第87話 北境侯ルドルフからの使者
マルクスは懐から密封された書簡を取り出し、フリーデリカに手渡した。
フリーデリカの手に握られた書簡は、重く冷たい羊皮紙だった。
彼女が読み上げた言葉は、暖炉の火を揺らす夜風よりも冷たい戦慄を部屋に撒き散らした。
「これは……」
フリーデリカは書簡から顔を上げ、一同を見渡した。彼女の手に握られた羊皮紙は、無数の折り目でぼろぼろになっていた。
「ルドルフ侯が、財務卿の私的書庫を調査した。そこから、クラウス殿下と財務卿の間で交わされた極秘文書を発見したという」
マルクスがゆっくりとうなずき、額に深く刻まれた皺が影を落とした。
「ルドルフ侯は、殿下が『新生計画』と称するプロジェクトを10年以上前から進めていたことを突き止めました。その目的は、王国の要職にある者たちを次第に機神兵に置き換え、最終的には王自身さえも……」
言葉が途中で切れた。
あまりにも恐ろしい真実だった。
窓の外では、夕暮れの光が王城の尖塔を赤く染めていた。
平和に見えるその景色の下で、10年もの間、この陰謀は静かに進行していたのだ。
アーサーが杖で大理石の床をコンと叩いた。
その音が、沈黙を破った。
「では、我々の推測は正しかった。殿下は王国そのものを乗っ取ろうとしている」
「しかし、なぜ?」
エリザが前のめりになった。
「第一王子である殿下が、なぜそんな危険なことを?王位はやがて殿下のものになるはずです」
マルクスが深く息を吸い、答えた。
「文書によれば、殿下は幼少期から病弱で、医師から成人まで生きられないと宣告されていたそうです。7歳の誕生日、医師たちが『あと10年が限界でしょう』と囁き合うのを、殿下はベッドの陰で聞いていたと記されています」
部屋の暖炉の火がぱちりと音を立てた。
「そのため、肉体の限界を超える手段として古代技術に目をつけた」
マルクスの声には、憐憫の色が混じっていた。
「そして気づいたのです。もしすべての人間が機神兵となれば、病も死もない永遠の生命が手に入ると。殿下にとってこれは乗っ取りではなく、『進化』だったのでしょう」
レオンが拳を握りしめた。
「だからこそ、人間の魂を機械に封じ込める実験を……」
「そうです」
マルクスが書簡の一部を取り出し、机の上に広げた。
「しかし、実験は失敗続きでした。魂の転写は不完全で、機神兵となった者は自我を失い、単なる命令に従うだけの存在となってしまう。まるで……生きた屍のようだと記されています」
「それでも殿下は諦めず、より完全な転写技術を求めて『機神の炉』の建設を急いでいるのです」
マルクスが最後の一文を読み上げた。




