第66話 死者の谷の騎士
東嶺への道は、西山の険しい山道とはまた異なる風景が広がっていた。
針葉樹の森が続き、所々に深い霧が立ち込める谷間が見える。
エリザと東嶺の兵士たちは、まるで自宅の庭を歩くように、複雑な地形を難なく進んでいった。
彼らは「死者の谷」の入り口に到達した。
その名の通り、谷は深い霧に覆われ、中からは不気味な静寂が流れ出ていた。
植物は枯れ、岩肌がむき出しになり、所々に動物の骨が散らばっている。
「ここから先は、通常の地図は役に立ちません」
エリザが言った。
「霧が濃く、方向感覚を狂わせます。しかし、私は三度ここを通過したことがあります」
彼女の声に微かな震えがあった。
「エリザ」
レオンが声をかけた。
「この谷には、何か特別なことがあるのか?」
エリザは一瞬沈黙し、やがて答えた。
「この谷は、古代の戦場です。千年以上前、機械文明と魔法文明が最後の戦いを繰り広げた場所だと言われています。そのため、霧の中には今でも魔力の残滓が漂い、時折……奇妙な現象が起こります」
「奇妙な現象とは?」
アーサーが興味深そうに尋ねた。
「影のようなものが動く、遠くで機械音が聞こえる、突然方向感覚を失う……」
エリザが霧の深い谷を見つめた。
「そして最も危険なのは、霧そのものが生きているように動き、侵入者を迷わせようとすることです」
レオンが霧見の水晶を取り出した。水晶を手に取ると、周囲の霧がわずかに薄くなり、数十メートル先まで見通せるようになった。
「これで進もう」
レオンが言った。
「時間は限られている。殿下が東嶺に到着する前に、機神の炉にたどり着かねばならない」
一行は霧の中へと足を踏み入れた。
霧見の水晶が道を照らし出すが、その範囲は限られていた。
霧の外側では、何かが蠢いているような気配が絶えず感じられた。
数時間進んだ頃、キースが突然立ち止まった。
「誰かがいる」
彼の片目が、霧の深部を鋭く見つめていた。一同が警戒態勢を取る中、霧の中からぼんやりとした人影が浮かび上がってきた。
それは、鎧をまとった騎士の姿だった。しかし、その鎧は現代のものではなく、古代の様式を思わせる。そして何より、その騎士には……顔がなかった。




