第84話 霧見の水晶の真実
ガレスが渾身の力を込めて振り下ろした大斧は、プロトタイプ・ゼロの装甲に触れるや、金属の軋むような高音を立てて跳ね返された。
手に伝わる衝撃に、ガレスは思わず唸った。
「こんな硬さは聞いたことがない!」
「古代の金属だ!」
傍らでアーサーが叫んだ。
彼の顔には、苦渋と焦燥の色が浮かんでいる。
「通常の武器では傷つけられぬ!」
レオンの手の中、霧見の水晶が微かに、しかし確かに震えていた。
冷たい感触の中に、まるで鼓動のようなリズムが宿っている。
彼は水晶を見つめ、閃きが頭を駆け抜けるのを感じた。
「アーサー! この水晶……ただの照明道具ではないだろう? フリーデリカが東嶺で、わざわざ渡したものだ。これには何か意味があるはずだ!」
アーサーの深い瞳が、かすかに、しかし鋭く光った。長い記憶の底から、断片が浮かび上がる。
「……そうか。霧見の水晶……その名の通り、霧を晴らすだけのものではない。『真実を見通す』力があると言い伝えられてきた。もしかすると…古代の技術そのものに対する、対抗手段かもしれん!」
「どういうことだ?」
ガレスが振り返り、荒い息を吐きながら問う。
「古代の技術は、完璧に見えて、特定の周波数を持つ光に共鳴し、脆弱化する性質があったと、古い記録にあった。この水晶の光……あの機神将の弱点を暴く鍵かもしれん!」
レオンは躊躇わず、すぐに行動に移った。
「全員! 霧見の水晶を持っている者は、光をあの大塊に集中させろ!」
彼は自らの水晶を高く掲げ、青白い柔らかな光を、不気味に屹立するプロトタイプ・ゼロへと真っ直ぐに向けた。
それを合図に、エリザや東嶺の兵士たちが所持する小さな霧見の水晶も、一斉に淡い輝きを放ち始めた。
キースが素早く動き、戦闘で地面に散らばった水晶を拾い集め、まだ持っていない戦士たちに配っていく。
無数の青白い光の細い帯が、闇と埃の中を縫い、一点へと集中する。
プロトタイプ・ゼロの銀色の巨体を、優しく、しかし確実に包み込んでいく。
最初は何の変化もなかった。
ただ、光が装甲の表面で微かに反射するだけだ。
しかし、やがて巨大な機神将の、滑らかだった動きに、ほんの少しの「澱み」が生じた。
続いて、その分厚い装甲の表面に、蜘蛛の巣のように微細なひび割れが走り始める。
ひびからは、青白い火花というよりも、むしろ「光の粒」が漏れ出し、パチパチと音を立てて空中に消えていった。
「効いている!」
レオンが拳を握りしめ、声を張り上げた。
玉座の間の奥、制御装置の前に立つアルフォンスの顔に、初めて動揺の色が走った。
「まさか……霧見の水晶が……まさか古代の対抗装置だったとは……! そんな記録は……!」
彼の叫びも虚しく、プロトタイプ・ゼロは不自然な痙攣を始めた。
背部から無数に伸びた銀色の光の糸が制御を失い、鞭のように暴れ回る。
その一本が鋭い破風音を立ててアルフォンス自身めがけて襲いかかり、彼は間一髪、身をかわした。
「制御が……効かない! どうして……こんなものが!」
アーサーが、自身の傷の痛みに顔を歪めながら、力尽きそうな声で説明した。
「古代の技術は……決して完璧ではなかった。だからこそ、彼らは自らの創造物が暴走した時のために……弱点を埋め込んだ。霧見の水晶は……その弱点を突くための、最後の安全装置だったのだろう……」
プロトタイプ・ゼロの崩壊は、静かに、しかし急速に進んだ。
ひび割れは装甲全体に広がり、内部から漏れ出す青白い光は次第に強度を増し、機体の輪郭を溶かしていくようだった。
アルフォンスは狂ったように制御盤を叩き、レバーを引くが、全ての表示は赤い警告に染まり、もはや手の施しようがなかった。
「くっ……殿下の計画が……!」
レオンがアルフォンスに歩み寄った。
「殿下の計画は、最初から欠陥品だった。人間を機械に置き換えようとするその考え自体が間違っている」
アルフォンスは嘲笑った。
「間違っている? 人間は弱く、愚かで、感情に流される。機械こそが完璧なのだ」
「違う」
レオンがきっぱりと言った。
「人間は確かに不完全だ。失敗し、傷つき、迷う。だが、そこから這い上がり、学び、成長する。仲間を信じ、未来を信じて戦う。それが人間の強さだ」
プロトタイプ・ゼロの崩壊が頂点に達し、大爆発が起きた。
アルフォンスは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
機神兵たちも一斉に動きを止め、崩れ落ちていった。




