相羽 桜という同級生。
「いやー、転入初日に呼び出しとは穏やかじゃないですな」
「そう、なんでしょうか」
不承不承ながらの転入ではありましたが、有り難いことにクラスメイトの皆さんは温かく私を迎えて下さいました。
名門とは聞いておりましたが、進学校としての格付けではなく名家の子女を育成するという意味合いが強いそうで、授業の難易度が私の学力でも通用するのは幸いであったことでしょう。
ただ、何分急なことでもあったので教科書等の準備はままならず、少しの間は隣席の同級生にご迷惑をおかけするのが些か心苦しく思います。
授業が終わり、皆さんが思い思いの放課後を過ごすべく教室を後にする中、私は一つ前の席に座っていた相羽さんから声をかけられるまま生徒会室へと足を向けることになりました。
「あ、多分堅苦しいことを言われたりはしないから安心してね。会長は変に気取った風ではあるけど、結構テキトーなところがあるから」
「相羽さんは会長さんと親しいのですか?」
私の質問に先導するよう前を歩いていた相羽さんはくるりと身を翻し、
「名字じゃなくて名前で良いよ。私も因幡ちゃんと呼ぶから。それと同級生なんだし敬語もいらないかな」
と、朗らかに笑いました。
「すいません、慣れないものですから」
「まあ、無理強いするのは嫌だし出来ればで良いけどね。ここはお堅い生まれの娘もいるから、砕けた言葉を使う娘は少ないし」
これまで友人というものに恵まれてこなかったこともあり、どうにも距離感というものが上手く掴めません。今までの私にとって級友とは遠く眺めるものであって、この様に連れ立って歩くというのは経験がなく、どうやって接すれば良いかが分かりません。
「ありがとうございます、さ、桜さん」
少しつかえながらも、彼女の要望に半分ではありましたが答えるよう名を口にすると、
「よろしい」
とより一層笑みを深めて頷きました。無邪気で温かな、同じ年齢なのにどこか年下の女の子を相手にするような愛らしさを感じて、私もつられるように笑います。
「で、何の話してたんだっけ……」
「相羽さんと、あ、いや。……桜さんと会長さんについてです」
やはり普段したことがない事柄というものには、そうそう直ぐに慣れたりはしません。思わずまた名字で呼びかけた私に桜さんが口を尖らせるのを見て、慌てて言い直しました。
「まあ、簡単に言っちゃうと仲の良い先輩と後輩のようなもの、かな」
「……ような、ですか?」
不思議な言い回しに首を傾げると、まるでそんな私を真似るように桜さんも一緒になって首を傾げました。
「桜は愛の為に労働力を提供して、会長は桜を利用する分キューピッドとして桜の恋路に協力する、って感じ。ちょっと何て言えば良いか分かんないんだよね」
「それは仲の良い先輩と後輩ではないんですか?」
「お互いが親切でそうしているんならね。先輩後輩だったり友達だったりを理由にしないで、利益を優先する関係なら、やっぱりそれは何か違う気がするかな。う~ん、何て言えば良いんだろ」
当の本人が分からないと言う以上、私から何か言うことも出来ず、そうですか、と気のない返事をしたところで会話は途切れてしまいました。
後には二人の奏でる足音と桜さんが言葉を探すうめき声が廊下に響きます。
私は終わってしまった会話を振り返り、もう少し良い返答はなかったものかと後味の悪さを覚えて俯きました。
(そうですか、は無かったですよね……)
そうは思うものの、他に浮かぶ言葉には大差がなく、自らの人付き合いの下手さに辟易とします。
(何か気の利いた言葉を返せれば良かったのでしょうけど……)
思えば同級生と会話らしい会話をしてきた覚えもなく、どこか避けられていたような空気に甘えて友達付き合いというものをしてこなかった私です。この結果は妥当と言えば妥当なのでしょう。
「相羽さん、……あれ?」
申し訳無さと居たたまれなさに苛まれながら、取り繕うように何か違う話をしようと相羽さんの姿を求めて視線を上げるもそこに相羽さんの背はありません。
よもやつまらない奴と愛想を尽かされて置いてかれたのかと焦って周囲を見回すと、振り返った先で何故か相羽さんは知らずの内に通り過ぎていた扉へ、身を預けるようにして張り付いていました。
「……えぇ?」
戸惑ったのは言うまでもありません。
「……あの、相羽さん?」
「桜」
近寄り声を掛けると、先ほどより幾分鋭さを増した指摘が返ってきました。まだ馴染まないのを怒っている、というよりは集中しているような声音です。
「あ、はい。桜さん?」
無理強いはしないと言った割に強要してきますね、とは思いつつも、怒っている様子は無さそうなので言い直して再度呼び掛けます。
「何?」
「いや、その。……何を?」
「おかしなこと聞くなぁ。聞き耳だよ聞き耳。見て分からない?」
……おかしいのは私なんでしょうか?
正直に言えば足が縺れて倒れかかったとでも言って欲しくはありました。しかしそうですか、聞き耳ですか。何故とは聞かない方が良いのでしょうか。
「ふむ。春先輩の気配は無し、と。今回は只の雑用だったか。あ、ここ生徒会室だから後はよろしく」
興味が失せたとばかりに投げやりな口調で、桜さんは立ち上がると背を向け歩き去っていきます。
後には一人残された私と、
「……変わった人もいたものですね」
呟いた声が廊下に響くだけでした。




