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私立陣屋学園能力科  作者: みやもと なまにく
1章 自然科学部
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10話 記憶喪失(アムネシア)

10話 記憶喪失(アムネシア)


 どのくらい時間が経ったのだろう。


 どれくらいの間泣き続けていたのだろう。


 どれだけの時間リリィの胸の中で彼女のシャツを涙で汚していたのだろう。


 窓から差し込む太陽光は、オレンジ色から真紅へと変わろうとしていた。


 朱色の西日に照らされたリリィの横顔は慈愛に満ちた聖母のようで、胸に抱かれたアキトのみならず静かに見守るイトでさえも癒されるような神々しさがあった。


 ミコはいつの間にかアキトの隣に立ち、制服の(すそ)(つま)んでいた。俯いて肩を震わせ時折聞こえる嗚咽が、胸を締め付ける。


 「……ずびばぜん」


 リリィの胸に顔を押し付けられ、アキトの声はまともな発音にはならなかったが、リリィは(さっ)した様子で抱擁を解いた。


 アキトは恥ずかしさと照れ臭さでリリィの顔を見る事はできなかった。長い間心に秘めた思いをぶちまけて、声を上げて泣き散らして、心無しかすっきりした気分になっていた。


 「見苦しい所を見せて、ホントずびませんした!」


 素直に言えた。吹っ切れていた。悩んでも仕方ない、ずっとこの変な能力と付き合って行かなきゃいけないんだと改めて決心していた。


 アキトは色々あったが、来てよかったと思っていた。イトに対しても反発こそしたが、それはお互いの信念がぶつかり合っただけで、(おおむ)()はいいヤツと評価していた。初めから素直になっていれば、分かり合える筈だったとそう思えるまでになっていた。


 「アキト……君は……いや、僕は君の力になりたいと、そう思っている」


 「イト、アンタの事を誤解してた。充分世話になったよ。アンタにも、その……リリィにも」


 「特にリリィに、かな?」


 「ばっ! それは……その……」


 アキトは思い出して赤面してしまう。そして改めて二人をしっかりと目に焼き付けるように見ると、


 「本当にありがとう、ございました!」


 と、心から礼を言った。


 「そうそう、アキト、君に同じ能力者として一つ忠告をしておかなくてはならない」


 イトは、改まってそう言う。


 「アンタみたいなすげぇ能力者と一緒にされるのもアレだけど、なんだ?」


 「……生徒会に気を付けろ。彼らに気を許すな」


 「!? え?」


 「君が塩見と接触した事は知っているよ。何も距離を置けだとか、拒絶しろだとか言うつもりもなければ、他の生徒会員と無闇(むやみ)に接触するなと言うつもりも無いよ。ただ、思う所がこの先もしあったなら、僕の言葉を思い出すんだ」


 「……アンタは他人の心だけでなく未来も視えるのか?」


 「ふむふむ、君は能力というモノを必要以上に過大評価しているようだね。能力なんて君の言った通り、ロクなもんじゃないよ。所詮(しょせん)はちっぽけな人間が持つちっぽけなチカラだよ。これ以上君と能力について議論するつもりも無いけど、能力なんてやたらに恐れるようなモノじゃない」


 嫌そうにそう言ってのけるイトに、アキトは少しホッとしていた。イトのような厄介な人物に危険なモノは持たせてはいけないと、そう思っていたからだ。悪用するしないではなく、人をおちょくる事に使わないはずがないと感じたからだ。


 「そういや、俺もアンタに言っておかなきゃならない事がある」


 アキトは部室での体験で、疑問に思う事があった。


 「アンタの能力は他人の心を読むのとは違うな? もっと別の、上手く言えないが、もっと複雑な能力のように思える」


 「……おやおや、何故そう思うんだろう?」


 イトはまた、嬉しそうにニヤけている。


 「……アンタは俺の心なんて読めて無かったからな。演技かとも思ったけど、ミコの心も読めて無かったんだ。ミコはあの時リリィに怯えてたんじゃない。むしろ舞い上がっていたんだから」


 「……」


 アキトは、あの時ミコがリリィに怯えていると判断したイトの言葉に小さな違和感を感じていた。自分の事より、客観的に見れるミコに対して言った言葉が、やけに引っかかっていた。アキトは誰よりもミコを理解しているという自負があったからだ。


 ミコは自分の体型にコンプレックスを持っている。そんな彼女の理想が完璧に当てはまる姿が、まさにリリィそのものだとアキトは感じていた。いつだったか、テレビの画面に映っていたモデルのような洋画のヒロイン。ミコが目を輝かせていたのをよく覚えている。


 そんな大好きな、憧れてやまない存在に自分が認められている、そう感じたのだろう。今にして思えば、完全に舞い上がっている、密着されて嬉し恥ずかしってヤツなのだろうと感じていた。自分が冷静でいられなかった為に、イトの言葉を疑いもなく受け入れてしまっていた事に今になってリリィの胸の中で気づいた。


 「だからといって、アンタは俺に自分の能力を明かすワケじゃないんだろ?」


 「おやおや、当然だよ。僕は否定も肯定もしないよ。能力者にとって他人に自分の能力が正確に把握(はあく)されるという事は、致命的な事だよ。君が敵でないと何故言い切れるんだい?」


 「……アンタ何と戦ってんだよ。バカバカしい」


 「それ自体はたいした事が無くても、詳細が分からないだけで脅威になるものさ。まあまあ、君も気を付ける事だ」


 疲れたような顔で、手をシッシッと振りながらイトが答える。その仕草を帰れの合図と受け取ったアキトはミコの肩を抱き、部室を後にする。


 「じゃあな、部長さん。次に会ったらアンタの能力を暴いてやるよ。機会があったら、また――」


 豪華な部室、心を見透かしたような言動、いつの間にか置かれていたキャンドル、未来を予測した様な物言い。アキトはイトの未知の能力に恐れ、嫉妬した。だが、何もかもを知っている訳ではないのだ。


 イトは何も言わずシッシッと手を振っている。リリィは変わらぬ無表情でずっと二人を見つめていた。


 ――バタン


 アキト達が部室から出ていくと、イトは少し寂しそうにリリィを見る。


 「……リリィ、君はよほどあの二人を気に入ったようだね」


 「……イト、アッキーとミコミコ、また来る?」


 「……どうだろうね。しかし記憶も感情も失くした筈の君が……驚いたよ。……彼らについて色々と分かった事もある。暫くは様子見だろうね」


******************************


 部室を出た後、アキトは清々しい気分になっていた。だが、ミコは憔悴(しょうすい)しきっている。未だに乾くことなく目に涙を浮かべている。


 「……んできません……しが………めなん……」


 「ん? どうした、ミコ?」


 ミコが隣でブツブツと何か言っている。アキトはミコの口元に耳を近づけた。


 「……ったいに……容認できません……わたしが……私でなきゃ……」


 「おい! ミコ! 聞こえてんのか?」


 目が(うつ)ろでボソボソ呟いているミコの肩を揺すり、正気に戻そうとするアキト。


 「……アキを癒すのは……わたしでなきゃ……ダメなんです……他の誰も……わたしが守ると……あの日……誓っ……」



 ――?????



 「………おい……ここはどこだ? 俺はここで何してる?」


 「……!! アキ!?」


 アキトの顔を見たミコは直ぐに悟った。アキトは何が何だか分からない様子で呆然としている。


 「ミコ! 何があった?! 俺は……俺たちは、ここで何をしている!? 何でお前は泣いてんだ! なんでオレは、泣いてんだよっ! また、またなのか!」


 アキトは放課後の記憶を失っていた。


 辺りは既に薄暗くなっていた。ミコは涙を堪えるように押し黙っている。やがて決心したようにアキトの目を見て語り出した。


 「……アキ、よく聞いて下さい。ここには何も無かったんです。何も得る物が無かったんです! 塩見さんの言うことを聞くべきだったんです! 私達はここへ来るべきでは無かったんです!」


 しっかりと見据えられた目には光が戻っており、先程までの虚ろな目が嘘のようだった。しかし、そんな事も忘れてしまったアキトは、


 「教えてくれ! ミコ、何があった? 頼む! 何か嫌な予感がするんだ! 何があったのか、俺は知るべきなんだ!」


 「何もありません! 二人してキズ付いただけです! もうアキに辛い思いはさせません! あの日に!  誓ったんです! わたしが! 私じゃなきゃダメなんです! アキを救うのは、私じゃなきゃ……ダメなんです……」


 ミコの取り乱しようはかつて見た事が無い程だった。小さな体が大きく見えた。まるで何かに言い聞かせるように、訴えかけるように、聞いた事もない程の信念に満ちた、張り裂けそうな大きな声。


 アキトは圧倒されてしまう。真っ白なドアを振り返って見て気が遠くなるような感覚に陥ってしまう。騒ぎ立てているにも拘らず、中からは何の反応もない。


 誰も居なかったのだろうか? では、何故自分達は泣いているのだろうか。アキトはそんな事を考えていた。


 「……分かったよ、ミコ。もう辺りは真っ暗だ。家に帰ろう……」


 ミコの意志の硬さにこれ以上は何を言っても無駄だろうと考え、アキトはミコの肩を抱き二人は歩き出した。


 部室の中では、アキトとミコの叫びは筒抜けに聞こえていた。安っぽいドアでは声を遮る事は不可能だった。ドアノブに手を掛けるリリィとリリィの肩に手を置くイトは、静かに二人の声を聞いていた。


 「今僕らに出来る事は何も無いよ……」


 寂しそうにイトが言う。リリィは無言で頷くのだった。





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