第46話 鉄槌と対峙
レオンが革の筒の中から、もう1の紙を取り出した。
それは、焼け跡の村で見つけた紋章のスケッチだった。
「閣下、我々はこの証拠を、東嶺子爵フリーデリカ、そして北境侯ルドルフの元へも届けます。財務卿の陰謀は、もはや単なる汚職ではありません。王国そのものを内側から食い破る蠹虫です。ヴァイダー卿は、真に王国を思う諸侯が手を結ぶ時が来たと確信しています」
男爵は長い間、沈黙した。
彼の目は、暖炉の炎の中を彷徨い、やがてレオンが差し出す紋章のスケッチに定着した。
「……レオン」
「はい」
「お前は勇者パーティを追放された。なぜ、そこまでして関わる?」
レオンの口元に、静かな決意の笑みが浮かんだ。
「王国を裏切った者たちに刃を向けただけです。そして今、背を向けられているのは、宮廷の奢りではなく、こうした辺境の地で、無言の圧政に苦しむ民衆です。閣下がそうであるように。」
グスタフ男爵は、ゆっくりと立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。
そこからは、彼が守るべき西山の険しい峰々が、夕闇に染まり始めているのが見えた。
「ヴァイダー卿の密使は、北境侯の元へ向かったと?」
「はい。我々は明日、閣下の返答を待たずに、東嶺へ向かう予定です。しかし、閣下の協力が得られれば、説得の力は倍加します。」
「……東嶺のフリーデリカか。あの女は理知的だが、慎重すぎる。確たる証拠と、確固たる同盟者の保証がなければ動くまい。」
男爵は振り返った。
その目には、先ほどまでの怒りや疲労はなく、研ぎ澄まされた武将の決断の光が宿っていた。
「よかろう。わしも加わる。だが、条件がある。」
「お聞かせください。」
「まず、金歯車傭兵団の掃討から始める。彼らは今、西山の南麓にある廃鉱山を拠点にしている。財務卿の目と牙を、まずはへし折らねば、次の策も立てられぬ。」
ガレスの顔に、初めて戦士としての獰猛な笑みが浮かんだ。
「それは、願ってもない提案だ。」
「そして二つ目」
男爵の目がレオンを真っ直ぐに見つめた。
「この同盟が、単なる貴族同士の権力争いで終わらぬことだ。お前たちが『民衆勇者』を名乗るなら、その言葉に責任を持て。約束するか? たとえ財務卿が倒れ、新たな政権ができようとも、この西山の民が、再び誰かの犠牲にされることがないよう、監視の目を光らせ続けると。」
レオンは、胸の奥から湧き上がる確信を込めて答えた。
「約束します。我々の旅は、単なる権力者の交代のためではありません。監視されるべきは、常に権力そのものなのですから。」
グスタフ男爵は、満足そうにうなずき、机の上の黄金の歯車の杯を手に取った。
「この杯は、財務卿が『友好の証』として贈ってきた品だ。今や、彼の野望の汚れた象徴に過ぎぬ。」
彼は杯を暖炉の方へ向けたが、一瞬躊躇い、再び机に置いた。
「……いや、残しておこう。我々が何と戦い、なぜ戦うのかを、常に思い出させるために」




