12話 保健室
12話 保健室
――キーン コーン カーン……
聞き慣れたチャイムが昼休みの到来を告げる。ある者は猫の様に伸びをし、ある者はそそくさと教室を出ていく。大多数は友人と談笑し、昼食の相談でもしているように見える。
そんな様子をチラ見しながらアキトはおもむろに弁当を取り出すと、急いでミコの机に駆け寄った。
「ミコ、今日は久し振りに一緒に学食に行かないか? またあのキラキラした円卓で優雅なランチと洒落こもうぜ!」
普段はクラスの弁当組で何となく固まって昼食を取っている。能力科という特殊性からか、入学して間もないからか、それともいろんな地域から集まって来て元々知り合いが居ないからなのか、アキトのクラスは意外に纏まっており、皆仲が良かった。
ただし、教室弁当組のほとんどは女子である。更に日を追う毎に一人また一人と男子が減っていき、アキトのぼっちぶりに拍車をかける事になっていた。
「なーに? またデートのお誘いなワケ? 私達のミコっちを独占しないでくれる?」
そう嬉しそうに言ってきたのはクラスでも派手な女子生徒、八代ナナだ。ミコの頭を撫でている。
「ばっ! そんなんじゃねーよ! ミコの元気が無いからさ、何だったらお前達も一緒に来るか?」
「えー? 二人の邪魔なんて出来ないよー。ね、ネネ!」
ネネというのは同じくクラスメイトで、八代ネネの事だ。ナナとは双子の姉妹で、ナナが姉、ネネが妹である。能力科の美人双子姉妹(本人談)との触れ込みらしいが、あまり浸透はしていないようだ。ミコはこの二人と仲良くしている。
双子らしく見た目が瓜二つのナナとネネは普段は見分けが付くようになのか、長い髪を尻尾の様にサイドに纏め、ナナが右側、ネネが左側に垂らしている。いわゆるサイドテールであるが、たまに左右逆にして入れ替わって遊んでいるようだ。
知り合って日が浅いクラスメイトや担任のコトミ先生は軒並み見分けが付けられないのだが、何故かミコだけは完璧に見分けが付くらしく、二人に気に入られる結果となった。アキトは派手で口が悪い方がナナ、大人しいが毒舌な方がネネという認識でいるが、だいたい合っているらしい。
「ん? ミコ、どうした? お前……具合が悪いのか!?」
アキトはミコの様子がおかしい事に気づき、咄嗟にミコの額に手を当てる。
「やっぱり、かなり熱いな。無理しやがって」
そう言いながらミコの頬や首筋に次々に手を当て、体温を確認する。普段ならミコの体調の変化に気付かない訳は無い。だが、ここの所お互いギクシャクしているのと、自分の事で精一杯だったアキトは全く気付けなかった事に少々苛立っていた。
「ちょ、ちょっと! こんな所で……」
「きゃっ! 大胆ですぅ……」
当たり前の様にミコの体をベタベタ触るアキトに、ナナとネネは頬を真っ赤にして驚いている。
アキトは全く意に介さずにミコの様子を伺っていた。
「ミコ、保健室に行くぞ。おぶってやるから、早く乗れ!」
アキトはそう言って背中を向けるのだが、ミコはモジモジして何事か呟いている。
「ん? どした?」
「アキ……その……恥ずかしいです……」
「バカヤロー! そんな事言ってる場合かよ!」
「で、でも……皆さんが……」
アキトは教室中の生徒達が注目している事に気がついた。まだ大半の生徒が残っている。アキトが睨みを利かせると皆一様にしれっと目を逸らす。
「ったく……しょうがねーな!」
埒が明かないと、そう思ったアキトはミコを強引に抱き抱える。つまり、お姫様抱っこというやつだ。
「ちょ、ちょっと待って下さい! アキ!」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
「ち、違います! その、パンツが……見えちゃいます!」
「どわっ! わりぃ!」
余りに強引に抱き抱えたせいでスカートが捲り上がっていて、ミコは必死に隠そうとしている。更にスカートの丈が短く、抱えた時にスカートを巻き込めずに垂れ下がってしまっている。必然的に上がった足側からはパンツが丸見えになってしまっていた。
「キャー! バカアキト! 早く降ろしてあげて!」
ナナとネネはすかさずミコの足側に位置取り、手や体で隠そうと必死だ。
「す、すまん!」
ゆっくりとミコを降ろしたアキトは苦笑いするしかなかった。
「そもそも、お前が恥ずかしがったりするからだな……だいたいそんな短いスカート履いてるから……」
「コラ! バカアキト! 男ならグダグダ言わない! 早くおんぶして保健室に連れてってあげて!」
ナナは腕組みして怒っているようだ。
「私達も付いてってあげようか?」
ネネは不安そうにそんな事を言っているのだが、
「ネネ! ダメだよ、ほら……」
ナナはコソコソと何事かネネに耳打ちしている。
『ミコっち最近うまくいってないって言ってたじゃん。看病させて、あわよくばってやつよ! 折角のチャンスなのよ!』
「そうだね! うん、早く行って!」
二人は顔を見合わせると、示し合わせたように早く保健室へ行くように迫る。
ほらほら、と何事かを耳打ちされながら二人に背中を押されたミコは、恥ずかしそうにアキトにおぶさった。
「すみません、アキ。厚意に甘えさせていただきます……変な所触らないで下さいね」
「ばっ! バカ! 触るわけないだろ! 何を言ってんだよ……」
ナナとネネに見送られながらアキトは保健室に向かおうとする。ミコにおかしな事を言われて変に意識してしまっている。手のやり場に困る。その動揺をナナとネネが見逃すはずは無く、
「アキトー! 保健室に着いても襲っちゃダメだぞー!」
「ミコ、チューして移せば治りますよ! チャンスですよ!」
などと好き放題に煽ってくる。アキトは急に恥ずかしくなってきて顔を赤らめていた。ミコは逆に吹っ切れたようで、ここぞとばかりに嬉しそうに思いっきりアキトに抱きついている。
「い、急ぐぞ!」
アキトは背中に押し付けられた柔らかな感触にドキドキしながら、上擦った声でそう言うと保健室へと急いだ。
「なんだか懐かしいですね……小さい頃はよくこうやっておんぶして貰いました」
「ホント、久し振りだな。でもお前は相変わらず軽いな」
「アキ、もっとゆっくりでお願いします。頭痛がするので……」
ミコは少しでも長くこうしていたくて嘯く。
「悪い。急ぎすぎたかな? もうすぐ階段だ。しっかり掴まってろよ」
「はい。アキ……あったかいです」
ミコは完全に安心してアキトにぴったりとくっついている。アキトは意外にあるんだな、いつの間に……などと不謹慎な事を考えていた。
「……それって熱があるからじゃ無いのか? 大丈夫か?」
「アキの背中、大きいです。こうしていると安心します。……アキが居ないと……私はダメです」
「おいおい、急にしんみりしてどうしたんだよ。心まで弱ってるな? ……いつも一緒じゃねーか……何か悩んでるのか?」
急にしおらしくなったミコが気になる。おぶったミコは熱のせいかポカポカと暖かい。じっとりと汗ばんでくる背中も、執拗に首筋にまとわりついてくるミコの腕も、不思議と不快感は無かった。
「……アキ、やっぱり話さなければなりませんね。あの時、あの場所で何があったのか……もうこれ以上アキと心が離れてしまうのは、我慢できません」
「……無理するなよ。お前が傷付く位なら話さなくていい。忘れちまっても、こうして普通に生活出来てんだ」
アキトは部室棟で見たミコの涙を思い出していた。ポロポロと涙を流しながらも、その目は真っ直ぐにアキトを捉え、決意じみたものを感じずにはいられなかった。アキトが何を言おうと全てを隠し、全てを背負い込むというミコの覚悟を見た。それをミコの優しさだと捉え、悪い気はしなかった。だからこそ、アキトは深く追求する事は無かったのだ。
「……あの日」
「着いたぞ。」
ミコが何かを話そうとした時、保健室に到着していた。アキトはよいしょ、とミコをおぶり直すと、器用に保健室の扉をミコをおぶったまま開ける。
「すんませーん。急患でーす。アヤコ先生居ますかー?」
保健室には誰も居ないようだ。普段なら偉そうにふんぞり返っているか、机に突っ伏して寝ているはずの養護教諭のアヤコ先生の姿も見えない。
「なんだよ。居ないのか。昼飯でも食べに行ってんのかな? 職務怠慢だな、まあ、いつもだが」
そう文句を言いながら、ミコをベッドに降ろすアキト。
「ダメですよ、アキ。先生だって人間です。たまにはサボります」
「あの人はいつもだよ。どーせ寝てれば治る、としか言われないよ……取り敢えず、寝ろ」
そう言ってアキトはミコの肩を抱いて寝かせようとした。
「キャッ!」
普段は上げたことの無いミコの可愛い悲鳴が漏れる。
「な、なんだよ、急に……ね、寝ないと治んないぞ!」
聞きなれないミコの悲鳴にしどろもどろになるアキト。ミコは真っ赤な顔をして俯いている。きっと熱のせいだけではない。
「アキ……」
アキトはミコの肩を抱いたままどうしていいか分からなくなっていた。すぐ側にミコの顔がある。ミコは何を語ろうとしていたのだろうかと、さっきまで思っていたはずなのだが、そんな事はもうどうでもよくなっていた。
ミコと目が合う。
ほんのり上気した顔と潤んだ瞳。こんなに近くでミコの顔を見たのはいつぶりだろうか。アキトは鼓動の速さに耐えながら暫くミコに見入ってしまっていた。
「キッ……」
静寂を破るかのようにミコが言葉を発する。保健室に送り出したナナとネネの言葉が二人の脳裏をよぎっていた。
「き……?」
「キ……きっと直ぐにアヤコ先生が戻って来ますよ!」
「あ、あぁ、そ、そうだな! ホントにどこほっつき歩いてんだかな!」
「……」
「……」
「キ……」
「キ?」
「キ……昨日は早く眠れましたか?!」
「あ、あぁ、よ、よく寝たぞ! ミコも早く寝ろよ!」
「………」
「………」
保健室に静寂が訪れる。
「……スしてくれなきゃ眠れません……」
「ん? なんか言ったか?」
ミコが勇気を振り絞って言葉にしたそれは、消え入りそうな程にか細い声で、肝心のアキトの耳には届かなかった。
「……何でもありません……あの日の話はまた今度にしましょう……」
「……ああ。よし、喉が乾かないか? 熱があるなら水分補給だ! 汗をかかなきゃな! 待ってろ、直ぐに買ってきてやる」
アキトはそう言って立ち上がり、体温計を探す。
「あった。ミコ、取り敢えずこれで熱でも測って待ってろ。直ぐに戻る。無理せず寝てるんだぞ」
そう言い残すと、アキトは保健室を出て自動販売機へと向かうのだった。
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保健室から出てきたアキトを見ている影があった。見つからぬよう壁に隠れ、耳に付けたインカムを操作する。
「ブラボーよりアルファ、ターゲットを単体で確認」
『――アルファよりブラボー、こちらもカメラにて確認。速やかに行動を開始しろ。スタンガンを使え。6番だ』
「ラジャ」
流暢な英語でそう答えると、怪しい女の影は常人とは思えないスピードでアキトの後を追うのだった。
音もなく、速やかに――
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続きはまた明日です。
宜しくお願いします、




