9話 超能力(ギフト)
9話 超能力
「おやおや、何故そう思うのかな?」
イトはまたウザったいニヤけ顔に戻ると、興味深そうにアキトに問う。アキトは呆れたように一つ溜息をつくと、
「だってそうだろ。能力なんてモンがあるからこんな思いをしなきゃいけないんだ。アンタみたいな何もかも思い通りに手に入れて、偉そうにふんぞり返ってるイケ好かないヤツと何が楽しくて押し問答しなきゃいけないんだよ!」
「やれやれ、それは僕に言われても困るねぇ。押しかけて来たのはどこの誰だったかな? どのツラを下げてそんな事を言うのかな? 何故君は、ここへ来たのかな? 用があるのは君の方だよ。僕は君に用はない」
もっともな主張だ。ド正論もいい所なのだが、アキトはイトの質問をはぐらかしたり、要所要所で煽りを入れてきたりするスタンスと嘲笑うかのようなニヤけ顔に、苛立ちを隠せなくなっていた。どうにかしてやり込めてやりたい、そんな風に思っていたのかもしれない。
「……なんでアンタみたいなヤツにそんなスゲェ能力があるんだよ! 俺の能力はなんだってこんなクソの役にも立たないんだ! 不公平過ぎんだろ! 能力なんてどうせ争いの種にしかならねぇよ! 持つ者と持たざる者がいたらどうせ諍いが起こるんだ! だったら、こんな良く分からない力なんてない方がいいに決まってんだ! アンタみたいなヤツにだけは本当は絶対に持たせちゃいけないんだ!」
アキトは洗いざらいぶちまけてしまっていた。つい語気が強くなり、思いの丈を叫んでいた。
「ふむふむ、君の能力がどんなものか知らないが、それはただの嫉妬だよ、大東アキト君」
「うるせぇ! 持つ者のアンタには持たざる者の俺の気持ちなんかわかんねぇよ! うぜぇんだよ! 偉そうに説教垂れてんじゃねぇぞ!」
「……そうだね。分からないよ。駄々を捏ねる子供の気持ちなんて理解したくも無いね。この世の中はね、不平等で不条理だ。そんな事は子供でもない限りみんな分かってる事だよ。平等だの公平だのとのたまう輩程、差別主義者だなんてのは至極当然の世の常だよ」
イトは、駄々っ子のように喚きたてるアキトに諭すように語る。素直になれないアキトは不貞腐れたようにイトを睨みつけて言う。
「アンタのようなヤツがいるから! 能力にかまけて他人を見下しやがって! 俺を馬鹿にして楽しいか! ガキ扱いして面白いか! 嫉妬されて優越感に浸ってんのか!」
「アキト、君は金持ちに嫉妬する貧乏人だよ。権力や支配に嫉妬する隷属だよ。あるいは学歴に嫉妬する無学とも言えるし、知識に嫉妬する無知、蒙昧とも言えよう。だがね、これらは全て努力次第でいくらでもひっくり返るものなんだよ。嫉妬するのは勝手だが、嫉妬するだけで努力を怠る者を僕は軽蔑する」
「はん! 恵まれた人間はそう言うだろうよ! 努力で手に入れたって言うのか? 努力が足りないってそう言うのか! そんなものは生まれた時から恵まれた者のただの屁理屈だ!」
「僕はね、富や裕福であるとか、聡明や叡智、器用さ、敏捷さ、体格、感性やセンスそして超能力に至るまで、生まれ持った才能であるギフトを無駄にしたり利用しないなんていう傲慢な人間もまた非難し、軽蔑する。君が僕をどう思おうが勝手だが、僕のこのスタンスというより、信念を変えるつもりはないよ」
「はぐらかしてんじゃねぇ! そんな事は聞いてねえ! 俺が……持たざる者達が、何の努力もしてない訳じゃない。努力をしても手に入れられないものなんて掃いて捨てるほどある。初めから持つ者はそれが解らないんだ! 強者に弱者の気持ちなんて分からないんだよ! だから争いが無くならないんだよ!」
イトの語り口は全てを悟っているかのようだ。自身の正義を信じて疑わない落ち着いたその態度に、アキトは苛立ちをどんどん募らせていく。口が回り、弁が立つイトに対して意地を通すだけの言い回しが出来ないアキトは、乱暴に捲し立てる事でしか対抗出来ないからだ。
「……最後まで聞きたまえ。僕が持つ能力はまさにギフトだが、君が豪華と評したこの部屋の家具や調度品は僕が努力で手にした物だよ。嫉妬している暇があったらもっと努力してみてはどうかな? 他人や社会のせいにして、己の無知無学を棚に上げ、努力から逃げて無気力に生きる者を認める事なんて出来ないし、そんな人間にとやかく言われる筋合いは無いんだよ」
「てめぇ! アンタに何が分かるんだ! アンタに俺の……何が分かんだよ!」
「……君が努力をしていないとは言わない。誰しもが努力をしているんだろうし、努力をしていると言うだろう。では、誰と比べて努力しているんだろう? 己が誰よりも努力していると言えるのだろうか? 自己満足ではないのか? 或いは、努力の仕方は、方向性は間違ってはいないのかな? 無駄な努力になってはいないのかな? それともアキト、君は本当に持つ者がギフトを捨て、努力を捨て、持たざる者に歩み寄れと、そう言うのかい? それこそ傲慢だよ。人類史を否定する先達へのこれ以上ない侮辱だ。人類の発展は膨大な数の才能達の、無数とも言えるおびただしい数のトライアンドエラーの繰り返し、言うなれば努力の賜物だよ。君のその浅はかな考えでは誰も得などしないし、人類の、自然科学の発展を否定する愚行に他ならない」
「もう、もう止めて下さい……アキをこれ以上、苦しめないでください……」
悲痛な面持ちで口を挟んだのは他でもないミコだった。今にも泣き出してしまいそうだ。責めるように、潤んだ瞳でじっとイトを見ている。
イトはミコを一瞥し、憂鬱な表情を見せるのだが、直ぐに眼光鋭くアキトを見定めると、
「……アキト、君にもう一度問おう。君は何故ここへ来た? 能力について教えて欲しい、相談に乗って欲しいだったかな? では、何故、僕は能力に詳しいんだい? 君は何故、能力に疎いんだろう?」
淡々と話すイトの言葉は、決して突き放すようではなく、寧ろ慈愛に満ちているようだった。それでもなおアキトは攻めの糸口を必死で探していた。意固地になってイトの言葉をまともに受け止める気が無かった。
反論したい。しかし見つからない。何も言い返せない、ぐうの音も出ないといった状況に完全に追い詰められている、そんな閉塞感に囚われていた。
自分の悩みが、取るに足らないモノだと、努力でどうとでもなると、その努力を怠っているのだと、そう言われている気がして許せなかった。
「……アンタの自慢話なんてもう沢山だ……アンタは……孤独なんだ。俺達を追い返さなかった理由が分かった。……孤独……寂しいんだろ? どうせその他人の心を土足で踏みにじるようなヘドが出るような能力と性格のせいで友達なんていないんだ……」
「……否定はしないよ……ただ、残念だ」
そう静かに寂しそうに語るイトの言葉に、アキトは自分で言っておいて強烈な自責の念に駆られてしまう。
――俺は、最低だ。クズだ……
議論を捨て、誹謗中傷に走ってしまったアキトは呆然と立ち、イトの顔もミコやリリィの顔も見る事は出来なかった。しっかりと握られた拳は小刻みに震えていた。
――後でミコに怒られるな。殴られても文句は言えないな。こんな事なら塩見先輩の言う事を聞いておけば良かった。勝手に押しかけて、図星をつかれて、一人で熱くなって、生意気な口を聞いて……理不尽に傷つけた。俺が悩んでいるように、イトもきっといっぱい悩んだんだろうに。
アキトはイトに対する心苦しさと、自分への恥ずかしさで居ても立ってもいられなかった。直ぐにでもこの場を立ち去りたかった。
「……急に押しかけて悪かった。俺は中学二年の時、色々あってずっと、今も進行形で悩んでる。厄介な能力に縛られてるんだ。何とかしたかった。藁をも掴む思いでここへ来た。付き合ってくれてありがとう……ございました。……でも、もうアンタには頼らない。……頼る資格がない」
そう言ってアキトは部室を出ようとした。ミコの頭を撫でて退出を促そうとする。
「そうか……これはさっきも言った事だが、僕は君が持つという能力がどんなものか解らない。僕に分かるのは君が自身の記憶について悩んでいると言う事のみだ。残念だがどちらにしろ僕は力になれないだろう」
意外だった。アキトはイトの底知れなさに、何でも分かる、何もかもを知っているのだと漠然とそう考えていたからだ。分かった上で全否定している、貶めているのだとそう考えていたから熱くなっていたのだ。
アキトはイトに対して急に人間らしい親しみが芽生えてくる感じがした。詳しい事は何も分からないという事実。自分はまだ悩みを打ち明けてすらいないという事実。何も始まっていなかった。勝手に一人で熱くなっただけだ。すると、勢いとはいえ心無い事を言ってしまったという酷い罪悪感が更にキツく胸を締め付ける。
「なんだよ、アンタでも分かんないもんなんだな。じゃあ俺の勝ちだな。俺は伊達に一年以上も悩み続けてないぞ。自分の事は自分が一番分かってる。特別に教えてやるよ。俺の能力はスゲェぞ。自分が苦痛に感じた記憶を消去するんだ。記憶喪失、アムネシアだ。コイツのお陰で俺はストレス知らず、毎日快眠、快調だ。究極の自己防衛能力だよ、まったく! 自分が一番かわいいんだ! ホント、クソみたいな能力だよ……クズにはお似合いの、クソみたいな能力だ! どんなに苦しくても、忘れたくても、絶対に忘れちゃいけない大事な記憶まで忘れちまうんだ! どんなに大切な思い出も、片っ端から無くなっちまうんだよ!! 忘れた事すら忘れちまうんだ! アンタの言う努力が、自分の知らない所で全く無かった事になるヤツだって居るんだ! しかもこの能力の本当に厄介な所は、能力の使い方すら忘れちまうって所なんだよ! そのクセ要所要所で勝手に発動しやがって! 本当は何も無かったのかもしれない。それだったらどんなに幸せか……でも、それすら知る由もないんだ。そのうち大事な人や、もしかしたら自分自身の事さえも忘れちまうんだ!! 頭がおかしくなる! 本当、笑っちまうよ! クソの中のクソ! キングオブクソ能力だよ! ……アンタみたいな恵まれたヤツには……分かんねぇよ」
堰を切ったように溢れ出す思い。止まらなかった。止められなかった。
それがアキトが一年以上もかけて悩みに悩み抜いて辿り着いた一つの答えだった。
誰にも、本人ですら得体の分からない能力の正体。どんなに否定したくても他に説明がつかない、厄介な能力。誰にも言えず、ずっと心の奥底にしまっていた考え。なるべく考えたくなかった、人に指摘されるまでは誰にも、ミコにすら言う事は無いと思っていた秘密。
「……アンタなら何とかしてくれるかもってさっきまでは思っていたんだけどな……」
アキトの目は赤く充血し、熱い物がこみ上げていた。そして程なくしてそれは目からこぼれ落ち、頬を静かに濡らしていく。
気が付くと、アキトのすぐ目の前にリリィが立っていた。涙で霞むアキトの目には無表情だが悲しそうな顔に見えた。同情されている、そんな風に感じていた。
――ううぅ……
ミコの嗚咽が静かな部室に響く。悲哀に満ちたその響きは否が応でもアキトの涙を誘う。
アキトの目からはどんどん涙が溢れてきた。後から後から頬を伝って床へと落ちる。
「!?」
瞬間、暖かい柔らかな感触がアキトの顔を包み込む。
リリィに抱きしめられていた。
――泣きたいなら、泣けばいい。
そう言われているような気がした。アキトが全てを失ってから早一年半。走馬灯のように思い出がフラッシュバックしていた。大事な所が真っ黒に塗り潰された、モヤモヤした中途半端な、しかし大事な大切な思い出が巡る。
アキトは柔らかなリリィの胸の中で、優しく顔を包まれて、そっと頭を撫でられながら、一年半ぶりに声を上げて泣いた。
あの日亡くした母の温もりに似たものを感じ、人目もはばからず泣きじゃくった。
アキトとミコの泣き声は静かな部室に響き渡り、暫く止むことは無かった。
リリィもイトも何も言わず、静かに二人を見守っていた。
読んで頂いてありがとうございます。
次回も明日です。




