したような顔で保健室へと向かうのだった。


読んで頂いてありがとうございます。

楽しんで頂けると嬉しいです。

それでは、続きはまた明日。

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