第90話 炉心の守護者
トンネルの奥深く、キースとアーサーは息を殺して進んでいた。
古代の技術者たちが遺した広大な通路網は、所々に錆びた道具や意味不明な機械を残し、薄暗がりの中で不気味な影を落としていた。
「ここを左だ」
アーサーが杖の先の微かな光を頼りに道を選んだ。
「機械音が強くなっている。炉心部に近づいている」
突然、前方から足音が聞こえた。
2人は影に身を潜めた。
灰色のローブをまとった人間が現れた。
その手には、複雑な計器が組み込まれた装置が握られていた。
「保守班の者だ」
アーサーが小声で言った。
「生身の人間がまだここで働いているとは……」
その男は何かぶつぶつ言いながら、壁のパネルを操作していた。
「第3区画、圧力安定。第4区画、エネルギー漏洩を検知…殿下の到着までに修正しなければ……」
キースとアーサーが顔を見合わせた。
その視線に、同じ危機感が走った。
殿下の到着が刻一刻と迫っている。
男が去った後、2人はさらに奥へ進んだ。
通路は次第に広がり、やがて巨大な円形の空間へと繋がっていく。
そこは制御室だった。
天井は高く、無数の計器とスクリーンが壁一面を埋め尽くし、淡い光を放ちながら機神炉心の状態を表示していた。
そして中央には、巨大な水晶のような物体が無重力で浮かび、低い唸り声のような振動を発していた。
「これが炉の制御室だ」
アーサーが息を呑んだ。
「ここを破壊すれば、炉全体が停止する。計画を阻止できる」
キースは無言で背中の弓を手に取った。
しかし、その時、背後から声がした。
「よくここまで来られたな」
冷たい、しかし聞き覚えのある声が背後から響いた。
振り返ると、そこにはアルフォンス大司教が立っていた。
いや、正確にはアルフォンス大司教の姿をした何かだった。
その体の一部が機械化し、片目だけが不気味な赤い光を放っていた。
「アルフォンス大司教……? いや、違う」
アーサーが即座に杖を構えた。
「お前は何者だ?」
「私はアルフォンスのバックアップだ」
機械化した存在が平板な声で答えた。
その口調には感情の起伏が一切ない。
「本体が死亡した時、この制御体が起動するようにプログラムされていた。炉の防衛が私の役目だ。本体の記憶と戦闘技術を全て継承している」
キースが矢を番え、弓を引き絞った。
「邪魔だ」
「残念だが、ここを通すわけにはいかない」
アルフォンスのバックアップはそう言うと、ゆっくりと手を挙げた。
その動作と同時に、天井から無数のワイヤーが降りてきて、彼の機械化した体と接続する。
「殿下の計画は、たとえ一時的に遅れようとも、必ず実現する。人間の時代は終わるのだ」
ガシャン、という重い金属音が響く。
制御室の出入り口が分厚い装甲扉で閉ざされた。
キースは矢を構えたまま、ゆっくりと呼吸を整えた。アーサーは杖を握りしめ、古代語で防御の呪文を囁き始めた。
バックアップが動いた。
ワイヤーを伝って制御室のエネルギーが彼の体に流れ込み、機械の腕から青白いエネルギーが迸る。
キースの矢が放たれ、アーサーの呪文が紡がれる。
炉心の鼓動が高鳴る制御室で、最後の戦いの幕が上がった。




