第79話 アルフォンス大司教
長い黒い外套をまとったその人物は、背を向けたまま、眼前の巨大な機械を操作している。
その周囲には、霧の巨人と同じ銀色の糸が無数に浮遊し、人物の動きに合わせて波打っている。
人物がゆっくりと振り返る。
レオンはその顔を見て、息を呑んだ。
「まさか……」
人物は、王国で最も尊敬され、慈愛に満ちた指導者として知られる人物だった……クラウス殿下の側近であり、民衆から「聖なる導き手」と呼ばれる、大司教アルフォンスだった。
アルフォンスの目には、レオンが知る慈愛の影はなく、冷たい計算だけが光っている。
「ようこそ、レオン。そして……民衆勇者の諸君」
アルフォンスの声は、優しく響くが、その底には計り知れない冷たさがあった。
「よくここまで来られた。我が『機神の炉』へようこそ」
レオンは剣を構える。
「アルフォンス大司教……なぜ? あなたはなぜこんなことを?」
アルフォンスがほのかな笑みを浮かべる。
その笑みは、レオンがこれまで見てきたどんな表情とも違っていた。
慈愛の仮面の下に隠されていた、本質的な何かが現れているようだった。
「なぜ? とても単純なことだ。この腐敗した王国を、真の意味で『救う』ためだ」
大司教が手を広げ、周囲の機械構造を示す。
無数の歯車が回転し、水晶が輝き、銀色の糸が空中を漂う。それは美しくも不気味な光景だった。
「見よ、この古代の英知を。機神術は、生命と機械の融合を可能にする。病に苦しむ者には新たな臓器を、老いた者には若き体を、傷ついた兵士には不死の鎧を授けることができる。苦痛も老いも死も、すべて克服できるのだ」
「それは人間の尊厳を踏みにじるものだ!」
アーサーが叫ぶ。
「尊厳?」
アルフォンスの声に、初めて感情の揺らぎが見えた。
長年抑え込んでいた何かが、沸き上がってきているようだった。
「民衆が飢え、貴族が贅沢に溺れ、王族が権力闘争に明け暮れるこの王国に、尊厳などあるのか? 私は千年の時を超え、真の救済の道を見出したのだ!」
レオンが一歩前に出る。
剣をしっかりと握りしめ、アルフォンスをまっすぐに見つめた。
「救済ではない。それは支配だ。あなたが目指しているのは、生きた機械による新たな支配体制だろう。人々の意志を奪い、あなたの思うままに動く『完璧な社会』の創造だ」
アルフォンスの目が細くなる。
その瞳には、計画を見抜かれた驚きと、それ以上の確信が光っていた。
「鋭い。だが、遅すぎる」
大司教が手を上げる。同時に、機械構造の各部から、霧の巨人と同じ銀色の糸が無数に飛び出し、空間を埋め尽くした。
「我が機神の軍勢よ、目覚めよ!」
アルフォンスの声が、地下空間全体に響き渡った。




