貴女と出会うその前に。
桜さんが歩き去ってから暫く。私は尚も生徒会室の前で立ち尽くして居ました。
何時までも扉の前で呆けている訳にもいかないとは思うものの、彫刻で立派な紋様が施された扉の重厚感に尻込みしてしまい、挙げ句その段になってもまだ呼び出された理由を知らなかったものですから、途端に緊張が足へ絡み付いて動きを止めさせてしまったのです。
胸の内にあった編入初日、新生活が幕を開けるということから来ていた僅かな高揚も放課後となった今では鳴りを潜めて、見知らぬ土地に放り出された不安と心許なさが全身に重くのし掛かります。
「生徒会室にご用かな?」
そんな折、背後から声をかけられました。
振り向くとそこには何とも愛らしい少女が得意満面といった様子で胸を張って私を見つめていました。
「……えっと」
「美術部二年、夏野 雫。ひょっとしてだけど、君が赤坂 因幡ちゃん?」
「はい、そうですが……」
先輩だったんですね、という感想は飲み込みながら、私の胸元ほどしかない背丈の先輩の様子を伺います。
幼げな容姿に体型、小動物を思わせる大きな瞳に加えてふわふわとボリュームのあるツインテール。『幼さ』という記号を盛り込んだような外見は何処をとっても年上には見えず、胸を張り堂々とした態度はいっそ背伸びをしているようで彼女の幼さを助長しているようにも見えました。
「そっかそっか。それは良かった。そこの突き当たりに美術部があるから、みーちゃんの用が済んだら来てね。約束だよ」
「はぁ……」
先輩は私に何の用があるのか、みーちゃんとはどちら様なのか、聞きたいことは幾つかあれども、幼い容姿故か、仮にも先輩だからか、どうにも彼女の言葉を邪険には出来ず、場繋ぎに気のない返事をするに留まりました。
先輩はそんな私の言葉を了承と取ったようで、するりと横を抜けると元気に二回ノックし、
「おーい、みーちゃんいるかい!」
と、これまた元気に呼び掛けました。
ややあって、
「雫、君は生徒会室とトイレを間違えていないかね?」
扉の厚さが見た目を裏切らず相当あるようで、くぐもった声で件のみーちゃんさんが先輩を窘めます。
みーちゃんというのはどうやら生徒会長さんのようですが、生徒会長さんと先輩はお友達なのでしょうか。
「むぅ。細かいなぁ」
少し不貞腐れたように唇を尖らせながら、先輩は今度はノックを一度だけ行います。
「ノックを三回するのがそんなに手間かな?」
「足して三回だよ。文句なら来世で言って」
「そうかい。覚えていたらそうさせて貰おうとも」
不機嫌な様子を隠さない先輩と、呆れたと言いたげな会長さん。
先輩だけを見ていると、小生意気な小学生と保護者といった風でどういった関係か分かりません。
「じゃ、また後でね」
どうやら私が美術部へ向かうのは確定らしく、さっさと用を済ませろとばかりに先輩はノックだけして踵を返していきます。
室内で会長さんが待ち構えていると知れた以上、まさか私まで立ち去る訳にも行きません。
先輩が何時から私を見ていたのかは分かりませんが、様子を見かねて発破を掛けてくれたのだと好意的に受け取り、未だ緊張や心細さに鈍る体を動かして、
「……失礼します」
ようやっと私は意を決して生徒会室へと足を踏み入れたのでした。




