第42話 新たな旅の始まり
ヴァイダー卿が最後に言った。
「よかろう。」
ヴァイダー卿が最後に言葉を加え、地図を巻き上げた。
「今夜は、この城塞で身を休めよ。食料と武器、可能な限りの物資を準備させよう。部屋と食事は用意してある。明日の夜明けと共に、私は密使を北境侯ルドルフのもとへ飛ばす。そして汝ら4人には、別の任務を与えよう。」
彼は、机の引き出しから、封印された羊皮紙の巻物を数本取り出した。
「これは、財務卿が辺境の領地から不当に徴収し、中央に流用した資金の証拠の写し、そして彼が暗躍する闇の商人たちとの取引記録の一部だ。原本はもっと安全な場所に隠してある。汝らはこの写しを持ち、西山男爵グスタフの城塞『黒鉄の楯』に向かうがよい。アーサーの知恵、キースの道案内、ガレスの武勇、そしてレオンの……『勇者』としての名跡が、男爵の門を開く鍵となろう。説得は、私の書簡とこの証拠、そして汝らの言葉に託す」
ガレスが鎧の上から腕組みをし、低い声で呟いた。
「グスタフか……噂には聞いている。獣のように荒々しい男だと」
ヴァイダー卿はうなずいた。
「その通りだ。彼は最も気性が荒く、疑り深い男だ。言葉だけでは動かぬ。確たる『証拠』が必要となる。そして、もし彼が我らに加わるならば、東嶺子爵フリーデリカへの説得は、ぐっと容易になろう。彼女はグスタフを唯一、真っ向から論破できる知性を持つが、同時に彼の力を認めている。グスタフの支持が得られれば、我が大義は決定的な力を得る」
老魔術師アーサーが、皺の深い額に手を当てて考え込んだ。
「西山への道は険しい。魔物の跋扈する黒き森を越えねばならぬ。加えて、王都の密偵の目も光っているだろう」
片目の猟師キースが、鋭い残った目を細めて言った。
「森なら任せろ。獣の気配も、人間の気配も、この耳と目で嗅ぎ分けてみせる。だが……グスタフが証拠を認めず、我々を敵と見なしたらどうする?」
レオンは、四人の中心として静かに口を開いた。
「それでも行く。ヴァイダー卿が言うように、彼の力は必要だ。彼の領民は、過酷な税に苦しみながらも、彼を『荒ぶる守護者』と呼び敬っている。彼の荒々しさは、領土と民を守るためのものだ。ならば、真の敵が誰かを示す証拠を、彼はきっと見抜いてくれる」
彼らはそれぞれ、城塞の使用人に案内され、質素だが清潔な客室へと向かった。
石造りの壁は、夜の冷気を帯び、触れるとひんやりとしていた。
窓の外には、辺境の地に広がる深い闇と、無数の星々が見える。かつての栄光も、失意の日々も、この広大な闇の前では小さなものに思えた。
しかし、それぞれの部屋に閉ざされた4人の胸中には、冷たい石とは対照的な熱い決意が静かに燃え上がっていた。
ガレスは鎧の手入れを始め、一つ一つの傷に思い出を重ねた。
アーサーは窓辺に立ち、古い杖に微かな魔力を込め、明日への道程を占おうとした。
キースは、革の眼帯を外し、磨かれたガラス玉でできた義眼を手入れしながら、記憶の中の「古き獣道」の地形を反芻していた。
そしてレオンは、小さな机の上に置かれた、ヴァイダー卿から渡された証拠の巻物を見つめていた。
その中に書かれた不正の数々は、彼を追放に追いやった陰謀のほんの一端に過ぎない。
彼は拳を握った。今度は逃げない。戦う。仲間と共に。
この不器用で、傷だらけで、決して華やかではない旅路を、一歩一歩、進んでいくのだと心に誓った。
その夜、城塞の客室で、4人は明日への準備を整えた。ガレスは傷ついた鎧の手入れをしながら、グスタフとの戦いを想定して戦術を練った。
アーサーは古びた杖を手に、防御と移動のための古の魔法を静かに詠唱し直す。
キースは窓辺に座り、闇に紛れる森の気配に耳を澄ませながら、矢筒の矢一本一本を点検した。
夜明け前、薄明かりの中、4人は城塞を後にした。ヴァイダー卿は門まで見送り、一言、「運命が汝らに味方しますように」と告げた。
一行は、朝もやに包まれた街道を西へと向かった。
目的地は、険しい山岳地帯にそびえる西山男爵グスタフの城塞。
その道程には、陰鬱な黒き森が待ち受け、王国の密偵の影が潜み、そして何より、荒ぶる男爵その人という最大の難関が立ちはだかっていた。
ガレスが先頭を歩きながら言った。
「あのグスタフ、話が通じなければ、まずは一太刀浴びせてからだな」
アーサーがため息をついた。
「若い頃の私なら、炎の嵐で城塞ごと説得したものを……今はこの老骨、細やかな魔法でお膳立てするのが関の山よ」
キースがくすりと笑った。
「アーサーの細やかな魔法が、いつだって我々を死の淵から引き戻してくれた。今回は、説得の『矢』を放つのはレオンだ。我々はその矢が真っ直ぐ飛ぶよう、邪魔者を排除すればいい」
レオンは革の筒をしっかりと握りしめ、遠くに霞む山々を見つめた。
その山々の向こうに、変革の命運を握る荒ぶる男爵がいる。彼ら民衆勇者の旅は、新たで危険な一章を迎えようとしていた。
真実の証拠を盾に、言葉と信念の刃を携えて。




