11話 噂
11話 噂
アキトはモヤモヤした気持ちでいた。
あの日以来、ミコとまともに会話をしていない気がする。ミコはやたらとよそよそしく、話を振っても乗って来ない。
「どうしたんだよ、ミコ。元気出せよ」
「大丈夫ですよ、アキ。私は元気です」
無理しているのが丸わかりな笑顔でそう答えるミコ。あの日アキトが再び記憶を失ってから五日経っていた。
アキトはあれから部室棟には近づいてはいない。部活とか部室という言葉を聞くたびいちいちビクっとして憂鬱そうな顔をするミコの前では、もう一度行きたいなどとはなかなか言い出せないでいた。家も学校も放課後も、それこそ四六時中ミコと一緒にいるアキトにとっては部室棟へ近づく事さえ困難だったと言える。
午前二時限目、A組との合同体育の時間、アキトは一人ダラダラと校庭を走っていた。
「アキト! 何チンタラ走ってんだよ!」
声がした後ろを振り向くと、タケルが手を振りながらこちらへ走ってくる。
「なんだ、タケルかよ」
「なんだ、とはなんだ! お前が元気無いって聞いて探してたんだぞ」
「余計なお世話だよ。俺は至って元気だよ。まあ、お前ほどじゃないけどな」
「なんだよ。心配して損したぜ。そんな憎まれ口叩けるなら問題ないな」
アキトは元気が無いと言われて改めて自覚した。あの日、部室棟でのミコの豹変ぶりが、思った以上にアキトの胸を締め付けている。アキトは、何となく自分がミコをキズ付けたのだろうと考えていた。ミコがここの所自分によそよそしく、いつも何か考え事をしている原因が自分にあるのだとそう考えていた。記憶が無い事が、何があったのか全く分からない事がアキトを苦しめていた。
「そんな事よりアキト、あの噂知ってるか?」
「噂?」
「思った通りだ。やっぱ知らねーのか。これだからぼっちは」
「おい! 訂正しろ! 俺は決してぼっちなどでは無い! ただ、ツるむのが嫌いなだけだ!」
「ぼっちはみんなそう言うんだよ。部活やれ、部活! 部活はいいぞ! 青春、友情、マネージャーとの恋!」
「おい、まさか……彼女でも出来たのか?」
タケルの意外な言葉に少々イラッと来ながらも、なるべく羨望の気持ちが表に出ないようにサラッと言ってみる。
「いんや、出来ねぇ。練習がキツ過ぎてそんなヒマなんか、ねぇ!」
「……アホか……」
「だがな! 俺はモノにしてみせるぜ! 運命の人、噂の美女を!」
「……なんだよ、それ」
「ライバルが増えるのは癪だが、お前なら大丈夫だろう。教えてやる」
「お前、今サラッと酷い事言ったよな?」
「気にすんなよ。お前はぼっちだが、決して見た目は悪くねぇ。ただ、ミコマルの存在が、女がお前を恋愛対象から外しちまうんだよ」
別に好きでも無い女生徒から言い寄られたくも無いのだが、誰も興味を持ってくれないのは男として非常に寂しいものがある。アキトとミコの関係はもはや周知の事実となっており、クラスの人間だけでなく学校全体にまで広がろうとしている事をアキトは肌で感じていた。
ちっちゃくて、かわいくて、人懐っこくて、しっかり者で優等生なミコは意外なほど目立ち、生徒のみならず先生からも一目置かれているらしいのだ。入学して僅か一ヶ月ちょっとでたいしたものである。
「……まあ、いい。それで、その噂の美女って誰だよ?」
「いや、俺も詳しくは知らねぇんだけど、昨日たまたま見ちゃったんだよ。後ろ姿だけだけど、アレはかなりのタマと見た!」
「ああ? 後ろ姿で何がわかんだよ! 見返りブスだったらどーすんの? バカなの? 死ぬの?」
「噂で美女って言われてんだから間違い無いだろ? 俺の知ってる奴には顔を見たって奴はいなんだが、そいつらは全員興奮気味に言うんだよ。アレはヤバいって。全くもって同感だね。激しく同意ってヤツだ。アレはヤベぇ!」
何とも意味不明な話だ。顔も見ていないというのに、想像だけでこれだけ騒げるという事実に、噂とは怖いものだとアキトは思っていた。
「そんで? 名前とクラスは?」
「知らん! だが、そこがイイ!」
「はあぁ? いよいよバカだな! 顔も名前も知らないヤツに何を浮かれてんだよ! もっとこう、いるだろう? 例えばお前のクラスの御船なんかもかなりのもんだろ?」
「あー、アイツねー……」
あからさまに興味無さそうになるタケルに、アキトは不思議そうに首を捻る。
「……ぼっちはそっちの噂も知らないんだな」
「どういう事だ? 噂? ちなみに御船は塩見先輩とは付き合ってないぞ」
「はぁ? 誰だよ、塩見って?」
あれ? 完全にアテが外れてしまった。とは言ってもマヤと塩見についてはアキトが勝手に勘違いしただけなのだが。
「……いいか、コレはウチのクラスじゃタブーになってるから本当は言いたくないんだが……」
「ん? なんだよ。勿体ぶるな」
「……お前はぼっちだから大丈夫だろう……いいか? 御船はあの容姿と明るい性格、そして何より超高校級の巨乳の破壊力でウチのクラスでも大人気だった」
「きょ、巨乳……」
ついつい反応してしまったアキトはマヤの事を思い浮かべてしまう。主に胸を。
「そうだよ。男のロマンだろ? まあ、いい。そんで、あるクラスメイトが我慢ならずに……」
「!? 揉んだのか! 揉みしだいたのか!?」
「……お前なぁ……そんなワケあるかよ! 犯罪だぞ! この変態!」
「いや、すまん。ちょっと興奮してしまった……」
タケルはいつもミコとよろしくやっているアキトが、他の女子生徒にこんなにも反応するのが意外に感じていた。
「とにかく、勢い余って御船に告白したヤツが居るんだよ」
「マジか! 誰だ、そのフザけたヤローは! それでどうなった? 付き合う事になったのか?」
「やけに食いつくな、お前。……御船が好きなのか?」
「好きか嫌いかで言ったら、好きだ」
アキトはマヤを気に入っていた。容姿や破壊力抜群の胸もそうだが、明朗快活を地で行くような性格、裏表が無く思った事をハッキリと言える所、媚びや計算とは無縁で豪胆かつ享楽的な所に強く惹かれていた。
「そうか、だが御船は止めておけ。告白した奴は不幸になる」
「なんだと? どういう事だよ」
「誰にも言うなよ。タブーなんだよ。触れちゃいけないんだ。本人は気にしてる素振りを見せないが……いや、たまに表情が暗い時があるな。気にならないワケが無い」
急に真面目に語り出すタケルに、アキトも真剣な顔で応える。
「言わないよ。……約束する」
タケルはアキトの真剣な表情を暫く見ていたが、やがて観念したようで静かに語り出した。
「……告白したそいつな、告った次の日の授業中に急に発狂しやがった……突然立ち上がって何か喚き出したと思ったら、ぶっ倒れて苦しみだした挙げ句、失禁した……その日以来、学校に来てねぇ」
「……マジかよ」
「マジも何も大マジだよ! みんな見てた。もちろん俺もだ! お前らB組は特別授業かなんかで講堂に行ってた時だ。後始末が大変だったんだ! 更に聞いた話だが、テニス部の二年の奴は御船に告ったその日に発狂して階段からダイブした。直ぐに病院に運ばれたが打ち所が悪かったようで今も意識が戻らねぇ」
「……」
「そんなワケで俺らの間じゃ御船は人を狂わせる魔性の女って呼ばれてるんだ」
マヤの底抜けの明るさの裏にそんな事があったと聞いて、アキトは驚きを隠せなかった。気にしていないのか? いや、噂というものはなんだかんだで耳に入るものだ。気丈に明るく振舞っているだけだろう。
「御船は強いな……」
「誰にも言うなよ」
「言わねーよ……謎の美女なんてもうどうでも良くなってきたよ」
アキトは意外な事実に暫く他の事が考えられそうに無かった。マヤの屈託の無い笑顔が脳裏をよぎる。
「そうだよ! こんな湿っぽい話をしに来たワケじゃねぇ! 謎の金髪美女の話をしに来たんだよ!」
「金髪美女?」
「ああ、そうだよ。謎の美女は金髪だぜ? 後ろ姿だったが滅茶苦茶綺麗な金髪だった。ちなみに一年には普通科も含めて金髪は居なかった。二年か三年だろうと思って、サッカー部の先輩方に聞いたがよく分からねぇ。今もリサーチをかけてる。いずれ何者だか分かるだろうよ」
「なんだよ。リサーチって……金髪なんて目立つから直ぐ分かりそうなもんだが」
「金髪っぽい人は何人かいるらしいが、条件に合致する人は居なかった。とにかく全てが謎なんだよ。目撃情報は沢山あるんだが、そのどれもがにわかには信じがたいモノばかりだ! 二階の窓から飛び降りたとか、三階の教室の窓から侵入してきただとか、小さな女の子とケンカしてたとか、猫を追い掛けていたとかな! 容姿についてもサングラスを掛けていただの、いやゴーグルに見えたとか、黒タイツを穿いていたとか、いや黒ニーソだったとか、挙句にはスコップを持ってうろついていたとか、レッグホルスターを着けていたってのもあるし、M4カービンを背負っていただの、アサルトカービンどころかフルサイズのアサルトライフルぐらいのサイズ感だったとか、迷彩のヘルメットをかぶってたってのもある」
「どこのミリオタだよ、それ!」
「目撃情報全てが事実では無いかもしれない。捏造されたものもあるだろうよ。だが、俺は実際一度見てるんだ。動きがハンパないんだよ。ミリオタの域を完全に超えている。アレは訓練された軍人、いや、スパイとかエージェントの類いの動きだよ。目で追えないくらいのスピードで動くんだぞ!」
「ダメだ……もうワケが分からねぇ」
「いいからアキト、お前も何か分かったら教えろよ! その為にお前に教えたんだ」
タケルは情報収集の為に近づいてきたようだ。何が元気が無くて心配だ、だよ。などと愚痴りながら、アキトはマヤの事を考えていた。
「また学食に行ってみようかな」
「学食か……うん、アリだな。よし、今日は学食に行ってみるか。アキト、お前も来い!」
「どーせサッカー部のヤツも呼ぶんだろ? 面倒だからいいよ」
「お前なぁ、だからぼっちだって言われるんだよ!」
「ぼっちって言うのはお前だけだよ! 俺にだって友達くらいいるぞ! ミコとか、お前とか、ミコとか……あとユーリとか……」
「……もういい」
「なんだその人を憐れむような目は! やめろ! やめてくれ……」
「とにかく昼休みに学食に来い! 分かったな!」
結局、最後は強引に約束されてしまった。だが、アキトは元気の無いミコを誘って彼女のお気に入りの誕生日席で昼食というのも悪くはないな、あわよくばマヤにも会えるかも、そう考えミコを誘う決心を固めていた。
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