第52話 書斎での真実
ドアが静かに開いた。
男爵の側近と思われる、片腕に傷跡のある老騎士が立っていた。
彼の目には、長年の戦いで磨かれた警戒心と、今この瞬間の緊迫感が同居していた。
「閣下が、皆様を書斎へお招きしたい。緊急の事態が発生いたしました」
声には揺るぎない忠誠心と、かすかな焦りが滲んでいた。
男爵の書斎は、客間以上に武人らしい簡素さだった。
大きな机の上には、革の筒から取り出された文書と、あの焼け焦げた紋章の切れ端が並べられている。
グスタフ男爵は机の向こうに立ち、窓の外の暗闇を見つめていた。
背中には、重い責任と、迫り来る危機の重圧がかかっていた。
「来たか」
男爵が振り返った。
その顔には、日中の威圧的な表情はなく、深い憂いと怒りが入り混じっていた。
それは、領主としての苦悩と、武人としての覚悟が交差する表情だった。
「お前たちが見た廃村……あれは金歯車傭兵団の仕業だ。だが、彼らは略奪のために襲ったのではない」
男爵は机の上の、あの不気味な焼け焦げた紋章の切れ端を指さした。
「この紋章は、『特別開発局』のものだ。表向きには存在しない、国王の第一王子であるクラウス殿下が密かに指揮する組織の徽章だ」
レオンの目が鋭くなった。彼の頭の中で、散らばっていた情報のピースが一つに噛み合い始める。
「クラウス殿下……財務卿の背後にいるという噂の」
「そうだ」
男爵の声に怒りが込もる。
「財務卿は単なる操り人形に過ぎぬ。真の黒幕はクラウス殿下だ。そして、この西山で彼らが探しているもの……いや、すでに『発掘』し終えたものがある」
男爵は机の引き出しから、1枚の羊皮紙を取り出した。それは古い鉱山の地図だったが、ところどころに赤いインクで修正が加えられている。
「この地域には、古の王国時代の遺跡が地下に眠っているという伝説があった。3年前、王都から『地質調査団』と称する一行が来た。わしは不審に思いながらも通行を許可した。それが過ちだった」
男爵の拳が机を軽く叩く。
「彼らは調査などしておらぬ。遺跡を発掘し、そこに眠る『古の技術』を手に入れたのだ。そして今、廃鉱山の奥で、その技術を使って何かを『動かそう』としている」
アーサーが前のめりになった。
「古の技術……伝説の魔導文明の遺産か?」
「それ以上だ」
男爵の声が低くなる。
「生きている者を……『改造』する技術だ。金歯車傭兵団の兵士たちは、単に強いだけではない。傷を受けても倒れず、痛みを感じずに戦い続ける。まるで……」
「人形のように」
キースが、恐れと嫌悪を込めて呟いた。
彼の目に、廃村で見た無残な光景がよみがえる。
あの非道な行為の先に、こんな目的があったのか。
その瞬間、城塞の外から、城塞の外から、遠くかすかな、しかし確かな轟音が聞こえた。地を這うような、重く鈍い響き。窓ガラスが微かに震え、机の上の水の入った杯の表面に小さな輪が立った。
男爵の顔色が青ざめた。
彼の声は、絶望に似た諦念に包まれていた。
「しまった……もう動き出したのか」




