第68話 死者の谷の戦い
霧見の水晶が放つ柔らかな光が、濃密な霧を数十メートルにわたって押し退け、レオンたちにわずかな視界を与えていた。
しかし、その光の輪の外は、乳白色の闇が渦巻く世界だった。
谷の名の通り、ここは死者が彷徨うとされる地「死者の谷」である。
霧の巨人は、その全貌を視認することはできなかったが、その足音だけで地鳴りのような轟音を立てていた。
一歩ごとに大地が震え、岩が崩れ落ちる音が四方から響く。
「散開せよ!」
レオンが叫んだ。
「1か所にまとまっていては、一撃で全滅だ!」
エリザ率いる東嶺の精鋭20名は、訓練された連携を見せ、瞬時にして扇形に広がった。
彼らは銀色の鎧に身を包み、長槍を構えている。
この地の霧に慣れた者たちの動きは迷いがなかった。
ガレスは大斧を両手に構え、
レオンの横に立った。
「でかい奴ほど、足元が弱点だ!」
「だが、まずはその巨体をよく観察せねば」
アーサーが杖を地面に立て、古びた木の表面に刻まれた紋様がかすかに光り始めた。
「この霧……単なる自然現象ではない。何者かが操っている。巨人もその一部だ」
キースは片目を細め、霧の奥を凝視していた。
彼は弓に矢をつがえながら、声を潜めて言った。
「動きにパターンがある。10歩進み、2呼吸止まる。……罠かもしれない」
その言葉が終わるか終わらないうちに、霧の巨人の巨大な腕が、光の輪の外から突然現れ、地面を払うように襲ってきた。
岩を砕くような風圧が、一行を襲う。
「伏せ!」
エリザの鋭い号令が響く。
東嶺の兵士たちは一斉に地面に伏せ、槍を斜めに立てて防御姿勢を取った。
巨人の腕は彼らの頭上をかすめ、後方の岩壁に直撃する。轟音と共に岩が砕け散り、破片が雨のように降り注ぐ。
レオンは転がるように回避し、立ち上がると同時に革の筒を胸に押し当てた。
この筒の中には、ヴァイダー卿から託された財務卿の不正の証拠、そしてグスタフ男爵の城塞で知り得た「殿下」の計画の断片が記されている。




